聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

480 ネックレスの真価

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 昨晩の登録洩れによる、本日二本目です!


*******************************


 ミルテ王女を巡っての、王家の思惑の濃い縁組を阻止する事はやぶさかではない――。

 フェドート元公爵の内心の吐露は間違いなく本音で、本気である事を窺わせている。

 それは、エドヴァルドやフィルバートにとってはこの上なく頼もしい話ではあったけれど、ギーレンの某王子との縁談となった場合には、果たして不利にはならないだろうか。

 宜しくお願いしたいと、頭を軽く下げているエドヴァルドを横目に、私はホッとするのと同時に、一抹の不安をも抱える事になった。

「それで、明日、どうやってユッカス村へ戻るおつもりかな。公が来られるまでは、途中で抗争に敗れて逃れて来る残存兵との遭遇を危惧して、戻る経路をまだ決めかねている状態だったようなのだが」

 フェドート元公爵の問いかけに、エドヴァルドも多分私と同じように「イラクシ族の負け前提なのか」と思ったに違いない。
 口元に微かに苦笑めいた色が垣間見えていた。

「――ベルセリウス」

 フェドート元公爵の話を補足するよう、視線で問いかけたっぽいエドヴァルドに、ベルセリウス将軍が思わずと言ったていで姿勢を正していた。

「は、この邸宅やしき内においてのみの閲覧許可と言う事で、周辺の地図を拝見させて頂く事が出来ており、荷馬車が通れる程度の道で、目立ちにくいところを皆で相談しあっておりました」

「そうか。と言う事は、ユッカス村から荷馬車で来たと言う事か?」

「は、その……」

 一瞬だったけど、ベルセリウス将軍の視線が私とマトヴェイ外交部長の方へと向いた。
 エドヴァルドも、それですぐさま「馬に乗れない二人」を察したみたいだった。

「なるほど、それで帰路にも気を配る必要があった訳か。ちなみにテオドル大公は、普通に馬車ですか」

「うん?まあ、儂はユッカス村は通っておらぬからな。シェーヴォラから、馬車が通れるだけの道を通って、ここまで来ておるよ。それは、いつもの事だ」

「息子には、テオドルが来た時には、ここまで来る馬車を出すようにと、以前まえから言ってあるからな。もともと、国内における〝転移扉〟の使用北限はシェーヴォラだ。そして今は、その途中の道がイラクシ族の一部の連中の所為せいで通れない」

 フェドート元公爵の言葉からも、ユッカス村に〝転移扉〟が通じたのは、やはり相当イレギュラーだった事が伺える。

「フェドート家の馬車の事は気にせずとも良い。テオドル一人だと、街道が通れるようになるのを待つしかなかったが、別方向からの迎えが来る事が出来たなら、そちら側から帰って貰って、一向に構わない。息子には私から知らせておく」

「すまんな、ヴァシリー」

 え、いやいや、そこで話をまとめられても!
 まさかエドヴァルドやテオドル大公が荷馬車に乗って揺られるとか、それはない!

 私が弾かれた様にエドヴァルドを見た事で、どうやら言いたい事は伝わったらしかった。
 分かっていると、エドヴァルドの目が語っている――気がした。

「ベルセリウス、悪いがその『道』が定まったら、何人か残って馬と荷馬車をユッカス村まで戻しに動いてくれるか。残りは『簡易型転移装置』で直接村に出るつもりだ」

 エドヴァルドの一言で、少なくともアンジェス組は「ああ…」と、腑に落ちた表情を見せた。

「なるほど、お館様はそれを使ってこの邸宅やしきへ……?」

邸宅やしきと言うよりは、ユッカス村からレイナを追おうとしたら、ここへ出たと言うのが正しい。以前、レイナが付けているネックレスには、贈り主である私の魔力が存在していると聞いていたからな。行先を登録するのではなく、そのネックレスの在処ありかを念じた結果、ここにいると言うのが正しい」

