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第二部 宰相閣下の謹慎事情
507 妄執の果て(2)
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「夫人とご子息は、初めてお目にかかるかも知れません。私の名はシレアン・メルクリオ。以前はランフラン商業ギルドの副ギルド長でしたが、今はバリエンダール王都商業ギルドの調査部部門長を務めております」
シレアンさんは、ナザリオギルド長就任時にサレステーデ側から引き抜かれたとは聞いていたけど、北部地域とを繋ぐ街道の要衝にある街にいたらしい。
覆面調査、と言うのは一般市民には受けが悪いとかで、ギルド関係者の間でしか使わない単語なんだそうだ。
対外的には、ただの調査部と名乗って、相手の想像を勝手に膨らませておくのだとか。
うん、いかにもナザリオギルド長らしい発想だ。
『バリエンダール王都商業ギルドの前副ギルド長は、どこぞの公爵家からの息がかかっていたからね。もともと大して仕事していなかったし、この際だからそっと追放しておいた。あ、代わりに覆面調査部に、副ギルド長相当の権限を、ギルド長権限で乗っけておいたから、仕事は回ってるよ?』
割と最初の頃に、私にそう説明してくれていたナザリオギルド長を思い出して、一瞬、遠い目になった。
そっと追放って、聞き間違いかと思ってしまった。どんな追放だか、聞くのも怖い。
と言うか、聞けば聞くほど、シレアンさんを後継者に育て上げようと言うナザリオギルド長の執念を感じてしまう。
そして、ナザリオギルド長の無茶ぶりに順応してしまっている分、ますます深みにハマっている。
次期バリエンダール王都商業ギルド長への道は、シレアンさんの前に、限りなく太く広く敷かれていると思われた。
「ギ、ギルドがどうしたって言うの⁉」
エレメア側室夫人の叫びに、シレアンさんは怯む事なく、そこに佇んでいた。
うん、頑張れシレアンさん。
その、怖いくらいの無表情は、もう色々観念していると見た。
「お分かりになりませんか。こちらのイユノヴァ氏が持つ、王都の店を後押ししているのは、我々王都商業ギルド。まあ、そう言ったところで今度は私の存在が疑われるやも知れませんから、代わりにこちらをお見せしましょう」
そう言って、手にしていた袋の中からそれほど高さのない、15~20cm四方くらいの木箱を取り出して、蓋を開いて見せた。
「これは……」
「マ、マカール義兄様?」
どうやらエレメア側室夫人は、義兄と違い、箱の中にある銀細工の価値があまり理解出来ていないみたいだった。
トリーフォン君は、感情の読めない目で、ジッと箱の中の銀細工を見つめている。
マカールはため息をついて、視線をトリーフォン君の方へと向けた。
「トリーフォン、分かるか?」
「……我が部族の紋章をモチーフにしてあります。それに、とても精巧な細工です」
「そうだな。これが王都で受け入れられていると言う事について、どう思う?」
エレメア側室夫人を無視するかの様に、伯父と甥は淡々とした声で言葉を交わしていた。
まるで、トリーフォン君の現状認識能力を図ろうとするかの様だった。
「この村で、カラハティ達を育てる事だけが、部族に貢献する暮らし方ではないのかな……と」
一族の誇りを謳うなら、これも一つの方法ではないのか。
トリーフォン君の口調には、羨みも蔑みもない。
本当に、ただ淡々と、目に見える事実を語っているだけ――そんな風に見えた。
むしろエレメア側室夫人の方が「トリーフォン‼」と、悲鳴交じりの叫び声を上げている。
「イユノヴァ氏は、本来であれば既に独立して王都で暮らしている人だ。街道封鎖だの、姉妹の叛乱だのがなければ、彼の目指す道と、この部族の未来像とは交わらない筈だった」
そんなシレアンさんの言葉に、エレメア側室夫人の眼差しが憎悪に歪んだ。
