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第二部 宰相閣下の謹慎事情
521 消えない夜 ☆
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「――ナ、レイナ」
いつの間に、どうやって今夜の寝床に案内されていたのかが記憶にない。
気付けば寝台の端に腰を下ろしていて、隣に座っているエドヴァルドがこちらを覗き込んでいた。
「え……あれ……」
引導を渡すのは自分だ、とトリーフォンが諦めにも似た笑みを浮かべたところまでは、覚えている。
それがまるで、舞菜に睡眠薬入りの紅茶を差し出した自分と、あまりにも置かれた状況が似ているようで――何も考えられなくなった。
どうやら、トリーフォンやマカールが、姉妹とエレメア夫人がいがみ合っているところに向かおうと席を立ったところで、今日はここまでだと、エドヴァルドは私をついて行かせなかったみたいだった。
繋いでいた手を引かれるがままに歩いていたら、いつの間にか別の部屋にいたのだ。
よほどキョトンとしていたのか、エドヴァルドがここに来るまでの事を端的に教えてくれる。
ラディズ青年やサラさんも、下手にジーノ青年たちと一緒に行動してしまうと、どうやら姉妹側に付いていた、本来のイユノヴァさんの親族に正体がバレかねないからと、私たち同様に、ついて行く事は控えたらしい。
これ以上暴れさせない様にと、軍や〝鷹の眼〟の皆は牽制の人手として借り出されたものの、基本的にはあの場はお開きと言う形をとったのだと、そっと髪を撫でながら、囁くように、説明をしてくれた。
「……貴女がこの件に関して、何かを気にする必要はない。そもそも貴女がここまで付き合うことはなかったんだ」
「エドヴァルド様……」
「彼の葛藤と決断を受け止め、支えるべきは彼の周囲、母親以外の誰か。それは今近くにいるかも知れないし、将来彼の前に現れるのかも知れない。いずれにせよ、そこに我々の入る余地はないし、むしろ入ってはならない。貴女だからこそ、理解が出来る筈だ」
「それ……は……」
私には、エドヴァルドがいた。
何があっても軽蔑をしないと。
怒りも涙も全て受け止める。私には、それをぶつける特権があると。
そう言って寄り添ってくれた。
今も。
だからギーレンで今、舞菜がどうしていようと、私の心の中をざわつかせる事はない。
結婚式の話が出て、ギーレンから嫌味でしかない招待状でもくれば、また揺さぶられるのかも知れないけれど、きっとその時も、エドヴァルドは私に寄り添ってくれるんだろう。何故かそこは、疑おうと思わなかった。
「私にとっての……エドヴァルド様みたいな誰かが、いつか彼の前に現れる、と……?」
「……レイナ」
そうだとも、違うとも答えず、エドヴァルドは両手で私の頬を挟むと、そっと自分の方へと上向かせた。
「私はちゃんと、貴女を『こちら側』へ繋ぎとめる事が出来ているだろうか?」
「!」
至近距離で囁かれ、思わず身体が硬直してしまう。
一度、二度と目覚める事のない世界へと落ちかけた。
それを引き上げたのは、エドヴァルドだ。
「貴女にとっての私が、どういった存在なのか――自惚れても?」
「‼」
レイナ、と耳元で名前を呼ばれるのは、本当に心臓に悪い!
思考能力もボキャブラリーも、何もかもが言語中枢から枯渇してしまう……!
