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第二部 宰相閣下の謹慎事情
502 依存する母
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最初は青年かと思ったんだけれど、よく見ればナザリオギルド長に近い年代、あるいは年下の、ギリギリ「少年」の範疇に入っている子の様な気もした。
やや、線の細い印象。
ただ、場所を考えれば、彼がイラクシ族の族長の息子である、トリーフォン君で間違いないだろう。
「やあ。大勢ですまない」
入口に立ち尽くしている彼を見かねたのか、ジーノ青年の方がそう言って一歩前へと進み出た。
「以前にあった時は、君はまだ小さかったから覚えていないかも知れないが……ユレルミ族のジーノだ」
「あ……すみません。イラクシ族のトリーフォンです。仰る通り、そちらの衣装であれば、何度か目にした覚えはあるのですが……各個人の方となると、なかなか……」
「いや。無理もない。それでなくとも、君の部族との交流自体が少ないんだ。今回を機に、もう少し機会が増えると良いと思うよ」
ジーノ青年の言葉に、トリーフォン君はペコリと頭を下げていた。
何だろう。初対面だからと言うことを除いても、ちょっと掴みどころのない感じだ。
イユノヴァ青年とも、あまり身体的共通点はないように思う。
側室の子と言うからには、民族の血はあまり表に出ていなかったりするんだろうか……。
「カゼッリ族長、ガエターノ族長、バラッキ族長とは、村への包囲を崩して頂いた際に、少しだけご挨拶をさせて頂きました。その……まだ安心をしない方が良いと言われていたので、皆さんのおもてなしはまださせて頂いていなかったのですが……」
「ああ。事情が事情だ。食料もギリギリなのでは?話し合いが済めば、我らもすぐにここを離れますから、今回は気を遣わないで貰って構わない。後日改めて交流が出来るようになればと願おう」
「……有難うございます」
うん。
何だか説明の出来ない、イヤな感じだ。
ぞわぞわと、落ち着かない。
どうやら無意識にエドヴァルドの背中に隠れようとしてしまっていたみたいで、不意に身体を寄せられたからか、珍しく、ちょっと驚いた様に私を見つめていた。
レイナ?とこちらを覗き込んだ声は、小声だ。
エドヴァルドの配慮はさすがだと思うものの、現時点で私も感覚的な事しか言えないため、ふるふると首を横に振ることしか出来なかった。
テオドル大公の書記官としても、ユングベリ商会の商会長としても、この地では自分からは動くまいと、心の中でそっと決心した。
「トリーフォン!」
ちょうどそこに、それほど若くは聞こえないけれど、甲高い女性の声が突然割って入ってきた。
見るとランツァさん世代と思しき女性と、カゼッリ族長始め、族長世代と思しき男性が一人、その後ろからまるで護衛の如く寄り添っていた。
「母上、マカール伯父上」
「トリーフォン、可愛いトリーフォン。貴方はまだ、このような場に出るのは早いのよ。マカール義兄様が、貴方のためにちゃんと全て整えて下さるから、貴方は私と戻りましょう?」
甲高い声の次は、身体にまとわりつく様な、不快さを感じさせる声。
声そのものに鳥肌が立ったのか、多少若かろうが、見た目成人男性をつかまえて「カワイイ」と言える、その神経に驚いてしまった。
「母上……」
そして息子の方も、それ以上を言う気がないのか、言おうとして遮られてしまったのか。
結局ジーノ青年以外の誰とも話をすることなく、集会場(?)を出て行ってしまった。
この間、数分。
唖然としていない人間はいないだろう、と言うくらいに現実が理解出来なかった。
「えー……今のは……」
「……うむ。ここでは言いにくいが、ちとややこしい事態になりそうだな」
一人ここに残った男性に聞こえない様にと、テオドル大公が小さな声で呟く。
ただでさえ、正室だ側室だと、揉めて今回の様になっているのに、何だかまだ、家庭内の揉め事の種が残っていそうな気がするのだ。
ドロドロ昼ドラ展開の予感が、うっすらと。
「申し訳ございません。トリーフォンは、族長の唯一の嫡男ですが、まだ成人前。私の義理の妹であり、トリーフォンの母でもあるエレメアが、場の舵取りをすることにずっと難色を示しているのです。我らがイーゴス族長も、周囲の手助けなくば会話もままならぬ身。どうか今回は私が舵取りをさせていただく事を、お許し下さい」
マカール、と呼ばれていた男性がそう言って頭を下げているけれど、正直なところ、ここにいる全員が、何とも言えない表情を浮かべていた。
「……すまんが」
硬直しかかった場の中で口火を切ったのは、テオドル大公だった。
ジーノ青年に視線を投げ、彼の頷きで「許可を」得た形を取り、遊牧民族たちに少しでも悪印象を与えない様、先回りをしたのだと思われた。
「我々も、この地で合流したばかり。まだ何の話のすり合わせも出来ておらぬのだよ。すまぬが場を借りて、話し合いをさせて貰っても構わんかね?その間に、イーゴス族長を見舞えそうかどうかだけ、さっと確認してきて貰えれば」
マカールと呼ばれていた男性の立ち位置がハッキリしないのだけれど、だからこそ、ここからは一度席を外して貰うべきなのかも知れない。
視線の交錯は、一瞬。
