聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

【宰相Side】エドヴァルドの宣告(後)

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「は?街道封鎖?」

 国王陛下フィルバートの執務室を訪れた私は、なるべく物騒に聞こえない様に「どこかの北方民族が揉めていて、街道封鎖をしてしまったが為に、墓参に訪れていたテオドル大公も王都に戻れなくなっているようだ」との説明の仕方を、敢えて選んだ。

 何も今から物騒な言い方を、この目の前の国王にせずとも良いだろうと思ったからだ。

「…だがその情報は姉君からのもので、向こうの王家からの知らせはまだない。王家側に何かしらの思惑があると言う事か?大公以外の面々は、王宮から出られない状態になっている可能性もあるだろう」

 どのみち、放っておいてもこの国王は、勝手に物騒な受け取り方をするだろうから。

「魔道具、壊しているんじゃないのか、宰相エディ?」

「あれは、レイナが予定通りに戻れないかも知れないと聞いて、ちょっとイラついただけだ」

 うっかり条件反射的に答えてしまってから、私はフィルバートの誘導に乗っていた事を、その表情から悟った。

「…国王の前で舌打ちが出来るのは、おまえくらいだろうな」
「つまらん誘導に乗った自分に対しての事だ。気にするな」
「ほう……」

 ニヤニヤと口元を歪めながらも、フィルバートはさて…と、机に片肘をついて考える仕種を見せた。

「しかしまあ、テオドル大公には悪いが、これでサレステーデの自治領化に関しては優位に進めやすくなったか?無事であろうとなかろうと、王家側の護衛が付いていながら騒動に巻き込まれている訳だからな」

 私に言えた事ではないが、フィルバートにも所謂「肉親の情」と言うモノは以前から薄い…と言うよりは最初から存在していないかの様に見える。

 ましてテオドル大公とは、血のつながりとしてはレイフ殿下よりも遠い。
 あくまで「王家の一員」と言う感覚しか持っていない様な気はしている。

「だが、街道封鎖など予想外だったと言われたらどうする?と言うか、確実にそれは言ってくると思うが」

「相手は国の賓客だぞ?北方遊牧民族に遠慮して、街道の強行突破を控えたと言うなら、それは向こうの事情だ。こちらが忖度する義理もないだろう」

「そちらの事情など知らん、で通すか……」

 言い方は任せる、とフィルバートは肩を竦めた。
 私の仕事だと言わんばかりだ。

「まあ、とは言え帰国予定が明日の昼食後と言う話だったしな。それまでは向こうも大っぴらには動いてこないだろう。それまでに自治領化の話でも通常貿易の話でも、上乗せ出来そうな話を探すか?ああ、これで私にも面倒な縁談は来ないだろう」

 確かに今更国内貴族でフィルバートの縁談に口出しが出来るような命知らずはいない。

 薦めてくるとすればバリエンダールの側からだった可能性があるが、それもこの件で確かになくなるだろう。

「さて、何を吹っかけようか……」

 ふっかけ前提か、と思いながらもさすがにそこは口に出さない。
 やられる方はたまったものではないだろうが、こちらとしては王が機嫌よく仕事をしてくれる方が重要だ。

「決まったら教えてくれ。適度に美辞麗句で囲ってやるから」
「そうしよう。明日の朝もう一度時間をとるとしようか」
「分かった。――ところで」
「うん?」
「明日、午後からに花を手向けに行ってくるが、構わないな?」

 普段はなかなか本心を他人に悟らせないフィルバートが、虚を突かれた表情を見せるのも珍しい事かも知れない。
 何の話だ、と言わんばかりに書類から顔を上げていた。

「ご自身で許可を出されたのを、もうお忘れか?」
「あ?いや待て、それは今の話では――」

 言いかけて、私の考えている事が分かったんだろう。
 気のせいか、こめかみに青筋が浮かんだ様に見えた。

「……おとなしく待つ気もないのか」

「ギーレンでは、彼女が迎えに来てくれたんだ。ならば今回は、私から行くのが礼儀。何、のトーレン殿下の後継が、良い機会だからと花を手向けに訪れるだけだ。問題あるまい?」

