聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

566 エウシェン(中) 

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 馬車を下りたすぐ目の前には、田舎の村に唯一ある商店、とでも形容するのが相応しいようなお店があった。

 店の軒先には、逆さにされた花束や果物が、すっかり乾燥した状態で吊り下げられている。

 何の果物かは分からないけど、古民家の軒先で見る干し柿と同じやり方で、ドライフルーツを取り扱っているらしいことは分かった。

「公爵家の馬車が進めるのは、ここまでなんだ。だから来る時はここの軒先を借りて、その先は徒歩になる。何、テオドル大公でも歩けるほどの距離だから心配しなくて良い」

 徒歩が負担になると思ったのか、そんな言い方をエドヴァルドはしたけれど、私は自分の足元に視線を落としながら、緩々と首を横に振った。

「大丈夫です。ヨンナが動きやすい恰好、と言うことで考えてくれたみたいなので」

 馬車を下りるときには、更にヒールの低い靴がステップ部分に置かれていて、自動的に履き替えさせられていた。
 きっと、ここから先の徒歩を見越していたからだろう。

「大丈夫ですよ、王都の街中でも下見で歩いていたじゃないですか」

 夜会用のヒール靴でもない限り、10分20分歩いたところで、大したことは――ごほん、今ちょっと体力落ちてるから、普段よりは歩けないかも知れないと、話しながら気が付いてしまった。

 いや、多分、きっと、大丈夫。うん。

 後半、ちょっとどもった私を見てエドヴァルドもナニカを察したみたいだったけど、口に出しては「無理だと思ったら言ってくれ」と言っただけだった。

 ここまで来て「無理」と言わないだろうことは、見ていて分かったんだと思う。

「おやまぁ!公爵さまじゃないか!」

 私が何の気なしに軒先に吊るされている物を見上げていると、中からエプロンと首元にバンダナを巻いた、某ネズミの国のお城の裏手にあったレストランキャストの様な恰好をした女性が、中から現れた。

「去年と一昨年は、花を供えて欲しいと言う伝言と代金だけだっただろう?今年もそうなのかと思っていたら……それにしても、まだ時期からすれば随分と早いんじゃないかい?」

 確かに、お金だけ送っているようでは、純粋な供養とは言い難い。
 私がじっとエドヴァルドを見返すと、困ったように視線を逸らされてしまった。

 その仕種に、店の中から出てきた女性も、そこで私に気付いたらしい。
 おや、と言う表情に変わった。

「……もしや公爵様、結婚報告にでも来たのかい」

 肝っ玉母さん、と言った女性の雰囲気に抗えなかったのか、少しの間を置いたエドヴァルドが「……そう取って貰って構わない」と、圧し負けた様にぽつりと零した。

「そ…っ、そうかい!最近見ていなかったから、ちょっと揶揄からかってやろうかと思ったら、本気だったかい!」

 エドヴァルドの声に冗談の要素がないと察した女性の、途轍もなく良い笑顔がその場に煌めいた。

「ちょっと、アンタ!公爵様が結婚の報告に来て下さったよ!村の皆に伝えて回っとくれ!」

 店の中から「なにいっっ⁉」と叫ぶ男性の声が聞こえてきていたけど「いいから、皆に報告だよ!」との一喝を受けて、慌てたように店から飛び出していくのが見えた。

「いや……我々は……」
「はいはい、分かってるよ。鍵を取ってくるから、店の中でちょっと待ってておくれよ」

 怒涛の勢いで話して、動いた後、私を見て「あ!」と思い出したように両手を掴んで、ぶんぶんと上下に振った。

「すまないね、お嬢さん!私はカティンカ。エウシェンの村の管理人だよ。今走って行ったのが夫のフロウル。いやぁ、この無愛想な公爵様にもとうとう嫁が!この村の男衆が嫁を見つけるよりも難しいんじゃないかって言われていたのにねぇ……私ゃ嬉しいよ」

「……っ」

 この国の公爵であり宰相でもあるエドヴァルドへの態度にしては、気安すぎるくらいに気安いと言わなくちゃいけない。

 あっと言う間に、鍵を取りに店の奥に走っていく女性に、何を言う隙もなくて、私はおずおずと、片手で額を覆っているエドヴァルドに視線を向けるしかなかった。

「えーっと……エドヴァルド様……?」

「……ここは、どの公爵領からの圧力も受けない土地だ。年老いて王宮を退いた使用人やその家族たちに、墓標を護ることと引き換えに住んで貰っている。平民だが最低限の機密保持は出来る」

「……なるほど」

 ちなみにさっきのカティンカ&フロウル夫妻は、妻側の母親が王宮侍女だったんだそうだ。

 フィルバートが王位に就く直前の政争でケガをして働けなくなったところを、家族揃っての移住を提案されたんだとか。

 娘夫婦は王都の隅の一般市民や職人の住む区画で食料品店の雇われ店長だった。
 ならば、ここでだって店を開けばいい。王宮から、負傷者向けの補助は出す――と言う形で、母親共々移り住んで来たらしい。

 他の村民も、理由に多少の違いはあれど、似たような境遇で、移住を受け入れたとの事だった。

 その母親は数年前に他界をして、今は夫婦二人で店を切り盛りしているのだと、辺りを見回しながらエドヴァルドが言った。

「来た時には、花はここで買うんだ。いつ来るか分からない者のために、常に生花を並べておくわけにもいかないだろう?だから、入口で見たあの束のように、乾燥させて、長く姿を保たせるように工夫を入れている。殿下の棺に入っていた花を思えば、そう言う風に加工させた方が喜ばれると思ったからな」

 トーレン殿下の葬儀で花を用意してくれた、当時の業者が、そこにあった乾燥した花束のことを、そうやって教えてくれたらしい。

 花を褪せさせたくなかったんでしょうね……と。

「それは……乾燥した花束が好きだったというわけじゃなく……」

「分かっている。ジュゼッタ姫から送られた花だったからこそ、だったんだな。いや、分かっていると言ったのは言い過ぎだな。フェドート元公爵邸の庭に立つまで、その事には思い至りもしなかったのだ。偉そうに言えた義理ではない」

 やや自嘲気味に微笑わらうエドヴァルドに私が何も言えなくなったところへ、ちょうどカティンカさんが奥から戻って来た。

 手には小さな鍵がある。

「終わったら、戻って来とくれよ。皆、久々に色々売り込みたくてうずうずしているだろうからね」

 ――売り込み?

 首を傾げた私に、鍵を受け取ったエドヴァルドは「まずは墓標に行くことを優先させよう」と、今すぐの詳細な説明は、やんわりと避けた。

 花束は、好きな色を好きなだけ。
 そう言われたエドヴァルドは、無言で店内と軒先を一瞥して、紫とピンクにそれぞれ近い花のドライフラワーを選んでいた。

「以前までならば、適当に端から端まで、と言った選び方をしていたが、今となっては、もうそんなことは出来ないな」

「……そうですね」

 今回の北部地域行きで、エドヴァルドに、トーレン殿下の想いが受け継がれたに違いなかった。

「ははぁ……変われば変わるものだね」

 感心した、と言ったていも露わなカティンカさんに取りあわない形で、エドヴァルドは私にエスコートの手を差し出した。

「では行こうか」
「はい」

 正式なエスコートではなく、歩きやすい「恋人つなぎ」の状態で、私とエドヴァルドはいったん店を後にすることになった。
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