聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

510 妄執の果て(5)

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 普通に毒だったら、夫人の食事に入れたフリでもして、逆に自白に追い込む……なんてが使えたかも知れないけれど、実際には、疑いがあるのはアレルギー食材としてのビーチェメロン

 故意か過失かと言う点に関して、鑑識や科捜研の存在しない世界において、立証はこの上なく難しい気がした。

「んー……イユノヴァさんが戻るかも?って言う話が、いい意味で圧力になれば良いんだけど……」

「いや、確実に圧力はかかった筈だ」

 私の呟きに、エドヴァルドが反応していた。

「エドヴァルド様?」
「部屋でモノに当たり散らしている時点で、充分だ」

 どうやら、さっきのカップが割れた様な音は、私以外にも聞こえていたみたいだった。

「……レイナ。もう一度、同じ物を族長に飲ませたとしたら、どうなるか分かるか」
「え?」
「ああ、いや、専門家じゃないのは分かっている。想像で良い」

 ふと隣を見れば、私見で良いから、何かしらの答えは欲しいと思っているみたいだ。
 だから私も、少し首を傾げながら、考えてみた。

「ちょっと……命の保証が出来ないかも知れません」
「!」

 私の言葉に、周囲は大きく目を見開いていたけど、エドヴァルドは「やはり、そうか」とでも言う様に、息を軽く吐き出していた。

「どの程度身体に合わないのかが人それぞれなので、ちょっと身体のどこかが痒い……くらいで済む人もいれば、一気に重症化して命に係わる様な人もいます。今の族長の症状を見ている限りは、限りなく後者に近いですよね。それと、どちらにしても、複数回同じ症状を引き起こせば、命を落としても不思議じゃないって言われてます。だから――基本、二度と口にさせちゃダメだと思います」

 ただ、あくまで私が学生時代の恩師から見聞きした事で判断をしているので、根拠も証拠もこの場では示せない。

 困った様に眉の下がった私の頭を、エドヴァルドは「大丈夫だ」とでも言いたげに、軽く数回ぽんぽんと叩いてくれた。

「族長の娘二人が蜂起に失敗した時点では、次期の座はもう自分の息子のものだと高を括っていた筈だ。族長自身が生きていようが、いまいが、大差はなかった。だが、ここへきて有力な対抗馬が、王都から戻って来ても良いと言い始めた。今のままだと、族長自身の意思も通るし、必ずしも息子トリーフォンが有利だとは限らない」

「そ……うですね。むしろ内部抗争で疲弊している一族内での経済状況を好転させるのに、イユノヴァさんの方が良いとさえ考えるかも知れないですね」

「だが、イユノヴァは狙えない。そうそう毒はすぐに入手出来るものでもないし、暗殺を狙おうにも、他部族の腕の立つ者も多くいる分、狙うのが難しい。それなら――」

 私は「あ」と、エドヴァルドの言いたい事を察して、顔を上げてしまった。
 エドヴァルドは、微かに首を縦に振った。
 私の考えた事は、正しいとでも言うように。

「族長に、もう一度同じものを食べさせようとする可能性はあるだろうな。今、族長が亡くなれば、十中八九、族長の血を引く息子の方が後継者だ。サレステーデの馬鹿王子どもの様な明確な瑕疵かしがない以上、ほぼ確実と言っても良い」

「……っ」

 現時点では、ずっとこの村に帰って来ていなかったイユノヴァさんは、イラクシ族の民そのものからの信頼が足りない。

 もちろん、同族としてのよしみはあるだろう。
 ネーミ族のバラッキ族長と、アンジェス在住のバルトリとの関係を見れば分かる。

 だけどすぐさま、次期族長として仰げるかと言われれば、それは別問題になる筈だ。

 エドヴァルドの言う通り、族長が亡くなれば、次の族長には、順当にいけばトリーフォン君が指名される。

 そうなれば、もう一連の話は「未必の故意」ではすまない。
 これ以上ない、明確な「殺意」を持っての犯行となる。

「……もしかして、現行犯で押さえる事を狙うおつもりですか?」

「別に狙わずとも、我々は部屋に近付かない様、何かしらの偽装工作をしておいて、後は使用人を抱き込んでおけば、勝手に墓穴を掘るとさえ思っているが」

「……確かに」

「あとついでに、今回の抗争の罰として、イラクシ族だけはユングベリ商会が持つ販路とは提携しない。ユレルミ、ハタラ、ネーミ、とのみ当面は共存する。数日中にはバレス嬢をダルジーザ族との交渉に赴かせるとでも言えば、もしも夫人にその深刻さが分からなかったとしても、あのマカールと言う男から必ず伝わる筈だ」

 時間がたてばたつほど、イユノヴァさんの必要性が増すのだと思い込んでくれれば、より、犯行に及ぶ可能性が高くなる。

「……イーゴス族長を、囮に?」

 その時、私とエドヴァルドの会話から、意図を察したジーノ青年が、固い声でこちらに問いかけてきた。

 そんなジーノ青年を、エドヴァルドが絶対零度の視線でひと撫でしている。

「私は別に、荒唐無稽な話をしているつもりはない。この果汁が族長の体質に悪影響を及ぼすものであるならば、そう遠くない未来の話として、族長は命を落とすだろうよ。将来の北部地域の在り方として、あの母親と息子で一族の舵取りが可能なのか。それを考えれば良いだけの話だ。強制はしない」

「まあ確かに、極端な事を言えば、我々が帰国した後でまたこの地域が荒れたとして、一番に困るのは我々ではないからなぁ……」

 そしてテオドル大公がエドヴァルドの側に回って、ジーノ青年に決断を促すような圧力を言葉に滲ませていた。

 イーゴス族長に万一の事があって、困るのは誰?
 そう、オブラートに包んだ事になる。
 貴族特有とも言える、嫌味と上品さが絶妙にブレンドされた、それは言い回しだ。

「……そもそも、お二人ともこの果汁の有毒性を認めていらっしゃるのですか?」

 エドヴァルドにしろテオドル大公にしろ、私が「体質に合わない食材の話」を口にしている事、その内容をまったく疑っていない。

 ものすごく嬉しい話だ。

 だけどジーノ青年は、私と言う人間と関わりが出来て、まだ数日。
 とてもじゃないけど、エドヴァルドほどの信は、私に対して持てないんだろう。

 私の信用が、圧倒的にエドヴァルドの方に傾いているのと、同じ事だ。

「……おまえの考える『信頼』は、あくまでおまえにとって都合の良い世界の中でしか築かれない。そんな中途半端な男にどうこう出来るほど、は安くない。出直せ」

「な……っ、貴方は、貴方は違うと……⁉」

「私は、いつ、いかなる時だろうと、彼女に対しては誠実であり続ける。彼女がその有毒性を私に説くのであれば、それを信じて動くだけの事。そこには私の地位も財力も関係がない。信じて動けないのなら、この件からは下りろ。たとえ国際問題になろうと、こちら側主導で全て解決してやる」

「「――――」」

 一瞬、冷たい風が吹き抜けたところで、ようやく私はエドヴァルドが、求婚まがいに私の事を言っているのだと、否が応にも理解させられた。

 イーゴス族長を囮に、エレメア側室夫人の出方を探る事に、エドヴァルド自身は何の罪悪感も持っていないし、今ならテオドル大公も、洩れなく賛同に回る感じだ。

(……何の公開処刑みせものですか、エドヴァルド様……)

 答える以前に、ジーノ青年の眉間には、盛大な皺が寄っていた。
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今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
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