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第二部 宰相閣下の謹慎事情

【バリエンダール王宮Side】王太子ミランの訣別(4)

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 テオドル大公がバリエンダールを訪れる際には、北部地域に居を構えるフェドート元公爵を訪ねているのは、以前からの恒例行事だ。

 バリエンダールでの滞在日数によって、日帰りだったり宿泊も含んでいたりと色々あるが、今回は日帰りの予定で行くと、事前に聞かされていた。

「シェーヴォラと北部地域を結ぶ街道が封鎖された?」

 そんな中で、テオドル大公が予定通りに戻って来ないと言う連絡と、その要因と思われる情報が、日頃からジーノと懇意にしていると言うナザリオ・セルフォンテ王都商業ギルド長の口からもたらされた。

 もともとジーノにこの話をしに来たらしいが、私の執務室で軟禁状態にあることから、自動的に私も同席する形になっていたのだ。

 そしてそこには別件の商談中だったと言うユングベリ嬢も、ナザリオギルド長に引きずられる形で同行をしてきていた。

 表向き、テオドル大公の書記官としての役目があっても、大公不在中の私用としての商会の仕事だったようだから、そこは私もいちいち苦言を呈するような話ではなかった。

「ねえ、王太子殿下。王宮の〝転移扉〟をシェーヴォラより先には設定出来ないんですか?」

 さすが若くして王都商業ギルド長にまで上り詰めた男だと思う。
 得た情報と、この部屋にやって来た時点で、フォサーティ宰相家が何かに巻き込まれていることを察して、失地回復の一手としてその交渉を提案してきた。

 ジーノどころか宰相さえ、かける言葉に困っているのだから大したものだ。

 だがさすがに、いきなり大勢の人間が押しかけるのは、相手の不安を掻き立てるようなもの。
 まずは先触れの手紙からにしたらどうかと、私は折衷案を出した。

 目的はあくまで「やんごとなき方」の保護。
 保護の見返りは、ユングベリ商会と言う新たな販路。

「ああ、それ良いんじゃない?」

 などと笑っているナザリオギルド長とは対照的に、ユングベリ嬢はハッキリと顔をしかめていた。

「王宮に軟禁される代わりに、北部地域へ行けって事なんですね……」

 私は周囲に気取られない範囲で目をみはった。

 テオドル大公が予定通りに戻って来ることが出来ず、所在不明であることを公にする訳にはいかない。

 そうなると、ここにいるアンジェスからの随行者は皆、フォサーティ宰相たちの様に王宮内に留め置かざるを得ない。

 こちらが何かを言う前から、彼女自身が既にそれを察している。

(まずいな……)

 ユングベリ嬢は、お飾りではなく自身で商会を経営していると言うだけあって、頭の回転が早い。
 人よりも二歩も三歩も先を行くナザリオギルド長とも、臆すことなく会話を交わしている。

 ジーノの関心が、この前の茶会時点よりも更にハッキリと彼女に向いているのが分かった。

 彼自身、宰相家の養子であり、根は少数民族ユレルミ族の族長の息子、生粋の貴族の出ではない。

 血のにじむ努力を重ねて、王宮内での立場を確固たるものにしてきたが、それでも、その出自を貶されたことは一再ではない。
 そんな高位貴族家の令嬢たちよりも、自力で商会を経営するほどの才を持つ彼女に目がいくのも当然の成り行きと言える。

 ただ、既にエドヴァルド・イデオン公爵と婚約関係にあると言うなら、それに横槍を入れるなどと、我が国がかつてアンジェスのトーレン殿下にした仕打ちを再現するようなものだ。

 トーレン殿下のことと相まって、今度こそ国交断絶と言った事態にもなりかねない。

 本人だけでなく、周囲にも余計な思惑を持つ者が沸いて出ないよう、注意をしなければならないと思った。

 いずれにせよ今夜はまだ、テオドル大公が戻って来ないとも限らない。

 明日の朝まで大公の同行者たちには、今夜ひと晩外出を自粛して貰う形で、王宮内に留まって貰うよりほかなさそうだった。

 そして、リベラトーレ侍従長を通じて、口頭でこっそりと説明をしていた、テオドル大公未帰還の話を、私は夕食の席で改めて父である国王陛下に説明をしていた。

 公務の時間に執務室を訪ねて説明をしていては、誰に見られるとも聞かれるとも限らなかったからだ。

 食事の席であれば、皆が茶会の影響でそれぞれの居住区に引きこもっている以上、必然的に陛下ちちと二人になる。

 ここにいる使用人たちは、リベラトーレ侍従長を筆頭に古くからの雇用者であり、話を外に洩らす心配もない。

「陛下。とりあえず明日の午前まで様子を見て、現状から変わることがなければ、ジーノを筆頭にアンジェスからの客人、商業ギルド幹部と複数で、ユレルミ族の村に入って貰おうと思います」

 事前に概略を話していたこともあり、スープを口に運んでいた父メダルドは、動揺を見せることなく「うむ」と頷いていた。

「そのタイミングで、アンジェスのフィルバート国王にも知らせるか」
「そのつもりです」
「国としてはあまり名誉な話ではないのだが、時間的にそのあたりが限度であろうな」

 父の顔に、一国の王としての苦悩が滲む。

「そもそもイラクシ族は、変化を嫌う一族。ジーノのユレルミ族とは正反対の位置にいると言っても良い。今回のことは、閉鎖された扉をこじ開けるいい機会ではないですか」

の公爵家の差し金であろうか。テオ殿のことを思えば、あまりにタイミングが良すぎる」

「どうでしょう……ジーノがそのあたり、確認してくると思いますよ。今回のこの事態を、これ以上ややこしくすることなく解決をしないと、彼もフォサーティ宰相も後がない」

「うむ……」

「陛下。私とて、何も好き好んでジーノに非情な手段をとっている訳ではないのです。むしろ私よりも宰相の方が、自己犠牲上等で何かやりかねません。軟禁と言っても四六時中私の執務室にいる訳ではないのですから、陛下の方からも宰相の動向には留意していただけますか」

 うむ、と再度答える父メダルドの反応はあまり芳しくない。

 長い間、先代国王の横暴を、二人で最小限に抑えてきたのだ。
 私などよりもよほど、今回の件には思うところもあるだろう。

「……ミランよ」

 苦悩に眉根が寄ったまま、父メダルドがこちらを見やった。

「これまでの融和政策は、誤りだったと思うか?」

「…………全ての部族の承認を得ようとすることの方が誤りではないですか。それはもはや融和ではなく、こちらの価値観の押し付けになってしまいますよ」

「…………そうか」

 ミラン、と父メダルドはもう一度私を見据えた。

「今回、私の方での公爵家の注意を惹きつける。すまぬが其方にはその裏で動いて貰うことになろう」

「もとよりそのつもりですよ」

 先代は享楽的に育ち、当代はその反動でひとの顔色を常に伺うような平和な環境下で育った

 ――私は?

 私は、足元がまだ不安定な自分に気が付いて、しばらくその場で立ち尽くしていた。
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