ラディズ青年は、のけぞりかけたところを、かろうじて踏み留まっている感じだけど、シレアンさんは表面上、何の動揺も表に出してはいなかった。
「しかし彼は、街道封鎖などと言う暴挙で、自らの出自となる民族が、王家から潰されてしまう事を憂いた!自分が築きあげた店舗と販路をもってすれば、王家も北部地域へ兵を出す事を踏み留まってくれるかも知れないと、立ち上がった!ならば我ら王都商業ギルドも、彼の店と販路を活かすため、これ以上異なる民族だからといがみ合っていてはならぬと、彼への助力を決意した訳です!」
むしろどこの政治家の演説か、と言うくらいのノリノリだ。
エレメア側室夫人はこめかみを痙攣らせているし、トリーフォン君やマカールは、目が点とはこう言うのか、と言う状態だ。
ドのつく真面目な人を開き直らせると、後が大変なんだな……と、思わず思考が遠くに飛びそうになった。
そんな演説調のシレアンさんの片手が、今度は手のひらを上に向けたまま、スッと私の方へと動いた。
「とは言え、王都と北部地域には物理的な距離の問題もある。そこで我がギルドは、アンジェス、ギーレン、バリエンダールをまたにかけ、近々サレステーデへも進出せんとしている、新進気鋭の商会と手を組んで、イユノヴァ氏の店の更なる発展に寄与しようと計画を立てている訳なのですよ!如何です?どこの馬の骨だ、なんて事は言えないと思いませんか?むしろ将来の北部地域の産業を先細りさせない為にも、イユノヴァ氏を部族の顔とされる事を薦めますよ!」
「なっ……⁉︎」
「――どうも、初めまして」
途中から、詐欺師の片棒を担いでいるかの様な気になっていたけど、ここはエレメア側室夫人にこれ以上激昂させない事の方が大事かと、思い直した私は、夫人が口を開く前に、先んじて頭を下げた。
「ユングベリ商会商会長レイナ・ユングベリです。イユノヴァ氏の素晴らしい作品に触れ、これは是非、もっと多くの方々の目に留まるべきではないかと思い、王都商業ギルドからの申し出を一も二もなく受けさせて頂きましたわ。きっと良い取引が出来るはず――と、思っておりまして」
ね?と私がラディズ青年を見上げれば、カチコチの笑顔とぶつかってしまった。
うん、やっぱりセリフ少なくしておいて正解だったかも知れない。
シレアンさんは、ナザリオギルド長就任時にサレステーデ側から引き抜かれたとは聞いていたけど、北部地域とを繋ぐ街道の要衝にある街にいたらしい。
覆面調査、と言うのは一般市民には受けが悪いとかで、ギルド関係者の間でしか使わない単語なんだそうだ。
対外的には、ただの調査部と名乗って、相手の想像を勝手に膨らませておくのだとか。
うん、いかにもナザリオギルド長らしい発想だ。
『バリエンダール王都商業ギルドの前副ギルド長は、どこぞの公爵家からの息がかかっていたからね。もともと大して仕事していなかったし、この際だからそっと追放しておいた。あ、代わりに覆面調査部に、副ギルド長相当の権限を、ギルド長権限で乗っけておいたから、仕事は回ってるよ?』
割と最初の頃に、私にそう説明してくれていたナザリオギルド長を思い出して、一瞬、遠い目になった。
そっと追放って、聞き間違いかと思ってしまった。どんな追放だか、聞くのも怖い。
と言うか、聞けば聞くほど、シレアンさんを後継者に育て上げようと言うナザリオギルド長の執念を感じてしまう。
そして、ナザリオギルド長の無茶ぶりに順応してしまっている分、ますます深みにハマっている。
次期バリエンダール王都商業ギルド長への道は、シレアンさんの前に、限りなく太く広く敷かれていると思われた。
「ギ、ギルドがどうしたって言うの⁉」
エレメア側室夫人の叫びに、シレアンさんは怯む事なく、そこに佇んでいた。
うん、頑張れシレアンさん。
その、怖いくらいの無表情は、もう色々観念していると見た。
「お分かりになりませんか。こちらのイユノヴァ氏が持つ、王都の店を後押ししているのは、我々王都商業ギルド。まあ、そう言ったところで今度は私の存在が疑われるやも知れませんから、代わりにこちらをお見せしましょう」
