聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
543 / 803
第三部 宰相閣下の婚約者

573 ふつつかな娘ですが(前)

しおりを挟む
 王宮にしろ、各公爵の邸宅おやしきにしろ、基本は街のど真ん中には敷地を確保せず、それぞれが区画の端に近いところに、森ごと敷地を確保していた。

 ただ唯一の例外が、王都のど真ん中に居を構えるフォルシアン公爵邸だった。

 今となってはその真意を知る者など一人もいない。
 つい最近建てられたわけでもなく、国の成立と共に今の場所が在る。

 国の刑事事件や各領の防衛軍を管理監督する部門の長として、動きやすい場所が選定された結果が今だと言われている。

 堅牢な煉瓦の壁があり、門扉は流麗な細工が施されたアイアンゲート、壁のすぐ内側は背の高い木が密集していて、中の様子を見えにくくしている。

 王都中心街にあるからこその外観デザインなのかも知れなかった。

 入口のゲートを抜け、馬車が少し進んだところで、景色が茜色に染まった、芝生の広がる庭へと切り替わる。

 何だかんだ、日本でだって都内にドドンと清澄庭園レベルの敷地があるのだから、王都中心街にフォルシアン公爵邸があろうと、何ら不思議な話じゃない。

 ただ個人的には、そう言った名跡とは縁遠い一般市民だったと言うだけのことだ。

 この時も、馬車の窓から見える景色をポカンと眺めることしか出来ずにいた。

「……イデオン公爵邸とも、スヴェンテ公爵邸とも、だいぶ違うだろう」

 そんな私の戸惑いを見たエドヴァルドが、気を遣ったのだろう、そんな言い方をした。

「そうですね……手入れされている芝生の庭が凄いですね」

 芝生の庭と入口から続く木々の境界線は、色とりどりの花で分かりやすく区切られている。

 白いアイアンガーデンテーブルとチェアも見えていて、いかにも休日はそこで優雅にお茶を飲みながら、庭を駆け回る子供たちを微笑ましく眺めて――いそうなイメージだ。

「ああ……まあ、我が公爵邸の場合は、破壊されることが念頭にあるから、ここまで凝った景観は維持されていないからな」

「……破壊」

 苦笑いのエドヴァルドに、私も、乾いた笑いしか返せない。

 今年既に〝鷹の眼〟とイデオン公爵領防衛軍の面々との手合わせを目にしてしまっている。

 もしも私が庭師で、この目の前の庭が、この前の公爵邸の中庭のごとく破壊をされたら、二度と立ち直れないだろうなと思う。

 フォルシアン公爵家の「チョコレートづくしのお茶会」は名物と聞く。

 この庭なら、それはものすごく「映える」だろうな――手入れの行き届いた庭を見ながら、そう思った。

 そうこうしているうちに馬車はフォルシアン公爵邸邸宅の前で止まり、私はエドヴァルドのエスコートを受けながら、馬車から降り立った。

 その間に御者役の〝鷹の眼〟ルヴェックが先に公爵邸の門扉を叩いて、エドヴァルドと私の訪れを、対応に出てきた使用人に告げていた。

あるじより承っております。ただいま主にご到着を知らせてまいりますので、それまで恐れ入りますが玄関脇の控えの間にてお待ち下さいますでしょうか」

 出てきた彼は、そう言って一礼をすると、片側の扉を大きく開けて、私たちを中へと招き入れてくれた。

 イデオン公爵邸の場合は、玄関・出入り口近くに広くとられる広間、いわゆる団欒の間ホワイエが存在しているところ、このフォルシアン公爵邸の場合は、そこを更に壁で区切って、不可視化、プライベート空間の確保に気を遣っている感じだった。

 そして、空間を区切った分、窓は逆に幅をおおきくして、光の入る、明るい部屋を意識して作り上げていた。

 庭にしろ部屋にしろ、最初の設計者のセンスが、とにかく絶賛されるべきもののように思えた。

「……何か取り入れたいものがあるのなら、言ってくれれば業者を呼ぶが」

 私がよほどキョロキョロしていたからか、エドヴァルドの目には、私が改装をしたがっているように見えたみたいだ。
 私は慌てて両手を横に振った。

「いえいえいえ!多分この邸宅おやしきって、一部屋じゃなく邸宅おやしきあるいは敷地全体のバランスを考えて作られていると思うんです。だから、一部分を切り取って活かそうとしても上手くいかない気がします」

「敷地全体?」

「はい。椅子や机の配置にいたるまで、全てが一つの設計図、景色の一部じゃないかと。だからきっと……時々見に来るくらいがちょうど良いんじゃないでしょうか?」

 これはだいぶ神経質な建築設計技師の仕事だ。

 そのテの話は、遠くから見守っておくのが一番幸せに決まっている。

「……そうか」

 どうやら私が言わなかったところまで通じてしまったらしい。
 エドヴァルドも苦笑いだった。


 ――そこへ、トントンと扉がノックされた音と共に「開けるが、良いか?」との声が、扉の向こう側から耳に飛び込んで来た。

 ああ、とエドヴァルドが答えたそこへ、予想通りの声の主、イェルム・フォルシアン公爵が姿を現した。

「エドヴァルド、レイナ嬢。ようこそ我がフォルシアン公爵邸へ。作法に則れば、別の場所でしばし歓談に興じるべきだろうが、すでにこの時間だ。エリサベトもダイニングに行かせている。まずは食事を楽しんで、話はそれからゆっくりと場を変えて行ってはどうだろうか?」

「我々は、招待主、邸宅やしきあるじの意向に従うだけのこと。元より異存などない」

 恐らくエドヴァルドの答えは、フォルシアン公爵も充分に予想が出来ていたことだろう。

 問題は同行者――とでも言いたげな視線を感じたので、私はまだまだ付け焼き刃な〝カーテシー〟で、無言で恭順の意を示した。

「慌ただしくてすまない。ではこちらへ」

 優雅に身を翻すフォルシアン公爵は、エスコートはエドヴァルドがすると、もう思い込んでいるんだろう。


 あながち間違いではないので、私もとりあえず、差し出されたエドヴァルドの手に、自分の手をそっと乗せて、フォルシアン公爵邸の中を奥へと進んだ。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら

冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。 アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。 国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。 ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。 エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。

完結 穀潰しと言われたので家を出ます

音爽(ネソウ)
恋愛
ファーレン子爵家は姉が必死で守って来た。だが父親が他界すると家から追い出された。 「お姉様は出て行って!この穀潰し!私にはわかっているのよ遺産をいいように使おうだなんて」 遺産などほとんど残っていないのにそのような事を言う。 こうして腹黒な妹は母を騙して家を乗っ取ったのだ。 その後、収入のない妹夫婦は母の財を喰い物にするばかりで……

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

お前のせいで不幸になったと姉が乗り込んできました、ご自分から彼を奪っておいて何なの?

coco
恋愛
お前のせいで不幸になった、責任取りなさいと、姉が押しかけてきました。 ご自分から彼を奪っておいて、一体何なの─?

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。