上 下
503 / 819
第二部 宰相閣下の謹慎事情

526 無言だった理由 ☆

しおりを挟む
「――テオ殿!」

 イラクシ族の拠点の村から、今回限りと繋いで貰った〝転移扉〟を抜けた時、聞こえてきたのはメダルド国王とテオドル大公が握手を交わしながら、肩を叩きあっている光景だった。

「無事とは聞いていたが、この目で見るまでは落ち着かんかった。迷惑をかけて済まなかった」

「いやいや。こう言う時は、儂より周りの方が被害が大きいものだ。まあ、他の連中を労わってやってくれ」

 敢えて鷹揚に声を張っているのは、周囲に「外交問題にはしないつもりだ」と仄めかすためだろう。

 メダルド国王も、自身の立場からそうそう頭を下げられないと分かっていて、後は黙ってテオドル大公の肩を叩いただけだった。

「部屋はまだ、そのままにしてある。昼食まで……と言っても、もう幾ばくも無いが、少しでも休んでくれ。話はまた昼食の際にさせて貰おう」

「うむ。陛下も何かと忙しかろう。それで構わぬよ」

「イデオン宰相殿は――」

 今、部屋を用意させると、そう言いかけたメダルド国王がエドヴァルドを振り返った。

 その瞬間、私の肩にエドヴァルドの手が回って、勢いよく引き寄せられてしまった。

「……っ⁉」

 他国の王宮で「エドヴァルド様⁉」と叫ぶワケにもいかず、はくはくと口だけ動いてしまった。

 エドヴァルドは、そんな私の反応は綺麗に無視スルーする形で「短時間であれば、彼女の部屋で結構」と、清々しく断言していた。

「……そ、そうか」

 え、メダルド国王サマ、それで良いんですか⁉
 未婚の男女が……とか、一般的なお話はナシですか⁉

 あ、何か遠い目になってる?

 隣のミラン王太子にも視線を逸らされてしまったし……これは相当、私が北部地域に行っている間に、ナニカ聞いちゃいけないコトがあったっぽい。

 触らぬ魔王エドヴァルドに祟りなし……的な。

「で、では後ほどな。準備が整い次第、呼びに行かせる」

 王の一言を合図に、半ばなし崩し的な解散状態となり、部屋の場所としては分からなくもないけど、エドヴァルドもいる分、建前的に侍女の案内を受け、この王宮内に現在あてがわれている部屋に案内される事になった。

「昼食会の用意が整い次第、改めて伺わせて頂きます」

 と、言う折り目正しい一礼と共に、侍女は下がっていく。

「あ」

 中に足を踏み入れると、北部出発前に「部屋に運んでおく」と言われていた、日持ちする素材や試作品の諸々が部屋の隅に積み上がっていた。

「ふ、増えてる……」

 人形含めた商品見本は、北部地域に持ち出しをして、今もシレアンさんがダルジーザ族の拠点に向かうにあたっての見本として、預けてある筈なのに、なぜかここにも新しいモノが置かれていた。

 明らかに、不在の間にナザリオギルド長が増やしたモノたちだろう。

「エドヴァルド様!戻ったら、バリエンダールの海産物をメインにした、バ……ガーデンパーティー開いても良いですか?今回バリエンダールに行った皆への労いもかねて」

 バーベキューと言いかけて、さすがに通じないかもと、とりあえずガーデンパーティーと違った言い方にしておく。

 実際にはそんなかしこまったものじゃなく、キノコ・山菜パーティーの類似版なだけなんだけど。

「ただ、ボードリエ伯爵令嬢は招待したいです。私のいた所の料理も厨房に作って貰おうと思っているので、多分、彼女喜ぶ――⁉」

 彼女シャルリーヌだけは貴族的礼儀作法の例外、たとえば「明日来てね!」が通用する唯一の友達だ。

 ソテーやムニエル以外の魚料理のあれこれを、ぜひ一緒に。
 だけどその言葉は、最後まで言えなかった。

「⁉」

 肩に手が回って、膝の裏をいきなり掬い上げられたかと思ったら――気付けば寝台ベッドの上に寝かせられていて、エドヴァルドを見上げていた。

「え……え?」
「レイナ」

 両頬をエドヴァルドの手に挟まれて、視界を覆い尽くさんばかりにの距離にある、紺青色の髪と瞳に、いったい何が起きているのか、理解が出来ずに目を瞬かせてしまった。

「私と、アンジェスに戻ってくれるんだな?」
「……はい」

 あまりに真摯なその表情に、意図が分からずに、それでも戻るのは間違いないので「はい」と答える事しか出来ない。

「ジーノ・フォサーティの手は取らない」
「……はい」

 言いながら、エドヴァルドの両手に自分の手を添える。

「えっと……以外は、イヤだなって……思って……」
「……っ」

 その途端、エドヴァルドがドサリとこちらに体重を預けてきた。

「⁉」

 耳元に「無自覚か……っ」と、呻くような声が聞こえる。

「エ……エドヴァルド様……?」

「あんな場で、あの男の招待には答えず、自分の帰る場所が分かったなどと……どれほど私を煽ったと思っているんだ……っ」

「え……」

「期待をして良いのかと……!」

「……え」

 さっきから、間の抜けた答えを返している自覚はある。
 一方で頭の中では、だからさっきから言葉数も減って、ある意味挙動不審だったのかと、妙な納得もしている。

「あの……」

「いや、いいんだ。こんなところで『答え』は強要しない。今はただ……私と帰ってくれると、確信出来ただけで……」

 あくまで、私にギリギリまで考える余地を残しておいてくれようとしているんだろう。

 だから何度か機会はあった筈なのに、最後まで「返事」を強要しようとはしてこなかった。
 今も。

 自分からの圧力ではなく、私自身が考えて、答えを出せるようにと。

(……ああ)

 段々と、心拍数が上がっていく。
 他の誰だったとしても、こんな気持ちになる事はないだろう。

「……帰ります。一緒に」

 そう零すのが精一杯の私に、レイナ、と耳元で囁くエドヴァルドが、少しだけ頭を持ち上げて、私の顔を覗き込んだ。

「あ……あの、ここ、他国の王宮ですし、そろそろ――っ!」

 そろそろこの体勢は……と、そう言いかけた筈なのに、実際は頭の後ろにエドヴァルドの手が回って、息も出来ないほどの深い口づけを、一度ならず降り注がれる事になった。

「分かっている。これ以上の事は、ここではしない。ただ……私を煽った代償を、少し前払いして貰っているだけだ」

「⁉」

 少し⁉ 前払い⁉

 そんな疑問さえも、口にする事が出来ず。

 結局、侍女が扉を叩いて昼食の用意が出来たと、呼びに来るまで――ただひたすらに、キスをされつづけることになった。

 ――もうちょっと、侍女が来るのが遅かったら、意識が飛んでいたかも知れない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ

青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。 今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。 婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。 その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。 実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

意地を張っていたら6年もたってしまいました

Hkei
恋愛
「セドリック様が悪いのですわ!」 「そうか?」 婚約者である私の誕生日パーティーで他の令嬢ばかり褒めて、そんなに私のことが嫌いですか! 「もう…セドリック様なんて大嫌いです!!」 その後意地を張っていたら6年もたってしまっていた二人の話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。