そう言って、手にしていた袋の中からそれほど高さのない、15~20cm四方くらいの木箱を取り出して、蓋を開いて見せた。
「これは……」
「マ、マカール義兄様?」
どうやらエレメア側室夫人は、義兄と違い、箱の中にある銀細工の価値があまり理解出来ていないみたいだった。
トリーフォン君は、感情の読めない目で、ジッと箱の中の銀細工を見つめている。
マカールはため息をついて、視線をトリーフォン君の方へと向けた。
「トリーフォン、分かるか?」
「……我が部族の紋章をモチーフにしてあります。それに、とても精巧な細工です」
「そうだな。これが王都で受け入れられていると言う事について、どう思う?」
エレメア側室夫人を無視するかの様に、伯父と甥は淡々とした声で言葉を交わしていた。
まるで、トリーフォン君の現状認識能力を図ろうとするかの様だった。
「この村で、カラハティ達を育てる事だけが、部族に貢献する暮らし方ではないのかな……と」
一族の誇りを謳うなら、これも一つの方法ではないのか。
トリーフォン君の口調には、羨みも蔑みもない。
本当に、ただ淡々と、目に見える事実を語っているだけ――そんな風に見えた。
むしろエレメア側室夫人の方が「トリーフォン‼」と、悲鳴交じりの叫び声を上げている。
「イユノヴァ氏は、本来であれば既に独立して王都で暮らしている人だ。街道封鎖だの、姉妹の叛乱だのがなければ、彼の目指す道と、この部族の未来像とは交わらない筈だった」
そんなシレアンさんの言葉に、エレメア側室夫人の眼差しが憎悪に歪んだ。
ラディズ青年は、のけぞりかけたところを、かろうじて踏み留まっている感じだけど、シレアンさんは表面上、何の動揺も表に出してはいなかった。
「しかし彼は、街道封鎖などと言う暴挙で、自らの出自となる民族が、王家から潰されてしまう事を憂いた!自分が築きあげた店舗と販路をもってすれば、王家も北部地域へ兵を出す事を踏み留まってくれるかも知れないと、立ち上がった!ならば我ら王都商業ギルドも、彼の店と販路を活かすため、これ以上異なる民族だからといがみ合っていてはならぬと、彼への助力を決意した訳です!」
むしろどこの政治家の演説か、と言うくらいのノリノリだ。
エレメア側室夫人はこめかみを痙攣らせているし、トリーフォン君やマカールは、目が点とはこう言うのか、と言う状態だ。
ドのつく真面目な人を開き直らせると、後が大変なんだな……と、思わず思考が遠くに飛びそうになった。
そんな演説調のシレアンさんの片手が、今度は手のひらを上に向けたまま、スッと私の方へと動いた。
「とは言え、王都と北部地域には物理的な距離の問題もある。そこで我がギルドは、アンジェス、ギーレン、バリエンダールをまたにかけ、近々サレステーデへも進出せんとしている、新進気鋭の商会と手を組んで、イユノヴァ氏の店の更なる発展に寄与しようと計画を立てている訳なのですよ!如何です?どこの馬の骨だ、なんて事は言えないと思いませんか?むしろ将来の北部地域の産業を先細りさせない為にも、イユノヴァ氏を部族の顔とされる事を薦めますよ!」
「なっ……⁉︎」
「――どうも、初めまして」
途中から、詐欺師の片棒を担いでいるかの様な気になっていたけど、ここはエレメア側室夫人にこれ以上激昂させない事の方が大事かと、思い直した私は、夫人が口を開く前に、先んじて頭を下げた。
「ユングベリ商会商会長レイナ・ユングベリです。イユノヴァ氏の素晴らしい作品に触れ、これは是非、もっと多くの方々の目に留まるべきではないかと思い、王都商業ギルドからの申し出を一も二もなく受けさせて頂きましたわ。きっと良い取引が出来るはず――と、思っておりまして」
ね?と私がラディズ青年を見上げれば、カチコチの笑顔とぶつかってしまった。
うん、やっぱりセリフ少なくしておいて正解だったかも知れない。
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