聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

439 ギルド長ペースで進んでます

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「えーっと……ジーノ?」

 あ、さすがにナザリオギルド長もちょっと動揺してる。

 まあ確かに、ジーノ青年に会いに来た筈が、王太子殿下の執務室に通されて、フォサーティ宰相までいた日には何事かと思うよね。

「陛下はどうしても外せない公務と議会があるから、今はここで話をさせて貰う。起きた事態を公にすべきではないとの判断もある」

 しかもジーノ青年ではなく、ミラン王太子が口を開いているあたり、疑問も更に積み重なっている事だろう。

「すまないが、色々あって、今、フォサーティ宰相家は身動きが取れない状況にある。話の窓口は全て私とさせて貰うよ」

「………」

 ナザリオギルド長が、確かめる様にジーノ青年に視線を向けている。

「……事態が落ち着いたら、いずれ食事でもしながら弁解させて貰えるかな」
「なるほど、何か足元をすくわれた…とかかい?」
「せめて、互いの常識の違いを読み損ねた…とでも」
「ああ、だから言ったろう?馬鹿を馬鹿にするのもほどほどに、って」

 もともと呼び捨てにしているところからも、そうかなと思ってはいたけど、どうやらナザリオギルド長とジーノ青年との間には、それなりの友諠が存在している様に見えた。

「有難くも一つ学習したよ、ナザリオ。そう言う事だから、王太子殿下に全て報告をしてくれるかな?シェーヴォラギルドに届いている、これまでの情報に関して」

「まあ、キミが良いならそうするけどね……大変失礼致しました、王太子殿下。もしや何か圧力でも、と愚考した次第で」

 万国共通、ギルド長は国王陛下にのみ膝をつくものとする――。

 その不文律がある以上は、内心はどうであれ、ミラン王太子の方からはナザリオギルド長に対しては必要以上に強く出られなかった様だった。

 と言ってもここで激昂しないあたり、彼の器はそれなりに大きいとみて良い気がした。

「まあ、納得したなら、改めて話を聞かせてくれるか」

「分かりました。と言っても、シェーヴォラギルドからの情報と言うのは、基本的には手紙に書いた通りなんですよ。北部地域へ抜ける街道が封鎖された事、イラクシ族の内部抗争が起きているらしい事、どうやら封鎖前にその道を抜けたらしい『やんごとなき身分の人間』がいる事――とね」

 微かに眉根を寄せるミラン王太子に、ただ…と、ナザリオギルド長は補足する様に口を開いた。

「それまでに、王都商業ギルドの傘下にある、イラクシ族出身の男性が経営する店で揉め事があったんですよ。強引に店を奪われそうになっていて…って、それ自体はまあ、このユングベリ商会の商会長やら従業員やら護衛やらのおかげで未遂に終わったんですけどね」

「……新しく出すお店の物件探しに出ていた先で、本当に、たまたまです」

 ギルド長の話の途中から視線を感じるようになっていたので、私はなるべく軽めの口調で、片手を振っておいた。

「で、そこで捕まえた連中に話を聞いていると、どうやら、その店の男性を連れ戻して、一族の中で権力を持ちたい連中と、その結果店が空き店舗になったところで、その場所を〝痺れ茶〟の取引場所として使いたい連中とが、少数民族憎しの〝ソラータ〟と手を組んだらしいって言う事が分かって」

「待っ……じゃあ、イラクシ族の一部勢力と、ベッカリーア公爵家関係者とが手を組んだのか⁉」

 目を瞠るミラン王太子に、ナザリオギルド長は首を横に振った。

「そこまでの証拠はまだありませんよ、殿下。店舗に押しかけてきていたのは〝ソラータ〟にしろリーサンネ商会にしろ、あくまでも下部組織に相当するところの連中でしたからね。それにそもそも、その公爵家って、先代陛下派筆頭勢力、北方遊牧民族なんて、利用する事はあれど協力する事はないんじゃないですか?僕としては、今回の件の責任をイラクシ族に全部被せてしまって、北方遊牧民族全体への不信感を煽った末に、ジーノを始め王都中枢にいる少数民族関係者を追放したいんじゃないかと、そんな気がしますけどね」

