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第二部 宰相閣下の謹慎事情
513 妄執の果て(8)
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トレイに乗せた食事を持って、イーゴス族長の部屋を訪れている人間がいる、とシーグは言った。
まだ就寝時間にも遠かったため、私とエドヴァルドは普通に部屋でお茶でも……と言っていたところだった。
シーグの言葉に思わず顔を見合わせる。
「それで、食事の内容は……」
「今、レヴさんが厨房に確認に行ってます」
確かに、いきなりイーゴス族長の寝ている所には踏み込めない訳だから、さもありなんだ。
と言うかシーグ、バルトリ以外にトーカレヴァとも意外に打ち解けているんだろうか。
リファちゃん繋がり、とか?
「ビーチェが入っているなら、止めた方が良いと言う事だな?」
エドヴァルドの言葉に、私は頷いた。
「とりあえず、古くなっていた果物を間違えて調理してしまった、でもなんでも良いです。ただ身体に毒だと言っても、相手だって認めないでしょうし」
何せアレルギーの概念がない上に、銀食器で分かる様な毒でもない。
現場に踏み込んでからが勝負だとさえ言えるのだ。
「それと、バルトリさんが先にフォサーティ宰相令息を呼びに行っています。地域的な事情を考えれば、彼に矛を収めさせないといけない……と」
「良い判断だ」
バルトリはもともと〝鷹の眼〟内でも屈指の情報収集能力を持っていて、恐らく、いざと言う時にはファルコとイザクのすぐ下くらいの実力を持って、自分の判断で動けるのだと聞いている。
テオドル大公のお供で行って帰って来るくらいなら、ベルセリウス将軍たちもいる以上、私に付けるのはバルトリ一人で大丈夫だろうと、ファルコは判断したのだ。
まさか予定通りに帰国出来なくて、エドヴァルドの方が来る事になるだなんて、そんな事は、予想出来る筈もない。誰を責めようもない事だ。
「エドヴァルド様」
とは言え、ビーチェ問題が絡む以上、様子を見に行かない訳にもいかないだろう。
多分、私以外では説明に限界がある筈だ。
そう思ってエドヴァルドを見上げると、明らかに分かっていて、不愉快そうに眉を顰めていた。
「……分かった」
納得はしていないけれど仕方がない、と言った感がアリアリと出ていて、更に恋人つなぎ状態で手を握られて「私の傍から絶対に離れるな。それが条件だ」と、普段よりも更に低い声で囁かれてしまった。
……一瞬、鳥肌が立ちそうになったのはヒミツだ。
「イオタ、テオドル大公やバレス嬢たちは、少し時間を置いて知らせる事は出来るか。いきなり全員で押しかけるのは問題だ」
土地柄から言って、ジーノ青年以外はまず三族長と、立ち会いとしてギルドのシレアンさんと書記官としてのマトヴェイ部長に密かに来てもらって、後はその場がどう転ぶか……と言う話になった。
「抵抗して暴れられでもしたら、厄介だ。大丈夫そうだと分かったところで、呼んだ方が良い」
本当なら自分たちもそうであるべき、との不満がありありとエドヴァルドの顔には浮かんでいるけれど、そこはスルーせざるを得ない。
エドヴァルドの半歩後ろを歩く様にして、イーゴス族長の寝室に向かうと、ちょうどそこにはジーノ青年の召使の女性が一人いて、その女性が扉をノックしようとしているところだった。
「大変申し訳ございません。先ほどの食事、材料に少々問題がある事が分かりまして、交換させて頂きたいのですが……」
どうやら、こちらから何かを言う前に、ジーノ青年とバルトリとの間で「そのビーチェは使ってはいけないものだった」として話を無理やり通す事にしているみたいだ。
中からの返事を待ったのか、待っていないのか、女性が静かに扉を押して、ジーノ青年がその横から女性を追い越す様に、中へと滑り込んでいた。
私はてっきり、中にいるのはエレメア側室夫人で、さぞ盛大な叫び声でも聞こえてくるかと身構えていたんだけれど。
「――ジーノさん」
「「⁉」」
聞こえてきた声に、一瞬耳を疑う。
自分たちは、勝手に中に入る訳にもいかないだろうと、扉を開けたままの状態で、入口から中の様子を窺う事にした。
そしてエドヴァルドの背中越しに、そっと中の様子を窺う。
「どうかされましたか?今、食材に問題があったと聞こえた気もしましたけど……」
聞こえてきたのは、甲高い女性の声ではなかった。
「ああ。どうやら、古い果物が間違って混ざっていたらしい。厨房でたまたま耳にしたから、誰かの口に入るのも拙いだろうと、大事になる前に口を出させて貰ったよ」
一度その手を下ろしてくれるかな、とジーノ青年は言った。
……どうやら、間一髪だったのかも知れない。
「そうなんですか?ここへ来る前、母上にも持って行きましたけど、特におかしな味がしたとかは言っていなかったんですが……」
「健康なエレメア夫人は大丈夫でも、まだ快復途上のイーゴス族長にはよくない場合もあるだろうから、わざわざ古い果物をお出しする必要もないと思うよ」
そして、中にいたのが誰なのかと言う決定的な一言が、ジーノ青年の口から洩れた。
「――トリーフォン君」
そこには、トレイを膝の上に置いて、スプーンを片手に持つトリーフォンが、怖いくらいの無表情で寝台脇に腰を下ろしていた。
まだ就寝時間にも遠かったため、私とエドヴァルドは普通に部屋でお茶でも……と言っていたところだった。
シーグの言葉に思わず顔を見合わせる。
「それで、食事の内容は……」
「今、レヴさんが厨房に確認に行ってます」
確かに、いきなりイーゴス族長の寝ている所には踏み込めない訳だから、さもありなんだ。
と言うかシーグ、バルトリ以外にトーカレヴァとも意外に打ち解けているんだろうか。
リファちゃん繋がり、とか?
