聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
408 / 803
第二部 宰相閣下の謹慎事情

453 唆したのは、誰

しおりを挟む
『ユングベリ。ラディズ殿が、もう何か……?』

 ユッカスに着いてから、周囲の様子をみて「商会長」呼びだった筈の、ジーノ青年の口調が元に戻っている。
 私が微かに眉を顰めたのを見たバルトリが、ゴホゴホと、聞こえる様な咳払いを部屋に響かせた。

「ジーノ、言葉で」

 どうやら、私がうっかり他の言語で答える事を期待しての声掛けだったらしい。

 確かに、そのままだと私は気付かずに、ジーノ青年の発した言語で返事をしていただろう。
 バルトリは私の言語チートの仕組みは知らないまでも、私が相手の言語を返してしまう「クセ」があるとでも思って、予防線を張ってくれたみたいだった。

 さすがバルトリも〝鷹の眼〟の一員だと、真面目に有難いと思ってしまった。

「やれやれ、手強い」

 そう言って肩を竦めたジーノ青年に、バルトリが軽く頷いたところをみると、そこはきっとバリエンダール語になったと言う事なんだろう。

「それで、どうされました?」

 フォサーティ卿、とあくまで「ジーノで良い」と言われている事は全力無視スルーで、話しかける。

「至急王都の王太子殿下に連絡を取って頂いて、さっきの方の御父上――ロサーナ公爵を、保護して下さいませんか」

「……保護?ロサーナ公爵を?」

 怪訝そうなジーノ青年に、私は、ラディズ青年が視察先で陥れられて、派閥に入る事を強要されていたらしい事や、ロサーナ公爵の手引きで王都から脱出したらしい事とを話した。

「病気療養……」

「本人と公爵様以外の弟妹は、真実を知らされず、そう言う事になっているらしいです。ロサーナ公爵は、ご自身の派閥をお持ちじゃないんですか?どうやらお一人で、某公爵家ベッカリーアの不正の証拠を探していらっしゃるみたいですよ」

 話をしながら私は、もしかしたらミルテ王女主催のあのお茶会で、宰相家側室夫人とその実子であるグイドが「痺れ茶」を持って乗り込んで来たのは、ロサーナ公爵による誘導だったのではないかと、ふと思ってしまった。

 長男が運び屋をやらされたお茶を利用して、夫人とグイドがお茶会で盛大に自爆する様に仕向けたのではないか……?

 私の推測に、ジーノ青年も「……ありえますね」と、眉根を寄せながらも頷いた。

「あれは、あの二人以外誰が考えても成功する筈のない、策とも呼べない策でしたからね。娘や王女殿下が参加しているにしろ、口に入る心配もしなくて良い。まずもって、その前に露見する。相手側には、自分は裏切り者ではないと見せかけつつ、裏では司直の手が入るきっかけを与える事が出来る」

 もしベッカリーア公爵家側から何か責められたとしても、表向きは「側室夫人と息子が、これほど愚かとは思わなかった」で済む。
 実際、誰が見ても呆れてしまう行動を、あの二人はとった。

 露見させる為に仕組んだと言う証拠は、そこにはない。
 多分あの二人なら簡単に、口約束だけでどうとでも踊っただろう。
 間違いなく、ロサーナ公爵の策略勝ちだ。

「正面から言っても、ロサーナ公爵も逃がした息子さんの事はお認めにならないと思いますから、そこは王太子殿下経由で、お茶会の顛末を説明とか、何とでも理由をつけて連絡をとって頂いて、殿下側に付いて頂くべきと思いますよ?」

