聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

511 妄執の果て(6)

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 そうこうしている内に、マカールが一人で戻って来たので、苦悩しているらしいジーノ青年の代わりに、シレアンさんが、エレメア側室夫人への圧力となる話し方をしてみようと、一歩前へと踏み出していた。

 今回の抗争の罰として、イラクシ族だけはユングベリ商会が持つ販路とは提携しない。ユレルミ、ハタラ、ネーミ、とのみ当面は共存する。数日中にはサラ嬢を前に立てて、ダルジーザ族との交渉に行く……と。

「なっ……」

 案の定、エレメア側室夫人よりは遥かに理性的に物事を判断できているらしい、マカールが顔色を変えた。

「イラクシ族に……我々に、孤立せよと仰るか……」
「こればかりは、拒否権はないように私は思うが……」

 そう言ったシレアンさんは「あくまで私見だが」と、顔色を変えたままのマカールに補足説明を加えた。

「我々商業ギルドの立場からすれば、取引先が増える事は歓迎すべき事だ。たださすがに、国までを敵に回したい訳ではない。あの姉妹は明らかにやりすぎたし、逆にトリーフォンは事態の解決に関して、主導権を取れなかった。現状、これが一番穏便な解決策なのではないかな。イラクシ族が王宮から、あらぬ疑いを招かぬ様にするには、当面はこうしておかざるを得ないだろう。――今後、取引に加われるかどうかは次第」

 シレアンさんは敢えて誰の名前も挙げずに、最後を「次期後継者」として、話をとどめた。

 彼の中で、イーゴス族長の体調や家族事情なんかは一切考慮されていない。
 ギルド長代理の立場で背負うものが明確に存在しているからだ。
 躊躇なく天秤にかけて、選ぶ事が出来ている。

 多分ジーノ青年にはまだ、何かを選ぶ裏で、何かを切り捨てなくてはならない――そんな経験がないんだ。
 きっと今まで、苦も無く選ぶ事が出来ていた。

(そう都合良く、何もかもは手に入らない。そろそろ、それを悟るべき)

 私がギーレンでエヴェリーナ妃と出会って突き付けられた現実を、今、ジーノ青年が突き付けられているのだと、私には理解が出来た。

「しかし……面白い事を仰る」

 そして、意識をしているのかどうか、その事を自らの態度で体現しているのが、シレアンさんだ。
 さすが、自由人ナザリオギルド長に仕える苦労人だと、いっそ感心してしまった。

 多分に独立性の高いギルドの幹部だからこそ、言える事もあるだろうけど……。

「これまでイラクシ族は頑なに『外』とは一線を画してきた筈。誰も孤立せよ、などとは言っていない。イラクシ族は、今まで通り。ただ周囲が手を取り合って、一歩先へと進む。それだけの事なのでは?」

「……っ」

 シレアンさんは、事実と正論だけを述べている。

 だけどその中に少しずつ、イユノヴァさんを部族の顔とすれば、今までの古い価値観から脱却出来るであろう事も仄めかせている。

 そのままいけば、まず間違いなく、エレメア側室夫人は怒るか焦るか、しはじめるだろう。

「隣国アンジェスの要人には、早いうちにバリエンダール王都、王宮にお帰りいただくにしても、私やサラ嬢、イユノヴァ氏なんかはダルジーザ族の拠点の村に向かう予定だ。それまでに、一族として旗頭や旗を振る方向くらいは、決めておかれる事をお勧めしておく」

 ――答えは、返らなかった。

*        *         *

「お見事です、シレアンさん」

 マカールが、恐らくはエレメア側室夫人とトリーフォン君に状況を伝えるためにいったん下がったのを見届けて、私は音のしないよう、軽く拍手をする仕種を見せた。

「いやいや、私は私の立場から、モノを言っただけだから」

 そう言って、シレアンさんは決まり悪そうに片手をひらひらと振っている。

「しかし、このままだとイユノヴァさんに王都から戻って来て貰う流れに固定されるんじゃないか?」

「今は、煽っているだけじゃないですか。実際どうなるかは、トリーフォン君次第なんじゃないかと思いますけどね?」

 正直、シレアンさんの意見ももっともではあるのだけれど、今はあくまで「戻って来ても良い」と言っているだけだ。

 敢えて、狙われた事実を後から暴露して「やっぱり王都に残ります」と、話を押し通せる余地はまだある。

「確かに、母親の影にすっかり隠れてしまっていて、本人の意思がまるで見えないからなぁ……。あの伯父マカールと組んで頑張る!とでも言ってくれれば、話は早かったんだが」

 姉妹の脅威がなくなったところで、今度は母親による手出し口出しが入ってくるとなれば、イラクシ族の未来はとても安泰とは言えない。火種が燻り続けると言う点では、何も変わらないのだ。

「あとは、姉妹側から話を聞いているカゼッリ族長たちが戻って来て、何を聞かせてくれるか……だな。まあ、あまり建設的な事は期待出来ないかも知れないが」

 ははっ、とシレアンさんが乾いた笑いを洩らしたちょうどそこに、深いため息と共にマトヴェイ外交部長が現れた。

「……酷いですね、大公殿下。書記官として立ち会うべきだとか何だとか。私に押し付けられるとは」

 確かにさっき、テオドル大公だけが集会場から現れたとは思っていたけど、どうやら「途中経過を説明してくる」と言い置いて、反論の隙を与えずに出てしまっていたらしかった。

「終盤は、ほぼ相手と異母弟おとうとの悪口だったではないか。生産性がなさすぎて、通訳させるのも心苦しかったわ」

 マトヴェイ部長が愚痴をこぼし、テオドル大公が肩をすくめたくらいなので、何となくこちらにも、場の想像はついた。

 集会場むこうの話は終わりましたか、と聞くジーノ青年に、マトヴェイ部長は「ええ」と頷いていた。

「聞けばどうやら側室夫人の方も、自分の息子こそが跡取りだと、日々声高に主張をして、姉妹とその支援者達に大なり小なり嫌がらせや暴言を吐いたりしていたらしいですよ。色々と積み重なっていたものが、族長の体調不良あるいはその悪化で、ついに爆発した……と」

 ただ彼女たち、あるいはその周囲の人間もそうだけれど、北方遊牧民の中でも更に閉ざされた民族だった為に、村の外からの情報に疎く、蜂起して街道封鎖をすると言う事が、後々どういった事態を引き起こすかと言う話にまで思い至れなかったらしい。

「食料が搬入される街道を封鎖して、村にこもる側室夫人の勢力を疲弊させると言う案自体は、それほど荒唐無稽な案ではありません。自分達の部族の中、その論理でのみ動いていた事が最大の敗因でしょう」

 隣国の要人を軟禁する事態になり、王宮側も動いていると聞かされて、姉妹は顔面蒼白になっているらしい。

「ただそれでも『エレメア側室夫人が悪い』と引きませんからね。め――ごほん、ちゃんとした側近でも付けてやれば良かったんでしょうな」

 マトヴェイ部長、今、面倒くさいって言いかけた……。
 この場の全員が、部長の内心を正確に読み取っていた。

「三族長たちは『これでは、ちょっとでも目を離したら刃物を持って突撃しかねない』と、姉妹の監視に残っていますよ。あちらもあちらで、こちらの話を聞きたそうにはしていらっしゃいますがね」

「どうする、ジーノ。向こうを呼ぶかね、こちらから行くかね?」

 マトヴェイ部長とテオドル大公の言葉に、ジーノ青年は僅かに躊躇したかの様に眉根を寄せた。
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