聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

437 街道封鎖

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「え……」

 多分私の顔色は、かなり悪くなっていたと思う。
 隣で手紙に目を通していたナザリオギルド長も、口元に手をやって、考え込む仕種を見せている。

 それを見て、さすが大商会の会長と言うべきか、機を見るに敏なラヴォリ商会長が静かに立ち上がった。

「お二人とも、よければこの部屋をこのままお使い下さい。貸切の時間はもう少しありますから」

「ラヴォリ商会長……」

「ユングベリ商会長、いずれまたアンジェスの本店でお会いしましょう。頂いた設計図は私の方で商会長代理カールフェルドに送って、早速試作に取り掛からせます。店舗開業、楽しみにしていますよ」

 自分で協力出来る事があれば、この宿に泊まっているから、部屋に連絡してくれ――。
 そうも言って、ラヴォリ商会長はこの部屋を後にして行った。

「ナザリオギルド長。申し訳ないんですが、この後――」

 さすがにこの後、ギルドに行くのはお断りしないとまずい。
 馬車を呼んで貰って、王宮に戻る必要があるだろうし、何よりシーグにも道すがら事情を確認する必要がある。

 テオドル大公と連絡が取れない、などと言う事は、個室とは言ってもさすがに街中では話題にしづらい。

「――ユングベリ商会長」

 そう思って口を開きかけた私を遮る様に、ナザリオギルド長が空いている椅子を指差した。

 さすがに断ろうかと思ったけど「もしかしたら、そっちのトラブルと無関係じゃないかもよ?」と、気になる言い方をされて、腰を下ろさざるを得なくなった。

「ここに来る前に、シレアンにシェーヴォラの商業ギルドに連絡を取らせてたでしょ?で、その返事が返って来たみたいなんだけど――ちょっとコレが、まずい状況になってるみたいで」

「……まずい状況」

「うん。簡単に地理を説明するとさ、北方遊牧民族達が暮らす地域の手前、あの山越えたら各部族の活動区域に入りますよー…って街がシェーヴォラなんだけど」

 本当に簡単な説明だけど、何となくイメージは掴める。

 ただ、今は頭の中がテオドル大公の安否の事でいっぱい。
 はあ…なんて、ちょっと熱の薄い返事になった感は否めなかった。

 けれどそこを突いてこないあたり、ナザリオギルド長にも何かしらの動揺があったのかも知れない。
 そのまま話を続けている。

「あの辺り、海岸線が複雑怪奇に入り組んでいてね。海流も風向きも一定しないし、海側からある程度の所まで行こうにも、サレステーデに流されたり、方向を見失って遭難したりがオチだから、シェーヴォラを通って陸路を取るしか行く方法がないんだよ。今のところは王宮側が各部族を訪れる時でも〝転移扉〟の使用は不可、まだそこまでの信頼関係はない…的な理由でね。シェーヴォラまで移動して、馬や馬車を使ったりする。だからね、シェーヴォラの商業ギルドは結構バリエンダールの中でも重要視はされているんだけど」

 なるほど、だから「代表的な部族への連絡がとりやすい」とシレアンさんも言ったのかと、そこは私も腑に落ちた。

 そんなギルドからの連絡で「まずい状況」となると――。

 無表情になった私の内心を読んだのか、ナザリオギルド長が「うん」と、小さく頷いた。

「何の前触れもなくいきなり、北部に抜ける街道が封鎖されたらしい。シェーヴォラのギルド長からの連絡によると、どうやらイラクシ族の中でお家騒動的な争いが勃発していて、決着するまで何人たりとも通過はまかりならん!的な状況になっているらしいよ」

「街道封鎖……」

「そりゃあ、イラクシ族自体は王都側との交流が薄いって言っても、街道が通っていれば物資も情報もいくらでも運ばれるワケだしさ。相手にそれが渡らないのと同時に自分達の退路も断っちゃうワケだから、諸刃の剣的なやり方ではあるけど、それだけ追い詰められているんだって取る事も出来るよね。…コレ間違いなく、王都コッチの『イユノヴァ・シルバーギャラリー』の騒動も関係してるよ」