「もし、貴女が彼の虚無を理解出来ていたとして、それでも、それに引きずられる事はないと、私とアンジェスに戻ると、私を安心させて欲しい」
「……どう……やって……」
彼の行く末を、気にはかけるだろう。
私は両親、彼は母親だけど、同じ親のエゴに振り回された者として、無視は出来ない。
だけど、それを見届ける為にバリエンダールに残ると言う発想はない。
――私の居場所は、そこじゃない。
「エドヴァルド様は……何があっても、私を選んでくれる……と」
「レイナ」
「寄りかかっても良いと……重くはないと、仰った」
「ああ。むしろ、そうして欲しいくらいだとも言った」
「……だから」
どこにいようと、最後はイデオン公爵邸に――エドヴァルドの所に帰るのが、いつの間にか当たり前だと思っていた。
暗闇の中で取ってくれた手を、振りほどく事など考えた事もなかった。
「私の手を、離さずにいて下さる限りは……私は、エドヴァルド様といます。むしろ証明なら、エドヴァルド様にかかっているのかも……んっ……」
そうか、と低い声が聞こえたかと思った瞬間、私の唇は塞がれていた。
何度も、何度も方向を変える様に繰り返されて、力が抜けてエドヴァルドの服を掴んでしまったところで、ようやくキスの嵐は、一度ストップした。
「な……ん……急に……」
「貴女も、私が重くても、狭量でも、構わないんだったな?」
「……え?」
「私が貴女の手を離す日は、死ぬまで来ない。いや、死者の国ですら、共に行きたいと願っている」
「……っ」
抱きすくめられた私は、ひゅっと息を呑んでしまった。
赤らんだ顔も、鼓動が早くなった心臓の音も、この距離では全て伝わってしまっただろう。
「……良かった」
「え?」
私を抱きしめたエドヴァルドの腕に、ぎゅっと力が入った。
「貴女がジーノ・フォサーティの手を取る事はないと思っていた。だがそれでも、不安はゼロにはならなかった。貴女の意思が無視される可能性も、手段としてはある訳だからな」
「エドヴァルド様……」
「それにトリーフォンに関しても、彼の精神が安定するまで様子を見たいと、そう言いだしたりはしないかと、それも不安だった」
「……不安」
「私は、貴女を前にすると、いつだって不安になる。いつか私の手を振りほどいて、どこかに行ってしまうのではないかと、不安で仕方がなくなる。貴女が、私が手を取る事で此処にとどまってくれると言うのなら、私の手は、貴女から取って欲しい。私の全ては、貴女のものなんだレイナ。だから――」
トンっと、肩を押されて、私の身体が寝台に沈む。
そこに覆い被さりながら、エドヴァルドが微かに口元を綻ばせた。
「貴女の全ても――私に」
「!」
まさかここで⁉
他所様のお宅で、どうこうするような心の臓は持ち合わせてはいないのですが――⁉
抗議の声は深い口づけに呑み込まれてしまい、私は力の入らない手で、何度もエドヴァルドの胸元をぺしぺしと叩いた。
「……分かっているつもりだ、レイナ」
どうやら、また派手に「痕」を付けられたらしいと、理解が及んだ辺りで、エドヴァルドの身体が少し離れた。
「貴女に残った理性の最後のひとかけらは……今はまだ、預けておく。だが戻ったら――覚悟しておいてくれ」
朝までで済むかどうかは、貴女次第だ――って、何ですかそれーっ‼
結局この夜、私とエドヴァルドが、トリーフォンたちの話し合いの結末を聞く事はなかった。
いつの間に、どうやって今夜の寝床に案内されていたのかが記憶にない。
気付けば寝台の端に腰を下ろしていて、隣に座っているエドヴァルドがこちらを覗き込んでいた。
「え……あれ……」
引導を渡すのは自分だ、とトリーフォンが諦めにも似た笑みを浮かべたところまでは、覚えている。
それがまるで、舞菜に睡眠薬入りの紅茶を差し出した自分と、あまりにも置かれた状況が似ているようで――何も考えられなくなった。
どうやら、トリーフォンやマカールが、姉妹とエレメア夫人がいがみ合っているところに向かおうと席を立ったところで、今日はここまでだと、エドヴァルドは私をついて行かせなかったみたいだった。
繋いでいた手を引かれるがままに歩いていたら、いつの間にか別の部屋にいたのだ。
よほどキョトンとしていたのか、エドヴァルドがここに来るまでの事を端的に教えてくれる。
ラディズ青年やサラさんも、下手にジーノ青年たちと一緒に行動してしまうと、どうやら姉妹側に付いていた、本来のイユノヴァさんの親族に正体がバレかねないからと、私たち同様に、ついて行く事は控えたらしい。
これ以上暴れさせない様にと、軍や〝鷹の眼〟の皆は牽制の人手として借り出されたものの、基本的にはあの場はお開きと言う形をとったのだと、そっと髪を撫でながら、囁くように、説明をしてくれた。
「……貴女がこの件に関して、何かを気にする必要はない。そもそも貴女がここまで付き合うことはなかったんだ」
「エドヴァルド様……」
「彼の葛藤と決断を受け止め、支えるべきは彼の周囲、母親以外の誰か。それは今近くにいるかも知れないし、将来彼の前に現れるのかも知れない。いずれにせよ、そこに我々の入る余地はないし、むしろ入ってはならない。貴女だからこそ、理解が出来る筈だ」
「それ……は……」
私には、エドヴァルドがいた。
何があっても軽蔑をしないと。
怒りも涙も全て受け止める。私には、それをぶつける特権があると。
そう言って寄り添ってくれた。
今も。
だからギーレンで今、舞菜がどうしていようと、私の心の中をざわつかせる事はない。
結婚式の話が出て、ギーレンから嫌味でしかない招待状でもくれば、また揺さぶられるのかも知れないけれど、きっとその時も、エドヴァルドは私に寄り添ってくれるんだろう。何故かそこは、疑おうと思わなかった。
「私にとっての……エドヴァルド様みたいな誰かが、いつか彼の前に現れる、と……?」
「……レイナ」
そうだとも、違うとも答えず、エドヴァルドは両手で私の頬を挟むと、そっと自分の方へと上向かせた。
「私はちゃんと、貴女を『こちら側』へ繋ぎとめる事が出来ているだろうか?」
「!」
至近距離で囁かれ、思わず身体が硬直してしまう。
一度、二度と目覚める事のない世界へと落ちかけた。
それを引き上げたのは、エドヴァルドだ。
「貴女にとっての私が、どういった存在なのか――自惚れても?」
「‼」
レイナ、と耳元で名前を呼ばれるのは、本当に心臓に悪い!
