上 下
490 / 819
第二部 宰相閣下の謹慎事情

513 妄執の果て(8)

しおりを挟む
 トレイに乗せた食事を持って、イーゴス族長の部屋を訪れている人間がいる、とシーグは言った。

 まだ就寝時間にも遠かったため、私とエドヴァルドは普通に部屋でお茶でも……と言っていたところだった。
 シーグの言葉に思わず顔を見合わせる。

「それで、食事の内容なかみは……」
「今、レヴさんが厨房に確認に行ってます」

 確かに、いきなりイーゴス族長の寝ている所には踏み込めない訳だから、さもありなんだ。

 と言うかシーグ、バルトリ以外にトーカレヴァとも意外に打ち解けているんだろうか。
 リファちゃん繋がり、とか?

「ビーチェが入っているなら、止めた方が良いと言う事だな?」

 エドヴァルドの言葉に、私は頷いた。

「とりあえず、古くなっていた果物ものを間違えて調理してしまった、でもなんでも良いです。ただ身体に毒だと言っても、相手だって認めないでしょうし」

 何せアレルギーの概念がない上に、銀食器で分かる様な毒でもない。
 現場に踏み込んでからが勝負だとさえ言えるのだ。

「それと、バルトリさんが先にフォサーティ宰相令息を呼びに行っています。地域的な事情を考えれば、彼に矛を収めさせないといけない……と」

「良い判断だ」

 バルトリはもともと〝鷹の眼〟内でも屈指の情報収集能力を持っていて、恐らく、いざと言う時にはファルコとイザクのすぐ下くらいの実力を持って、自分の判断で動けるのだと聞いている。

 テオドル大公のお供で行って帰って来るくらいなら、ベルセリウス将軍たちもいる以上、私に付けるのはバルトリ一人で大丈夫だろうと、ファルコは判断したのだ。

 まさか予定通りに帰国出来なくて、エドヴァルドの方が来る事になるだなんて、そんな事は、予想出来る筈もない。誰を責めようもない事だ。

「エドヴァルド様」

 とは言え、ビーチェメロン問題が絡む以上、様子を見に行かない訳にもいかないだろう。
 多分、私以外では説明に限界がある筈だ。

 そう思ってエドヴァルドを見上げると、明らかに分かっていて、不愉快そうに眉をひそめていた。

「……分かった」

 納得はしていないけれど仕方がない、と言った感がアリアリと出ていて、更に恋人つなぎ状態で手を握られて「私の傍から絶対に離れるな。それが条件だ」と、普段よりも更に低い声で囁かれてしまった。

 ……一瞬、鳥肌が立ちそうになったのはヒミツだ。

「イオタ、テオドル大公やバレス嬢たちは、少し時間を置いて知らせる事は出来るか。いきなり全員で押しかけるのは問題だ」

 土地柄から言って、ジーノ青年以外はまず三族長と、立ち会いとしてギルドのシレアンさんと書記官としてのマトヴェイ部長に密かに来てもらって、後はその場がどう転ぶか……と言う話になった。

「抵抗して暴れられでもしたら、厄介だ。大丈夫そうだと分かったところで、呼んだ方が良い」

 本当なら自分たちもそうであるべき、との不満がありありとエドヴァルドの顔には浮かんでいるけれど、そこはスルーせざるを得ない。

 エドヴァルドの半歩後ろを歩く様にして、イーゴス族長の寝室に向かうと、ちょうどそこにはジーノ青年の召使の女性が一人いて、その女性が扉をノックしようとしているところだった。

「大変申し訳ございません。先ほどの食事、材料に少々問題がある事が分かりまして、交換させて頂きたいのですが……」

 どうやら、こちらから何かを言う前に、ジーノ青年とバルトリとの間で「そのビーチェは使ってはいけないものだった」として話を無理やり通す事にしているみたいだ。

 中からの返事を待ったのか、待っていないのか、女性が静かに扉を押して、ジーノ青年がその横から女性を追い越す様に、中へと滑り込んでいた。

 私はてっきり、中にいるのはエレメア側室夫人で、さぞ盛大な叫び声でも聞こえてくるかと身構えていたんだけれど。

「――ジーノさん」
「「⁉」」

 聞こえてきた声に、一瞬耳を疑う。

 自分たちは、勝手に中に入る訳にもいかないだろうと、扉を開けたままの状態で、入口から中の様子を窺う事にした。

 そしてエドヴァルドの背中越しに、そっと中の様子を窺う。

「どうかされましたか?今、食材に問題があったと聞こえた気もしましたけど……」

 聞こえてきたのは、甲高い女性の声ではなかった。

「ああ。どうやら、古い果物が間違って混ざっていたらしい。厨房でたまたま耳にしたから、誰かの口に入るのもまずいだろうと、大事になる前に口を出させて貰ったよ」

 一度その手を下ろしてくれるかな、とジーノ青年は言った。

 ……どうやら、間一髪だったのかも知れない。

「そうなんですか?ここへ来る前、母上にも持って行きましたけど、特におかしな味がしたとかは言っていなかったんですが……」

「健康なエレメア夫人は大丈夫でも、まだ快復途上のイーゴス族長にはよくない場合もあるだろうから、わざわざ古い果物ものをお出しする必要もないと思うよ」

 そして、中にいたのが誰なのかと言う決定的な一言が、ジーノ青年の口から洩れた。

「――トリーフォン君」


 そこには、トレイを膝の上に置いて、スプーンを片手に持つトリーフォンが、怖いくらいの無表情で寝台ベッド脇に腰を下ろしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

意地を張っていたら6年もたってしまいました

Hkei
恋愛
「セドリック様が悪いのですわ!」 「そうか?」 婚約者である私の誕生日パーティーで他の令嬢ばかり褒めて、そんなに私のことが嫌いですか! 「もう…セドリック様なんて大嫌いです!!」 その後意地を張っていたら6年もたってしまっていた二人の話。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。