「ビーチェが入っているなら、止めた方が良いと言う事だな?」
エドヴァルドの言葉に、私は頷いた。
「とりあえず、古くなっていた果物を間違えて調理してしまった、でもなんでも良いです。ただ身体に毒だと言っても、相手だって認めないでしょうし」
何せアレルギーの概念がない上に、銀食器で分かる様な毒でもない。
現場に踏み込んでからが勝負だとさえ言えるのだ。
「それと、バルトリさんが先にフォサーティ宰相令息を呼びに行っています。地域的な事情を考えれば、彼に矛を収めさせないといけない……と」
「良い判断だ」
バルトリはもともと〝鷹の眼〟内でも屈指の情報収集能力を持っていて、恐らく、いざと言う時にはファルコとイザクのすぐ下くらいの実力を持って、自分の判断で動けるのだと聞いている。
テオドル大公のお供で行って帰って来るくらいなら、ベルセリウス将軍たちもいる以上、私に付けるのはバルトリ一人で大丈夫だろうと、ファルコは判断したのだ。
まさか予定通りに帰国出来なくて、エドヴァルドの方が来る事になるだなんて、そんな事は、予想出来る筈もない。誰を責めようもない事だ。
「エドヴァルド様」
とは言え、ビーチェ問題が絡む以上、様子を見に行かない訳にもいかないだろう。
多分、私以外では説明に限界がある筈だ。
そう思ってエドヴァルドを見上げると、明らかに分かっていて、不愉快そうに眉を顰めていた。
「……分かった」
納得はしていないけれど仕方がない、と言った感がアリアリと出ていて、更に恋人つなぎ状態で手を握られて「私の傍から絶対に離れるな。それが条件だ」と、普段よりも更に低い声で囁かれてしまった。
……一瞬、鳥肌が立ちそうになったのはヒミツだ。
「イオタ、テオドル大公やバレス嬢たちは、少し時間を置いて知らせる事は出来るか。いきなり全員で押しかけるのは問題だ」
土地柄から言って、ジーノ青年以外はまず三族長と、立ち会いとしてギルドのシレアンさんと書記官としてのマトヴェイ部長に密かに来てもらって、後はその場がどう転ぶか……と言う話になった。
「抵抗して暴れられでもしたら、厄介だ。大丈夫そうだと分かったところで、呼んだ方が良い」
本当なら自分たちもそうであるべき、との不満がありありとエドヴァルドの顔には浮かんでいるけれど、そこはスルーせざるを得ない。
エドヴァルドの半歩後ろを歩く様にして、イーゴス族長の寝室に向かうと、ちょうどそこにはジーノ青年の召使の女性が一人いて、その女性が扉をノックしようとしているところだった。
「大変申し訳ございません。先ほどの食事、材料に少々問題がある事が分かりまして、交換させて頂きたいのですが……」
どうやら、こちらから何かを言う前に、ジーノ青年とバルトリとの間で「そのビーチェは使ってはいけないものだった」として話を無理やり通す事にしているみたいだ。
中からの返事を待ったのか、待っていないのか、女性が静かに扉を押して、ジーノ青年がその横から女性を追い越す様に、中へと滑り込んでいた。
私はてっきり、中にいるのはエレメア側室夫人で、さぞ盛大な叫び声でも聞こえてくるかと身構えていたんだけれど。
「――ジーノさん」
「「⁉」」
聞こえてきた声に、一瞬耳を疑う。
自分たちは、勝手に中に入る訳にもいかないだろうと、扉を開けたままの状態で、入口から中の様子を窺う事にした。
そしてエドヴァルドの背中越しに、そっと中の様子を窺う。
「どうかされましたか?今、食材に問題があったと聞こえた気もしましたけど……」
聞こえてきたのは、甲高い女性の声ではなかった。
「ああ。どうやら、古い果物が間違って混ざっていたらしい。厨房でたまたま耳にしたから、誰かの口に入るのも拙いだろうと、大事になる前に口を出させて貰ったよ」
一度その手を下ろしてくれるかな、とジーノ青年は言った。
……どうやら、間一髪だったのかも知れない。
「そうなんですか?ここへ来る前、母上にも持って行きましたけど、特におかしな味がしたとかは言っていなかったんですが……」
「健康なエレメア夫人は大丈夫でも、まだ快復途上のイーゴス族長にはよくない場合もあるだろうから、わざわざ古い果物をお出しする必要もないと思うよ」
そして、中にいたのが誰なのかと言う決定的な一言が、ジーノ青年の口から洩れた。
「――トリーフォン君」
そこには、トレイを膝の上に置いて、スプーンを片手に持つトリーフォンが、怖いくらいの無表情で寝台脇に腰を下ろしていた。
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