聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

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「ナザリオ」

 基本的にはミラン王太子に話は任せるつもりが、さすがに自分の名前が出た事で、ジーノ青年としても黙ってはいられなくなったみたいだった。

「シェーヴォラより先とは言うが、その人選ならユレルミ族の拠点に〝扉〟を繋げと言っているようなものじゃないか。バートリはアンジェス在住だ。今まだネーミ族の拠点で暮らしている者達との顔合わせ、話の証言者としては良いだろうが、いきなり〝扉〟を繋げば騒ぎになるに決まっている。ハタラ族だって、そうだ。王都にいる人間は、それほど一族の中での中心人物じゃない。決断を下せる立場にないんだ」

「さすが、理解が早くて助かるね。だけどさ、キミや宰相家が何をやらかしたのかは知らないけど、失地回復させるなら、それくらいの交渉はしないといけないんじゃないか?僕はこの上なく親切な提案をしていると思うんだけどな」

「……っ」

 反論に窮したジーノ青年に、二人のやり取りを興味深げに眺めていたミラン王太子が「そうだな」と、ナザリオギルド長側に立つかの様に頷いた。

「だがさすがに、いきなり人間ひとが押しかけるのは、相手むこうを頑なにさせる可能性もある。せめて先触れの手紙だけなら、まだ言い訳は立つんじゃないか?」

 あくまで「やんごとなき方」の保護のために、今回限りの約束で、直接転移を許可して欲しい。出来ればその保護とイラクシ族に街道封鎖を解くよう説得に協力して欲しい。保護の見返りは新たな商業販路ルート――。

 そんな内容で手紙を出すのはどうかと、ミラン王太子が提案した。

「ああ、それ良いんじゃない?どこにもカドは立たないし、ユングベリ商会の人間を同行させる理由にだってなるもの」

「………」

 それ、拒否権ないよね⁉︎と心の中で叫んだ私に、すぐ側にいたマトヴェイ外交部長が、緩々と首を横に振った。
 もう諦めようと言わんばかりだ。

 今のアンジェス組は、ベルセリウス将軍の侯爵位が最高位。

 公爵相当のフォサーティ宰相や、王太子殿下に何か言える筈もなく、爵位が考慮されないナザリオギルド長に対しても、それは同様だからだ。

「王宮に軟禁される代わりに、北部地域へ行けって事なんですね……」

 思わず乾いた笑い声を洩らした私に、ミラン王太子以下、バリエンダール組の視線が集中した。
 ややあって、ナザリオギルド長が低く笑い始める。

「ジーノ、殿下もよかったですね、説明の手間が省けて」
「いや、不本意なんですけど⁉」

 私はうっかり、ナザリオギルド長を睨んでしまった。
 どうにも迫力に欠けたみたいで、肩をすくめられてしまったけど。

「だってさ、どのみちその『やんごとなき方』が一緒でないと〝転移扉〟使って最短でアンジェスには戻れないでしょ?王宮で待機していようが、北部地域に迎えに行こうが、大差なくない?」

「だーかーら、不本意だって言ってるんです」

「ああ、アンジェスで商談があったんだっけ?そこは、必要なら僕が一筆書くよ。どうか今回の帰国の遅れで頭ごなしな破棄はせず、内容で判断して頂けませんか…って。何なら王太子殿下も署名してくれるんじゃない?」

「⁉」

 突然話を振られたミラン王太子が動揺していたけど、ナザリオギルド長の話はもっともだと考え直したのか「…必要とあれば、やぶさかではない」と、頷いた。

(……一筆どころか、目の前で土下座するとかにならなきゃ良いけど……)

 バリエンダール王宮内に吹雪が吹き荒れたらどうしよう、と思いながらも、さすがにそれは口に出来なかった。

「……そうですね、必要が生じた場合にはぜひ」

 顔色の悪いアンジェス組は、きっと皆同じ事を考えていると思いながらも、この場ではそれしか口に出来なかった。

「――ユングベリ嬢」

 私がちょっと顔色悪くなっているのを、どうやら違う方向に受け取ったらしく、不意にジーノ青年が私の前までやって来て、片膝をついた。

「⁉」

 そのうえ、両手を包み込むように握られてしまったので、思わずギョッとなって、手を振りほどいて背中に隠してしまった。

「……ああ、驚かせてしまって申し訳ない。もし、北部地域に赴かれる事への不安がおありなら、私がユレルミ族の名にかけて傷つけさせたりはしないと、そう申し上げたかったのです」

