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第三部 宰相閣下の婚約者

574 ふつつかな娘ですが(中)

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 宝石とカカオが領の生命線。

 カカオは、今は茶会と王都中心街での甘味店舗ヘンリエッタで提供されているレシピが、その価値を後押し。

 そしてフォルシアン公爵自身が、常に新しいレシピの開発に貪欲な人だった。

「スイーツに使うだけではない、臭みを消したり、素材の風味を引き出したり、色々と二次的作用があることも最近分かったからね。素材の持つ特性や生産の背景を理解して、調味料や他のアイテムに利用できないか――この邸宅やしきでの食事は、常に試食会をしているようなものなのかも知れない」

 娘のユティラ嬢は、婚約中と言うこともあって、アムレアン侯爵領に花嫁教育で滞在していることが多く、息子のユセフは高等法院勤めになった頃から夕食時間に帰宅することはほとんどなく、まして今はキヴェカス法律事務所に缶詰め状態で、フォルシアン公爵家に帰宅をする余裕がない。

 実験台が来た、と眉目秀麗なその顔に書いてあるのは気のせいだろうか……。

「息子も娘も『領のためと言う意義は理解しているが、普通の食事をしたい時もある』とこぼしてましたから、そのあたりは朝や昼、夫のいない席での食事なんかで調整をしておりましたのよ。そこまで構えて下さらずとも大丈夫ですわ」

 ちょっと引きかけていた私の表情を読んだかのように、ダイニングで私たちを待っていてくれたエリサベト夫人が、淑女の微笑みを見せる。

「何を言うんだい、愛しい人エルシー。レイナ嬢はイデオン公爵邸で昼食パーティーを開いては、新しいメニューを我々に提供してくれている。ある意味私ほど理解のある義父ちちおやはいないだろうさ」

「そのお話は食事のあとでは?気ばかり急いても仕方ありませんでしょうに。それと旦那様アナタ、エルシーは成人前の愛称だと申しましたでしょう?もう、そのように呼ばれる年齢ではありませんわ」

「君はいつも美しい。私にとってはどれも同じ君だよ」

 領の話をしていた筈が、流れるような自然さで、妻を褒める言葉へと変わる。

 ハッキリと顔をしかめているエドヴァルドを見るにつけ、逆立ちしたとて彼に言える科白でないことは確かだった。……言われても困るけど。

「さあ、さあ。今開発中の中で、二人に出しても大丈夫だろうと、エリサベトのお墨付きディナーだ。もちろんデザートは、今〝ヘンリエッタ〟で出している中から、レイナ嬢がまだ食べていないケーキを作らせたから、どれも初見になる筈だ!」

 エリサベト夫人が何かを言う前に、話題をさっと切り替えたフォルシアン公爵のトークスキルはさすがと言うほかない。

 夫人も、慣れているのか「仕方のない人」だと言わんばかりに苦笑を閃かせている。

・カカオニブコールドブリュー
・はちみつキャロットラペのせバゲッド
・ロール白菜のデミシチュー煮込み
・ハーブ入りカネロニミートソース
・チョコレートテリーヌ

 既に〝ヘンリエッタ〟店頭で出されている中で、一番新しいと言うチョコレートテリーヌ以外は、まだフォルシアン公爵邸の中でしか出されていない、試行錯誤中の作品で名前もないらしい。

 なので、見た目から勝手に私が内心で名付けただけのことだ。

「どうにかチョコレートになる以外の部分、今回は実の部分かな。そこが生かせないかと、レクセル君からの相談を受けて試行錯誤中でね」

 レクセル・アムレアン侯爵令息は、次代のアムレアン侯爵、ユティラ・フォルシアン嬢の婚約者だ。

 自分の代でアムレアン侯爵領のカカオを衰退させることのないよう、ユティラ嬢と共に頑張っているとかで、こちらに関しては「ユティラの結婚相手がレクセル君で良かった」と、公爵も大満足なんだそうだ。

