聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

573 ふつつかな娘ですが(前)

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 王宮にしろ、各公爵の邸宅おやしきにしろ、基本は街のど真ん中には敷地を確保せず、それぞれが区画の端に近いところに、森ごと敷地を確保していた。

 ただ唯一の例外が、王都のど真ん中に居を構えるフォルシアン公爵邸だった。

 今となってはその真意を知る者など一人もいない。
 つい最近建てられたわけでもなく、国の成立と共に今の場所が在る。

 国の刑事事件や各領の防衛軍を管理監督する部門の長として、動きやすい場所が選定された結果が今だと言われている。

 堅牢な煉瓦の壁があり、門扉は流麗な細工が施されたアイアンゲート、壁のすぐ内側は背の高い木が密集していて、中の様子を見えにくくしている。

 王都中心街にあるからこその外観デザインなのかも知れなかった。

 入口のゲートを抜け、馬車が少し進んだところで、景色が茜色に染まった、芝生の広がる庭へと切り替わる。

 何だかんだ、日本でだって都内にドドンと清澄庭園レベルの敷地があるのだから、王都中心街にフォルシアン公爵邸があろうと、何ら不思議な話じゃない。

 ただ個人的には、そう言った名跡とは縁遠い一般市民だったと言うだけのことだ。

 この時も、馬車の窓から見える景色をポカンと眺めることしか出来ずにいた。

「……イデオン公爵邸とも、スヴェンテ公爵邸とも、だいぶ違うだろう」

 そんな私の戸惑いを見たエドヴァルドが、気を遣ったのだろう、そんな言い方をした。

「そうですね……手入れされている芝生の庭が凄いですね」

 芝生の庭と入口から続く木々の境界線は、色とりどりの花で分かりやすく区切られている。

 白いアイアンガーデンテーブルとチェアも見えていて、いかにも休日はそこで優雅にお茶を飲みながら、庭を駆け回る子供たちを微笑ましく眺めて――いそうなイメージだ。

「ああ……まあ、我が公爵邸の場合は、破壊されることが念頭にあるから、ここまで凝った景観は維持されていないからな」

「……破壊」

 苦笑いのエドヴァルドに、私も、乾いた笑いしか返せない。

 今年既に〝鷹の眼〟とイデオン公爵領防衛軍の面々との手合わせを目にしてしまっている。

 もしも私が庭師で、この目の前の庭が、この前の公爵邸の中庭のごとく破壊をされたら、二度と立ち直れないだろうなと思う。

 フォルシアン公爵家の「チョコレートづくしのお茶会」は名物と聞く。

 この庭なら、それはものすごく「映える」だろうな――手入れの行き届いた庭を見ながら、そう思った。

 そうこうしているうちに馬車はフォルシアン公爵邸邸宅の前で止まり、私はエドヴァルドのエスコートを受けながら、馬車から降り立った。

 その間に御者役の〝鷹の眼〟ルヴェックが先に公爵邸の門扉を叩いて、エドヴァルドと私の訪れを、対応に出てきた使用人に告げていた。

あるじより承っております。ただいま主にご到着を知らせてまいりますので、それまで恐れ入りますが玄関脇の控えの間にてお待ち下さいますでしょうか」

 出てきた彼は、そう言って一礼をすると、片側の扉を大きく開けて、私たちを中へと招き入れてくれた。

 イデオン公爵邸の場合は、玄関・出入り口近くに広くとられる広間、いわゆる団欒の間ホワイエが存在しているところ、このフォルシアン公爵邸の場合は、そこを更に壁で区切って、不可視化、プライベート空間の確保に気を遣っている感じだった。

 そして、空間を区切った分、窓は逆に幅をおおきくして、光の入る、明るい部屋を意識して作り上げていた。

 庭にしろ部屋にしろ、最初の設計者のセンスが、とにかく絶賛されるべきもののように思えた。

「……何か取り入れたいものがあるのなら、言ってくれれば業者を呼ぶが」

 私がよほどキョロキョロしていたからか、エドヴァルドの目には、私が改装をしたがっているように見えたみたいだ。
 私は慌てて両手を横に振った。

「いえいえいえ!多分この邸宅おやしきって、一部屋じゃなく邸宅おやしきあるいは敷地全体のバランスを考えて作られていると思うんです。だから、一部分を切り取って活かそうとしても上手くいかない気がします」

「敷地全体?」

「はい。椅子や机の配置にいたるまで、全てが一つの設計図、景色の一部じゃないかと。だからきっと……時々見に来るくらいがちょうど良いんじゃないでしょうか?」

 これはだいぶ神経質な建築設計技師の仕事だ。

 そのテの話は、遠くから見守っておくのが一番幸せに決まっている。

「……そうか」

 どうやら私が言わなかったところまで通じてしまったらしい。
 エドヴァルドも苦笑いだった。


 ――そこへ、トントンと扉がノックされた音と共に「開けるが、良いか?」との声が、扉の向こう側から耳に飛び込んで来た。

 ああ、とエドヴァルドが答えたそこへ、予想通りの声の主、イェルム・フォルシアン公爵が姿を現した。

「エドヴァルド、レイナ嬢。ようこそ我がフォルシアン公爵邸へ。作法に則れば、別の場所でしばし歓談に興じるべきだろうが、すでにこの時間だ。エリサベトもダイニングに行かせている。まずは食事を楽しんで、話はそれからゆっくりと場を変えて行ってはどうだろうか?」

「我々は、招待主、邸宅やしきあるじの意向に従うだけのこと。元より異存などない」

 恐らくエドヴァルドの答えは、フォルシアン公爵も充分に予想が出来ていたことだろう。

 問題は同行者――とでも言いたげな視線を感じたので、私はまだまだ付け焼き刃な〝カーテシー〟で、無言で恭順の意を示した。

「慌ただしくてすまない。ではこちらへ」

 優雅に身を翻すフォルシアン公爵は、エスコートはエドヴァルドがすると、もう思い込んでいるんだろう。


 あながち間違いではないので、私もとりあえず、差し出されたエドヴァルドの手に、自分の手をそっと乗せて、フォルシアン公爵邸の中を奥へと進んだ。
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