541 / 803
第三部 宰相閣下の婚約者
571 北の意地 南の意地
しおりを挟む
「あ、エドヴァルド様。花を育てるお願いを、まだ――」
ドライフラワーのスワッグだけ同じ馬車に積み込んで、ドライフルーツやカゴバッグは護衛の馬に括りつけたりと、帰り支度が見え始めたところで、私はまだカティンカさんにお願い出来ていなかったことを思い出した。
「ああ……そうだったな。しかし私は、あまり花の種類に詳しくない」
もしかしたらエドヴァルドは、戻ってから誰かに確認させようと思っていたのかも知れない。
だから私は、バリエンダール北部で見たあの花は、アンジェスでは「ロゼーシャ」と呼ばれている花の、恐らくは改良型だと説明をした。
「うん?ロゼーシャが、どうかしたかい」
私とエドヴァルドの会話の一部を耳にしたカティンカさんが、こちらを向く。
私は、ちょうど良いからと、ロゼーシャによく似た、トーレン殿下とジュゼッタ姫をイメージした花が、バリエンダール北部で栽培されていることを伝えた。
「こことはかなり気候が違いますし、同じ条件では育てられないと思うんですけど、いずれは殿下の墓標の周りで咲かせられたらいいな……と思いまして」
その途端、カティンカさんが無表情になったのはもちろん、それまでめいめいに交わされていた会話が、そこで一斉に止んでしまった。
「え? え?」
「…………お嬢さんや」
何かマズいことを言ったかと、私が内心で焦りだしていると、集まっていた中から、一人の年配の老人が進み出てきた。
「あちらでも……殿下と姫を想って下さる方はおられたのですかな?」
「あ、はい。姫の実のお兄様なんですが……その『ロゼーシャ』によく似た、お二人の色を纏った花を個人で育てていらして、毎年、姫の墓標に捧げていらっしゃるんです」
「お二人の……色」
「殿下が贈られる筈だったドレスの色と、姫が贈られる筈だったポケットチーフの色だと、そう聞いていますが」
その瞬間、周囲を取り巻く空気が、無言にもかかわらず確かに変化した。
エドヴァルド以上に当時のトーレン殿下を知る元使用人たちからすれば、その色がどう言った色なのかは、誰よりも想像がつくに違いない。
「アンジェス国に同じ花は存在しません。けれど近い色と形の花なら、もしかしたらあるかも知れないし、育てられるかも知れない。そうしていずれは、姫の眠る地で咲く花と交換をしあえれば良いんじゃないかと――」
ただ一方的に挿し木の枝を貰うよりも、こちらからも気持ちを込めて、育てた花を贈る方が良い気がするのだ。
「とはいえあちらの意向も何も無視した話ですから、今はただこの地でも、紫と薄桃色の花を育てて、これからはそれを供えていくのはどうでしょうかと言う、案の一端です」
「…………」
私の言葉に、声をかけてきた老人は、どうしていいか分からない――とでも言うように、その場に立ちすくんでいた。
「……決めるのは、じーさん、あんただよ」
場が硬直しかけたそこへ、腰に両手をあてたカティンカさんが、わざとぶっきらぼうな言い方をした。
聞けばその老人、この村に住んでからは黙々と色々な種類の花を育てていたらしい。
たまたま、取り柄がそれだったと本人は言っていたそうだけど、もしかしたら、フェドート元公爵と同じような生き方を、これまでしてきたのかも知れなかった。
「場所なら腐るほどあるんじゃないかねぇ、じーさん。バリエンダール北部で咲く花がどんな花なのかは知らないが、いっそ張り合ってみちゃどうだい」
カティンカさんの言葉に、ハッとした様に彼は顔を上げている。
「張り合う……」
「姫さんの兄とやらが、姫を弔いたくて花を育て始めたと言うなら、アンジェスには、殿下のために花を育てる人間がいたって良いんじゃないかねぇ?」
「――――」
「ああっ、あのっ」
私は慌てて、カティンカさんたちの話に割って入った。
「何も今すぐ、これからと言う話じゃないですから!あくまで花を育てて欲しいと言う『お願い』ですから!」
放っておけば、今、このあとからでも取り掛かりかねない空気を感じてしまったので、とりあえずは落ち着いて貰わねば!と、私も二人の間に入って立った。
「いや、気にしなさんな。彼らは一様に『生きがいの必要な年代』なのさ。要はこれから育成計画を練り上げたいってコトだろう?分かってるよ」
育成計画。
確かに、物理的にも心理的にも遠く離れた地で互いを想う二人のために、それぞれから捧げる花があったって良い。
もちろん同じ花でも良い。
それは、彼の地で一人黙々とオリジナルの薔薇を育てるフェドート元公爵にも、良い影響を与えてくれるような気がした。
「寒冷地で咲くロゼーシャ……かどうかはさておき、北の花を、このアンジェスの地でも咲かせられるかと言うのは、なかなかにヤル気の出る命題じゃあないか」
カティンカさんが、そう言って片目を閉じている。
「今日はもう、これ以上日が傾いてこないうちに退散すると良いさ。ただ、命日までと言わず、その花のコトでもう少し話し合える時間が欲しいね」
「…………」
返事の代わりに、エドヴァルドは額に手をあてて、溜息をこぼした。
ドライフラワーのスワッグだけ同じ馬車に積み込んで、ドライフルーツやカゴバッグは護衛の馬に括りつけたりと、帰り支度が見え始めたところで、私はまだカティンカさんにお願い出来ていなかったことを思い出した。
「ああ……そうだったな。しかし私は、あまり花の種類に詳しくない」
もしかしたらエドヴァルドは、戻ってから誰かに確認させようと思っていたのかも知れない。
だから私は、バリエンダール北部で見たあの花は、アンジェスでは「ロゼーシャ」と呼ばれている花の、恐らくは改良型だと説明をした。
「うん?ロゼーシャが、どうかしたかい」
私とエドヴァルドの会話の一部を耳にしたカティンカさんが、こちらを向く。
私は、ちょうど良いからと、ロゼーシャによく似た、トーレン殿下とジュゼッタ姫をイメージした花が、バリエンダール北部で栽培されていることを伝えた。
「こことはかなり気候が違いますし、同じ条件では育てられないと思うんですけど、いずれは殿下の墓標の周りで咲かせられたらいいな……と思いまして」
その途端、カティンカさんが無表情になったのはもちろん、それまでめいめいに交わされていた会話が、そこで一斉に止んでしまった。
「え? え?」
「…………お嬢さんや」
何かマズいことを言ったかと、私が内心で焦りだしていると、集まっていた中から、一人の年配の老人が進み出てきた。
「あちらでも……殿下と姫を想って下さる方はおられたのですかな?」
「あ、はい。姫の実のお兄様なんですが……その『ロゼーシャ』によく似た、お二人の色を纏った花を個人で育てていらして、毎年、姫の墓標に捧げていらっしゃるんです」
「お二人の……色」
「殿下が贈られる筈だったドレスの色と、姫が贈られる筈だったポケットチーフの色だと、そう聞いていますが」
その瞬間、周囲を取り巻く空気が、無言にもかかわらず確かに変化した。
エドヴァルド以上に当時のトーレン殿下を知る元使用人たちからすれば、その色がどう言った色なのかは、誰よりも想像がつくに違いない。