 そうか、エドヴァルドは前にギーレンでリファちゃんが、ネックレスに籠められていたエドヴァルドの魔力を感知して、手紙の配達に飛んで行った仕組みを覚えていて、応用したに違いない。
 逆もまたしかり、それで私を追えるのではないか――と。

 魔道具の凄さを称えるべきか、それともネックレスにこもる魔力に驚くべきか……。

 便利なものですな!などと笑っているのは、ベルセリウス将軍だけだ。
 ウルリック副長始め何人かは、乾いた笑いと共に視線を彷徨さまよわせている。

 彼らには発信機GPSの概念はもちろんないだろうけど、多分抱いた感想自体は、私とそう変わらない筈だ。
 
 チラチラと物言いたげに私を見ているあたり、気遣ってはくれているんだろう。

(まあ……何かあっても、これがあれば探して貰えるってコトで良いか)

 シャルリーヌがエドベリ王子をこき下ろしているのは、そこに一片の好意も存在しないからだ。
 私は――の重さは感じるけれど、こき下ろそうとは思わない。

 リファちゃんの「お仕事」と今回の「転移」で、いざと言う時に、居場所が双方向に把握出来ると言う事が分かった点で、貴重な体験をしたとさえ思う。

 気にしていない、との意味もこめて、私は副長たちに微笑んでおいた。

*        *         *

 最終的に釣り上げられた魚たちは、北部地域あるいはバリエンダール国内でメジャーだと言う料理にあれこれ変貌を遂げていた。

 個人的には、15cm前後の小型魚をカリカリに焼き上げたところに、ホワイトクリームをかけてマッシュポテトを添えたと言う料理がヒットだと思った。

 何でも北部地域の湖で一番よく見かける白身淡水魚らしく、料理自体もかなりメジャーらしい。

 主に軍関係者の皆さま方が、お酒に合うと勢いよく食べていたように思う。

 あと、市場にはあまり出回らず、漁師たちの間で消費されてしまう事が多いと言う体長20cmほどの白身魚はムニエルっぽい料理と味付けになっていて、こちらは高位貴族の皆さま方が優雅にお召し上がりだった。

 他にも酢漬けマリネにされた魚(これは今日釣れた分は後日に回り、食卓には前に酢漬けして保管されていた分が使用された)や、フィッシュケーキっぽい、魚のほぐし身とジャガイモをパン粉や小麦粉で包んで揚げた一品なんかが、この日は振舞われた。

 山菜やキノコは、全て脇の添え野菜に回ったようだった。

 フィッシュケーキとコロッケの境界線が難しい……これはレシピ化出来るのか……などと、ぐるぐる考えながら食べていたら、横からエドヴァルドに咳ばらいをされた為、とりあえずその場では食べる事に集中せざるを得なかった。

「――この後は〝狐火トゥレット〟の出現を待つつもりかね?」

 大満足の夕食が終わって、コーヒーを出されているところに、不意にフェドート元公爵がそんな事を聞いてきた。

「あ、はい。その、湖畔に行った方が良いですか?それとも泊まらせて頂くお部屋のベランダでも見えるものですか?」

「湖側の部屋であれば、ベランダからでも十分に見る事は出来るとも。寒さを凌げる厚手の何かを羽織っていればよかろうよ」

 聞けば〝狐火トゥレット〟は、この地域だと比較的早めの時間から、真夜中をピークとするように、一晩に2~3回出現するらしい。
 1回につき1時間位現象が続くこともあれど、激しく動いたり光ったりするピークは約10分程なんだそうだ。

 場所によっては、真夜中から明け方に見えるところもあり、必ずしも決まった条件があると言う訳ではなく、だからこその「神秘」なのかも知れなかった。

「昨晩と同様に、空は晴れているようだ。今夜も可能性は高いかも知れないな」

 フェドート元公爵の言葉に、私の期待は高まりつつあった。
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