「北と南――王都を同時に押さえて優位に立ちたかった、とかですか」

「可能性はあるよ。他の部族だったらもう少し時勢が読めただろうけど、イラクシ族はどちらかと言えば閉鎖的だし、何年か前に四つの部族で王家と融和政策の話し合いに一度来て、多分それっきりじゃないのかな。何かあればジーノが連絡を入れるって話で」

 イラクシ側にしてみれば内輪の争い、王都は関係ないってスタンスかも知れない。だけどイユノヴァさんの店に圧力かけたり街道封鎖までやっていては、事実上、王宮側に介入の余地を与えたようなものだ。

「……結構崖っぷちじゃないですか、イラクシ族?」

 もし、付かず離れずの友好関係をと思っていた部族が他にあったなら、間違いなくこの件は激怒ものだ。
 うっかりサクッと該当者を追放したくなっても不思議じゃない。

「うん、そうだね。僕がハタラ族とかネーミ族とかの関係者なら、これを機にイラクシを乗っ取って、王家に許しを請うだろうね。うん、きっとジーノも宰相家ではなくユレルミ族の一員としての立場で考えたら、そうする筈だよ」

「……スミマセン、声に出てましたか」
「まあ、まだ耳が遠くなる年齢には程遠いしね」

 ふふ…と、ナザリオギルド長に苦笑されてしまった。
 が、すぐにその表情が元の厳しいものに戻る。

「ともかく街道封鎖自体がとんでもない悪手なんだってコトは僕らでも分かるよね。バリエンダール側から北部地域側に入っちゃってる一般市民とか商人とかだっているワケだし。みんな日常生活があるんだから」

 基本、街の検問所では地元民や商人はギルドカードや通過許可証があれば通れるらしく、名前を控えたりするのは一見さん的な訪問者のみと言う事で、日常的にどのくらいの人数が北部地域との間を出入りしているのかは、ざっくりとしか分からないらしい。

「で、ゴメン。ここからがある意味本題なんだけどさ。今日、シェーヴォラの街の領主屋敷から一台、馬車が北部地域に向かって出ているらしいんだよ。これ、ギルドが携わって開発した、王族、高位貴族向けの馬車なんだけど、街を走るだけで情報としてギルドにも届くんだよ。何せ高級仕様だから。当然検問所でも確認はされてて、どうやら他国から来た、それなりに立場のある人物が、イラクシの活動範囲にあるヘルガ湖畔に日帰りで向かうって話だったらしくて」

「……っ」

 思わず息を吞んでしまった時点で、私もしくじったなとは思う。

 多分まだ、他の皆はピンときてない。
 イオタの声が聞こえていなかったなら、当然だろう。

「ねえ、ユングベリ商会長」

 ギルド史上最年少の天才ギルド長の、容赦のない声が響く。

「今日はあの、サンはどうしたのかな……?」

「―――」

 私は思わず天を仰いでいた。

「それは……王宮案件ですね」
「ここじゃ話せない?」
「ここにいても、ただの推測です。多分フォサーティ卿に聞く方が確実です」

 何せ私は、お墓参りに行くとは聞いたが、場所の詳細は聞いていない。
 ヘルガ湖かどうかまでは答えられないのだ。

 本当は、ミラン王太子に聞くのが一番確実だろうけど、それこそここでは言えないので、ナザリオギルド長がジーノ青年に会おうとすれば、そのままミラン王太子も同席する事になるだろう。

「じゃあ、どのみち王宮でジーノには会わないといけないワケだ」
「そうなりますね」

 答えた私を一瞬だけ見たナザリオギルド長は、どうやらそこに誤魔化しはないと察してくれたっぽかった。

「…分かったよ。じゃあ、ギルド経由で行くけど良いかな?そこからジーノ宛に至急の先触れを出して、シレアンを拾っていくよ。あの地域の話をするなら、シレアンの方が僕よりも詳しいしね」

 否なんて、言える筈もなかった。
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