思考能力もボキャブラリーも、何もかもが言語中枢から枯渇してしまう……!
「もし、貴女が彼の虚無を理解出来ていたとして、それでも、それに引きずられる事はないと、私とアンジェスに戻ると、私を安心させて欲しい」
「……どう……やって……」
彼の行く末を、気にはかけるだろう。
私は両親、彼は母親だけど、同じ親のエゴに振り回された者として、無視は出来ない。
だけど、それを見届ける為にバリエンダールに残ると言う発想はない。
――私の居場所は、そこじゃない。
「エドヴァルド様は……何があっても、私を選んでくれる……と」
「レイナ」
「寄りかかっても良いと……重くはないと、仰った」
「ああ。むしろ、そうして欲しいくらいだとも言った」
「……だから」
どこにいようと、最後はイデオン公爵邸に――エドヴァルドの所に帰るのが、いつの間にか当たり前だと思っていた。
暗闇の中で取ってくれた手を、振りほどく事など考えた事もなかった。
「私の手を、離さずにいて下さる限りは……私は、エドヴァルド様といます。むしろ証明なら、エドヴァルド様にかかっているのかも……んっ……」
そうか、と低い声が聞こえたかと思った瞬間、私の唇は塞がれていた。
何度も、何度も方向を変える様に繰り返されて、力が抜けてエドヴァルドの服を掴んでしまったところで、ようやくキスの嵐は、一度ストップした。
「な……ん……急に……」
「貴女も、私が重くても、狭量でも、構わないんだったな?」
「……え?」
「私が貴女の手を離す日は、死ぬまで来ない。いや、死者の国ですら、共に行きたいと願っている」
「……っ」
抱きすくめられた私は、ひゅっと息を呑んでしまった。
赤らんだ顔も、鼓動が早くなった心臓の音も、この距離では全て伝わってしまっただろう。
「……良かった」
「え?」
私を抱きしめたエドヴァルドの腕に、ぎゅっと力が入った。
「貴女がジーノ・フォサーティの手を取る事はないと思っていた。だがそれでも、不安はゼロにはならなかった。貴女の意思が無視される可能性も、手段としてはある訳だからな」
「エドヴァルド様……」
「それにトリーフォンに関しても、彼の精神が安定するまで様子を見たいと、そう言いだしたりはしないかと、それも不安だった」
「……不安」
「私は、貴女を前にすると、いつだって不安になる。いつか私の手を振りほどいて、どこかに行ってしまうのではないかと、不安で仕方がなくなる。貴女が、私が手を取る事で此処にとどまってくれると言うのなら、私の手は、貴女から取って欲しい。私の全ては、貴女のものなんだレイナ。だから――」
トンっと、肩を押されて、私の身体が寝台に沈む。
そこに覆い被さりながら、エドヴァルドが微かに口元を綻ばせた。
「貴女の全ても――私に」
「!」
まさかここで⁉
他所様のお宅で、どうこうするような心の臓は持ち合わせてはいないのですが――⁉
抗議の声は深い口づけに呑み込まれてしまい、私は力の入らない手で、何度もエドヴァルドの胸元をぺしぺしと叩いた。
「……分かっているつもりだ、レイナ」
どうやら、また派手に「痕」を付けられたらしいと、理解が及んだ辺りで、エドヴァルドの身体が少し離れた。
「貴女に残った理性の最後のひとかけらは……今はまだ、預けておく。だが戻ったら――覚悟しておいてくれ」
朝までで済むかどうかは、貴女次第だ――って、何ですかそれーっ‼
結局この夜、私とエドヴァルドが、トリーフォンたちの話し合いの結末を聞く事はなかった。
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