聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

【バリエンダール王宮Side】王太子ミランの訣別(6)

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「答える前に一つ確認をさせて貰えるだろうか」

 父の頷きを受けて、私が会話を引き受ける形になった。

「貴殿の婚約者とは、ユングベリ商会の商会長、レイナ・ユングベリ嬢で合っているか?」

 想像はつくが、何せ私はミルテ経由で「アンジェス在住のとある公爵が婚約者だ」としか耳にしていない。
 私がそう口にすると、最初険しくなりかけていたイデオン宰相の表情が、納得したように少し和らいだ。

「……その通りです、ミラン王太子殿下」

「承知した。ではその上で答えを返させて貰うが――彼女は昨日、北方遊牧民族ユレルミ族が暮らす村へと、テオドル大公殿下の情報を得るために王宮ここからって行った」

「…………は?」

 この瞬間、私は目の前のこのトーレン殿下の後継者たる男が、一時の戯れなどではなく、本気であのユングベリ嬢を婚約者として傍に置いているのだと確信した。

 外交用の仮面にヒビが入るのを、確かに見た。

「悪意を持ってそうした訳ではないんだ、イデオン宰相。マトヴェイ卿とユングベリ嬢、二人をこの王宮に留め置くとなると、テオドル大公殿下の不在が逆に目立つ可能性があった。大公殿下に遅れて同行したと周囲に知らしめておく方が良いと、陛下と判断をさせて貰ったんだ」

「それは……確かに」

「それにユレルミ族が暮らす村は、我がバリエンダールのフォサーティ宰相の義理の息子、ジーノが生まれ育った村。そこを拠点として、大公殿下の情報を集めて貰う方が安全だ、ともな」

 もちろんジーノもユレルミ族との橋渡しのため同行させている、と私が言ったところで、イデオン宰相は何か考え込むように口元に手をあてていた。

 もっとも、そこから紡がれるであろう言葉には、ほぼ想像はついていたのだが。

「……殿下。私もそこへ行きたい、と申し出ることは可能だろうか」
「――――」

 私は答える前に一度だけ、陛下ちちに最終確認をとるために玉座を振り返った。

「……うむ」

 父メダルドも、王としての顔で、最初からそのつもりだったと思わせない様、厳しめの表情をそこで見せつつ頷いたため、私は「イデオン宰相」と改めて彼に声をかけた。

「こう言う言い方もどうかと思うが、貴殿は最初に私用だと公言してこの地を訪れている。だとするならば、むしろこの王宮に留まるよりも、後を追って貰った方が良いのではないかとは考えている。何しろ貴殿の滞在も、ユングベリ嬢やマトヴェイ卿以上に目立つ可能性があるからな」

 さすがに「放っておいてくれ」と言われて「はい、そうですか」とは頷けない。

 そう告げたところで、イデオン宰相の眉根が微かに寄っていたが、彼が何かを言い始める前に「とは言え」と、すぐに言葉をかぶせた。

「海を挟んだ隣国の王宮まで〝転移扉〟を繋いだこと、先行しているジーノたちのために、ユレルミ族の村までも扉を繋いだこと、これら立て続けの起動でさすがの聖女も多少疲弊をしている。明日明後日になるような、それほど長い時間ではないと思うが、少し回復の時間を貰えるだろうか」

 聖女の魔力の底は、本人にしか分からない。
 本当は大丈夫なのかも分からないが、後々トラブルが起きては困るので、ここは多少なりと間隔を開けておくべきだろうと思う。

「それまでは、王太子わたしの執務室で待たれると良い。フォサーティ宰相も今はそこで蟄居――いや、謹慎か軟禁か。ともかく、私を含めその面々では、誰も押しかけては来ない。待機にはうってつけだろうと思う」

「――承知した。宜しく頼む」

 そう言って軽く一礼したイデオン宰相に、私と父は見えないところで密かに胸を撫で下ろした。
 確かにこの時は、ひと息つけたと思ったのだ。

*        *         *

「貴殿は確か……」
「久しいな、フォサーティ宰相。トーレン殿下の国葬以来か」

 年齢の差はあれど、宰相同士。
 私の執務室で顔を合わせた二人は、そこでどちらか一方が遜って話すと言う事はなかった。

 ただフォサーティ宰相の顔にはハッキリと「何故ここに」と書かれているし、イデオン宰相の顔は明らかにフォサーティ宰相家の一連の騒動を非難する顔になっていた。

 そして真実ユングベリ嬢を思うが故の、イデオン宰相の険しいその表情かおを見て、フォサーティ宰相も、ユングベリ嬢がイデオン宰相の婚約者である事を、否が応でも理解をしたらしかった。

「……この度は、我が家の関係者が多大な迷惑をかけた。この通り、まずは謝罪させていただく。そのうえで、後はこちらにお任せ願えないだろうか」

 開口一番、頭を下げるフォサーティ宰相に、エドヴァルドは揺らがなかった。

「これ以上、彼女に誰もはかけないと、約束出来るのであればそうしよう」

「先代陛下も身罷みまかっている以上は、もはやそこまでやろうという貴族はいないように思うが……しかし彼女は貴族階級の女性ではない筈。貴殿がその隣に立たせたければ、相当の苦労が必要になるのではないか?」

 恐らくフォサーティ宰相としては、純粋な驚き、婚約の経緯に対する興味からそのような科白が口をついて出たのかも知れない。
 ただ、言われた方はそうではなかった。

「……だから?」

 ただでさえ冷ややかだった視線がますます半目になって、場の空気を圧倒的に支配する。

「テオドル大公殿下との養子縁組をなされるのか」

 私は、フォサーティ宰相に「そろそろ空気を読め」と、何とか伝えたかったが、それはどうにもうまくいかなかった。答えの代わりに周囲の空気が音を立てて冷えていき、私はそれがイデオン宰相自身から溢れている魔力が原因である事にすら、気付くのが遅れた。
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