聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

541 私が足りない⁉

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 至近距離で、心臓に悪いドアップな寝顔の方が記憶にこびりついている私としては、で見るエドヴァルドの寝顔に、それはそれで動揺をしていた。

 ボウルに水を張って、濡らした布でも置いておこうかと思ったら「熱を出されている訳ではありませんから……」とヨンナに生温かく微笑まれてしまった。

「着替えの補助やお身体をお拭きするような事も、私どもの仕事ですから。もし気が付かれた場合は、紐か鈴で呼んでいただければ結構ですよ。ああ、水差しとカップを置いて行きますから、喉が渇いたと仰られた場合は、こちらをレイナ様が差し上げて下さい」

 オロオロとしている私に「何もしなくて良い」はまずいと思ったのかも知れない。

 寝台ベッドの脇に、鉄製のアイアンティーテーブルと椅子を移動させて、水差しとカップをそこに置いていた。

「レイナ様。ちゃんと適切なタイミングで〝魔力薬ポーション〟を飲んでお休みになっていらっしゃいますから、大丈夫ですよ。飲んだ後は、もう眠るだけなんです。今回は、魔力の回復をほんの少し手助けするスープと言うのもご一緒にお召し上がりでしたし」

「でも、それは完全には回復しないみたいだし……」

「旦那様が王宮管理部にお勤めでいらしたなら、魔力の著しい減少は、仕事にも支障をきたすでしょうけれど、そうではありませんし……そこは問題ないかと」

 むしろ多少の怒り、苛立ちで外に溢れ出る事がなくなると思えば、周囲が歓迎しそうだとヨンナは笑った。

「それも一時的な現象でしょう。何日かすれば、魔力量の方も元に戻りますよ」

 何故と言われても、理屈は誰も分からないらしいけど、今まで生活用品としての魔道具を使用してきていて、年齢を重ねたからと使えなくなるような人を見た事がないから、ある程度は自然回復をする類のモノのだと、この世界では認識をされているらしい。

「魔力量を回復させるスープに関しては、起きられた後でもう一度くらい飲まれてみても良いかも知れません。ですが〝魔力薬ポーション〟に関しては、基本的に一度で充分なんですよ。何度も服用をする方が、かえって身体にどのような影響を与えるのかが分かりませんから」

「そ、そう言うものなんだ……?」

 こればかりは門外漢になるので、言われるがまま信じるしかないのだ。

「旦那様は大丈夫ですよ、レイナ様」

 部屋を出る直前、ヨンナは私の目を覗き込む様にしながら、そう言って穏やかに笑いかけてくれた。

「ちょっとお疲れになっただけなんですよ。目を覚まされればもう、いつも通りの旦那様の筈ですから」

「ヨンナ……」

 確かにまともな休日と言うものをとった記憶がないとエドヴァルド自身が言っていたのだから、疲れていたと言うのも、魔力と共に体力が目減りしていた要因の一つだったかも知れない。

「これが夜のことであれば、レイナ様もお休み下さいとお止めするところですけれど、この時間ですから……こちらでごゆっくり、本でもお読みになられますか?書庫から何かお持ちしますけれど」

「あ、えっと……そうしたら、紙と筆記用具だけ一応……」

 エドヴァルドの目が醒めるまで、気になって書けない可能性もあったけど、一応料理レシピなりギーレン向けの小説なりを書き進めるための道具を揃えて貰うように、ヨンナに頼んだ。

「かしこまりました。レイナ様、ブレーデフェルト医師をお呼びする方が、あの方のご年齢的に申し訳ないですから、そのくらい大したことではないのだと、お思い下さい」

「…………」

 紙と筆記用具を頼みながらも、内心、イデオン公爵家お抱えの老医師の事を思い浮かべていたところまで、どうやらヨンナには悟られていたらしかった。


 ――筆記用具を持って、再度来てくれた時に、ノンアルコール・サングリアを一緒に置いていってくれたのは、きっとヨンナなりの気遣いだったんだろう。

 私は大人しく寝台ベッド脇で、エドヴァルドの目が醒めるのを待つ事にした。

*        *         *

 どのくらい時間がたっていたのか。

 ノンアルコール・サングリアのカップの中のフルーツを無言でつついていたその時、シーツの布が擦れる様な音が確かに聞こえた。

「…………レイナ?」

 寝返りを打って、身体がこちらを向いたエドヴァルドの目がゆっくりと開いて、視界の先に座る人物も一緒に認識をしたらしかった。

「エドヴァルド様……っ」

 私は椅子から立ち上がって、寝台ベッドの脇で両膝立ちの姿勢になるように腰を落とした。
 両肘は寝台ベッドの上に乗せて、なるべく近くまで顔を寄せる。

「あのっ、だ、大丈夫ですか?昨夜、お戻りの後に魔力枯渇で倒れられたって聞いて――」

「……話が誇張して伝わっているな」

 エドヴァルドは、何度か目を瞬かせて、昨日からの事を整理しようとしているらしかった。

「使い過ぎたと言う点では間違ってないが、枯渇まではいっていない。多少の眩暈めまいをおこした程度の事だ。この公爵邸で調合された〝魔力薬ポーション〟やらアヤしげな新薬やらを飲まされたしな。もう、どうと言うこともないが――」

 シーツの中から伸びてきたエドヴァルドの手が、私の頭の上にポンっと乗せられた。

「――心配、してくれていたのか」
「……っ!」

 そのままポンポンと頭を撫でられた所為せいで、動揺した私の顔が、あっという間に朱く染まってしまった。

「そ、そのっ、セルヴァンやヨンナもそんな事を言ってくれていたんですけど、私には魔力がないから症状の想像がつかなくて、何が出来るのかも分からなくて……っ、あっ、喉乾いてませんか⁉ヨンナにお水は用意して貰っているんです」

「……ああ、貰おうか」

 身体を起こそうとするエドヴァルドの背中をとっさに支えた後、私は水差しの水をカップに注いでエドヴァルドに差し出した。

 一気にあっと言う間に飲み干してしまったので、お代わりを入れようかと身体を捻ったところで「いや、お代わりはいい」と、エドヴァルドに遮られてしまった。

 なので、とりあえず空になったカップだけを預かって、サイドテーブルの上に置きなおす。

「それより、レイナ」
「は――」

 はい、と言いかけた言葉は途中で呑み込まれてしまった。

「アヤしげな新薬より〝魔力薬ポーション〟より――今は、足りない」

「⁉」

 気付けば手首を掴まれていて、くるりと身を翻すような形で――寝台ベッドの上のエドヴァルドに背中から抱きすくめられていた。

 寝台の上に、斜め後ろ向きに倒れこむ……と言う、おかしなコトになっている。

「補充させてくれ」


 ちょっと、何を言っているのか分かりません‼
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