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第二部 宰相閣下の謹慎事情
519 妄執の果て(14)
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「……シレアンさん」
私は、空いている方の手で自分のこめかみをグリグリと揉み解した。
「ユングベリ商会長?」
「イユノヴァ・シルバーギャラリーの店舗の上って、事務所だけでしたか?」
私の問いかけに、シレアンさんは一瞬虚を突かれていたけど、すぐに眉根を寄せて、内装を思い出そうとしていた。
「事務所と倉庫だ。それが?」
「ギルド負担の初期費用に、改装費も含んで頂けるんですよね?」
「ああ、まあ、こちらから借りて欲しいとお願いしている訳だから」
大理石だの希少な木材だの、突拍子もない事を言わなければ普通に許可は下りると、シレアンさんはちょっと微笑った。
私なら言いそうと、思われたんだろうか。
「いえ、フォサーティ卿とシレアンさんの、その第三の折衷案を採るなら、事務所なり倉庫なりを、一部住居スペースに改装する必要があるんじゃないかと思って。無給ならせめて、住居とチェーリアさんの所でごはん食べさせて貰えるよう、ギルドから話を持って行って貰うとか……」
着る物くらいなら、日にちがかかっても、村からマカールが送ったって良い。何なら仕送りだって、すれば良い。
ただ、残る「食」と「住」くらいは、何とかしておかないと、それこそブラック商会一直線になる。
「では、ユングベリ商会の従業員として、雇用しても良い……と?」
期待した目つきでこちらを見てきたジーノ青年に、私はうっかり、隣のエドヴァルドにしがみついてしまった。
いえ、期待されても困ります!お国のコトはお国で解決をして貰わないと‼
多少なりと好意があるからOKした――なんて、思われたら、目も当てられない。
「無給なんですよね?それなら、チェーリアさんの食堂の下働き、あるいはイユノヴァさんのお店に駆け込んできた、家出人二号くらいの触れ込みにしておいて貰わないと困ります。開業前から商会の評判を落とすつもりはないって言ってるじゃないですか」
一気にまくし立てた私に、エドヴァルドが繋いでいない方の手で、ぽんぽんと私の頭を叩いてきた。
「……っ」
あ、良かった。
対応としては、合っているらしい。
本当なら一切関わって欲しくないんだろうとは思うけど、ギリギリ妥協出来るところだったんだろう。
多分。
その様子を見たシレアンさんが「……ああ」と、声を上げた。
「そちら、もしやユングベリ商会に出資をしていらっしゃる?」
問われたエドヴァルドが、一瞬、眉を顰めた。
「……ああ。だが、経営にまでは口を出していない。アンジェスから、ここまで話を広げてきたのは、彼女自身の力だ」
「それは、そうだろうと思います。商売におけるコネは大事ですが、それだけで店は成り立たない。ただそれでも、彼女が商会の評判に傷がつく事で、貴方への影響を気にしたんだろうなと、そう思っただけですよ」
「――――」
シレアンさんの言葉に、エドヴァルドがじっとこちらを見てきたので、私はとりあえず困った様に微笑い返しておいた。
言われて初めて「そうかも」と思ったのは、秘密だ。
エドヴァルドにしろ、シレアンさんにしろ、ここはそう思っておいて貰った方が良い気がした。
「そうすると、ユングベリ商会長が考えているのは、正式な従業員としての雇用はいったん見送りつつ、試用期間あるいは臨時雇用として、イユノヴァ・シルバーギャラリーの二階部分を提供すると、そういう事か」
一連の様子を見たシレアンさんが、話をそうまとめてきたので、私も「そうですね」と、そこは頷いた。
「開業準備室の臨時職員――くらいでしょうか。経理か商法か、どちらかは学んで貰わないといけないですし、同時にどちらかに強い人を探して雇わないといけない。サレステーデで開業して貰おうと思っている二人と、仕組みは同じですね」
もちろん、ここで誰とは言わないものの、モデルケースの一つとして話をしておく。
サラさんは既に販路を持って、ここまで商売をしてきている。商法も細かくはないにしろ、最低限の知識はあるだろう。
そしてラディズ青年は、サラさんにないものをカバーしようとしている。
さすがにマカールが来る事は当面却下しないといけないだろう。
