上 下
484 / 819
第二部 宰相閣下の謹慎事情

507 妄執の果て(2)

しおりを挟む
「夫人とご子息は、初めてお目にかかるかも知れません。私の名はシレアン・メルクリオ。以前はランフラン商業ギルドの副ギルド長でしたが、今はバリエンダール王都商業ギルドの調査部部門長を務めております」

 シレアンさんは、ナザリオギルド長就任時にサレステーデ側から引き抜かれたとは聞いていたけど、北部地域とを繋ぐ街道の要衝にある街にいたらしい。

 覆面調査、と言うのは一般市民には受けが悪いとかで、ギルド関係者の間でしか使わない単語なんだそうだ。
 対外的には、ただの調査部と名乗って、相手の想像を勝手に膨らませておくのだとか。

 うん、いかにもナザリオギルド長らしい発想だ。

『バリエンダール王都商業ギルドの前副ギルド長は、どこぞの公爵家ベッカリーアからの息がかかっていたからね。もともと大して仕事していなかったし、この際だから追放しておいた。あ、代わりに覆面調査部に、副ギルド長相当の権限を、ギルド長権限で乗っけておいたから、仕事は回ってるよ?』

 割と最初の頃に、私にそう説明してくれていたナザリオギルド長を思い出して、一瞬、遠い目になった。

 そっと追放って、聞き間違いかと思ってしまった。どんな追放だか、聞くのも怖い。
 と言うか、聞けば聞くほど、シレアンさんを後継者に育て上げようと言うナザリオギルド長の執念を感じてしまう。

 そして、ナザリオギルド長の無茶ぶりに順応してしまっている分、ますます深みにハマっている。
 次期バリエンダール王都商業ギルド長へのレールは、シレアンさんの前に、限りなく太く広く敷かれていると思われた。

「ギ、ギルドがどうしたって言うの⁉」

 エレメア側室夫人の叫びに、シレアンさんは怯む事なく、そこに佇んでいた。
 うん、頑張れシレアンさん。
 その、怖いくらいの無表情は、もう色々観念していると見た。

「お分かりになりませんか。こちらのイユノヴァ氏が持つ、王都の店を後押ししているのは、我々王都商業ギルド。まあ、そう言ったところで今度は私の存在が疑われるやも知れませんから、代わりにこちらをお見せしましょう」

 そう言って、手にしていた袋の中からそれほど高さのない、15~20cm四方くらいの木箱を取り出して、蓋を開いて見せた。

「これは……」
「マ、マカール義兄にい様?」

 どうやらエレメア側室夫人は、義兄マカールと違い、箱の中にある銀細工の価値があまり理解出来ていないみたいだった。

 トリーフォン君は、感情の読めない目で、ジッと箱の中の銀細工を見つめている。

 マカールはため息をついて、視線をトリーフォン君の方へと向けた。

「トリーフォン、分かるか?」

「……我が部族の紋章をモチーフにしてあります。それに、とても精巧な細工です」

「そうだな。これが王都で受け入れられていると言う事について、どう思う?」

 エレメア側室夫人を無視するかの様に、伯父と甥は淡々とした声で言葉を交わしていた。

 まるで、トリーフォン君の現状認識能力を図ろうとするかの様だった。

「この村で、カラハティ達を育てる事だけが、部族に貢献する暮らし方ではないのかな……と」

 一族の誇りをうたうなら、これも一つの方法やりかたではないのか。

 トリーフォン君の口調には、羨みも蔑みもない。
 本当に、ただ淡々と、目に見える事実を語っているだけ――そんな風に見えた。

 むしろエレメア側室夫人の方が「トリーフォン‼」と、悲鳴交じりの叫び声を上げている。

「イユノヴァ氏は、本来であれば既に独立して王都で暮らしている人だ。街道封鎖だの、姉妹の叛乱だのがなければ、彼の目指す道と、この部族の未来像とは交わらない筈だった」

 そんなシレアンさんの言葉に、エレメア側室夫人の眼差しが憎悪に歪んだ。

 ラディズ青年は、のけぞりかけたところを、かろうじて踏み留まっている感じだけど、シレアンさんは表面上、何の動揺も表に出してはいなかった。

「しかし彼は、街道封鎖などと言う暴挙で、自らの出自となる民族が、王家から潰されてしまう事を憂いた!自分が築きあげた店舗と販路をもってすれば、王家も北部地域へ兵を出す事を踏み留まってくれるかも知れないと、立ち上がった!ならば我ら王都商業ギルドも、彼の店と販路を活かすため、これ以上異なる民族だからといがみ合っていてはならぬと、彼への助力を決意した訳です!」

 むしろどこの政治家の演説か、と言うくらいのノリノリだ。

 エレメア側室夫人はこめかみを痙攣ひきつらせているし、トリーフォン君やマカールは、目が点とはこう言うのか、と言う状態だ。

 ドのつく真面目な人を開き直らせると、後が大変なんだな……と、思わず思考が遠くに飛びそうになった。
 そんな演説調のシレアンさんの片手が、今度は手のひらを上に向けたまま、スッと私の方へと動いた。

「とは言え、王都と北部地域には物理的な距離の問題もある。そこで我がギルドは、アンジェス、ギーレン、バリエンダールをまたにかけ、近々サレステーデへも進出せんとしている、新進気鋭の商会と手を組んで、イユノヴァ氏の店の更なる発展に寄与しようと計画を立てている訳なのですよ!如何いかがです?どこの馬の骨だ、なんて事は言えないと思いませんか?むしろ将来の北部地域の産業を先細りさせない為にも、イユノヴァ氏を部族の顔とされる事を薦めますよ!」

「なっ……⁉︎」

「――どうも、初めまして」

 途中から、詐欺師の片棒を担いでいるかの様な気になっていたけど、ここはエレメア側室夫人にこれ以上激昂させない事の方が大事かと、思い直した私は、夫人が口を開く前に、先んじて頭を下げた。

「ユングベリ商会商会長レイナ・ユングベリです。イユノヴァ氏の素晴らしい作品に触れ、これは是非、もっと多くの方々の目に留まるべきではないかと思い、王都商業ギルドからの申し出を一も二もなく受けさせて頂きましたわ。きっと良い取引が出来るはず――と、思っておりまして」

 ね?と私がラディズ青年を見上げれば、カチコチの笑顔とぶつかってしまった。

 うん、やっぱりセリフ少なくしておいて正解だったかも知れない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

意地を張っていたら6年もたってしまいました

Hkei
恋愛
「セドリック様が悪いのですわ!」 「そうか?」 婚約者である私の誕生日パーティーで他の令嬢ばかり褒めて、そんなに私のことが嫌いですか! 「もう…セドリック様なんて大嫌いです!!」 その後意地を張っていたら6年もたってしまっていた二人の話。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。