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第三部 宰相閣下の婚約者

565 エウシェン(前)

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 王宮内には、官吏や王の執務の為の部屋、来賓に向けての社交会場や宿泊区、使用人の居住区など様々な場所がある。
 当然、王族の居住区域も亡くなった代々の王族のお墓も、王宮の中にある。

 そして持病や毒と言うよりは、年齢を重ねた末、徐々に寝台ベッドから起き上がれなくなったことで己の老い先を悟ったトーレン・アンジェス殿下は、その居住区でエドヴァルドに業務の完全な引き継ぎを指示する傍ら、テオドル大公には葬儀や埋葬に関しての要望を予め伝えていたのだと言う。

「王室墓廟に関わることだから、テオドル大公の方が一からの説明は要らないと思ったんだろうな」

 窓の外を眺めるエドヴァルドの目は、景色よりも遠い所を見ているような気がした。

 トーレン殿下がテオドル大公に伝えた要望は三つ。

 ・執務室にある、花びらの乾ききった花の束と、紫のポケットチーフを自分と共に棺に入れること。

 ・周りが何を言おうと、王室墓廟には埋葬をしないこと。
 
 ・遠くバリエンダールまで見渡せそうな景勝の地に埋葬をしてほしい。

 少なくとも先代や先々代の王と同じ空間に埋葬されることだけは、死んでも許容が出来ないと、テオドル大公に強く言っていたらしい。

 それならば、遠くバリエンダールに思いを馳せられそうな土地で、たった一人で埋葬をされる方が何十倍も何百倍もマシだと。
 犯した罪を思えば、ちょうどそれで釣り合いもとれるだろう――と。

 しかもテオドル大公は、皆が棺に捧げた花の中から、先代国王が捧げた花を密かに抜き取ったらしい。
 気付いている人間はほとんどいなかったらしいけど、すぐ傍にいたエドヴァルドはしっかりとそれを目撃していたと言う。

 同じ空間に埋葬されることすら拒む人が、花なぞ捧げられたくもないだろうと、それは大公の独断だったそうだ。

「トーレン殿下の意を最大限に汲んだテオドル大公が、探し出したのがエウシェンの地だった。喪に服す、臣籍降下をしてアンディション侯爵領に行くための下見をする……などと言いながら、近隣あちらこちらを旅して決めたと聞く」

 王都よりほんの少し標高の高い場所にあり、自然に囲まれた、農耕や薬草栽培を中心とした、王都の喧騒とは真逆の静けさを持つエリアらしい。

 何より視界を遮るものがなく、遠くの山まで見渡せるような景勝が、テオドル大公にとっては決めてだったようだ。

 普段は、乾燥した植物の茎を編んで作られたバッグを土産物として売っている小さな村に、墓標に供える花の栽培や墓周辺の土地の管理なんかを依頼しているそうだ。

「まずは墓標の麓の村に行って、墓標に入るための鍵と供える花を村長から受け取る」

 盗賊や墓荒らしを警戒して、墓標近辺は柵と鍵が設置されているらしい。

「元より華美な装いをしない方ではあったが、宰相と言う役職を考えれば、どこで恨みを買っていないとも限らない。何より、花やポケットチーフは殿下が何より大事にされていたもの。静かに眠らせてさしあげるには、そのくらいはした方がいいとテオドル大公と当時話し合った」

「……だから、今、手ぶらなんですね」

 墓標に表敬訪問を、と言う割には手土産ひとつ持っていないことを不思議に思っていたけど、日頃は訪れる人間のそう多くない村に、少しでもお金を落とせれば……と言うことなんだろう。

「フェドート元公爵邸で見たような花は、元より特殊なものだ。その村で、訪れた時期に咲く花を買って捧げたとしても、むしろ理にかなっている――くらいには、殿下は思っているはずだ」

 私と同じように馬車から見える景色を見ているエドヴァルドの目は、実際にはトーレン殿下の面影を追っていると思う。

 少し、故人の為人ひととなりを懐かしむように、口元を綻ばせていた。

「……お好きだったんですか、殿下のこと」

 その仕種から尋ねてみれば、もしかしたら今まで考えたこともなかったのか、エドヴァルドは少しだけ目を見開いていた。

「ふむ……まあ、実の父親よりも父親らしかったかも知れないな。世間一般に聞く父親と言うのは、きっとこうなんだろうと、一方的に考えていたことは確かだ」

 わずか10歳で、後妻と愛妾とを巻き込んで刃傷沙汰となった、書類上の父親――先代イデオン公爵に先立たれていては、血縁上の実父のことも踏まえ、エドヴァルドの中での父親像は、ロクでもない像が出来上がっていた可能性がある。

「表から裏まで、本当に多くのことを教わった。最初の頃は私が虐げられているかのような印象を周囲に与えていたらしく、時折テオドル大公が執務室に飛んできていたな。よく『、ヘタか!』などと叫んでいたのは、あまり話さない者同士だった私と殿下との間を取り持とうとしていたのかも知れん」

 後日テオドル大公は「殺伐とした空気が常に部屋に満ちていたから、をしようとしていただけ」と微笑わらって、それ以上、あまり詳しい話はしてくれなかった。

 それぞれに、しまっておきたい話があれこれとあるのかも知れない。

 そうこうしているうちに、馬車はだんだんと王都の喧騒から遠ざかり、辺りは森の木々に囲まれるようになった。

「私もしばらく来れていなかった。怒りはしないだろうが、嫌味のひとつは言われそうだ」

 口元の笑みは残したまま、まるでまだ、そこにトーレン殿下がいるかのような言い方を、エドヴァルドはした。
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