上 下
456 / 818
第二部 宰相閣下の謹慎事情

479 氷漬け回避の為の相互協力

しおりを挟む
すみません、こちら登録ミスで昨晩upされていませんでした!
ですのでこの後お昼頃までにもう1本upする予定です!


*******************************


「ただ、今のところはサレステーデの宰相ちちおやの所へ行かせると言う方向で、王太子の許可を得る為の手紙を出していると言う話なのでは?」

「まあ、そうではあるんだが……それがアンジェスにとって不都合と思うならば、其方が持つ簡易型の転移装置で王宮へ直談判に戻るのも、一つの手段かと思ったのだが」

 さすが、一国の宰相と大公殿下との話し合いである。
 現状を把握していようがいまいが、迂闊に周囲が口を出せない――と言うよりは、出す必要のない会話が続いている。

 いや、仮にこれがサレステーデのおバカ王子とダルマ公爵とでは、こんな会話にもならないだろうから、双方が為政者としてそれだけ真面な感覚を持っていると言う事なんだろう。

「ここはバリエンダールだ。基本的にはの王太子の意向を汲みたいとは思うが、私であれば、ここから渡河させる方を選ぶ」

「バリエンダール王宮に連れていき、留め置く事はせぬ……と?」

為人ひととなりを含め、サレステーデの宰相に何らかの瑕疵があるならば、それも良い。だが普通に考えれば、娘と言う人質をとって脅しをかけるも同然。ただでさえ、王女王子の全てが問題を起こしていて、一人で国政を担っているところにそれをしてしまっては、後日こちらが悪者の立場に立たされかねない」

 あの王太子であれば、そう判断しそうだ――。
 エドヴァルドはそう言い、テオドル大公も「確かに」と、頷いていた。

 確かにミラン王太子は、無条件に宰相やジーノ青年の肩を持つ事をしていなかった。

 日頃の友諠ではなく、国益を基準に判断を下せるだろう点で、ある意味メダルド国王よりも非情な側面を併せ持っているように思う。

「とりあえず今日の内にサレステーデの宰相宛に手紙を書いておいて、明日、ユレルミ族の村へ寄って、その令嬢に預けると言う形を取ろうと思うのですが」

「ふむ。直接バリエンダール王宮に戻るかと思ったが、そうではないと?」

「今の状況下で、遊牧民族同士の争いを放置して戻る訳にもいかないでしょう。少なくとも、決着への道筋だけはつけて戻らないと」

 そう言ったエドヴァルドが、チラッと私に視線を向けた為、私は思わず条件反射的に顔を背けてしまった。

「いずれの民族とも、まだほとんど関わっていない私一人であれば、この地から直接王宮へ戻っても非礼と言われる事はないかも知れない。だが、期日にお戻りにならない大公殿下を探すと言う名目で、国政史上初めて〝転移扉〟を遊牧民族の拠点に繋いだと聞く。その時点で、礼を欠く行動は取れないでしょう」

「う、うむ」

 何やら申し訳ない――と言いかけたテオドル大公を、エドヴァルドは片手を上げて遮った。

「大公殿下は巻き込まれたに過ぎないと、理解はしていますよ。元より、殿下以上に北方遊牧民達の問題に頭から浸かっている者がいますでしょう。私としては、主にそちら側の事情で、残らざるを得ないと言う訳です」

「「「…………」」」

 誰、と指定するでもなく、この場の全員の視線がこちらを向いた気がした。

 これは、どう振舞うのが最適解なのか。

 一瞬の迷いが周囲にも伝わったのか、私が何かを言うよりも先に、バルトリが私の隣にいつの間にか歩み寄っていた。

「お館様」
「バルトリ」

 申し訳ありません、とバルトリは片膝をついて、エドヴァルドに対しこうべを垂れていた。

「本来であれば、書記官としての役割しかお持ちでなかった筈のお嬢さんを巻き込んだのは、俺です。俺の中にあるネーミ族の血に、見て見ぬ振りが出来ず、ユングベリ商会案件だと突き進むお嬢さんを、止める事をしませんでした」

