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第三部 宰相閣下の婚約者
571 北の意地 南の意地
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「あ、エドヴァルド様。花を育てるお願いを、まだ――」
ドライフラワーのスワッグだけ同じ馬車に積み込んで、ドライフルーツやカゴバッグは護衛の馬に括りつけたりと、帰り支度が見え始めたところで、私はまだカティンカさんにお願い出来ていなかったことを思い出した。
「ああ……そうだったな。しかし私は、あまり花の種類に詳しくない」
もしかしたらエドヴァルドは、戻ってから誰かに確認させようと思っていたのかも知れない。
だから私は、バリエンダール北部で見たあの花は、アンジェスでは「ロゼーシャ」と呼ばれている花の、恐らくは改良型だと説明をした。
「うん?ロゼーシャが、どうかしたかい」
私とエドヴァルドの会話の一部を耳にしたカティンカさんが、こちらを向く。
私は、ちょうど良いからと、ロゼーシャによく似た、トーレン殿下とジュゼッタ姫をイメージした花が、バリエンダール北部で栽培されていることを伝えた。
「こことはかなり気候が違いますし、同じ条件では育てられないと思うんですけど、いずれは殿下の墓標の周りで咲かせられたらいいな……と思いまして」
その途端、カティンカさんが無表情になったのはもちろん、それまでめいめいに交わされていた会話が、そこで一斉に止んでしまった。
「え? え?」
「…………お嬢さんや」
何かマズいことを言ったかと、私が内心で焦りだしていると、集まっていた中から、一人の年配の老人が進み出てきた。
「あちらでも……殿下と姫を想って下さる方はおられたのですかな?」
「あ、はい。姫の実のお兄様なんですが……その『ロゼーシャ』によく似た、お二人の色を纏った花を個人で育てていらして、毎年、姫の墓標に捧げていらっしゃるんです」
「お二人の……色」
「殿下が贈られる筈だったドレスの色と、姫が贈られる筈だったポケットチーフの色だと、そう聞いていますが」
その瞬間、周囲を取り巻く空気が、無言にもかかわらず確かに変化した。
エドヴァルド以上に当時のトーレン殿下を知る元使用人たちからすれば、その色がどう言った色なのかは、誰よりも想像がつくに違いない。
「アンジェス国に同じ花は存在しません。けれど近い色と形の花なら、もしかしたらあるかも知れないし、育てられるかも知れない。そうしていずれは、姫の眠る地で咲く花と交換をしあえれば良いんじゃないかと――」
ただ一方的に挿し木の枝を貰うよりも、こちらからも気持ちを込めて、育てた花を贈る方が良い気がするのだ。
「とはいえあちらの意向も何も無視した話ですから、今はただこの地でも、紫と薄桃色の花を育てて、これからはそれを供えていくのはどうでしょうかと言う、案の一端です」
「…………」
私の言葉に、声をかけてきた老人は、どうしていいか分からない――とでも言うように、その場に立ちすくんでいた。
「……決めるのは、じーさん、あんただよ」
場が硬直しかけたそこへ、腰に両手をあてたカティンカさんが、わざとぶっきらぼうな言い方をした。
聞けばその老人、この村に住んでからは黙々と色々な種類の花を育てていたらしい。
たまたま、取り柄がそれだったと本人は言っていたそうだけど、もしかしたら、フェドート元公爵と同じような生き方を、これまでしてきたのかも知れなかった。
「場所なら腐るほどあるんじゃないかねぇ、じーさん。バリエンダール北部で咲く花がどんな花なのかは知らないが、いっそ張り合ってみちゃどうだい」
カティンカさんの言葉に、ハッとした様に彼は顔を上げている。
「張り合う……」
「姫さんの兄とやらが、姫を弔いたくて花を育て始めたと言うなら、アンジェスには、殿下のために花を育てる人間がいたって良いんじゃないかねぇ?」
「――――」
「ああっ、あのっ」
私は慌てて、カティンカさんたちの話に割って入った。
「何も今すぐ、これからと言う話じゃないですから!あくまで花を育てて欲しいと言う『お願い』ですから!」
放っておけば、今、このあとからでも取り掛かりかねない空気を感じてしまったので、とりあえずは落ち着いて貰わねば!と、私も二人の間に入って立った。
「いや、気にしなさんな。彼らは一様に『生きがいの必要な年代』なのさ。要はこれから育成計画を練り上げたいってコトだろう?分かってるよ」
育成計画。
確かに、物理的にも心理的にも遠く離れた地で互いを想う二人のために、それぞれから捧げる花があったって良い。
もちろん同じ花でも良い。
それは、彼の地で一人黙々とオリジナルの薔薇を育てるフェドート元公爵にも、良い影響を与えてくれるような気がした。
「寒冷地で咲くロゼーシャ……かどうかはさておき、北の花を、このアンジェスの地でも咲かせられるかと言うのは、なかなかにヤル気の出る命題じゃあないか」
カティンカさんが、そう言って片目を閉じている。
「今日はもう、これ以上日が傾いてこないうちに退散すると良いさ。ただ、命日までと言わず、その花のコトでもう少し話し合える時間が欲しいね」
