聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
434 / 803
第二部 宰相閣下の謹慎事情

479 氷漬け回避の為の相互協力

しおりを挟む
すみません、こちら登録ミスで昨晩upされていませんでした!
ですのでこの後お昼頃までにもう1本upする予定です!


*******************************


「ただ、今のところはサレステーデの宰相ちちおやの所へ行かせると言う方向で、王太子の許可を得る為の手紙を出していると言う話なのでは?」

「まあ、そうではあるんだが……それがアンジェスにとって不都合と思うならば、其方が持つ簡易型の転移装置で王宮へ直談判に戻るのも、一つの手段かと思ったのだが」

 さすが、一国の宰相と大公殿下との話し合いである。
 現状を把握していようがいまいが、迂闊に周囲が口を出せない――と言うよりは、出す必要のない会話が続いている。

 いや、仮にこれがサレステーデのおバカ王子とダルマ公爵とでは、こんな会話にもならないだろうから、双方が為政者としてそれだけ真面な感覚を持っていると言う事なんだろう。

「ここはバリエンダールだ。基本的にはの王太子の意向を汲みたいとは思うが、私であれば、ここから渡河させる方を選ぶ」

「バリエンダール王宮に連れていき、留め置く事はせぬ……と?」

為人ひととなりを含め、サレステーデの宰相に何らかの瑕疵があるならば、それも良い。だが普通に考えれば、娘と言う人質をとって脅しをかけるも同然。ただでさえ、王女王子の全てが問題を起こしていて、一人で国政を担っているところにそれをしてしまっては、後日こちらが悪者の立場に立たされかねない」

 あの王太子であれば、そう判断しそうだ――。
 エドヴァルドはそう言い、テオドル大公も「確かに」と、頷いていた。

 確かにミラン王太子は、無条件に宰相やジーノ青年の肩を持つ事をしていなかった。

 日頃の友諠ではなく、国益を基準に判断を下せるだろう点で、ある意味メダルド国王よりも非情な側面を併せ持っているように思う。

「とりあえず今日の内にサレステーデの宰相宛に手紙を書いておいて、明日、ユレルミ族の村へ寄って、その令嬢に預けると言う形を取ろうと思うのですが」

「ふむ。直接バリエンダール王宮に戻るかと思ったが、そうではないと?」

「今の状況下で、遊牧民族同士の争いを放置して戻る訳にもいかないでしょう。少なくとも、決着への道筋だけはつけて戻らないと」

 そう言ったエドヴァルドが、チラッと私に視線を向けた為、私は思わず条件反射的に顔を背けてしまった。

「いずれの民族とも、まだほとんど関わっていない私一人であれば、この地から直接王宮へ戻っても非礼と言われる事はないかも知れない。だが、期日にお戻りにならない大公殿下を探すと言う名目で、国政史上初めて〝転移扉〟を遊牧民族の拠点に繋いだと聞く。その時点で、礼を欠く行動は取れないでしょう」

「う、うむ」

 何やら申し訳ない――と言いかけたテオドル大公を、エドヴァルドは片手を上げて遮った。

「大公殿下は巻き込まれたに過ぎないと、理解はしていますよ。元より、殿下以上に北方遊牧民達の問題に頭から浸かっている者がいますでしょう。私としては、主にそちら側の事情で、残らざるを得ないと言う訳です」

「「「…………」」」

 誰、と指定するでもなく、この場の全員の視線がこちらを向いた気がした。

 これは、どう振舞うのが最適解なのか。

 一瞬の迷いが周囲にも伝わったのか、私が何かを言うよりも先に、バルトリが私の隣にいつの間にか歩み寄っていた。

「お館様」
「バルトリ」

 申し訳ありません、とバルトリは片膝をついて、エドヴァルドに対しこうべを垂れていた。

「本来であれば、書記官としての役割しかお持ちでなかった筈のお嬢さんを巻き込んだのは、俺です。俺の中にあるネーミ族の血に、見て見ぬ振りが出来ず、ユングベリ商会案件だと突き進むお嬢さんを、止める事をしませんでした」

 エドヴァルドは、そんなバルトリをいっそ無表情に見下ろしている。

「そうだな。今、ユングベリ商会の伝手がバリエンダール王都や北部地域にまで広がったとは言え、あくまでそれは結果論だ。性急に過ぎる規模の拡大は、予想だにしないところから目を付けられやすい。……実際に、その兆しはあったようだしな」