 加えてミラン王太子にも、ロサーナ公爵家の嫡男を罰しない事を確約して貰わなくてはならない。
 そう言った私に、さすがにジーノ青年は即答しなかった。

 確かに、普通に言ったら他国の刑事処罰に関してなどと、口を挟みすぎである事は間違いない。
 だから私は慌てて、ラディズ青年と一緒にいた女性の「正体」を明かした。

「な……」
「どうやら、無理な移動による過労らしいので、本人の体調が落ち着いたら、念のため確認はしますけどね」

 ただ、サレステーデ宰相の娘が、ギルドカードを持って諸国を旅していると言うのは、そもそもバリエンダール側から聞いた話だ。

 ジーノ青年もその場にいた訳だから、誰よりも反論が出来ないのが、本人だと言って良かった。

「二人が本当に思い合っているなら、むしろ公的に縁談にしてしまって、サレステーデに婿入りして貰う方が良い気がするんですよ。一見すると、ロサーナ公爵家を継げないと言う罰にはなりますけど、ロサーナ公爵にしてみれば、息子さんが狙われる事もなくなる訳ですし、娘さんの相手を探していたサレステーデの宰相様にとっても、相手は公爵令息な訳ですから、悪い話じゃない」

「それは……」

「すみません、先走ってますね。ただ、ロサーナ公爵に殿下側に完全に付いて頂く為には、検討の余地はある話だと思って……一応、そう言った事を王太子殿下にお話し頂けないかと」

 ――ベッカリーア公爵家側が、ロサーナ公爵の密かな離反に気が付いて、何かしらの策を巡らせてくる前に。

 私が敢えてこの場で口に出さなかった部分も、ジーノ青年は正確に理解していた。

「そうですね……先ほど我々が到着したあの部屋には、一度〝転移扉〟を繋いだ事による残留魔力がまだある筈。本来は、不測の事態が生じた時の為に、1日ほどそのまま消させない様に維持しておくものですが……ある意味、今も不測の事態だと言えますしね。手紙だけでも届ける様にしてみましょうか」

 ぜひ、と私が答えかけたところで『ジーノ』と、別の声がそこに投げかけられた。

『カゼッリ伯父上』

『私は共通語の全てをまだ理解出来る訳ではないが、その話は先に処理をしてしまうべき話である事くらいは、分かった。私の住居に行って来い。その間、我々はこのお嬢さんと話をさせて貰う』

『伯父上――』

『封鎖された街道やイラクシ族の居住地域の状況に関しても、確認に行かせている連中からの情報が届くのを待っているところだろう。どのみち、それまでは皆、動けまい。それならば取引とやらの話をするのも悪くはないと思うがな』

 どうやら周囲からも信頼を得ている、しっかりした族長さんらしい。

 さっきまでラディズ・ロサーナ公爵令息を見ていた所為か、それは何割増しにも見えていたかも知れない。
 きっと年齢さえ重ねれば……では片付かない、経験の違いがそこにある事は明らかだった。

『うむ。儂もバートリを雇って貰っている礼は改めてしたいと思っていたしな』
『こちらも、チェーリアからの手紙は読んでいて、話はしてみたいと思っていた』

 ユレルミのカゼッリ族長に加えて、ネーミとハタラの族長からも、それぞれそんな風に言われて、劣勢に立ったジーノ青年は、反論のきっかけが掴めずにいるようだった。

 分かりました、とジーノ青年が答えたのは、そう長い間考えてからの事ではなかった。

「先に殿下に知らせてきますよ。困った事があれば、後でまとめて伺いますから、申し訳ありませんがそれまで伯父上や皆さまのお相手をお願い出来ますか」

 もちろん、私の方も「分かりました」としか答えようのない話だった。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

〖完結〗愛人が離婚しろと乗り込んで来たのですが、私達はもう離婚していますよ?

藍川みいな
恋愛
「ライナス様と離婚して、とっととこの邸から出て行ってよっ!」 愛人が乗り込んで来たのは、これで何人目でしょう? 私はもう離婚していますし、この邸はお父様のものですから、決してライナス様のものにはなりません。 離婚の理由は、ライナス様が私を一度も抱くことがなかったからなのですが、不能だと思っていたライナス様は愛人を何人も作っていました。 そして親友だと思っていたマリーまで、ライナス様の愛人でした。 愛人を何人も作っていたくせに、やり直したいとか……頭がおかしいのですか? 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全8話で完結になります。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。