聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

466 湖畔の館と白銀の元公爵(1)

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「多少急ぎますから、あまり話さない方が良いですよ。舌を噛んでも責任持てませんから」

 荷馬車に乗る前、そんな風にバルトリが言っていたけど、動き始めたところで、私は否が応でもそれを実感させられる羽目になった。

 ――ゴトゴト揺られて、仔牛の気分を味わうどころじゃなかった。

 まだ日が高くても、キツネっぽい毛皮の羽織り物をすっぽり上からかぶっても「寒っ⁉」っと身体を震わせたほどの風を浴びながら、荷馬車が森の中を既に数時間、疾走していた。

 行くと言ったのは私なワケだから、文句を言える筈もなく、とりあえずホントに舌を嚙まないように、我慢をしながら走るに任せるしかなかった。

「チチチッ!」
「!」

 そこへ、耳慣れた鳴き声と共に、頭の上に何かがぽすっと落ちた感覚があった。

「……っ、バルトリ、ちょっとストップ!」

「⁉」

 止まれといって、急に止まれる筈がないのは当たり前で、荷馬車は徐々に速度を落としてから、ゆっくりと停止した。

「お嬢さん?どうし――」

 どうしました、と聞きかけたところでバルトリも、納得したように口を閉ざした。

 私は荷馬車が止まったところで、ようやく頭の上に手を伸ばす。

「リファちゃん?」
「ピッ!」

 そっとてのひらに移動させたところで、リファちゃんが私を見て短い鳴き声を上げた。

「もしかして、レヴのところから来た?テオドル大公がいらっしゃる所が近いって事かな?」
「ピピッ!」

 そうだ、と言わんばかりの鳴き声を続けた後、リファちゃんはふわりと私の掌から、空へと飛び立った。

「バルトリ、リファちゃんがこの先案内してくれるみたいだから、追って!」
「⁉」

 無茶言いますね⁉と、言いながらも、バルトリが再び先頭で荷馬車を走らせる。

 確かに背の高い木々に囲まれる森のなか、シマエナガサイズのリファちゃんを追いかける事は、実は結構大変だ。

 前回アンジェス王宮内で似たような事があった時は、特殊部隊出身のトーカレヴァはともかくとして、私とエドヴァルドは何しろ追えなかったのだ。

「リファちゃん―!ごめん、もうちょっとゆっくりー‼」

 そう叫ばないと、あっと言う間に見失ってしまいそうになる。

 だけど気のせいでなく飛行速度が落ちたあたり、やっぱりリファちゃんとは以心伝心だ。

 そうして寒さを耐えながら、もうしばらく走ったところで、視界の先に、鏡の様に澄んだ色彩美を放つ湖と、その湖畔に佇む館とが少しずつ見えるようになってきた。

「あそこか……?」

 隣で呟くマトヴェイ外交部長に、周囲の皆の空気も引き締まったものに変わる。

「あ、リファちゃん!」

 そこから再び、リファちゃんが飛行速度を上げて行ってしまった。

 木々も視界の両端、正面の道は湖まで一直線にひらけてきた為か、リファちゃんが湖面を少し横切りながら、その先にある建物の二階のバルコニーへと飛んで行くのが見える。

「――レヴ!」

 そこには人差し指サイズで、立ってヒラヒラと片手を振る青年の姿があった。

 あんなところで堂々と手を振っていると言う事は、テオドル大公は五体満足、無事でいると言う事で良いんだろう。

 右手人差し指にリファちゃんを止まらせたトーカレヴァは、空いている左手で軽く下の階を何度か指し示している。

「普通に玄関から入れってコトで良いのかな……?」

 首を傾げる私に、前で手綱を握るバルトリが「そうでしょうね」とだけ答えて、気持ち、荷馬車のスピードを上げた。

 段々と建物が近くなってきて、よく見れば、さっきまで寝泊りをしていた少数民族の皆さんの住居とは、そこはすっかり趣きを異にしていた。

 どちらかと言えば王都にでもありそうな、貴族の邸宅やしきに近い感じだ。

 どう言う人が住んでいるんだろうかと訝しみながらも、そこに行かないと言う選択肢はもちろんなく、私はそのまま荷馬車で館の玄関へと乗り付けた。

「寒かったでしょう、レイナ様。中で大公殿下とこの館の主が既に待っていますから、このまま入ってしまって下さい」

 さも簡単なコトの様に二階から飛び降りたトーカレヴァが、玄関の扉の取っ手に手をかける。

「大公殿下はご無事なのね?」

「ええ、大丈夫ですよ。その辺りも含めて、詳しくは中で」

 荷馬車もこのまま玄関横付けで良いと言われて、とりあえず私たちは建物の中へと入らせて貰う事にした。

「リファちゃん、後でいっぱい遊ぼうね、お疲れ様!」

 トーカレヴァの肩に移動していたリファちゃんに、そう声をかけると「ピッ!」と、了解したかのような返事が返ってくる。

 苦笑するトーカレヴァを横目に中へ入ると、玄関ホールの脇、控えの間にいたらしいテオドル大公が、大股に歩きながら姿を現した。

「――心配をかけてしまって、すまなかったなマトヴェイ卿、レイナ嬢!」

 声のハリと言い、歩いて来る様子と言い、確かに怪我はしていないようなので、とりあえずは私もマトヴェイ外交部長も、その場で軽く息をついた。

「まさか、街道を封鎖されるとは思わなくてな。下手に手紙や使者を出して、封鎖している連中を刺激するのも得策ではないだろうと、連絡が取れない事で王宮側が動くのを待つのが一番危険が少なかろうとの話になったのだ」

 確かに、テオドル大公の言う事は正論だと思う。

 街道封鎖が解かれるか、王宮側が探しに来るか、いずれにせよそれまでは身を潜めておくしかなかったと言う事なんだろう。
 今回の事があるまで、バリエンダールの〝転移扉〟は、シェーヴォラの領主屋敷が、国内では北の限界だったのだから。

「まずはご無事で何よりでした、殿下」

 ここは私よりも立場が上であるマトヴェイ外交部長が、そう口火を切り、私はそれに合わせて部長と一緒に頭を下げた。

「帰国が遅れた事での血の雨、あるいは氷の嵐をどう回避するか、誰を矢面に立たせるか、後程三人で改めて話し合いたく」

「………」

 私は無言のまま顔を痙攣ひきつらせ、テオドル大公に至っては「うむ、イラクシ族の愚か者どもにどうやって責任を取らせるかを考えねばな」と、大真面目に頷いていた。

 うん、まあ、外交問題も大事だけど、私達だって、死活問題だ。
 イラクシ族の暴走している人たちには、ぜひ責任をとって頂きたい。
 それはもう、切実に。

「ただ、サタノフから先刻聞いたが、ユレルミ、ネーミ、ハタラの三部族が集まって、イラクシを押さえに行くそうだな」

「ええ。部族の事は部族で、と言う事なんでしょう。王家の過激派を勢いづかせない為には、それが最善だと思いますよ。我々は、あくまでその見届け人。甘い措置を考えている場合にのみ、待ったをかければよろしいかと」

 外交部長らしい判断だし、必要以上にアンジェスが巻き込まれない為の、自衛の策でもあると思う。

「――テオドル」

 そこへ、エドヴァルドよりもまだ低い、バスバリトンと言っても良い声が、場に響き渡った。
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