(まあ、王族に連なる人と、族長一族の関係者……かどうかと言ったところだと、物理的な戦いにでもならない限り、テオドル大公の貫録勝ちになるよね……)
男性は「確認してまいります」と、いっそ足早にこの部屋を後にして行った。
「……さて、困ったの」
それを見送ってから、テオドル大公がジーノ青年と向き合った。
「そうですね……」
ただしこの部屋の中は、どのあたりが拙いのか、分かる分からないのところで、部屋の中で空気が二分しているようだった。
やや、線の細い印象。
ただ、場所を考えれば、彼がイラクシ族の族長の息子である、トリーフォン君で間違いないだろう。
「やあ。大勢ですまない」
入口に立ち尽くしている彼を見かねたのか、ジーノ青年の方がそう言って一歩前へと進み出た。
「以前にあった時は、君はまだ小さかったから覚えていないかも知れないが……ユレルミ族のジーノだ」
「あ……すみません。イラクシ族のトリーフォンです。仰る通り、そちらの衣装であれば、何度か目にした覚えはあるのですが……各個人の方となると、なかなか……」
「いや。無理もない。それでなくとも、君の部族との交流自体が少ないんだ。今回を機に、もう少し機会が増えると良いと思うよ」
ジーノ青年の言葉に、トリーフォン君はペコリと頭を下げていた。
何だろう。初対面だからと言うことを除いても、ちょっと掴みどころのない感じだ。
イユノヴァ青年とも、あまり身体的共通点はないように思う。
側室の子と言うからには、民族の血はあまり表に出ていなかったりするんだろうか……。
「カゼッリ族長、ガエターノ族長、バラッキ族長とは、村への包囲を崩して頂いた際に、少しだけご挨拶をさせて頂きました。その……まだ安心をしない方が良いと言われていたので、皆さんのおもてなしはまださせて頂いていなかったのですが……」
「ああ。事情が事情だ。食料もギリギリなのでは?話し合いが済めば、我らもすぐにここを離れますから、今回は気を遣わないで貰って構わない。後日改めて交流が出来るようになればと願おう」
「……有難うございます」
うん。
何だか説明の出来ない、イヤな感じだ。
ぞわぞわと、落ち着かない。
どうやら無意識にエドヴァルドの背中に隠れようとしてしまっていたみたいで、不意に身体を寄せられたからか、珍しく、ちょっと驚いた様に私を見つめていた。
レイナ?とこちらを覗き込んだ声は、小声だ。
エドヴァルドの配慮はさすがだと思うものの、現時点で私も感覚的な事しか言えないため、ふるふると首を横に振ることしか出来なかった。
テオドル大公の書記官としても、ユングベリ商会の商会長としても、この地では自分からは動くまいと、心の中でそっと決心した。
「トリーフォン!」
ちょうどそこに、それほど若くは聞こえないけれど、甲高い女性の声が突然割って入ってきた。
見るとランツァさん世代と思しき女性と、カゼッリ族長始め、族長世代と思しき男性が一人、その後ろからまるで護衛の如く寄り添っていた。
「母上、マカール伯父上」
「トリーフォン、可愛いトリーフォン。貴方はまだ、このような場に出るのは早いのよ。マカール義兄様が、貴方のためにちゃんと全て整えて下さるから、貴方は私と戻りましょう?」
甲高い声の次は、身体にまとわりつく様な、不快さを感じさせる声。
声そのものに鳥肌が立ったのか、多少若かろうが、見た目成人男性をつかまえて「カワイイ」と言える、その神経に驚いてしまった。
「母上……」
そして息子の方も、それ以上を言う気がないのか、言おうとして遮られてしまったのか。
結局ジーノ青年以外の誰とも話をすることなく、集会場(?)を出て行ってしまった。
この間、数分。
唖然としていない人間はいないだろう、と言うくらいに現実が理解出来なかった。
「えー……今のは……」
「……うむ。ここでは言いにくいが、ちとややこしい事態になりそうだな」
一人ここに残った男性に聞こえない様にと、テオドル大公が小さな声で呟く。
ただでさえ、正室だ側室だと、揉めて今回の様になっているのに、何だかまだ、家庭内の揉め事の種が残っていそうな気がするのだ。
ドロドロ昼ドラ展開の予感が、うっすらと。
「申し訳ございません。トリーフォンは、族長の唯一の嫡男ですが、まだ成人前。私の義理の妹であり、トリーフォンの母でもあるエレメアが、場の舵取りをすることにずっと難色を示しているのです。我らがイーゴス族長も、周囲の手助けなくば会話もままならぬ身。どうか今回は私が舵取りをさせていただく事を、お許し下さい」
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685 忘れじの膝枕 とも連動!
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!
2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!
そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra
今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
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