 エドヴァルドは、そんなバルトリをいっそ無表情に見下ろしている。

「そうだな。今、ユングベリ商会の伝手がバリエンダール王都や北部地域にまで広がったとは言え、あくまでそれは結果論だ。性急に過ぎる規模の拡大は、予想だにしないところから目を付けられやすい。……実際に、その兆しはあったようだしな」

「「「‼」」」

 部屋の空気が冷えた、と恐らくは全員が感じている。
 何とかそれを和らげようと、テオドル大公が「イデオン公、兆しとは……」と話しかけた結果、どうやらそれこそが、特大の地雷だったらしく、笑顔の筈のこめかみに、青筋が確かに浮かび上がった。

「何、この国の宰相殿に、王女殿下との縁組や、ユングベリ商会を商会長ごとバリエンダールに招きたいだのと仄めかされ、養子の息子には、そのように狭量な事で婚約者は幸せなのかと、嫌味をぶつけられる――これが目を付けられていると言わずして、何と言うのかと」

彼奴あやつら……」

 テオドル大公が、片手で額を覆った。
 ああ、はい、私もさっきちょっとだけ聞きました。
 いやはや、ですよ。ホントに。

「ジーノの内心は透けて見えておったからな。宰相も、一人の父親として後押しをしてやりたいと思ったのかも知れぬが……」

「いらぬところで気を遣う前に、側室とその息子の手綱を取る方が先だった筈だ。共感する余地すらない」

「ま、まあそうだな。しかし、ミルテ王女との縁組とはまた……」

「そもそも、バリエンダールへ来る前から、フィルバート陛下もその可能性は考えておられた。断固拒否してこい、との厳命付きで」

「!」

 それは聞いていなかった。
 私も、テオドル大公と共に、目を瞠った。

「両国の友好の復活を手っ取り早くアピール出来る上に、王女殿下の輿入れとなれば、バリエンダールの方が以降の交渉の場において優位に立ってしまう。王や王太子がその姫を愛しく思うのであれば口にはすまいが、周りに言い出すやからは出てくる筈だ、と」

 その時は、さすが伊達に国王の地位には就いていないと感心したのだけれど、後日「血まみれ」「鬼畜」は許容出来ても「幼女好きの変態ロリコン」とだけは言われたくなかったと、フィルバート本人が言っていたとエドヴァルドから聞かされ、著しく脱力してしまったのは余談だ。

「そして、陛下がダメなら話の矛先が私に向く可能性もある、と」
「ううむ……まさに陛下の仰った通りの事態になった訳か……」

 エドヴァルドとテオドル大公を見る事はせず、バルトリが益々頭を低くしている。

「申し訳ありません。それも私が、市場で知り合ったジーノを頼ったのがきっかけかと――」

 いえ…と、バルトリに合わせるかのように、今度はウルリック副長が頭を下げてきていた。

「ここまで来るよりも前に、私ももっとやりようはあったかと。申し訳ございません」
「……無事だったから良い、は結果論だぞ」
「十分に承知しております」

 そして一連のやりとりを黙って見守っていたフェドート元公爵が、ここで初めて「ちょっと良いかな」と口を開いた。

「聞いていると、ミルテ王女殿下に縁談の話が持ち上がりかけたと言っておるようだが、私の目が黒いうちは、複数の高位貴族を揺さぶってでも、阻止してみせる。王家の思惑濃い縁組などと、二度と出させはしない。その点は、安心されるがよかろうよ」

「………」

 中央の思惑に乗るのは、自分の代まで――。

 フェドート元公爵のそんな思いが、今は透けてみえるようだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

竜人の王である夫に運命の番が見つかったので離婚されました。結局再婚いたしますが。

重田いの
恋愛
竜人族は少子化に焦っていた。彼らは卵で産まれるのだが、その卵はなかなか孵化しないのだ。 少子化を食い止める鍵はたったひとつ! 運命の番様である! 番様と番うと、竜人族であっても卵ではなく子供が産まれる。悲劇を回避できるのだ……。 そして今日、王妃ファニアミリアの夫、王レヴニールに運命の番が見つかった。 離婚された王妃が、結局元サヤ再婚するまでのすったもんだのお話。 翼と角としっぽが生えてるタイプの竜人なので苦手な方はお気をつけて~。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。