聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

518 妄執の果て(13) 

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「……最後これは、二つ目の案に多少のアレンジを加えた話になりますが」

 ジーノ青年が三本目の指を殊更にゆっくりと立てたのは、もしかしたら、トリーフォン君の反応次第では言わないつもりだったんじゃないだろうか。

 でも彼は何に対しても反応を見せない。そのために、選択肢として提示しておく事にした――そんな感じだった。

 その前に何故かチラリと、こちらを一瞬見た様な気もしたけれど。

「最終的に『繋ぎの族長』となって貰う点はそのまま。ただしトリーフォン君に、三年か……長くて五年、王都のイユノヴァ・シルバーギャラリーあるいはチェーリアの食堂で下働きに入って貰うと言う追加案です。もしくは、ユングベリ商会がバリエンダールにおいて開業する店舗の店員となるか」

「はいっ⁉」

 これには流石に私も声を上げたし、トリーフォン君もちょっと目を見開いている。

 隣の宰相閣下エドヴァルドは――まだ周囲の空気は冷えていないけど、思い切り半目にはなっていた。

「……ジーノ、もう少し詳しく」

 腕組みはしているけれど、片方の人差し指がトントンと二の腕を叩いていて、カゼッリ族長が「説明を」と、続きを促している。

 もちろん、誰もそれに反論はせず、ジーノ青年が続きを口にするのを待った。

「ただでさえ、イラクシ族は閉ざされた一族と言われています。最初からあまり良い印象を持たれていない以上、今回の事で王宮側から取り潰しの声が上がってもおかしくはない」

「確かに、兵を北部まで出されたくなければ、潰せ――などと言い出す輩は出るかも知れんな。いや、実際にあったのだろう。だからおまえジーノが、わざわざ王宮を空けてこちらに来ているんだろうしな」

 カゼッリ族長の指摘に、ジーノは微かに口元を歪めた事で、それを肯定した。

 特に答えを求めていなかっただろうカゼッリ族長も、そのまま口を閉ざして、ジーノ青年に続きを促している。

「そんな王宮の一部勢力が、族長の交代程度で納得すると思いますか?メダルド国王陛下の融和政策に賛同をすると、旗幟を鮮明にする必要があります。誰にでも分かる形で」

「それが……王都の店舗を手伝わせる事だと?」

 少し前に、今回の懲罰として、当面取引には参加させないと話をしたばかりだ。

 チェーリアさんのお店を北部側から支援しているガエターノ族長が、さすがに眉をひそめているけれど、ジーノ青年は動じなかった。

「取引にはすぐには参加させません。それは、街道封鎖の懲罰の一環として、残すべき事ですから。私が言いたいのは、あくまで店員あるいは店の裏方となって、王都で店を持つ彼らを支えると言う事です。仕入れや販売、あるいは製作の現場を見て、学んで、将来的には自力でイラクシ族と王都との販路を開かせる。私からの提案としては、エプレりんごや魚を使った調味料の、安定供給に向けての開発。それに注力して貰うのはどうかと」

「待って下さい!それだと病身の族長を置いたまま、トリーフォンに村を離れよと仰っている事になる!いくら、いずれ戻って来る話だとしても――」

 思わず、と言ったていで声を上げてしまったマカールを、ジーノ青年の冷ややかな視線がひと撫でした。

「族長の補佐は貴方が為されれば良いでしょう。今までも、トリーフォン君が独り立ちするまではと、陰に日向に助言していらした筈。街道封鎖の代償として、何年かの外回りを国から命じられたとでも言えば、現状貴方の部族の中であっても、誰も反対の声は上げられない筈ですよ」

「……っ」

 いやいや、ちょっと待って!

 普通にマカールが言い負かされてますけど、まだ、トリーフォン君のユングベリ商会臨時雇用は決まった訳じゃありませんよ⁉

 うわ、三族長も今にも頷きそう!

