聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

435 ホントについて来た

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「あ、僕と一緒に来た彼らは、ジーノから借りた王宮の護衛官なんだけど、とりあえず捕まえてくれたこの連中、王宮引き渡しで良いかい?」

 ナザリオギルド長の確認に、私はマトヴェイ外交部長と顔を見合わせた後、謹んで彼らを「進呈」した。

「ジーノに午後から時間とってって、伝えておいてくれる?この件で話あるから、って」
「承知致しました。確かに伝えさせて頂きます」

 捕らえられていた連中と伝言を持って、王宮護衛官たちが下がって行った後、ナザリオギルド長はそれは清々しい笑みを見せた。

「それでユングベリ商会長は、その取引先の人とどこで会うの?」
「え、ホントに来るんですか?」
「何でこんな所で、冗談とか社交辞令とか言わなくちゃいけないのさ」

 商人の時間は貴重でしょう?などと言われると、私としては反論のしようがない。

 リギエリと言う宿です、と私が仕方なく口にすると「ああ!」と、場所を知っているとばかりに頷いた。

「宿自体の格もあるけど、あそこのレストランでティータイムに出される菓子類って、王都でも有数と言われてるんだよね!え、そこの個室で会うの?凄いね、ちゃんと敬意を払われてるよ?何の話か知らないけど、接し方には注意した方が良いだろうね」

「……っ」

 何気に重要情報を会話に交ぜられて、一瞬言葉に詰まった。

 ここで、誰と会うのかすぐに聞いて来ないあたり、ナザリオギルド長も気を遣ってくれたんだろうと思う。

 イユノヴァ青年が、ここでそれを耳にしたからと言って、あちこちに吹聴する様な人には見えないけれど、物事に絶対はないのだから。

 この後どこに行く…くらいなら、何とでもなると思っているんだろう。

「シレアン、聞いたよね?僕とユングベリ商会長がそこに行っている間に、とりあえずシェーヴォラの商業ギルド長に連絡とって、エプレの契約農家と民族衣装の縫製職人を探しているって伝えてくれる?あそこは職人ギルドもまとめて傘下に入っているから、手間省けるでしょ」

「ああ、そうですね。あそこが一番、代表的な部族への連絡が取りやすい立地でしたね」

「うん。新規事業だから、大口抱えて、片手間になりそうな所は避けて貰ってくれる?絶対成功させて、王都で一旗上げてやる!くらいの気概がある所が良いかな」

「分かりました」

「ああ、あと、イラクシ族はそこから省くよう言っておいてよ。代わりに今の勢力図と、何を主体に、どこを経由して売っているか、最新情報を確認させて?場合によっては、イユノヴァオーナーに手出ししないよう、王都から圧力かける事も考えないとだしね」

「―――」

 一見無邪気な軽い口調の様で、目が笑っていない。
 伊達に史上最年少で王都商業ギルド長に就いた訳ではないのだと、その場にいた皆が、一瞬、口をつぐんでいた。

「じゃあイユノヴァオーナーは、僕かシレアンが連絡するまで、今まで通りにしてくれる?自警団か〝ダーチャ〟か、巡回は増やすようにするから。新規取引や買収の話が出ても、断固拒否。ギルド長案件で良い話がまとまりそうだから、で全部押し通して」

「わ、分かりました」

「じゃあ、ユングベリ商会長、そう言う事だから一緒にリギエリに行くよ?多分、その商談が終わる頃には、ある程度の情報集まってる筈だから」

「え⁉︎」

 そんなに早く⁉︎と言う意味をこめて目を剥く私に「当然。逆に何日もかかるとか言われた日には、左遷だよ左遷。情報の早い遅いは商売人にとっては死活問題になるんだから」などと、ナザリオギルド長は片手をヒラヒラと振っていた。

「王宮へ行くのは、その情報聞いてからかな」

「………」

 結局、ナザリオギルド長が付いて来るのも、後で王宮に行くのも、どうあっても決定事項らしい。
 殊更、見える様にため息を溢してみたけど、ナザリオギルド長のスルースキルは見事なもので、とても太刀打ち出来そうになかった。

*        *         *

「申し訳ありません。お待たせしてしまいましたでしょうか?」

 バリエンダール指折りの老舗宿のレストランでは、待ち合わせ相手が既に到着していた。

「いやいや。こちらから、場所と時間を指定した以上はね。先に来ておくのが作法と言うものでしょう。気にしないで下さい」

 ちょっと、某国民的アニメの、婿入りじゃないけど奥サマの実家に暮らすダンナさんみたいな印象のオジサンだ。
 メガネにつるがないのは、現時点では仕方がないけど。

 ラヴォリ商会商会長、マキシミリアン・ラヴォリと、〇スオさんは名乗った。

「え」

 そこで「予想外」と言ったナザリオギルド長の声が部屋に響いてしまい、当たり前だけどラヴォリ商会長の視線もそっちに向いた。

「す、すみません、ラヴォリ商会長。この方はですね――」

「ああ、悪いね、ラヴォリ商会長?ラヴォリ商会ってアレだよね、アンジェス最大の販路を持つ商会。ヘルマン侯爵領にいた頃、何度か覆面調査で領都の商会覗かせて貰ってたよ。突然お邪魔をして失礼、僕はナザリオ・セルフォンテ。ここバリエンダールの王都商業ギルド長だよ」

「え……」

 今度はラヴォリ商会長が「え」と声を溢す番だ。

 それは、そうだろう。

 ユングベリ商会の商会長が私みたいな小娘だって言う事だけでも、事前情報があって、かろうじて驚かずにいられたのだろうに、バリエンダールの王都商業ギルド長を名乗る人物が、私と変わらないくらいの青年とあっては、さすがに反応に困るだろう。

「えっと……一応ギルドの二階でこの方に会っているので、ホンモノだとは思います」

「ちょっとユングベリ商会長。それ酷くない?そこはちゃんと断言してくれないと」

「二回しか会っていない人間に酷なコトを求めないで頂けますか。本人である事の証明って存外難しいんですよ?影武者じゃない保証とかって、あります?」

 DNA鑑定だのマイナンバーカードだのと言えない世界での本人証明など、悪魔の証明と同じだ。
 周囲の人間の性善説に頼るしかない。

「まあ、それはギルド長だけじゃなく、私にだって当てはまる論理ですけどね。だからニセモノだとは言っていませんよ?」

「イヤな言い方だね。まあ、嫌いじゃないけど。そんなワケでラヴォリ商会長も、こんな姿形ナリだけど、信用はして欲しいね」

 話を振られたラヴォリ商会長は、一瞬だけ呆然としていたけれど、そこは海千山千の商人、すぐに「なるほど」と立ち直っていたみたいだった。

「その、バリエンダールの王都商業ギルド長は、ユングベリ商会長と何故ご一緒に……?」

「ああ、うん。午前中別の商談はなしをしていたんだけど、終わらなかったんだよ。だけどユングベリ商会長が、午後から別の商談があるから、時間延長不可だって言うからね。じゃあ、その商談に僕も同席するよ、と。不正は出来ないけど、商法の範囲内で僕に出来る事があれば、協力は惜しまないよ?でないと、僕の商談の続きが出来ないからね」

 とりあえず最初は口出ししないから、とナザリオギルド長はスタスタと部屋の隅に行き、二番番頭を装うマトヴェイ外交部長の隣にドサリと腰を下ろしている。

 この自由人の天才ギルド長には、さぞや手を焼いていそうだな……と、今ここにいないシレアンさんに、私は内心でちょっと同情していた。
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