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第二部 宰相閣下の謹慎事情

499 その鳥にアレルギーはあるか(後)

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 アレルギーの単語どころか、免疫機能の話からして通じないだろう。
 ギーレンでビタミンや予防医学の概念が通じなかったのと、根は同じだ。

「あの」

 とりあえず、さっきの食事が蕎麦の実原料と聞いて、先に気になった事を確かめておく事にした。

「今日でも、今日でなくても良いんですけど、あのグレーチカを使った料理を口にして、体調を崩した人とか、違和感を感じた人とかっていますか?」

 違和感、のところで具体的な症状が思い浮かばなかったのか、サラさんとランツァさんが顔を見合わせている。
 例えば、と私もアレルギー反応を思い返しながら口にする。

 私自身が、特に何かのアレルギー体質と言う訳ではないので、高校時代にクラスで何人かいた、アレルギー体質の子の話を思い返すだけだ。

「例えばそうですね……食べ終わった後で、口元や手足が痒くなったりとか……ちょっと症状の重い人は呼吸が苦しくなったりとかでしょうか?」

「え?」
「それって……」

 顔色が悪くなった二人や、シーグたちに私は慌てて片手を振った。

「ああ、誰かが毒を入れたとか、そう言う話じゃないんです。この実には、ちょっと肌に触れたり、口に入れた人の感覚を勘違いさせる要素が含まれているんです」

「感覚を……勘違い?」

 一番驚いているのは、この実を使った料理が主食だと言う、サレステーデ出身のサラさんかも知れない。

「それも食べたり触れたりした、全員の感覚がそうなると言う訳じゃなくて、何人かに一人が、たまたまそうなってしまうと言う、言わば事故に等しい確率の話なのよ、サラ。それでも確率はゼロじゃないし、悪くすると死に至る可能性もある」

「なっ……」

 暗に毒見役を置いたとて、役に立たないと言う事も仄めかしておく。

「イオタ、ちょっと隣室の男性陣の様子を見てきてくれないかな?もし一人でも該当者がいたら、今後はグレーチカを使った料理は口にしないよう言わないといけないから。あ、あとリファちゃんの様子も!」

「わ、分かりました。その、薬とかは何が効くんですか?」

 薬を調合する腕を持つシーグからすれば当然の疑問と言えるだろうけど、私は困った様に微笑わらう事しか出来なかった。

「まさか、お嬢様……」
「今のところ、症状に応じて調合して貰うしかないわね。逆にそれが開発出来れば、国からだって表彰されるかも」

 やってみる?と聞く私に、シーグは一瞬だけ眉根を寄せた。

「まあ、どうせ今すぐどうこう出来る話じゃないから、頭の片隅にでも置いておいて。そうね。もし向こうで該当者がいて、どう言う事かと聞かれたら、何人かに一人、食べたり触ったりした人の体調を悪くしてしまう特殊な実だったとでも説明しておいてくれる?そうなる人は、その実との相性が悪いって事だから、今後も口にしない方が良いって」

 シーグは無言のまま、ペコリと一礼して部屋を後にしていった。
 あの様子だと、落ち着いた頃にでも詳しい事をまた聞きに来る可能性はあった。

 現状、日本でだって抗アレルギー薬は複数市販されていたけれど、これといった特効薬はその中になかった様に思う。
 まずは触れない、口にしない、万一の際には対処療法が基本となっている筈だ。

 実際にソバの実を収穫している地域があるのなら、遅かれ早かれ研究は必要だ。
 シーカサーリ王立植物園で、シーグ独自の研究としてシーグの居場所を確保出来る可能性はあった。

(キスト室長に手紙書いてみようか……)

 ソバの実を取り扱うとすれば、セットでの研究は不可欠だろう。
 どんな花なのかがこの場では分からないにせよ、実を送れば研究員の誰かが分かる筈だ。

「え、今後も口にしちゃいけないのか?」

 私がそう口にしたからか、サラさんがピクリと反応をしていた。

「その人の身体の中では、グレーチカの実は毒に近い認識になっちゃっているのよ。その認識を元に戻す薬って言うのは、残念ながら私の住んでいた国でもまだ開発はされていなくて。だから症状が出ちゃった人は、食べない、触らないって言う自衛手段を採るしか、今のところはないかな」

「何でそんな認識に……」

「まあ、私のところでもまだ完全には解明されていない事だから、いきなり全部を信用しろって言っても無理があるのは分かってるわ。だからせめてサラが売る時には、注意事項として一言添えたり、各部族の間で何か症状の出た人がいたら、多少強い口調になっても仕方がないから、説明してあげて欲しいかな」

 実際、普通に食べたり触れたり出来る人の方が多いし、明確な発症基準もない以上は、なかなかピンとは来ないだろう話だ。
 せめて、一人でも症状が出た時に思い出してくれる事を祈るより他はない。

「実を言うとね、グレーチカの実以外にも卵・牛乳・小麦、魚や果物でもそんな反応を示す人はいるのよ。今まで多分、根性が足りないとか虚弱体質だとか、理不尽な事を言われて済ませられてきた可能性はあるわ。こればかりは今すぐどうにかなる話じゃないから、もし、何かを食べて気分を悪くしたり見た目に異常をきたす人がいたら、毒以外の可能性も考えて、食事に配慮してあげて欲しいかな」

 欠点と言うよりは、取り扱い注意と言う事だろうか。

 そう言って私が首を傾げると、ランツァさんが難しい顔をして考え込んでいた。

「もしかしたら……」

「ランツァさん?」

「いえね、貴女の話を聞いてふと思ったのだけれど、イラクシ族の中、とりわけ族長の周辺で、そんな話が出ていた様な気がするのよ」

「え⁉︎」

「あそこは基本的に閉鎖的な部族だから、私達にさえ正確な情報が入って来ない事も多いのだけれど……族長や息子さんの周辺で、そんな症状を耳にした気がするわ。その時は、娘さんかその周囲で誰か遅効性の毒でも盛ったんじゃないか、なんて噂されていたけど……」

 それはそれで、北部地域にどうやって毒が持ち込まれるのか、なんて話もあって、結局族長が倒れた原因は曖昧のままなんだとか。

「年齢が原因か、なんて言われてはいたけど……」

「そうですね……万一、族長の身体に合わない食べ物がある事を分かっていた人がいたなら、毒を盛ったのと同じ事にはなると思いますよ」

 シン、と場が静まり返った。
 レイナ……と、サラさんが乾いた声を発している。

「私も医者じゃないから、見て何が分かると言う事もないと思うんだけど……まあでも、倒れる前に何を食べたとか聞いて、身体に吹き出物の一つでもあれば、十分仮説の立証にはなるでしょうね」

「じゃあ……」

「ごめん、さすがに他の族長さん達やエドヴァルド様、テオドル大公がいらっしゃるところを差し置いて、そんな話は聞けないわ。今の話をして、許可を取らない事には」

「そ…うか、それはそうだね」

 そこにシーグが戻って来て、リファちゃんと男性陣は、どうやら誰もソバアレルギーは持っていなかったらしいと報告してくれた。

「あの……ただ、宰相閣下が『説明を求める』と……」
「……あはは」

 安心した反面、やっぱりかと表情かお痙攣ひきつってしまった。

 まあ、今のランツァさんの話を考えれば、ちょうど良いのかも知れない。
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