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第二部 宰相閣下の謹慎事情

453 唆したのは、誰

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『ユングベリ。ラディズ殿が、もう何か……?』

 ユッカスに着いてから、周囲の様子をみて「商会長」呼びだった筈の、ジーノ青年の口調が元に戻っている。
 私が微かに眉を顰めたのを見たバルトリが、ゴホゴホと、聞こえる様な咳払いを部屋に響かせた。

「ジーノ、言葉で」

 どうやら、私がうっかり他の言語で答える事を期待しての声掛けだったらしい。

 確かに、そのままだと私は気付かずに、ジーノ青年の発した言語で返事をしていただろう。
 バルトリは私の言語チートの仕組みは知らないまでも、私が相手の言語を返してしまう「クセ」があるとでも思って、予防線を張ってくれたみたいだった。

 さすがバルトリも〝鷹の眼〟の一員だと、真面目に有難いと思ってしまった。

「やれやれ、手強い」

 そう言って肩を竦めたジーノ青年に、バルトリが軽く頷いたところをみると、そこはきっとバリエンダール語になったと言う事なんだろう。

「それで、どうされました?」

 フォサーティ卿、とあくまで「ジーノで良い」と言われている事は全力無視スルーで、話しかける。

「至急王都の王太子殿下に連絡を取って頂いて、さっきの方の御父上――ロサーナ公爵を、保護して下さいませんか」

「……保護?ロサーナ公爵を?」

 怪訝そうなジーノ青年に、私は、ラディズ青年が視察先で陥れられて、派閥に入る事を強要されていたらしい事や、ロサーナ公爵の手引きで王都から脱出したらしい事とを話した。

「病気療養……」

「本人と公爵様以外の弟妹は、真実を知らされず、そう言う事になっているらしいです。ロサーナ公爵は、ご自身の派閥をお持ちじゃないんですか?どうやらお一人で、某公爵家ベッカリーアの不正の証拠を探していらっしゃるみたいですよ」

 話をしながら私は、もしかしたらミルテ王女主催のあのお茶会で、宰相家側室夫人とその実子であるグイドが「痺れ茶」を持って乗り込んで来たのは、ロサーナ公爵による誘導だったのではないかと、ふと思ってしまった。

 長男が運び屋をやらされたお茶を利用して、夫人とグイドがお茶会で盛大に自爆する様に仕向けたのではないか……?

 私の推測に、ジーノ青年も「……ありえますね」と、眉根を寄せながらも頷いた。

「あれは、あの二人以外誰が考えても成功する筈のない、策とも呼べない策でしたからね。娘や王女殿下が参加しているにしろ、口に入る心配もしなくて良い。まずもって、その前に露見する。相手側には、自分は裏切り者ではないと見せかけつつ、裏では司直の手が入るきっかけを与える事が出来る」

 もしベッカリーア公爵家側から何か責められたとしても、表向きは「側室夫人と息子が、これほど愚かとは思わなかった」で済む。
 実際、誰が見ても呆れてしまう行動を、あの二人はとった。

 露見させる為に仕組んだと言う証拠は、そこにはない。
 多分あの二人なら簡単に、口約束だけでどうとでも踊っただろう。
 間違いなく、ロサーナ公爵の策略勝ちだ。

「正面から言っても、ロサーナ公爵も逃がした息子さんの事はお認めにならないと思いますから、そこは王太子殿下経由で、お茶会の顛末を説明とか、何とでも理由をつけて連絡をとって頂いて、殿下側に付いて頂くべきと思いますよ?」

 加えてミラン王太子にも、ロサーナ公爵家の嫡男を罰しない事を確約して貰わなくてはならない。
 そう言った私に、さすがにジーノ青年は即答しなかった。

 確かに、普通に言ったら他国の刑事処罰に関してなどと、口を挟みすぎである事は間違いない。
 だから私は慌てて、ラディズ青年と一緒にいた女性の「正体」を明かした。

「な……」
「どうやら、無理な移動による過労らしいので、本人の体調が落ち着いたら、念のため確認はしますけどね」

 ただ、サレステーデ宰相の娘が、ギルドカードを持って諸国を旅していると言うのは、そもそもバリエンダール側から聞いた話だ。

 ジーノ青年もその場にいた訳だから、誰よりも反論が出来ないのが、本人だと言って良かった。

「二人が本当に思い合っているなら、むしろ公的に縁談にしてしまって、サレステーデに婿入りして貰う方が良い気がするんですよ。一見すると、ロサーナ公爵家を継げないと言う罰にはなりますけど、ロサーナ公爵にしてみれば、息子さんが狙われる事もなくなる訳ですし、娘さんの相手を探していたサレステーデの宰相様にとっても、相手は公爵令息な訳ですから、悪い話じゃない」

「それは……」

「すみません、先走ってますね。ただ、ロサーナ公爵に殿下側に完全に付いて頂く為には、検討の余地はある話だと思って……一応、そう言った事を王太子殿下にお話し頂けないかと」

 ――ベッカリーア公爵家側が、ロサーナ公爵の密かな離反に気が付いて、何かしらの策を巡らせてくる前に。

 私が敢えてこの場で口に出さなかった部分も、ジーノ青年は正確に理解していた。

「そうですね……先ほど我々が到着したあの部屋には、一度〝転移扉〟を繋いだ事による残留魔力がまだある筈。本来は、不測の事態が生じた時の為に、1日ほどそのまま消させない様に維持しておくものですが……ある意味、今も不測の事態だと言えますしね。手紙だけでも届ける様にしてみましょうか」

 ぜひ、と私が答えかけたところで『ジーノ』と、別の声がそこに投げかけられた。

『カゼッリ伯父上』

『私は共通語の全てをまだ理解出来る訳ではないが、その話は先に処理をしてしまうべき話である事くらいは、分かった。私の住居に行って来い。その間、我々はこのお嬢さんと話をさせて貰う』

『伯父上――』

『封鎖された街道やイラクシ族の居住地域の状況に関しても、確認に行かせている連中からの情報が届くのを待っているところだろう。どのみち、それまでは皆、動けまい。それならば取引とやらの話をするのも悪くはないと思うがな』

 どうやら周囲からも信頼を得ている、しっかりした族長さんらしい。

 さっきまでラディズ・ロサーナ公爵令息を見ていた所為か、それは何割増しにも見えていたかも知れない。
 きっと年齢さえ重ねれば……では片付かない、経験の違いがそこにある事は明らかだった。

『うむ。儂もバートリを雇って貰っている礼は改めてしたいと思っていたしな』
『こちらも、チェーリアからの手紙は読んでいて、話はしてみたいと思っていた』

 ユレルミのカゼッリ族長に加えて、ネーミとハタラの族長からも、それぞれそんな風に言われて、劣勢に立ったジーノ青年は、反論のきっかけが掴めずにいるようだった。

 分かりました、とジーノ青年が答えたのは、そう長い間考えてからの事ではなかった。

「先に殿下に知らせてきますよ。困った事があれば、後でまとめて伺いますから、申し訳ありませんがそれまで伯父上や皆さまのお相手をお願い出来ますか」

 もちろん、私の方も「分かりました」としか答えようのない話だった。
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