聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

523 決着

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 用意された朝食の場には、イラクシ族の関係者はいなかった。
 恐らくは、この後の話をするのに、敢えて外されたんだろう。

「今朝、ミラン殿下と連絡を取りました。この後〝転移扉〟を王宮に繋ぎます」

 テオドル大公を見ながら、代表する形でジーノ青年が口を開いた。

「そうか。すまぬな」

「いえ、こちらこそ帰国の予定を遅らせてしまい、大変申し訳なく思っております。昼食は王宮で陛下も交えて――との事で、その後、アンジェス国にお戻り頂けるよう手配をするとの事でした」

 知らず、ホッとした空気が部屋に満ちる。
 ようやく、帰れるのだ。

「私は当初の予定通り、この後、彼らとサレステーデ側のダルジーザ族の村に行く事にします。その後は、我が一族の村のランツァ伯母上の所に、少しの間滞在して貰いますよ」

 サラさんとラディズ青年をチラリと見ながら、ジーノ青年は言った。

 どうやら、三国会談を念頭に置いて、二人には「ユレルミ族の拠点に立ち寄ったところで体調を崩した」と、サレステーデのバレス宰相に連絡を入れるつもりらしい。

 その手紙を自分ジーノの名で出す事で、バレス宰相への牽制になるのでは、との話だった。

 いくら情報弱者のサレステーデと言えど、バレス宰相ならば最低限、ジーノ青年がミラン王太子の側近である事、フォサーティ宰相の養子である事は知っている筈だから、との事だった。

 サラさんが「ユングベリ商会と懇意になってスカウトされた、と言う私からの伝言も同封して貰うよ」と言ってくれた。
 ジーノ青年の手紙だけだと、生きているのか死んでいるのかも分からないだろうから――と。

 バリエンダール王宮側が、サラの命運を握っていると言う事を仄めかせる必要はあるけれど、殺されたと誤解して、想定外の行動に出られても困るからだろう。

 加えて街道封鎖解除の連絡も、故意に遅らせておくそうだ。

 距離的な事やバレス宰相の手駒が今、ほとんどないだろう事を思えば、恐らくは街道封鎖の連絡自体が、今届いたくらいかも知れないから、解除の情報を操作するだけでも、サラさんが体調以外にも、ユレルミ族の村から出られない理由になると、こちらでは見ているのだ。

 イラクシ族のこの村にいれば良いと言われそうだけど、何せラディズ青年はここではイユノヴァさんだと思われている。

 これ以上の滞在は話がややこしくなるし、今、混乱のただなかにあるイラクシ族にとっては、恐らくイユノヴァさんの存在さえも持て余している状況にある。

 今回動かずに様子を見ていた姉妹以外の関係者が、今ならイユノヴァさんと言う御輿を担いで一族の頂点に立てる――などと余計な野心を持ちかねないからだ。

 イユノヴァさんは「恋人」と、村の外での商売を望んでいると、そう思わせておかないと、王都のシルバーギャラリーを存続させておく理由にもならない。

 ほとぼりが冷めれば、今回ここに来た「イユノヴァ」が別人だった事に、明確に気付く人間もいないとこちらは見ていた。
 その為には、あまり長くこの村に滞在して、顔が知られるリスクを増大させる訳にはいかないのだ。

「私は、彼らをランツァ伯母上の所に送り届けた後で戻ります。恐らく、皆さんの帰国とは入れ違いになるでしょう」

「二人がユレルミ族の村に当面の間滞在する事は理解したが、この村の事はどうするね?」

 テオドル大公が、確認をするようにジーノ青年に問いかけた。
 帰国する事が一番だとは言え、さすがに放置は気が引けるのだろう。

「もともと、イーゴス族長が病床にあると言う事で、トリーフォンがマカールの補佐で少しずつ学び始めていたところだったそうですよ。姉妹は早々に婚姻を結ばせる、姉妹に味方をした一族は、概ね辺境地の道路整備や修理開拓と言った、元来罪を犯した者に下される罰をそのまま適用させる予定です」

 公共事業の一環として必要な事ではあるものの、雪深くなる地での作業は、そもそもが過酷の一言に尽きる。

 これはバリエンダール側での犯罪者にしろ、北方遊牧民族の間での犯罪にしろ、重罪者への罰として同じ罰が適用されているらしい。

 女性も女性で、その地での家事炊事など、それなりに仕事は存在しているとの事だった。
 大きな声では言えないが、労働者の為の娼館もあるから……と言う事らしい。

 姉妹がそこへ送られなかっただけ、充分な温情だと。

「先に話が出ていたと思いますが、トリーフォンを一代限りの族長として、マカールに補佐をして貰う事になりそうです。その次の族長は、姉妹の血を引く子を養子に迎えると言う形で、血を繋ぎます」

「それで周囲は納得するのかね?まあ、あの強烈な母親の事もそうだが――」

「エレメア側室夫人は、自らの姉の夫だったマカールへの恋慕を募らせ、イーゴス族長の事が明らかになりました」

「「「⁉」」」

 突然何を言い出すのかと、テオドル大公だけでなく、私やエドヴァルドも目を瞠った。
 ジーノ青年は、敢えて皆の反応を受け流す形で話を続けた。

「ただその毒が誤ってトリーフォンの口にも入ってしまい、一命は取り留めましたが、子供を持つ事が出来なくなってしまったそうです。従って、側室夫人にはその責を負って、近いうちに毒杯をあおって貰います」

「「「――――」」」

 長い沈黙の後「……なるほど」と、テオドル大公が納得したとばかりに頷いた。

 実際には、アレルギー反応を利用して、緩やかに体調を崩させていたのは、トリーフォンだけれど、エレメア夫人が、言葉でじわじわと仕向けていた事は間違いがない。

 それを敢えて「毒殺を図った」と表沙汰にする事で、夫人のみを排除する策にしたんだろう。
 
 そして同時に、トリーフォンに後継者を作らせない為の理由作りにも利用をした。
 それが、ジーノ青年と三族長たちが下した決断だと言う事なんだろう。

 必要以上の混乱は避けたい、と言うのが多分に彼らの中にあるにせよ、最終的には「イラクシ族を残す」と言う方向に舵を切ったのだ。

「我々は、公にこの結論を公表します。大公殿下にも、ぜひご了承を頂けますでしょうか」

 これは北方遊牧民族としての政治的決断だ。
 口を挟めば内政干渉とも取られかねない。

「――理解した。それしか落としどころはないとも言えような」

 ただ、とりたてて反対をする理由はないと、テオドル大公も考えたんだろう。
 短い思案の後でそれだけを答え、その言葉にエドヴァルドも微かだけど頷いていた。
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