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第二部 宰相閣下の謹慎事情

459 キャンプがしてみたい

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 今更ながら、サレステーデの宰相様は、侯爵位を持つデルリオ・バレスと言う人で、その娘であるサラチェーニさんのフルネームは、サラチェーニ・バレスと言うらしい。

 何でもサレステーデの公爵家は、王族あるいは王族が降嫁、臣籍降下した家にのみ与えられているらしく、もともとは、バルキン公爵家に比べると、権力で劣勢にある家なんだそうだ。

 そう聞いてしまうと、やはり素行不良の第三王子を押し付けられたくなくて、行商人として娘さんを外に出したんだろうと、私は一人納得していた。

 眠っているサラチェーニさんの傍で、ポツリポツリとラディズ・ロサーナ公爵令息が事情を説明してくれている。

 隣の部屋で話した事を、ラディズ青年にもある程度説明をする必要はあるだろうと、私とシレアンさんとジーノ青年が、再度待合の方へと移動して、話を聞いていた。

 各族長達は、馬や食料、武器の用意に関して更なる具体的な打ち合わせを、隣で進めているものと思われた。

「一応、目を覚ましてからご本人に確認しようと思ったんですけど……良かったんですか?こちら側に事情を話してしまって」

「父に連絡をとると言っていたから……それだともう、僕が口を閉ざそうが閉ざすまいが、僕たちの立ち位置は変わらない事になると思って……」

「まあ……確かにそうなんですけど……」

 王宮側に連絡をとっている筈のジーノ青年をチラリと見やると、分かっているとばかりに頷いていた。

「こちらも、手紙と言っても送ったばかりですし、王太子殿下とて『ロサーナ公爵と接触を図ってみよう』『返信があるまで二人を動かすな』と言う最低限の指示以外には、出しようもないと思いますよ。……あくまで今のところですが」

 体調の回復ではなく、返信を待てと言うからには、やはり今、サレステーデに戻られるのは困ると言う判断なんだろう。

「とは言えラディズ殿、こちらも対岸の部族と連絡をとって、街道を通らずとも隣国に入れないかを尋ねているところなので、ここに軟禁と言う認識はしないでいて貰えると有難いですね」

 ミラン王太子の許可が下り次第、サレステーデに行ける様にしておくと聞いて、ラディズ青年も少し安心したみたいだった。

「陛下ではなく、王太子殿下のご判断なんですね」

 何気なく私がそう聞けば、ジーノ青年は「本来、私はここにいない筈の人間ですし、陛下に直接ご連絡申し上げると、各方面に色々と広がってしまう可能性もあります。殿下へのご連絡であれば、そう不自然には思われませんから」と、苦笑いだった。

 ここにいない筈、のところが微かに強調されているのは、ある意味自虐的発言だとも言えた。

「なので私は伯父上達にも、ユングベリ商会の皆さんにも、付いて行く事が出来ない。ここに残って、情報を集めつつ司令塔になるしかない。まさか、こんな風に話が転ぶとは思いませんでしたよ」

「フォサーティ卿……」

「ユングベリ嬢、どうですか?こちらに残られて――いえ、やめておきましょうか」

 何故か言いかけた言葉をすぐに引っ込めて、二、三度首を横に振った。

「ランツァ伯母上、真面目な話、返信があってすぐに動ける様にしておく為には、村の診療所ではなく、族長の家に彼らも泊まって貰う方が良いと思っています。今夜は少々にぎやかになるでしょうが、ご了承頂けますでしょうか」

 元々私たちは、カゼッリ族長の家に泊めて貰うと言う事で、話がまとまっていたらしい。

 真冬でもないので、希望者は天幕も貸すと言われて、リアルキャンプ体験かと、ちょっと手を上げかけたけど、各方面から速攻で却下されてしまった。

「お嬢さんは、カラハティの毛皮を縫い合わせた天幕カバーに興味があるだけでしょう!そう言う事は、カバーを買って帰って、公爵邸の敷地内でやって下さい!」

 と、バルトリに怒られた。

 設営時間 約1時間半ほど。細くて軽くて丈夫な木材にカラハティトナカイの毛皮を使ったカバーをかける事で出来る手軽さに加えて、床はカラハティの毛皮を絨毯として敷いているとか聞けば、興味が沸かない筈がない。

 天井は空調のため僅かに空いているとの事なので、どうやら一酸化炭素中毒なんかも回避できそうだ。

 ……あとでこっそり、どうしたら買えるか、三族長に聞いてみようと思った。

 話がちょっと脱線している私たちを横目に、族長夫人であるランツァさんは、一人増えるのも二人増えるのも変わらないと、頼もしい笑みを浮かべていた。

「ましてサラちゃんの事は、知らない間柄でもないしね。マケーデ先生の所へも、後で私が薬を取りに行っておくわ。彼氏さんは、場所分からないでしょうし、なるべくサラちゃんに付いていたいでしょうし」

「は、はい、すみません、ありがとうございます……」

 ラディズ青年は恐縮しきった様に、何度も頭を下げていた。

「夕食はね、各部族で皆がカラハティ、魚、果実、猟の獲物や野鳥を含めて、地元で取れた新鮮な食材を持ち寄っているのよ?王都でもなかなか味わえないでしょうから、ぜひ楽しみにしていらして」

「あっ、あの、私も何か手伝いましょうか?と言っても、料理出来ないんで、教えていただきながらにはなるんですけど……」

 また何か、新しい料理のヒントがあるかも知れないと、私は族長夫人に申し出をしてみた。
 と言っても、ジャガイモの皮むきすら出来ない人間なので、そこは潔く申告しておくしかない。

「あら、有難いお申し出だけれど、もう事前にほとんど下拵えは済んでいるので、大丈夫ですわ。そうね、後片付けを手伝って下さる方が有難いかしら」

「あっ、はい、それはもちろん!でしたら、料理される様子を見学させて頂いても良いですか?もしかしたら、材料の取引とかレシピ化のお願いとか、アイデアが閃くかも知れませんし……」

「ええ、構わないわよ?何だか緊張してしまいそうだけれど。私たちにとっては珍しくなくても、王都で見ない物はたくさんありそうですものね」

「あ、そもそもカラハティトナカイのお肉自体初めてです!」

「あら。お口に合えば良いのだけれど、大丈夫かしら……でも他にも色々と用意させて貰う予定だから、気に入った料理も出てくるのではないかしら」

 クリーミーサーモンスープ、スモークやドライのカラハティトナカイ肉、野鳥の肉詰めソーセージ、北部産の野菜や果物を添えたカラハティトナカイ肉のソテー、北部産の魚フライ、パンやチーズの果実ジャム添え――等々、聞いただけでもワクワクしそうな民族料理が勢揃いだ。

「多分、冬の為の備蓄をある程度吐き出して貰っているでしょうから、後で何かお返しをした方が良いでしょうね。土地柄から言って、金銭ではない何か」

 私の傍でそう囁いたバルトリに、それもそうかと私も頷いた。

「でも私なんかは狩猟も釣りも出来ないし、商会としての取引品目を増やすくらいしか、今は思いつかないなぁ……」

「実際の料理を見て、追加で取引出来そうだと思われたら、あくまでさりげなくご提案されては?」

「そうだね」

 何か問題でもあるのかと、私とバルトリを見ながら小首を傾げたランツァさんに、私はプルプルと首を横に振って「楽しみにしてます!」と、笑っておいた。
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