「あ…有難うございます」

「バートリは、物心ついた時には北部地域から離れていたようですし、彼の両親を知る者が今のネーミ族の中にいないか確認させて、話し合いに呼ぶ様にしますよ。ハタラ族はチェーリアの一筆があれば、親戚筋の誰かが出て来てくれるでしょうから、付き添いまでは頼まないつもりです。彼女自身は、こう言った部族間の話し合いには向きませんから……っと、そう言えばバートリがここにはいませんね」

 手を振りほどかれてしまった事に、表向き表情は変えないまま、ジーノ青年が部屋の中を一瞥した。

「あー……」

 私は、さも、困ってますと言ったていで天井を仰いで見せた。

 多分、もしかしたらまだ証拠らしい証拠は掴めていない可能性もあるけど、シェーヴォラあるいはその先に向かうにあたってバルトリの存在が必要不可欠であるなら、王家の暗部なり護衛なりに、ロマージ子爵の根城に乗り込んで貰わざるを得ない気がした。

「ユングベリ嬢?」

 案の定、ジーノ青年がそこに喰いついてきてくれた。

 ミラン王太子やナザリオギルド長も、私が何を言い出すのか――と言った表情を浮かべている。

「彼、されまして」

「「「は⁉」」」

 そしてフォサーティ宰相以外は、しっかりとそれが声に出ていた。
 宰相サマは、無言のまま目を瞠っているだけだ。

「と言っても、本人いたってピンピンしてるんですよ。こっちに連絡が出来るくらいなので。何でも先代陛下の御落胤オトシダネ、北部地域の血を引く庶子だと誤解されて、連れて行かれたらしいですよ」

 何⁉と、この中で最も動揺したのはミラン王太子だった。

 それはそうかも知れない。
 先代陛下と北方遊牧民族達との因縁に関しては、彼が最も秘密を多く抱える立場にいるだろうから。

 連れて行かれたんじゃなく、売り込んだ…とは、口が裂けても言えないけど。

「で、どうやら下っ端の中には〝ソラータ〟にいたと、バルトリが記憶している連中もいたらしいので、背後関係がありそうだって、しばらく様子を見てみるって、そんな連絡があって」

「どうして……ユングベリ嬢、それなら私に連絡をくれれば……」

 懇願するかの様にこちらを見上げてきたのは、ジーノ青年だ。
 私は緩々と、首を横に振って見せた。

「その気になれば、本人いつでも抜け出してこれるでしょうから。それに多分バルトリも、フォサーティ卿が軟禁処分になっている事を知って、何かしら手土産をと思ったのかも知れませんし。気が済む様にさせるのが、この場合は最適解だと思ったんですよ」

 こう言っておけば、万一ベッカリーア公爵家にまで糸が繋がったとしても、バルトリがたまたま囚われた先で証拠を掴んだ――で、押し通す事が出来る筈だ。

 証拠を掴んでも、今引き上げさせても、こちらからはバリエンダール王宮側に貸しを作る事が出来る。

「では、どうかすぐに引き上げさせて下さい。こちらから連絡が取れると言う事ですよね?こちらには認識疎外の魔道具があります。今、囚われているバートリをこちらの手の者と入れ替わらせますから、それで北部地域にも出発出来ますね?どのみち、私自身がユレルミ族の族長に手紙を出して、直接転移の了解を得ないといけない。双方、ちょうど良い時間で出来ると思うので、お願い出来ますか?」

「うむ。宰相家ウチの手の者から人を回そう。殿下、宜しいですか?」

「そうだな。ジーノ自身の失地回復と、宰相家としての評価を回復させるには、その方が良いだろうな。ではユングベリ嬢、その者への連絡を頼めるか」

「――かしこまりました」

 どうやらそこが妥協点と、頭を下げるより他はなさそうだった。
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