聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

564 結託の成果

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 現状〝ジェイほたて〟の流通を変更したり増減させたりすることが、ナルディーニ侯爵家を通さずに進めることがほぼ不可能な状態のため、当面の間は、今市場に流通している中から個人宅の食用として購入するしかないと言うことだった。

「それすらも卸売市場から決まった店、商会にしか卸されていないから、必要な時には私かコンティオラ閣下に声をかけて欲しい。出入りの商会を向かわせるから。まあ、なかなか閣下に声はかけづらいか――いや、宰相閣下を通すなら、逆に閣下の方が声をかけやすいか……?」

 一連の歴史?を説明してくれたマトヴェイ部長は、そう言いながら首を傾げていた。

 まあ、とりあえず「ホタテが食べたい」と言えば、翌日には食材として公爵邸に届くと言うスタンスで良いんだろう。

「ではわたくしは、レイナ嬢が頼む時に合わせて、ボードリエ伯爵邸にも都度届けていただく形で宜しいですかしら?こちらからすれば突然届く形にはなりますけれど、邸宅やしきの料理人でしたら、そのくらいの臨機応変さは持ち合わせてますでしょうから」

 別々に頼んでいては、どこでナルディーニ侯爵家を刺激してしまうか分からない。
 まだイデオン公爵邸だけなら、通常の買い物ととぼける事も可能だろう。

 そう判断したらしいシャルリーヌは「では、宰相閣下」と、扇を口元にあてながら目だけで優雅に微笑んだ。

「サレステーデから宰相様がお越しの日時が分かりましたら、お知らせ下さいますか?その前日あるいは前々日に、レイナ嬢を我がボードリエ邸にお招き致しますわ」

「…………」

 無言で半目のエドヴァルドに「あら」と、シャルリーヌも目をすがめていた。

「日時が決まられたところで、宰相閣下は人一倍お忙しくなられますでしょう?でしたら、我が邸宅でお過ごしいただく方が、彼女も寂しくなくて良いと思うのですけれど。まさか先ほど、一度お認め下さったことを翻したりはなさいませんよね……?」

 後で聞いたところによれば、シャルリーヌはセルヴァンに「あくまでレイナ様のため、と言うことを全面に押し出されると宜しいですよ」とを受けていたらしい。

 ヨンナからは、エドヴァルドに必要以上に気圧されない為の、視線と口調のレクチャーを受けたとか。

(いつの間に。ってかヨンナ、それ私も知りたい)

 エドヴァルドの王宮出仕中に、ぜひ聞いておきたいと頭の片隅に情報を留め置いた。

 そしてその「指導」の効果は劇的だった。

「……三国会談の日程が決まったところで、ボードリエ伯爵宛連絡はいれさせて貰おう。話はそれからだ」

 これは「折れた」と言うことだなと、それは私にも分かった。

*        *         *

 海鮮バーベキュー、残された食材は使用人たちの昼食、夕食に回されることになった。

 本当は、私も再利用アレンジされた料理を食べてみたかったけど、この日は夜、フォルシアン公爵ご夫妻との食事が控えているので、残りは泣く泣く諦めるしかなかった。

「手つかずの魚や貝は、フォルシアン公爵家にも多少は届けても良いんじゃないか。手ぶらよりは良いだろう」

 元々「あべかわもち」と「そばぼうろ」(どちらも、もどき)は手土産に持参しようとしていたのだけど、どうせ無傷なら魚も渡しておこうと、エドヴァルドは思い立ったらしかった。

「今は未だ、それよりも外出の準備をしなくてはならないが」

 来客ゲストは全員それぞれイデオン公爵邸を辞し、そのまま私とエドヴァルドは、外出着に着替えて支度をすることになった。

「少し馬車に揺られますから、ゆったりとした服をご用意させていただきます。フォルシアン公爵邸に行く前も、またこちらお立ち寄りいただき、場に相応しい服装に着替えていただけますか」

 そんなヨンナの言葉と共に着替えたドレスは、コルセットも限界まで緩められた、実用性重視の衣装だった。
 それゆえに、当初は外出先から直接フォルシアン公爵邸へ行こうとしていたのを、ヨンナが止めたのだ。

 私の着替えが終わる頃には、既に公爵邸の馬車が玄関に横づけされている状況で、ほぼほぼ戻って来てからの立ち寄りに関して、拒否権のない状況に追い込まれていた。

「レイナ、手を」

 ほぼ反射的に、エスコートのために差し出されていた手のひらに、自分の手のひらをそっと重ねる。

 乗り込んだ馬車の中は、向かい合わせではなく――隣同士だった。

「エ、エドヴァルド様⁉」
「まったく、貴女は……」

 そう零したエドヴァルドの顔が急に近くなり、触れる程度の軽い口づけに身体がピキリと硬直する。

「ドレスが乱れるようなことは、しない。ただ――」
「……ただ?」
「貴女にとっての最上位は常に私であって欲しい。私にとっての最上位は、とうに貴女なんだ。私は、酷なことを望んでいるか?」
「……っ」

 相手はボードリエ伯爵令嬢ですよ?と言いかけた言葉は、エドヴァルドの視線に遮られてしまった。

「今更行くなとまでは言わないが……私が貴女の身を常に案じていることだけは、忘れないでいて欲しい」
「…………はい」

 照れを隠すように視線を窓の外に向けると、ちょうど中心街から街道を抜けようとするところだった。

「あの……」

 さすがにそろそろ、どこへ行くのか聞いても良いだろう。

 私の表情でそれを察したエドヴァルドも、私の視線を後追いしながら、ポツリと「エウシェンだ」と小声で囁いた。

「エウシェン」

「……トーレン殿下の墓碑が立つ場所だ」


 私は真顔になって、エドヴァルドの方を振り返った。
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