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第二部 宰相閣下の謹慎事情

512 妄執の果て(7)

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 テオドル大公に「どうする?」と投げかけられたジーノ青年は、自分の伯父を含めた三族長だけを、こちら側に呼ぶ事に決めた様だった。

 まあ確かに今の話を聞いていると、姉妹と同じ部屋に入ってしまうと、何の話も進まない気がした。

「ふむ……まあ、ベルセリウスがおれば、捕まった奴らでは歯も立つまいよ。それが無難か」

 そうこうしているうちに、こちらもマトヴェイ部長同様に、疲労の色をありありと顔に浮かべた三族長たちが、それぞれに姿を見せた。

「カゼッリ伯父上」

「いやはや……もちろん、ジルダ、ゲルダ姉妹の話を一方的に聞く訳にはいかないのだがな……」

 そう言いながら、カゼッリ族長が口を開いたところによると、どうやら彼女たちの母親、つまりはイラクシ族の族長の正夫人が亡くなったあたりから、正夫人の血縁者や姉妹の支持者となる大人たちが、カラハティ放牧中のや、放牧先で遭遇した賊に襲われた末に行方不明になったり……と、一人二人と、周囲からいなくなっていたらしい。

「それは……もしかして」

「いや、証拠がないんだ、ジーノ。あればとうの昔に裁かれて、こんな事態は引き起こしてはいないだろう」

 誰の脳裡にも、エレメア側室夫人の顔がチラつきながらも、それを口には出せない。
 当然、姉妹も同じ人物を容疑者と睨んでいたんだろう。

 夫人一人の仕業とも思えない。けれど間違いなく中心人物である筈だ、と。

「だが、どうにも姉妹同士も仲が悪くてな」

 そう言って肩をすくめたのは、ガエターノ族長だった。
 バラッキ族長も「うむ」と、隣で頷いている。

異母弟おとうとを追い出す、と言う点は一致していたが、その後どうするのか、どちらが上に立つのか、ってところでどっちも引かなかったみたいだ。ありゃ、もはや子供の喧嘩だな」

 そのうち、三族長たちそっちのけで罵り合いが始まってしまい、いったい何を見せられているのか――と、三族長は辟易していたらしい。

「……よく、それで街道が封鎖出来ましたね」

 ジーノ青年の声も、多分に呆れを含んではいたけれど、それは多分、この場にいた全員が思っている事だったと思う。

「普通に考えれば、耳に心地の良い事ばかりを囁いて、矢面に立たせた者がいる……と言う事になるだろうな」

 ジーノ青年の疑問に答える形で、カゼッリ族長が会話を引き取った。

「だが、これは私の勝手な推測だが……あの部屋に捕らえられている中にはいない、と言う気がしているのだ」

「伯父上?」

「こう……側室夫人含め、誰もが踊らされているような気がしてな」

 カゼッリ族長の眉間の皺が、より一層深くなった気がした。

 だけど族長自身、明確な根拠も回答も持っていない、言わば「勘」に近い話なんだろう。それ以上の持論を展開しようとはしなかった。

「まあ、そんな曖昧な話をしていても仕方がないな。それでジーノ、どうするつもりなんだ」
「伯父上……それなんですが」

 問われたジーノ青年は、この頃にはようやく自分の中でも腹落ちがしていたのか、ここでは自らが、イーゴス族長の囮話を口に出した。

 三族長は、それぞれが囮の話に理解を示しはしたものの、そもそものビーチェメロン拒否反応アレルギーの関係性のところで、素直には頷けなかった様に見えた。

「どうにも、すぐには頷けんが……いや、だからこそ陰で見張りを立てて、様子を窺うのか」

「ええ。我々同じ北方遊牧民族の者ではなく、商業ギルドのシレアンと言う第三者によって、イラクシ族が孤立する可能性を指摘された事は、この村で姉妹の派閥に属していなかった者たちを、側室夫人を筆頭に確実に揺さぶっています。恐らくは、善意の第三者の顔を持って、ビーチェ入りの飲み物か食べ物かを、イーゴス族長の口に入れようとするのではないか、と」

「ふむ……」

 口元に手を当てて、考える仕種を見せるカゼッリ族長に、ガエターノ族長が「良いのではないか」と、軽く片手を上げた。

「どのみち今日はもう、この村からは動かぬのだろう。一晩くらい様子をみたところで、何が変わる訳でもなかろう。動きがあれば重畳、くらいでいて良いのではないか」

 そうだな、とバラッキ族長も首を縦に振った。

「我らもそうだが、可能な限り野営をして、この館からは遠ざかるフリをしてみれば良い。これだけの人数がいれば、それを自然な流れと取るのではないか」

 わざと、族長のいる館にいる人数を減らしたとしても、真意がバレにくいのではないか。

 バラッキ族長の言い分に、それぞれが顔を見合わせつつ――異論は、生まれなかった。

「野営……」

 そして「今度こそ」と上げかけた手は、ガッチリとエドヴァルドの手に掴まれてしまった。

「レイナ?」
「…………ハイ」

 真横に立つ、宰相閣下のお顔を見るのがコワイです。

「私とレイナ、それからイユノヴァとサラ嬢は、それぞれ同室に泊まらせて貰う。でなければ、館から人を遠ざけるのと同じくらいに、不自然だろう?」

 さすがにラディズ・ロサーナ、サラチェーニ・バレスと言う本来の名前をこの場で言う事は憚られると、エドヴァルド自身も彼らの呼び方には気を配っていた。

 そして「確かに」とか「まあ婚約者だものな」……などと答えたり頷いたりしているのは、ここに至るまでの状況を把握していない、三族長だけだ。

 残りはほぼ全員が、それぞれの個性に応じて顔を痙攣ひきつらせている。

 お嬢さん、そろそろ学習して下さい……と呟くバルトリの声も、ちょっと悲壮感に溢れている気がした。

天幕の使用キャンプは帰ってからだ、レイナ」
「…………ハイ」

 結局今回も、天幕の寝心地は確かめられそうにない。

 最終的に、館には私とエドヴァルド、ラディズ青年とサラさん、テオドル大公とマトヴェイ外交部長、シレアンさんとジーノ青年とが部屋を借りる事なり、残りは天幕で……という形で、決着した。

 とは言え〝鷹の眼〟のグザヴィエとコトヴァとバルトリ、元特殊部隊出身のトーカレヴァ、王宮の現役の〝草〟であるリーシン、ギーレンの暗部の出であるシーグ――この六人だけは、周囲に気付かれないよう、イーゴス族長の部屋の近くを、手分けして監視する役目が、裏で振られた。

 誰かが食事や飲み物を持って行く場合にはそれを注視して、必要ならば族長の口に入らないようにと、エドヴァルドが指示を出したのだ。

 ……そんな指示を出しながらも、まさか一晩のうちに動きがある筈がないと、そう思っていたんだけど。

「――、ご希望のお水をお持ちしました」

 頼んでもいない、水を持って来たと扉の外で囁くシーグ。

 それは、が起きた事の現れだった。
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