「…………」
返事の代わりに、エドヴァルドは額に手をあてて、溜息をこぼした。
ドライフラワーのスワッグだけ同じ馬車に積み込んで、ドライフルーツやカゴバッグは護衛の馬に括りつけたりと、帰り支度が見え始めたところで、私はまだカティンカさんにお願い出来ていなかったことを思い出した。
「ああ……そうだったな。しかし私は、あまり花の種類に詳しくない」
もしかしたらエドヴァルドは、戻ってから誰かに確認させようと思っていたのかも知れない。
だから私は、バリエンダール北部で見たあの花は、アンジェスでは「ロゼーシャ」と呼ばれている花の、恐らくは改良型だと説明をした。
「うん?ロゼーシャが、どうかしたかい」
私とエドヴァルドの会話の一部を耳にしたカティンカさんが、こちらを向く。
私は、ちょうど良いからと、ロゼーシャによく似た、トーレン殿下とジュゼッタ姫をイメージした花が、バリエンダール北部で栽培されていることを伝えた。
「こことはかなり気候が違いますし、同じ条件では育てられないと思うんですけど、いずれは殿下の墓標の周りで咲かせられたらいいな……と思いまして」
その途端、カティンカさんが無表情になったのはもちろん、それまでめいめいに交わされていた会話が、そこで一斉に止んでしまった。
「え? え?」
「…………お嬢さんや」
何かマズいことを言ったかと、私が内心で焦りだしていると、集まっていた中から、一人の年配の老人が進み出てきた。
「あちらでも……殿下と姫を想って下さる方はおられたのですかな?」
「あ、はい。姫の実のお兄様なんですが……その『ロゼーシャ』によく似た、お二人の色を纏った花を個人で育てていらして、毎年、姫の墓標に捧げていらっしゃるんです」
「お二人の……色」
「殿下が贈られる筈だったドレスの色と、姫が贈られる筈だったポケットチーフの色だと、そう聞いていますが」
その瞬間、周囲を取り巻く空気が、無言にもかかわらず確かに変化した。
エドヴァルド以上に当時のトーレン殿下を知る元使用人たちからすれば、その色がどう言った色なのかは、誰よりも想像がつくに違いない。
「アンジェス国に同じ花は存在しません。けれど近い色と形の花なら、もしかしたらあるかも知れないし、育てられるかも知れない。そうしていずれは、姫の眠る地で咲く花と交換をしあえれば良いんじゃないかと――」
ただ一方的に挿し木の枝を貰うよりも、こちらからも気持ちを込めて、育てた花を贈る方が良い気がするのだ。
「とはいえあちらの意向も何も無視した話ですから、今はただこの地でも、紫と薄桃色の花を育てて、これからはそれを供えていくのはどうでしょうかと言う、案の一端です」
「…………」
私の言葉に、声をかけてきた老人は、どうしていいか分からない――とでも言うように、その場に立ちすくんでいた。
「……決めるのは、じーさん、あんただよ」
場が硬直しかけたそこへ、腰に両手をあてたカティンカさんが、わざとぶっきらぼうな言い方をした。
聞けばその老人、この村に住んでからは黙々と色々な種類の花を育てていたらしい。
たまたま、取り柄がそれだったと本人は言っていたそうだけど、もしかしたら、フェドート元公爵と同じような生き方を、これまでしてきたのかも知れなかった。
「場所なら腐るほどあるんじゃないかねぇ、じーさん。バリエンダール北部で咲く花がどんな花なのかは知らないが、いっそ張り合ってみちゃどうだい」
カティンカさんの言葉に、ハッとした様に彼は顔を上げている。
「張り合う……」
「姫さんの兄とやらが、姫を弔いたくて花を育て始めたと言うなら、アンジェスには、殿下のために花を育てる人間がいたって良いんじゃないかねぇ?」
「――――」
「ああっ、あのっ」
私は慌てて、カティンカさんたちの話に割って入った。
「何も今すぐ、これからと言う話じゃないですから!あくまで花を育てて欲しいと言う『お願い』ですから!」
放っておけば、今、このあとからでも取り掛かりかねない空気を感じてしまったので、とりあえずは落ち着いて貰わねば!と、私も二人の間に入って立った。
「いや、気にしなさんな。彼らは一様に『生きがいの必要な年代』なのさ。要はこれから育成計画を練り上げたいってコトだろう?分かってるよ」
育成計画。
確かに、物理的にも心理的にも遠く離れた地で互いを想う二人のために、それぞれから捧げる花があったって良い。
もちろん同じ花でも良い。
それは、彼の地で一人黙々とオリジナルの薔薇を育てるフェドート元公爵にも、良い影響を与えてくれるような気がした。
「寒冷地で咲くロゼーシャ……かどうかはさておき、北の花を、このアンジェスの地でも咲かせられるかと言うのは、なかなかにヤル気の出る命題じゃあないか」
カティンカさんが、そう言って片目を閉じている。
「今日はもう、これ以上日が傾いてこないうちに退散すると良いさ。ただ、命日までと言わず、その花のコトでもう少し話し合える時間が欲しいね」
「…………」
返事の代わりに、エドヴァルドは額に手をあてて、溜息をこぼした。
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