「アンジェス国に同じ花は存在しません。けれど近い色と形の花なら、もしかしたらあるかも知れないし、育てられるかも知れない。そうしていずれは、姫の眠る地で咲く花と交換をしあえれば良いんじゃないかと――」
ただ一方的に挿し木の枝を貰うよりも、こちらからも気持ちを込めて、育てた花を贈る方が良い気がするのだ。
「とはいえあちらの意向も何も無視した話ですから、今はただこの地でも、紫と薄桃色の花を育てて、これからはそれを供えていくのはどうでしょうかと言う、案の一端です」
「…………」
私の言葉に、声をかけてきた老人は、どうしていいか分からない――とでも言うように、その場に立ちすくんでいた。
「……決めるのは、じーさん、あんただよ」
場が硬直しかけたそこへ、腰に両手をあてたカティンカさんが、わざとぶっきらぼうな言い方をした。
聞けばその老人、この村に住んでからは黙々と色々な種類の花を育てていたらしい。
たまたま、取り柄がそれだったと本人は言っていたそうだけど、もしかしたら、フェドート元公爵と同じような生き方を、これまでしてきたのかも知れなかった。
「場所なら腐るほどあるんじゃないかねぇ、じーさん。バリエンダール北部で咲く花がどんな花なのかは知らないが、いっそ張り合ってみちゃどうだい」
カティンカさんの言葉に、ハッとした様に彼は顔を上げている。
「張り合う……」
「姫さんの兄とやらが、姫を弔いたくて花を育て始めたと言うなら、アンジェスには、殿下のために花を育てる人間がいたって良いんじゃないかねぇ?」
「――――」
「ああっ、あのっ」
私は慌てて、カティンカさんたちの話に割って入った。
「何も今すぐ、これからと言う話じゃないですから!あくまで花を育てて欲しいと言う『お願い』ですから!」
放っておけば、今、このあとからでも取り掛かりかねない空気を感じてしまったので、とりあえずは落ち着いて貰わねば!と、私も二人の間に入って立った。
「いや、気にしなさんな。彼らは一様に『生きがいの必要な年代』なのさ。要はこれから育成計画を練り上げたいってコトだろう?分かってるよ」
育成計画。
確かに、物理的にも心理的にも遠く離れた地で互いを想う二人のために、それぞれから捧げる花があったって良い。
もちろん同じ花でも良い。
それは、彼の地で一人黙々とオリジナルの薔薇を育てるフェドート元公爵にも、良い影響を与えてくれるような気がした。
「寒冷地で咲くロゼーシャ……かどうかはさておき、北の花を、このアンジェスの地でも咲かせられるかと言うのは、なかなかにヤル気の出る命題じゃあないか」
カティンカさんが、そう言って片目を閉じている。
「今日はもう、これ以上日が傾いてこないうちに退散すると良いさ。ただ、命日までと言わず、その花のコトでもう少し話し合える時間が欲しいね」
「…………」
返事の代わりに、エドヴァルドは額に手をあてて、溜息をこぼした。
759
685 忘れじの膝枕 とも連動!
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!
2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!
そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra
今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!
2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!
そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra
今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
お気に入りに追加
12,977
あなたにおすすめの小説

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!
甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・
この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。
レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。
【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。
そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

〖完結〗愛人が離婚しろと乗り込んで来たのですが、私達はもう離婚していますよ?
藍川みいな
恋愛
「ライナス様と離婚して、とっととこの邸から出て行ってよっ!」
愛人が乗り込んで来たのは、これで何人目でしょう?
私はもう離婚していますし、この邸はお父様のものですから、決してライナス様のものにはなりません。
離婚の理由は、ライナス様が私を一度も抱くことがなかったからなのですが、不能だと思っていたライナス様は愛人を何人も作っていました。
そして親友だと思っていたマリーまで、ライナス様の愛人でした。
愛人を何人も作っていたくせに、やり直したいとか……頭がおかしいのですか?
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全8話で完結になります。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます
冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。
そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。
しかも相手は妹のレナ。
最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。
夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。
最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。
それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。
「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」
確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。
言われるがままに、隣国へ向かった私。
その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。
ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。
※ざまぁパートは第16話〜です
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。