「都合の良い謹慎だな、おい」

「そもそもは、エドベリ王子の外遊終了後からって話だっただろう。いつまで引っ張る気だ。言っておくが有耶無耶にする気は微塵もないからな」

 舌打ちが聞こえるのは、知らないフリをしておく。

「明日、時間通りにテオドル大公達が戻って来るなら、それも良し。そうではなく、帰国が遅れる使者が来るなら、その使者が用件を告げて帰るのに合わせて、私も〝転移扉〟を通る。何せだ。イデオン家の護衛を連れていく。許可を」

「―――」

 フィルバートはしばらく、今の状況から宰相が抜ける事への不利益を考えているようだった。

「サレステーデの連中は、貴族牢で身動き取れないだろうが、買収しての脱獄や暗殺狙いが不安なら、今夜からしばらく眠らせておくか?なるべく睡眠時間の長い薬を盛っておけば良いだろう」

「まあ、確かにあの連中、一部の奴らは待遇に文句を垂れ流しているようだしな。警護の連中も、静かになって良いかも知れんな」

 第一王子やバルキン公爵らは、相変わらず食事が質素だの、部屋が狭いだのと毎日文句を言い続けているらしい。
 さすがにやりすぎか?と思って提案した「睡眠薬」案は、予想以上にあっさりとフィルバートに受け入れられてしまった。

「あと、もし私の不在の間にサレステーデの宰相から連絡が入った場合は、フォルシアン公爵やコンティオラ公爵と協議しても良いし、バリエンダール王家を混乱させると言う意味では、私にわざと連絡してくるのも一案だと思うが」

「確かに内容によっては、我が国がサレステーデ欲しさに仕掛けた事ではないとの更なる裏付けになるかもな。……なるほど」

 フィルバートが「まあ、いいだろう」と答えたのは、どのくらいたってからだっただろうか。

「ただし、私が『喜ぶような土産』を持って帰って来い。物でも人でも何でも良い。一応、簡易型の転移装置も一往復分は持たせてやる」

「陛下……」

「なかなかこの王宮から出かけられない身にもなれ、宰相エディ。私は退屈なんだ。おまえ一人が好きに動くとか、許されると思うな?」

 レイナを迎えに行くと言っている事を頭ごなしに否定されないだけ、まだマシなんだろう。

「陛下、王である以上は自ら乗り込むのではなく、相手に来させてこその権威。陛下に他国の土は踏ませません。その点だけは、ご承知おきの程を」

「私が行って謁見の間でした方が早かったとしても、か?」

「そうであっても、です。ですので『土産』の方を善処しましょう」

「ほーう…では、期待しておくとしよう。ああ、今回は魔道具の装着は強要しないぞ。管理部は残念がるかも知れないが、バリエンダール王宮内に吹雪が吹き荒れるのも楽しそうだからな、アンジェス王宮に被害が出なければ何でも良いしな」

「………」

 多少不本意ではあるが、付けなくて良いと言われるのは有難い。

 私は一礼して、国王陛下フィルバートの執務室を辞した。

*        *         *

 小型の〝転移扉〟でイデオン公爵邸に戻った私は、セルヴァンにバリエンダール行きの用意を命じた。

「すまないが〝アンブローシュ〟にも日時の変更を連絡してくれ。そうだな、さすがに一日で事態が動くなどと、楽観的な事は言えないが、希望的観測を含めて三日、先延ばしにしておいてくれ」

「旦那様……」

「言った通り、レイナ自身は今のところ無事だ。テオドル大公の方に少々問題が起きたようだが、あの方も『大公』を名乗るのは今回の件が落着するまでと元から仰っているし、何より夫人は未だアンディション侯爵領の滞在。どちらにしても、私が動いた方が良いんだ」

 更には〝鷹の眼〟にも、明日からのバリエンダール行きへの同行者を何名か見繕わせた。

 今、既に向こうにいるバルトリと連携しやすい者と言っておいたから、ファルコが適度に選別はするだろう。

(これでは私の求婚に関して、考えているような余裕がなくなっているかも知れないな……)

 いっそバリエンダールでもう一度こいねがってみるか――?

 私は答えの返らない、窓の外に視線を投げた。
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