「ユングベリ商会長」

 私がどう答えたものかと躊躇していると、それまで部屋の隅で黙って話を聞いていたシレアンさんが、ギルド幹部としての顔を見せながら、こちらに話しかけてきた。

「人形や匂い袋はともかく、調味料に関しては安定供給を急ぎたいのだろう?」

「え……まあ、そうですね。軌道に乗れば、人形や匂い袋に比べて、流行とは無関係に長く一定の収入が見込める様になりますから。今、チェーリアさんのお店にある分だって、偶然の産物で出来た物を少しずつ分けて貰っているだけだと聞いていますし」

「だが開発も、一朝一夕でどうにかなるものじゃない。それこそ、年単位で見ていかないとならない」

「その通りです」

「なら、それをイラクシ族の持ち出しで、彼に音頭を取ってやって貰えば良いのでは?」

「え」

 思いがけない提案がシレアンさんの口から出て、私は思わず言葉を続け損ねてしまった。

 持ち出し――と言う事は、ビネガーの開発にかかる費用、果物や魚の調達含めた諸々を、全てイラクシ族の負担とした上で進めようと言う事か。

 先が見えていない。幾らかかるか、想像の外にある。
 その点では、罰としての側面は満たしている様に見えると言う事だろう。

「エプレを使った調味料含め、今もある程度はハタラ族が使用しているのだから、安定供給が叶った暁には、一部権利をハタラ族に譲ると言うのも一案だ。そうすれば、開発費はある程度取り戻せる。そしてエプレ以外の果物や魚でも、チェーリアさんのお店で使用されている材料以外から何か出来れば、それをイラクシ族の物とすれば良い」

 定期的な材料の仕入れを交渉しなくてはならないし、開発の為の場所も必要。更には、完成した後、チェーリアさんのお店で試作して貰う必要も出て来る。

 例えば開発自体は村で手掛けるとしても、定期的に王都や途中の街道添いの生産農家との間を行き来する必要が出て来るだろうから、外の世界を知る……と言う目的にも合致する。

 そして「どうです?」とシレアンさんが声をかけたのは、私ではなくマカールだった。

「それなら、罰則となる数年間、村に顔を出す日もゼロじゃないと言う事になる。貴方も他の者たちも受け入れやすいのでは?」

 罰として無給で働け、と言うのは、罰則としてあり得る話だ。
 ただちょっと、釈然としない部分は残る。

「あの……もうちょっと、こう……何か、取り繕える言い訳はなしはないんですか?それだと、ユングベリ商会が血も涙もない業突張ごうつくばりの商会みたいで、開業前から印象悪いんですけど……」

「――――」

 私は、心からの「お願い」を口にしただけなんだけど、何故か繋いだ手の先からは微弱な震えが伝わってきて、シレアンさんも一瞬だけ目を丸くした後、すぐに低い笑い声を発して、下を向いていた。

「と……取り繕うとか……業突張ごうつくばりって……」

 しまった。
 どうやら深刻な場をぶち壊したらしい。

 いや、でも、ユングベリ商会は奴隷商会にもブラック企業にもするつもりはないんですって!

 キヴェカスさん家の事務所がブラックになっているのは自業自得として……。

 とりあえず、この場をどうしたものかと辺りをキョロキョロ見回すと、ジッとこちらを見ていたトリーフォンと、思い切り目が合ってしまった。

 トリーフォン、といっそ悲痛な声をあげるマカールの方は、彼は見ていなかった。

「……僕に選択の余地があるとは思えませんが」

 でしょうね、と私も流石に言えず、黙って見返す事しか出来ない。

「ただ、僕の次の代の為に何か残してから死んでくれ――と言うのは、とても納得のいく話です。叶うならその商会の話を、もう少し詳しく聞いてみたいかも知れません」

 要は、緩やかな処刑と言う事でしょう……?

 本来であれば穏やかである筈のその微笑えみは、こちら側に消える事のない胸の痛みを与えるものでしかなった。
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