「「「‼」」」

 部屋の空気が冷えた、と恐らくは全員が感じている。
 何とかそれを和らげようと、テオドル大公が「イデオン公、兆しとは……」と話しかけた結果、どうやらそれこそが、特大の地雷だったらしく、笑顔の筈のこめかみに、青筋が確かに浮かび上がった。

「何、この国の宰相殿に、王女殿下との縁組や、ユングベリ商会を商会長ごとバリエンダールに招きたいだのと仄めかされ、養子の息子には、そのように狭量な事で婚約者は幸せなのかと、嫌味をぶつけられる――これが目を付けられていると言わずして、何と言うのかと」

彼奴あやつら……」

 テオドル大公が、片手で額を覆った。
 ああ、はい、私もさっきちょっとだけ聞きました。
 いやはや、ですよ。ホントに。

「ジーノの内心は透けて見えておったからな。宰相も、一人の父親として後押しをしてやりたいと思ったのかも知れぬが……」

「いらぬところで気を遣う前に、側室とその息子の手綱を取る方が先だった筈だ。共感する余地すらない」

「ま、まあそうだな。しかし、ミルテ王女との縁組とはまた……」

「そもそも、バリエンダールへ来る前から、フィルバート陛下もその可能性は考えておられた。断固拒否してこい、との厳命付きで」

「!」

 それは聞いていなかった。
 私も、テオドル大公と共に、目を瞠った。

「両国の友好の復活を手っ取り早くアピール出来る上に、王女殿下の輿入れとなれば、バリエンダールの方が以降の交渉の場において優位に立ってしまう。王や王太子がその姫を愛しく思うのであれば口にはすまいが、周りに言い出すやからは出てくる筈だ、と」

 その時は、さすが伊達に国王の地位には就いていないと感心したのだけれど、後日「血まみれ」「鬼畜」は許容出来ても「幼女好きの変態ロリコン」とだけは言われたくなかったと、フィルバート本人が言っていたとエドヴァルドから聞かされ、著しく脱力してしまったのは余談だ。

「そして、陛下がダメなら話の矛先が私に向く可能性もある、と」
「ううむ……まさに陛下の仰った通りの事態になった訳か……」

 エドヴァルドとテオドル大公を見る事はせず、バルトリが益々頭を低くしている。

「申し訳ありません。それも私が、市場で知り合ったジーノを頼ったのがきっかけかと――」

 いえ…と、バルトリに合わせるかのように、今度はウルリック副長が頭を下げてきていた。

「ここまで来るよりも前に、私ももっとやりようはあったかと。申し訳ございません」
「……無事だったから良い、は結果論だぞ」
「十分に承知しております」

 そして一連のやりとりを黙って見守っていたフェドート元公爵が、ここで初めて「ちょっと良いかな」と口を開いた。

「聞いていると、ミルテ王女殿下に縁談の話が持ち上がりかけたと言っておるようだが、私の目が黒いうちは、複数の高位貴族を揺さぶってでも、阻止してみせる。王家の思惑濃い縁組などと、二度と出させはしない。その点は、安心されるがよかろうよ」

「………」

 中央の思惑に乗るのは、自分の代まで――。

 フェドート元公爵のそんな思いが、今は透けてみえるようだった。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら

冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。 アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。 国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。 ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。 エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。

完結 穀潰しと言われたので家を出ます

音爽(ネソウ)
恋愛
ファーレン子爵家は姉が必死で守って来た。だが父親が他界すると家から追い出された。 「お姉様は出て行って!この穀潰し!私にはわかっているのよ遺産をいいように使おうだなんて」 遺産などほとんど残っていないのにそのような事を言う。 こうして腹黒な妹は母を騙して家を乗っ取ったのだ。 その後、収入のない妹夫婦は母の財を喰い物にするばかりで……

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

お前のせいで不幸になったと姉が乗り込んできました、ご自分から彼を奪っておいて何なの?

coco
恋愛
お前のせいで不幸になった、責任取りなさいと、姉が押しかけてきました。 ご自分から彼を奪っておいて、一体何なの─?

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。