「……何故ギルド長がそこまで王宮の内部勢力に詳しいのかも気になるが……」

「まあ、僕の就任事情自体が異例中の異例でしたからね。僕の代に限っては、その辺り諦めて下さい。何かお考えなら、次代以降に…って、それはそれでシレアンが困るのか。でもまあ、そこは王太子殿下とシレアンとの間で上手い距離感を図っていって下さい」

 すごいな、ナザリオギルド長。
 その情報網はどうした、って言うミラン王太子の疑問を「諦めて下さい」で済ますあたりが。

「なるほど、助言は有難く承っておこう。こちらは、その『やんごとなき方』がシェーヴォラの領主屋敷に戻ったと言う定期連絡がない事で、まず事態を把握した。その次に街道封鎖とイラクシ族による内部抗争が決着するまで通過はまかりならぬ!と叫んでいる者がいると、これも領主屋敷の者が連絡をしてきた」

「ああ、王宮側は領主屋敷から情報を得たワケなんですね」

「そう言う事だ。どうやらギルドの情報と齟齬もないようだし、イラクシ族が内部抗争を始めて、街道封鎖が為されたのは間違いないようだな」

「そうですね。ですが、その『やんごとなき方』を、内部抗争勢力が利用しているフシが見受けられない事を考えれば、街道を通った事自体を知られていないか、他の部族に匿われているか…って言う可能性は考えられますね」

「ギルド長は……完全な別件と考えている訳か。そして、まだこれから利用される可能性がある、と」

「まあ、多少なりと頭の回る人間がいれば、その『やんごとなき方』を楯に、王宮側から自分達の存在を認めさせる、あるいは対抗勢力を潰させようとする可能性もあるかと。そうすれば、自分達の血を流す必要がなくなりますからね」

 そして、憎まれるのは王家――。

 ナザリオギルド長の指摘に、ミラン王太子の表情かおがハッキリと強張っていた。

 ただ、とナザリオギルド長はすぐに軽く肩をすくめていた。

「そんな頭の回る人間がいれば、そもそも街道封鎖なんてやってないと思いますし、まあ少なくともイラクシ族の関係者は、その『やんごとなき方』の事はまだ分かってないんじゃないですかね」

「分からないままでいてくれる方が良いな。そもそもイラクシ族は、テ…あの方に悪感情は持っていない筈だから、身の危険は少ないとは思うんだが、万一交渉の楯にでもされれば、が黙ってはいまい。民族ごと葬られても文句の言えない事になるからな。陛下の融和政策すら崩壊しかねない」

 ミラン王太子の言い方からすると、アンジェス国の先代宰相と結婚する筈だった姫と言うのは、北方遊牧民族、それもイラクシ族の血が入った姫だったのかも知れない。

 なるほど、テオドル大公が頻繫に墓参に訪れていた事を知る年代ならば、大公を害する意志は少ないだろう。
 あるとするなら、若手の暴発あるいは巻き込まれだ。

「ねえ、王太子殿下」

 難しい表情を見せるミラン王太子に、ナザリオギルド長が、さも何でもない事であるかのように問いかけた。

「王宮の〝転移扉〟をシェーヴォラより先には設定出来ないんですか?ジーノがいれば、今回限りの特例措置とかなんとか、押し通せませんか」

「…王宮の兵でも送り込めと?」

「まさか。頭に血が上っているイラクシ族の揉めてる連中の事は、この際置いておきましょうよ。ユレルミ族のジーノ、ネーミ族のバルトリ、ハタラ族に顔が利きそうな誰かは王都にいないのかな?その辺りに北部に入って貰って、イラクシ族を押さえて貰ったらどうかと思って」

 それと、とナザリオギルド長の視線がこちらを向く。

「王都商業ギルドからは、このシレアン・メルクリオに、ユングベリ商会からも――バルトリ一人って訳にもいかないだろうから、ユングベリ商会長にも来てもらったらどうかな?商売をする気があるって言うのは良いアピールになるだろうし、イラクシ族に孤立感を与えるにも役立つと思うんだよね」

「……え」

 もしもし、ナザリオギルド長?
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