474 / 803
第二部 宰相閣下の謹慎事情
519 妄執の果て(14)
しおりを挟む
「……シレアンさん」
私は、空いている方の手で自分のこめかみをグリグリと揉み解した。
「ユングベリ商会長?」
「イユノヴァ・シルバーギャラリーの店舗の上って、事務所だけでしたか?」
私の問いかけに、シレアンさんは一瞬虚を突かれていたけど、すぐに眉根を寄せて、内装を思い出そうとしていた。
「事務所と倉庫だ。それが?」
「ギルド負担の初期費用に、改装費も含んで頂けるんですよね?」
「ああ、まあ、こちらから借りて欲しいとお願いしている訳だから」
大理石だの希少な木材だの、突拍子もない事を言わなければ普通に許可は下りると、シレアンさんはちょっと微笑った。
私なら言いそうと、思われたんだろうか。
「いえ、フォサーティ卿とシレアンさんの、その第三の折衷案を採るなら、事務所なり倉庫なりを、一部住居スペースに改装する必要があるんじゃないかと思って。無給ならせめて、住居とチェーリアさんの所でごはん食べさせて貰えるよう、ギルドから話を持って行って貰うとか……」
着る物くらいなら、日にちがかかっても、村からマカールが送ったって良い。何なら仕送りだって、すれば良い。
ただ、残る「食」と「住」くらいは、何とかしておかないと、それこそブラック商会一直線になる。
「では、ユングベリ商会の従業員として、雇用しても良い……と?」
期待した目つきでこちらを見てきたジーノ青年に、私はうっかり、隣のエドヴァルドにしがみついてしまった。
いえ、期待されても困ります!お国のコトはお国で解決をして貰わないと‼
多少なりと好意があるからOKした――なんて、思われたら、目も当てられない。
「無給なんですよね?それなら、チェーリアさんの食堂の下働き、あるいはイユノヴァさんのお店に駆け込んできた、家出人二号くらいの触れ込みにしておいて貰わないと困ります。開業前から商会の評判を落とすつもりはないって言ってるじゃないですか」
一気にまくし立てた私に、エドヴァルドが繋いでいない方の手で、ぽんぽんと私の頭を叩いてきた。
「……っ」
あ、良かった。
対応としては、合っているらしい。
本当なら一切関わって欲しくないんだろうとは思うけど、ギリギリ妥協出来るところだったんだろう。
多分。
その様子を見たシレアンさんが「……ああ」と、声を上げた。
「そちら、もしやユングベリ商会に出資をしていらっしゃる?」
問われたエドヴァルドが、一瞬、眉を顰めた。
「……ああ。だが、経営にまでは口を出していない。アンジェスから、ここまで話を広げてきたのは、彼女自身の力だ」
「それは、そうだろうと思います。商売におけるコネは大事ですが、それだけで店は成り立たない。ただそれでも、彼女が商会の評判に傷がつく事で、貴方への影響を気にしたんだろうなと、そう思っただけですよ」
「――――」
シレアンさんの言葉に、エドヴァルドがじっとこちらを見てきたので、私はとりあえず困った様に微笑い返しておいた。
言われて初めて「そうかも」と思ったのは、秘密だ。
エドヴァルドにしろ、シレアンさんにしろ、ここはそう思っておいて貰った方が良い気がした。
「そうすると、ユングベリ商会長が考えているのは、正式な従業員としての雇用はいったん見送りつつ、試用期間あるいは臨時雇用として、イユノヴァ・シルバーギャラリーの二階部分を提供すると、そういう事か」
一連の様子を見たシレアンさんが、話をそうまとめてきたので、私も「そうですね」と、そこは頷いた。
「開業準備室の臨時職員――くらいでしょうか。経理か商法か、どちらかは学んで貰わないといけないですし、同時にどちらかに強い人を探して雇わないといけない。サレステーデで開業して貰おうと思っている二人と、仕組みは同じですね」
もちろん、ここで誰とは言わないものの、モデルケースの一つとして話をしておく。
サラさんは既に販路を持って、ここまで商売をしてきている。商法も細かくはないにしろ、最低限の知識はあるだろう。
そしてラディズ青年は、サラさんにないものをカバーしようとしている。
さすがにマカールが来る事は当面却下しないといけないだろう。
彼が何か言いたげにトリーフォン君を見ているところ、私は視線で牽制をかける。
彼がいると、恐らくトリーフォン君は自分の意思を殺してしまう。
まだどこかに、自分の父親はイーゴス族長と思いたい部分もあるだろう。
エレメア夫人の事や、色々な事を昇華しようとすると、彼は一人でまずは考えるべきなのだ。
「ギルドから誰か紹介を……と、言う事か」
「そうですね、出来ればイラクシ族との関りはないけれど、北方遊牧民族の血は持っている――なんて人がいれば万々歳ですけど」
商法講師の派遣が存在するなら、商会の臨時従業員として、店を軌道に乗せるまでサポートする様な仕組みだってあるだろうと思ったのだ。
ナザリオギルド長が、今の地位にある為の「点数稼ぎ」には、色々な稼ぎの場があった筈だから。
「ふむ……では改装の件も含めて、戻ったらナザリオギルド長と相談してみよう」
まあ否とは言わないだろうが――と、シレアンさんは言った。
私は、空いている方の手で自分のこめかみをグリグリと揉み解した。
「ユングベリ商会長?」
「イユノヴァ・シルバーギャラリーの店舗の上って、事務所だけでしたか?」
私の問いかけに、シレアンさんは一瞬虚を突かれていたけど、すぐに眉根を寄せて、内装を思い出そうとしていた。
「事務所と倉庫だ。それが?」
「ギルド負担の初期費用に、改装費も含んで頂けるんですよね?」
「ああ、まあ、こちらから借りて欲しいとお願いしている訳だから」
大理石だの希少な木材だの、突拍子もない事を言わなければ普通に許可は下りると、シレアンさんはちょっと微笑った。
私なら言いそうと、思われたんだろうか。
「いえ、フォサーティ卿とシレアンさんの、その第三の折衷案を採るなら、事務所なり倉庫なりを、一部住居スペースに改装する必要があるんじゃないかと思って。無給ならせめて、住居とチェーリアさんの所でごはん食べさせて貰えるよう、ギルドから話を持って行って貰うとか……」
着る物くらいなら、日にちがかかっても、村からマカールが送ったって良い。何なら仕送りだって、すれば良い。
ただ、残る「食」と「住」くらいは、何とかしておかないと、それこそブラック商会一直線になる。
「では、ユングベリ商会の従業員として、雇用しても良い……と?」
期待した目つきでこちらを見てきたジーノ青年に、私はうっかり、隣のエドヴァルドにしがみついてしまった。
いえ、期待されても困ります!お国のコトはお国で解決をして貰わないと‼
多少なりと好意があるからOKした――なんて、思われたら、目も当てられない。