 コールドブリューは、水出しアイスコーヒー。
 カカオの実の部分であるカカオニブ(カカオの実から種を取って、乾燥・焙煎の工程を経て種の殻を取り除いた)と、コーヒーを合わせて水を注いで、ひと晩寝かせたと言うことらしい。

 はちみつキャロットラペは、通常ならレーズンとかアーモンドとかが散るであろうところ、カカオニブが散らされていた。

 デミシチューやミートソースが、明らかにチョコレートよりの色だ。
 チョコレートを隠し味に使った、と言ったところだろうか。
 ただ、聞けばチョコレートだけを使っているのではなく、カカオニブにあれこれと香辛料を混ぜて独特の味をつけたパウダーをまぶしたりなんかしているらしい。

 そのあたりは、フォルシアン公爵領の問題にもなるので、こちらは食べさせて貰うだけになるのだけれど。

「あ、美味しいです。カカオの実を砕いたコレ、甘味が含まれていない分、サラダのトッピングにはしやすいですよね。アーモンドと同じ感じで使えそうですね」

 コクがある、とかTVでやっていた「コク」パトロール部隊に逮捕されそうなコトは言えない。

 五つの基本の味が単独ではなく複数融合して、風味や食感で更に増す……だっただろうか。自分でもよく分からない表現は、使わないに限る。

 そしてチョコレートテリーヌで、ギュッとチョコを濃縮して、一見すると少な目の品数のようでいて、男性の胃袋でもそれなりに満たせるようにしたに違いなかった。

「これを〝ヘンリエッタ〟で出すのか?」

 開発中、とフォルシアン公爵が言ったところで、エドヴァルドがそんな風に捉えたのも無理からぬ話だった。

 フォルシアン公爵は「それなんだが」と、どうとも明言はしなかった。

「有難いことに〝ヘンリエッタ〟は今のデザート系メニューだけで手いっぱいだ。食事を出して客が増えれば、厨房が回らなくなるし、肝心のデザートの質が落ちてしまえば本末転倒。かと言って、我が公爵邸だけで振る舞う料理とするには費用対効果の面で問題がある。多少取引額を優位にしたところで、生産者はそれほど助からない。やはりどこか定期的に卸せるところが必要だ」

 定期的に卸すのならレストランが手っ取り早いものの、じゃあ王都で店を一軒持とう、と言う話も気軽に出来ないらしい。

「ああ……料理人か」

 フォルシアン公爵が何かを言う前に、エドヴァルドがそれをポツリと呟いていた。

「私の公爵邸やしきでも、元々厳選した、最低限の人数しか厨房には人を入れていなかった。自慢にもならないが、私が食べないことの方が多かったうえに、ロクな社交の場も開いてこなかった。今、レイナがいて、二人で食事をとって、人まで招くようになったところで、人手が足りずに厨房以外の使用人にまで下拵えの補佐をさせている状態だ」

「なかなか作法マナーの基礎と守秘義務の厳守とを兼ね備えた上で料理の腕を持つ――となると、どの貴族だって欲しいに決まっているからな」

 フォルシアン公爵も、エドヴァルドの言葉を是とするように頷いていた。

「どのみちレシピはまだ開発中だ。これらを作れるようになる料理人の育成と並行して進めていけないか、くらいに今は考えているさ。――ちなみに、レイナ嬢」

 そこへフォルシアン公爵が、さもさりげない風を装って、こちらへと話を振ってきた。

「レイナ嬢なら、これらの料理、どこで活かしたい?」
「……え」
「そこの狭量な宰相は放置で良いよ。私が押さえておくから。ここはぜひ、忌憚なき意見が聞きたいね」

 何だろう。
 何か試されているだろうか?

 私はジッと、フォルシアン公爵の感情の読めない表情かおを見返した。










********************



すみません、私ごとながら昨日は出版おめでとう会の後、朝まで寝潰れてしまいました(/ω\)

このご時世で飲むのを控えていたため、お酒に弱くなっているかも知れないと、予め察しておくべきでした……。
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