聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

534 ただいま経過報告中(中)

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「そもそも、ギーレンから帰国したら一ヶ月休ませて貰うと言う話はどこへ行ったんでしょうか、陛下」

「寝言は寝て言え、宰相。今のこの状況でそれが通ると思うか」

 うん、まあエドヴァルドもその話が真面に通るとは思ってないだろうけど、事あるごとに念押しはしておきたいんだろう。

 口を挟む余地もなく、私やテオドル大公、マトヴェイ外交部長が立ち尽くす中で、エドヴァルドとフィルバートが、それまでの深刻さをどこかに放り投げたかの様に、2週間だの10日だの1週間だのと、日にちの攻防を繰り広げ始めた。

「私も鬼ではない。明日くらいは休ませてやるつもりだったぞ」
「問題外ですね」
「ならば明後日か?」
「それではテオドル大公とて、夫人に会いに戻れませんよ」
「そこで大公夫人を出すか。アンデション侯爵領までの簡易型転移装置くらいなら融通はしてやるつもりだったぞ」

 馬車で普通に戻れば半月はかかる。
 来た時もそれでシモンが装置片手に迎えに行ったわけだから、確かにそれがあればユリア夫人に会いに戻る事は可能だと思う。

 それなら、今日と明後日泊まってくれば良いだろうと言う陛下フィルバートの主張も、それほど無理難題ではないとは言える。

 ただ今日は、エドヴァルドはそこでは折れなかった。

「明日や明後日では、外交部も公式な書面を作れませんよ」
「……マトヴェイ」

 国王と宰相、二人の視線を同時に向けられたマトヴェイ外交部長が、今度はビクリと身体と表情かお痙攣ひきつらせていた。

 長く時間をとれ、と言う主張と、なるべく短くしろと言う主張を、無言の中にも双方から感じ取ったに違いなかった。

「ええ……そうですね……今日、この後上司であるコンティオラ公爵閣下に、報告と今の話を説明してですね、明日、外交部総出で招待状の内容を、バリエンダール用とサレステーデ用に推敲したとして、明後日改めてそれをコンティオラ閣下に確認いただいたとして――」

「「三日後か」」

 そこで、フィルバートとエドヴァルドの声が図った様に重なっていた。

「も、もちろん、もう少し日程の余裕を頂けるならば、外交部としても有難くはありますが……陛下のご意思や、そもそもあまり長くこの件を引っ張っておくのが好ましくない、と先ほど話をしておられたところからしますと、それ以上長くお日にちはいただけないものと愚考いたしますが……」

 元はコンティオラ公爵領防衛軍に籍を置いていた人なので、本来の主戦場である争乱の場であれば、もっと威厳のある態度を取れるのだろうけど、何しろここには、王と宰相と大公が同席している。

 中間管理職の様な振る舞いになってしまう事を、誰も責められなかった。

「……そもそも管轄領下の子爵コヴァネンの不祥事の責任を負うんじゃなかったか?」

 会話についていけないテオドル大公が、私の傍でエドヴァルドを見ながらポツリと呟いていた。
 これは独り言であり、私に言ってもいるんだろう。

「何故、休暇相談みたいになっておるんだ」

 私はテオドル大公の、唖然としている横顔を見上げた。

「謹慎の意味って、色々あって奥深いと思います」
「もう、給与返上した方が早かろうに」
「大公様……それだけは、閣下に言ったらダメな言葉です、きっと」
「…………そうか」

 結局、二日後の夕方に進捗状況をフィルバートとエドヴァルドとテオドル大公にそれぞれ知らせて、それを見て三日後の謁見時間を決めようと言うところで話が落ち着いた。

「陛下、レイフ殿下がお見えですが」

 ちょうどそこへ老侍従マクシムが、厳かにレイフ殿下の訪れを告げた。

「分かった、通せ」

 フィルバートの許可を待って、マクシムが部屋の外からレイフ殿下を中へと呼び入れる。

 現れたのは、眉間に皺を寄せて、お世辞にも機嫌が良いとは思えない、もう一人の王族。

 もっとも居並ぶ面子を考えれば、レイフ殿下が機嫌良く入ってくる事は有り得ないだろうから、これはこれで基本デフォルトなのかも知れなかった。

「ふむ……帰国が遅れているとは聞いておりましたが、無事にお戻りか」

 そして、一時的にせよ大公位に復帰しているテオドル大公に対しては、それなりに尊重の姿勢は見せていた。

 エドヴァルドではないけど、本当にフィルバートと先代国王が話に絡まなければ、それなりの会話は出来る人と言う事なんだろう。

「祝意は有難く受け取るが、その仏頂面はもう少し何とかならぬのか」

「……この面々の中で、どう機嫌良く過ごせと仰るか」

 それはそうだ、と思った私はきっと間違ってない。
 テオドル大公も、それ以上は何も言わなかったからだ。

「それで、今回の件がどう決着したのか――あるいは決着させるのかと言った話か?」

 五公爵会議でもなければ、他の貴族が揃う場でもないと言う観点から、レイフ殿下は「叔父」としての立場で口を開く事にしたみたいだった。

「その解釈で間違ってはいない。叔父上にはサレステーデに訪問の上、時間稼ぎを頼みたい」
「時間稼ぎだと?」
「と言っても、何をして貰う必要もない」

 普通の人であれば、そこでラッキーな話と思っただろうけど、何せ相手はフィルバート。

 レイフ殿下が猜疑心の塊になってしまうのも、仕方のない事ではあった。

「今回の件でサレステーデの宰相を呼びつけたいが、それをやると向こうに責任者がいなくなって、国が傾く可能性がある。だから叔父上には、入れ違いでサレステーデに入って、王宮内で思わせぶりに振る舞っておいて貰いたい」

「は?」

「どうせ近いうちに叔父上にはサレステーデにをお願いする事になる。その為の下調べなり伝手の構築なり、今回はただ王宮を散歩して王宮料理を食い散らかすなり、それは叔父上の自由。どうせ何をしても相手が勝手に誤解をするだろうからな」

「な……」

 一瞬「ふざけているのか」と声を上げようとしていたみたいだったけど、フィルバートの表情に揶揄からかいの要素が含まれていない事に気が付いたのか、そこはかろうじて思いとどまったように見えた。

「……サレステーデの宰相不在中、残る貴族連中に余計な気を起こさせない様にしてこい、と?」

「理解が早くて何よりだ、叔父上」

 上座に座して、組んでいた足をわざと組み替えるようにしながら、フィルバートは口元に凄艶な笑みを閃かせた。
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今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
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