「無給なんですよね?それなら、チェーリアさんの食堂の下働き、あるいはイユノヴァさんのお店に駆け込んできた、家出人二号くらいの触れ込みにしておいて貰わないと困ります。開業前から商会の評判を落とすつもりはないって言ってるじゃないですか」
一気にまくし立てた私に、エドヴァルドが繋いでいない方の手で、ぽんぽんと私の頭を叩いてきた。
「……っ」
あ、良かった。
対応としては、合っているらしい。
本当なら一切関わって欲しくないんだろうとは思うけど、ギリギリ妥協出来るところだったんだろう。
多分。
その様子を見たシレアンさんが「……ああ」と、声を上げた。
「そちら、もしやユングベリ商会に出資をしていらっしゃる?」
問われたエドヴァルドが、一瞬、眉を顰めた。
「……ああ。だが、経営にまでは口を出していない。アンジェスから、ここまで話を広げてきたのは、彼女自身の力だ」
「それは、そうだろうと思います。商売におけるコネは大事ですが、それだけで店は成り立たない。ただそれでも、彼女が商会の評判に傷がつく事で、貴方への影響を気にしたんだろうなと、そう思っただけですよ」
「――――」
シレアンさんの言葉に、エドヴァルドがじっとこちらを見てきたので、私はとりあえず困った様に微笑い返しておいた。
言われて初めて「そうかも」と思ったのは、秘密だ。
エドヴァルドにしろ、シレアンさんにしろ、ここはそう思っておいて貰った方が良い気がした。
「そうすると、ユングベリ商会長が考えているのは、正式な従業員としての雇用はいったん見送りつつ、試用期間あるいは臨時雇用として、イユノヴァ・シルバーギャラリーの二階部分を提供すると、そういう事か」
一連の様子を見たシレアンさんが、話をそうまとめてきたので、私も「そうですね」と、そこは頷いた。
「開業準備室の臨時職員――くらいでしょうか。経理か商法か、どちらかは学んで貰わないといけないですし、同時にどちらかに強い人を探して雇わないといけない。サレステーデで開業して貰おうと思っている二人と、仕組みは同じですね」
もちろん、ここで誰とは言わないものの、モデルケースの一つとして話をしておく。
サラさんは既に販路を持って、ここまで商売をしてきている。商法も細かくはないにしろ、最低限の知識はあるだろう。
そしてラディズ青年は、サラさんにないものをカバーしようとしている。
さすがにマカールが来る事は当面却下しないといけないだろう。
彼が何か言いたげにトリーフォン君を見ているところ、私は視線で牽制をかける。
彼がいると、恐らくトリーフォン君は自分の意思を殺してしまう。
まだどこかに、自分の父親はイーゴス族長と思いたい部分もあるだろう。
エレメア夫人の事や、色々な事を昇華しようとすると、彼は一人でまずは考えるべきなのだ。
「ギルドから誰か紹介を……と、言う事か」
「そうですね、出来ればイラクシ族との関りはないけれど、北方遊牧民族の血は持っている――なんて人がいれば万々歳ですけど」
商法講師の派遣が存在するなら、商会の臨時従業員として、店を軌道に乗せるまでサポートする様な仕組みだってあるだろうと思ったのだ。
ナザリオギルド長が、今の地位にある為の「点数稼ぎ」には、色々な稼ぎの場があった筈だから。
「ふむ……では改装の件も含めて、戻ったらナザリオギルド長と相談してみよう」
まあ否とは言わないだろうが――と、シレアンさんは言った。
726
685 忘れじの膝枕 とも連動!
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!
2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!
そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra
今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!
2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!
そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra
今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
お気に入りに追加
12,979
あなたにおすすめの小説

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました
四折 柊
恋愛
子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら
冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。
アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。
国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。
ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。
エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。

完結 穀潰しと言われたので家を出ます
音爽(ネソウ)
恋愛
ファーレン子爵家は姉が必死で守って来た。だが父親が他界すると家から追い出された。
「お姉様は出て行って!この穀潰し!私にはわかっているのよ遺産をいいように使おうだなんて」
遺産などほとんど残っていないのにそのような事を言う。
こうして腹黒な妹は母を騙して家を乗っ取ったのだ。
その後、収入のない妹夫婦は母の財を喰い物にするばかりで……

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!
甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

お前のせいで不幸になったと姉が乗り込んできました、ご自分から彼を奪っておいて何なの?
coco
恋愛
お前のせいで不幸になった、責任取りなさいと、姉が押しかけてきました。
ご自分から彼を奪っておいて、一体何なの─?

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから
咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。
そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。
しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。