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第二部 宰相閣下の謹慎事情

【宰相Side】エドヴァルドの希求(3)

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「……しかしまさか、宰相閣下を名乗られる方が、にせよ護衛3人で他国までおいでとは、思いもよりませんでした」

 再び〝転移扉〟のある部屋まで辿り着いた時、振り返り際にミラン王太子が感心したように口を開いた。

 正確には、リックは護衛ではないのだから二人と言えるだろうが、ここでは素知らぬふりを通した。

 正直、レイナの傍にはベルセリウスを筆頭に軍の人間が複数付いているのだから、過剰戦力、下手をすれば脅しになると思っていたのだ。

 すぐに合流出来ると思っていたからこそ出来たことではあったのだが、そこはわざわざ口にしない。

「ここからユングベリ嬢たちと共に〝扉〟を通ったのはフォサーティ宰相の息子ジーノだが、ユレルミ族の村――ユッカス村の代表者は族長カゼッリ、養子縁組前のジーノとは、伯父と甥の関係にあった。もしジーノが何らかの理由で不在にしているようなら、カゼッリ族長を訪ねるといい」

 そう、事前情報を渡してくれたミラン王太子に「承知した」とだけ短く頷いておく。

「せめてこちらからは余計な横槍が飛ばぬよう、諸々押さえておくつもりはしている」

 ミラン王太子の言う「余計な横槍」は、恐らく縁談の話ではないように思う。
 だがそれ以上は今のところ内政干渉だろうと、私は深く聞かないことにしておいた。

 今は何を置いても、テオドル大公の安否確認が先だからだ。

「聖女殿。この度の助力感謝する」
「ノヴェッラ伯爵マリーカと申します、宰相閣下」

 部屋の中央に描かれた円陣に立つ前に頭を下げた私に、バリエンダールの当代聖女は穏やかに微笑わらった。

 思い返せばきちんとした名乗りは受けていなかったかも知れないが、言われるまで気にはしていなかった。

ご婚約者レイナ様にも申し上げましたが、私の力と知識で役立つことがございましたら、いつなりとご連絡下さいませ。聖女、聖者の力はどの国も貴重なもの。協力に否やはありませんから」

 どこかの花畑在住聖女とは違う――などとレイナが考えた姿が目に浮かぶようだった。

 思わず苦笑してしまった私を、怪訝そうに聖女と王太子とが見ていたが、私も「いや」と片手を上げるだけに留めた。

「では、くれぐれも気を付けて行ってきて欲しい。いくら私用と言えど、何かあれば即国際問題になるのはお分かりだと思うので」

「承知した、王太子殿下。テオドル大公の無事が分かれば、いらぬ憶測は呼ばずに済むと思われるが、私自身も留意はしておこう」

 そうして私は、バリエンダールの王宮に何時間も滞在しないうちに、北方の遊牧民族、少数民族ユレルミ族が拠点とするユッカス村へと移動をしたのだ。

*        *         *

 レイナたちがその繋がった空間を通ってから、それほど日時が経過していた訳ではないこともあって、当代聖女ノヴェッラ女伯爵も、それほどの魔力を使うことなく、再整備をすることが出来たらしかった。

 通常であれば〝転移扉〟を繋げる距離が長い場合には、もっと長めの休息を必要としているのだと言う。

 移動した先は、木で組み上げられたと思われる壁が特徴的な建物の中だった。
 壁にかかっている、大きな角を持つ動物の頭もやたら印象的だ。

「俺、ちょっと周囲見てくるよ。もし妹がいたら、その方が話が早いし」
「ああ、そうだな」

 確かにそれは一理あると思った私は許可を出し、リックは素早く部屋の外へと姿を消した。

「とは言え、お館様」

 リックが出て行くのを横目に、グザヴィエが辺りを見回しながら眉を顰めている。
 どうやらこの館には、ほとんど人の気配がしないらしい。

「そのユッカス村とやらの、具体的にどのあたりにこの館があるのかは分かりませんが、お嬢さんやベルセリウス将軍たちは少なくともここにはいないと思いますよ」

 グザヴィエの言葉に、同じ様に周囲を見渡したコトヴァも頷いていた。

「と言うか、近場にも気配がしない」
「……っ」

 たださすがに、最後のコトヴァの一言には頷きそびれた。

「まさかテオドル大公の居場所が分かって、ここも離れたとでも……?」

 答えようのない、苛立ちのこもった私の呟きに、グザヴィエとコトヴァは賢明にも互いに顔を見合わせただけで返事をしなかった。

 私も答えを期待していた訳ではないので、素早く、もしそうだった場合のことを考えるよりほかはなかった。

「――閣下」

 そこへ、扉がノックされた音と共に、リックが外から顔を覗かせた。

「早いな。もう何か分かったのか?」
「いや……そうとも言えるし違うとも言える……」

 何とも言えない表情を浮かべるリックに、私は嫌な予感を覚える。

「前置きはいいから結論を話せ。おまえならば私にいちいち忖度もしないだろう」

 八つ当たりではないと言い切れないところはあったのだが、私の部下でも身内でもないリックも、そこは気に留めていないのか、むしろ「それは、まあ」と頷いたくらいだった。

「この部屋の外で、ユレルミ族の族長夫人って女性ひとに出くわしたんだよ。それで『の迎えだ』って話をしたら『その人はどこに』って、閣下と話をしたそうだったから、連れてきた。中に入れても良いか?」

「族長夫人?」

 思いがけない話に、微かに目を瞠る。

 ただ、宰相令息ジーノがいなければ族長を捜せとミラン王太子が言っていたこともあり、私はリックに許可を出すことにした。

 そうして現れたのは、民族衣装と思しき装いに身を包んだ、落ち着いた雰囲気を持つ女性で、バリエンダール語は、かなり片言だった。

 私は今更ながら、北部地域にちゃんと辿り着いていたことを実感したと言って良かった。
 恐らくは大半の人間が、部族の言語しか話せないのだ。

 さすがに族長は話せるとして、その夫人として少しずつ覚えている……と言ったところなのかも知れなかった。

「あなた、れいな、こいびと」
「……っ」

 ただ、片言であるが故の破壊力がここまでとは思わなかった。
 婚約者、の単語が出なかったのだとして「恋人」と言われたことはなかったために、さすがに動揺してしまったのだ。

 この分だと、私が「婚約者」と伝えたところで、通じないだろう。

 妙にニヤニヤと口元を綻ばせているリック、グザヴィエ、コトヴァの三人には、あとでどうしてやろうかと思いながらも、この時の私は思わず口元に手をあてながら「……そうだ」としか返すことが出来なかった。

「わかった。わたし、ぞくちょう、つま、ランツァ。ジーノ、呼んでくる。かれ、ことば、だいじょうぶ。すこし、まつ」

 そう言ってふわりと微笑ったランツァ族長夫人は、その場から軽やかに身を翻して、どこかへと向かって行った。


 どうやらレイナたちがどこでどうしているのかは、その宰相令息に確認するよりほかなさそうだった。
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