彼が何か言いたげにトリーフォン君を見ているところ、私は視線で牽制をかける。
彼がいると、恐らくトリーフォン君は自分の意思を殺してしまう。
まだどこかに、自分の父親はイーゴス族長と思いたい部分もあるだろう。
エレメア夫人の事や、色々な事を昇華しようとすると、彼は一人でまずは考えるべきなのだ。
「ギルドから誰か紹介を……と、言う事か」
「そうですね、出来ればイラクシ族との関りはないけれど、北方遊牧民族の血は持っている――なんて人がいれば万々歳ですけど」
商法講師の派遣が存在するなら、商会の臨時従業員として、店を軌道に乗せるまでサポートする様な仕組みだってあるだろうと思ったのだ。
ナザリオギルド長が、今の地位にある為の「点数稼ぎ」には、色々な稼ぎの場があった筈だから。
「ふむ……では改装の件も含めて、戻ったらナザリオギルド長と相談してみよう」
まあ否とは言わないだろうが――と、シレアンさんは言った。
私は、空いている方の手で自分のこめかみをグリグリと揉み解した。
「ユングベリ商会長?」
「イユノヴァ・シルバーギャラリーの店舗の上って、事務所だけでしたか?」
私の問いかけに、シレアンさんは一瞬虚を突かれていたけど、すぐに眉根を寄せて、内装を思い出そうとしていた。
「事務所と倉庫だ。それが?」
「ギルド負担の初期費用に、改装費も含んで頂けるんですよね?」
「ああ、まあ、こちらから借りて欲しいとお願いしている訳だから」
大理石だの希少な木材だの、突拍子もない事を言わなければ普通に許可は下りると、シレアンさんはちょっと微笑った。
私なら言いそうと、思われたんだろうか。
「いえ、フォサーティ卿とシレアンさんの、その第三の折衷案を採るなら、事務所なり倉庫なりを、一部住居スペースに改装する必要があるんじゃないかと思って。無給ならせめて、住居とチェーリアさんの所でごはん食べさせて貰えるよう、ギルドから話を持って行って貰うとか……」
着る物くらいなら、日にちがかかっても、村からマカールが送ったって良い。何なら仕送りだって、すれば良い。
ただ、残る「食」と「住」くらいは、何とかしておかないと、それこそブラック商会一直線になる。
「では、ユングベリ商会の従業員として、雇用しても良い……と?」
期待した目つきでこちらを見てきたジーノ青年に、私はうっかり、隣のエドヴァルドにしがみついてしまった。
いえ、期待されても困ります!お国のコトはお国で解決をして貰わないと‼
多少なりと好意があるからOKした――なんて、思われたら、目も当てられない。
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一気にまくし立てた私に、エドヴァルドが繋いでいない方の手で、ぽんぽんと私の頭を叩いてきた。
「……っ」
あ、良かった。
対応としては、合っているらしい。
本当なら一切関わって欲しくないんだろうとは思うけど、ギリギリ妥協出来るところだったんだろう。
多分。
その様子を見たシレアンさんが「……ああ」と、声を上げた。
「そちら、もしやユングベリ商会に出資をしていらっしゃる?」
問われたエドヴァルドが、一瞬、眉を顰めた。
「……ああ。だが、経営にまでは口を出していない。アンジェスから、ここまで話を広げてきたのは、彼女自身の力だ」
「それは、そうだろうと思います。商売におけるコネは大事ですが、それだけで店は成り立たない。ただそれでも、彼女が商会の評判に傷がつく事で、貴方への影響を気にしたんだろうなと、そう思っただけですよ」
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685 忘れじの膝枕 とも連動!
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!
2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!
そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra
今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
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