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第二部 宰相閣下の謹慎事情

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 どうやらベッカリーア公爵家が音頭を取って、茶会の責を受けて空く筈の宰相家の枠に、先代陛下の御落胤オトシダネをねじこんで権勢を強めたいらしい――と言うところは、後でバルトリに説明して貰う事にした。

 今からそこまで知っているとバレたら「偶然誘拐された」と言うこちらの主張を怪しまれかねない。

 私はとりあえずトーカレヴァに王宮の外に出て貰って、双子シーグリックに連絡を取って貰う事にした。

 ただ泊っている宿に伝言を残しても、今回の場合は、いつ連絡がつくか分からない為、あまり褒められた手段ではない。
 とは言え、こっそりリファちゃんを飛ばして貰うのも、後でツッコまれたら答えようがないため、これも方法としては除外だろう。

 表向き、宿に向かうフリをして堂々と王宮を出て、その後はお任せで双子を探して貰うのが一番現実的な気がした。

 いったんギルドに戻ると言うギルド長とシレアンさんが、馬車で宿までトーカレヴァを送ってくれる事になった。
 私やその他のアンジェス組は、王宮内に臨時で留まると言う形だ。

 ナザリオギルド長やシレアンさんは、私がテオドル大公の随行員、書記官として、王宮内に部屋を貰っている事を知らないからだ。

 彼ならとっくに察していそうな気もするけれど、一応、建前は崩さないと言う事なんだろう。

「最悪、イラクシ族が街道封鎖を解くまで、王家側から経済封鎖かけるって言うなら、この騒動が決着するまでって事で、僕も許容しておくよ。本当なら、ギルドが政治介入を黙認するなんて事は好ましくないんだけどね。だけど他国の『やんごとなき方』が巻き込まれている時点で、そんな事も言ってられないし」

 出発出来る様になったら、シレアンを王宮に行かせるから連絡を――。
 ナザリオギルド長とシレアンさんは、そう言っていったん王宮を辞した。

 こちらはこちらで、ジーノ青年がユレルミ族の族長と連絡をとっている間は、どこか一ヶ所にまとめて居てくれとの、ミラン王太子からの要請があり、人数とキャパを考えて、テオドル大公の部屋に待機させて貰う事になった。

 案内係の侍女が部屋から下がった時点で、全員それぞれが「はあぁ…」と、揃って溜め息を吐き出した。

『まさか、テオドル大公の方に問題が起きようとはな……』

 アンジェス語にしようか、と呟きながら、マトヴェイ外交部長が片手で額を覆った。

『何かあるなら、まだ確たる地位を持たないユングベリ嬢ではないかと思っていたんだが……』

 確かにそれは、テオドル大公自身も含めたアンジェス組の全員が思っていた事だろう。

『まず間違いなく、明日の帰国は延期だろうな』

『そうですね……問題はこの事をバリエンダール王宮側が、どのタイミングでアンジェス側に連絡をするかなんですよね……』

『……事態の発覚は、もはや回避不可能か……』

『すみません、吹雪に晒されるくらいなら、もう諦めもつきましたけど……氷漬けはなるべく遠慮したいんで、手紙を出しました……』

 報告は迅速に。隠し事は自分の首が締まる。

 明後日の方向を向いた私に、マトヴェイ外交部長が苦しそうに胸を押さえている。
 ええ、まあ、持病がなくても苦しくなりますよね……。

『せめて今の状態で、テオドル大公が無傷で戻られるなら、血塗れは回避出来るかもです。フィルバート陛下も王族を手にかける事まではなさらないと思うんですよ。ただでさえサレステーデも弱体化しているところに、バリエンダールまで斃れてしまったら、もうギーレンと公然と対立するしかなくなりますからね。だから陛下が動かれるとしたら、例えばベッカリーア公爵家とか、イラクシ族の今回の首謀者とかをご自身でとか、魔道具や新薬の実験台にするとか、そんな感じなんじゃないかと思うんですよね』

 そのあたりでフィルバートの気が済んだところで、エドヴァルドが彼らの土地や財産を、賠償金としてアンジェスに献上するよう誘導する――。
 その上で、サレステーデの自治領化にあたっても、アンジェス主導で推進していくんじゃないだろうか。

『はは……目に浮かぶようだ。なるほど、決着への道筋は既に見えている訳か。後は大公殿下さえご無事なら、と』

『メダルド国王陛下の融和政策がある以上は、イラクシ族が王家に対して叛旗を翻す事はない筈なんですよね。それをやったら他の部族からも睨まれますし、王都から兵を送られても文句が言えなくなりますから。ただただ内部抗争をしているんだとしたら、ヘルガ湖近辺にいると思われるテオドル大公に、今すぐの命の危険はないと思うんですが……』

 長い間、亡くなった姫の為に献花に来ている様な人物を手にかけるような事はせず、むしろ誰かこっそり、シェーヴォラへと戻そうとしてくるのではないか。

 希望的観測ながら、そう思いたくなってしまう。

『とは言え、イユノヴァさんのお店に圧力をかけさせたり、今回の様に街道封鎖をして民族以外の人にまで迷惑をかけている事を思えば、ナザリオギルド長の言うように、近隣の部族と手を組んで、イラクシ族を一度干上がらせるのはな気がします。あくまでテオドル大公の無事が確約出来ればの話ですけど』

『――レイナ様、トーカレヴァです』

 そこへ、コンコンと扉がノックされた。

 念のためウルリック副長が扉まで近付いて、そっと扉を開けて外を確認する。

『バルトリと双子もいますね』

『早かったね⁉さすが、レヴ。入れてあげて?』

 どうやら今回はトーカレヴァが迎えに出た、ユングベリ商会の従業員を連れて戻って来たていで、全員堂々と正面玄関からここまで入って来たみたいだった。

『ごめんね、皆。中途半端なところで呼び戻しちゃって』

『いや……大公殿下の話を聞いてしまえば、さもありなんでしょう。北部地域へ行けと仰るなら、そのようにしますよ』

 そう言って、バルトリが中に入って来る。

『うん。私とかバルトリとかは、イラクシ族以外の遊牧民族の人たちと会わなくちゃいけないと思うんだけど、何人かは、こっそりヘルガ湖畔でテオドル大公を探すのに紛れ込ませたいんだよね。出来そうかな? あ、レヴは絶対ね?この部屋にテオドル大公殿下の私物とか服とかあると思うから、それで動かせるよね?』

 北部地域むこうに着いたら、ぜひリファちゃんに活躍して欲しい。

 そんな内心がダダ洩れている私に、レヴは苦笑交じりに片手を上げた。

『では、私とノーイェルは裏でこっそりと動かせて貰いますよ。それで良いですか?』

『うん。もし捕らえられてるとかじゃなく、騒動が終わるまでと避難されてたとかだったら、こちら側の指定する場所まで移動して貰って?場所は行ってから決める事になると思うけど』

『承知。ですが、ここにいる全員、行く事が出来ます?王宮側からも来るとなれば、人数的にケンカを売りに行くようにしか見えない気が……』

 トーカレヴァの疑問はもっともだと思うけど、私は「大丈夫じゃないかな?」と、片手を振った。

『民族衣装着て、何ならカラハティトナカイ借りて一緒にウロウロしていてれば、王宮側の人間だと気付かれるまで時間稼ぎは出来ると思うけどね?フォサーティ卿がユレルミ族の族長との交渉が無事済んだら、聞いてみれば良いんじゃないかな』

『……聞いてみますよ』

 私が言えば良いんですね?とでも言いたげに、バルトリが肩を竦めた。
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