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第二部 宰相閣下の謹慎事情

433 家出息子の事情

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 事前にシレアンさんから聞いていた通り、北方遊牧民族イラクシ族の家出息子・イユノヴァ青年に、故郷に戻る意思はこれっぽっちもなかったらしい。

 二階で休んでいる女性と言うのは、彼の恋人だそうで、結婚の話もしていて、近い将来、店も手伝ってくれるとまで言ってくれているそうだ。

 今までは、店舗を丸ごと借りていても、稼ぐお金の使い道も限られていたが、結婚をして、いずれ子供が出来るかも知れない事を考えれば――と、店舗スペースの共有による賃貸料の削減を考えるようになっていたらしい。

 周辺店舗の中には、そういったスタイルで販売をしている所がいくつもあって、時々世間話に挟まって、そんな話を聞いて、興味があったんだそうだ。

 そんな中、王都のどこかで、イラクシ族に近い部族の誰かに見つかっていたらしい事、族長が病に斃れて後継者争いが起きているらしい事から、怒涛の「帰って来い」攻撃が始まったとの事だった。

「僕は直系の人間ではないと何度も言っているのに、直系の姉妹どちらかの婿になれば良いなどと、僕の意思は最初から無視された状態で……」

 イユノヴァ青年曰く「直系男子は側室の子」「女子は正妃の子」と言う事で、なかなかに揉めているらしい。

「イユノヴァさんが、元々、店舗の共有を考えていたところに、やまない引き上げの要請。それなら、力のある商会か個人店舗に、イユノヴァさんの店もまとめて抱えて貰うのはどうかと、ギルド長と話していたんだ」

 そのタイミングで「ユングベリ商会」がやって来た、と隣でシレアンさんが微笑わらった。

「お話は理解しました。確かに、その揉め事の話を横に置くとすれば、ウチの商会が出したいお店と、ケンカをしない、良い話だと思います」

「そうだろう?」

「ただ、こんな連中にしょっちゅう押しかけて来られると、さすがに困りますよ。いつまでたっても本業に力を入れられないとか、本末転倒なコトになるじゃないですか。そう考えると、確かに一回は故郷に行かれた方が良いんでしょうけど、今の状態で、正論かざして説得しに帰ったところで、二度と北部から出して貰えなくなる可能性の方が高いでしょうし、そこはもうちょっと考えた方が良いと思いますよ?」

「イラクシ族の内輪揉めが片付けば〝イユノヴァ・シルバーギャラリー〟との共同出店は首肯してくれる、と?」

「そうですね。もちろん、条件書の熟読はさせて貰いますけど、まあ、基本的には。こちらも出店場所を探しているのは間違いない訳ですし」

 結婚にあたっての生活資金を考えて、建物丸ごと賃貸をやめようと考えた事自体、不自然な話ではない。
 そもそも王都商業ギルドのお墨付きがある時点で、条件としては一級品だ。

「そうか!しかし今の話を聞いているとユングベリ商会長は、イユノヴァさんが例えば結婚の話や、王都での商売が既に成り立っている事を説明しても、相手から納得を引き出す事は難しいと考えているように聞こえるな」

「それは、そうですよ。そもそも大前提がかみ合ってないんですから」

 私がそう言うと、シレアンさんもイユノヴァ青年も、一瞬怪訝そうな表情を浮かべた。
 説明してくれ、と二人共の目が語っているので、私は軽く咳払いをして、話を続けた。

「北部の人達にとっては、このお店の経営が上手くいっていようが、いっていまいが、どうでも良いんですよ。必要なのは、北方遊牧民族イラクシ族の中で、族長だか側近だか知りませんけど、有力家系に入れる婿だってところなんですから」

 その上、その婿候補が王都在住で北部地域の事情に疎いとなれば、尚更、傀儡に出来ると躍起になる筈だ。

「だから、こちらの店長さんが北部に戻ったところで、一族の中で権力は握れないと言う事を相手が理解しない限りは、いつまででも、何度でも、こう言った攻勢は続くと思いますよ?」

 件の茶葉に関しては恐らく、たまたま、茶葉を流通させて活動資金を稼ぎたいベッカリーア公爵家と、イユノヴァ青年を王都から引き上げさせたい誰かとが、繋がったんだと言う気がしている。

 もしかしたら、イラクシ族側の依頼者と〝ソラータ〟の受け手側との間でも、互いの素性を分かっていなかった可能性がある。
 ただただ、裏で利害が一致しただけじゃないかと。

「まあ、その辺りはジーノ・フォサーティ宰相令息にでも音頭を取って貰えば良いんじゃないですかね?」

 北部にも王都にも顔が利く彼ならば、その辺りの背後関係は上手く探れるだろうし、茶会で「もう一人の宰相令息」がやらかした失態を補うのにも、ちょうど良い筈だ。

「上手くいけば、向こうイラクシが静かになった時点で、行かずに済むかも知れませんし。あ、もちろん、事態が落ち着いたところで和解して、婚約者さんを紹介しに行きたいとか、そんな話になったなら、それはそれで良い事だと思いますけど」

 熱意だけで突撃しに行く事は感心しない――。

 そう言ったら、シレアンさんもイユノヴァ青年も、目を瞬かせて無言になっていた。

「――お嬢さん」

 そこへ、お店の中で捕まえた連中からバルトリが、私の背中近くに立って、従業員風な口調で話しかけてきた。

 別室へ連れて行っていたので、どう話を聞いていたのかは、私は知らない。
 きっと一生知らないままかも知れない。

 こちらへと屈み込んで、やや声をひそめる。

「あの連中、ここの店主を脅していたのは『リーサンネ商会』の買収担当、二階うえにいたのは〝ソラータ〟の雑魚でしたね」

「そっか。そこがつるんでいるのは、それでハッキリしたワケだ。目的はやっぱり〝痺れ茶〟かな?」

「ああ、サタノフからその名称を聞いてしてみたら、確かに認めてましたね。ここは海が近い。マルハレータ伯爵家が出資した、商会名義の船がどうやら港に停泊されているらしくて、パオリーノ島で生産されたその茶葉をここに運んで、ここを拠点に様々な所に流通させる目論見だったとか。稼いだ額の何割かは伯爵家に上納される予定だったらしいですよ」

「じゃあ、後でバルトリにはその更に上、マルハレータ伯爵家からベッカリーア公爵家への資金の流れを確認してきて貰おうかな。ウチからは、マルハレータ伯爵家とベッカリーア公爵家との関係をペラペラと王家側に教える訳にはいかないから、調べがつくまではウチで先行しておこっか」

 ギーレンの王子の妃候補を探して、勝手に上位貴族を調べているなどと、口が裂けても言えない話だ。
 
 マルハレータ伯爵家とベッカリーア公爵家との間に縁戚関係がある事くらいなら、普通に調べていたってその内行き着くだろう。

 それまでに何か揉み消されそうな怪しい動きがあれば、裏からコッソリ潰すかリークすれば良いと思うより他なかった。

「そうですね。漠然とベッカリーア公爵家を調べろと言われるよりは、この短時間だとよほど有難いですね」

「ん。じゃあ、よろしく。あと一応、店舗はここに構えようと思っているから、今日強襲してきた連中の二陣三陣が計画されてないか、その両家の側からも確認しておいてくれる?多分リーサンネ商会と〝ソラータ〟は、こっちでギルド長側の誰かが確認するだろうし」

「……本当によろしいんですか、この場所で」

 そう囁いたバルトリの声が、たまたまシレアンさんの耳に届いたらしい。
 やや期待に満ちた視線がこちらに向けられたので、私は軽く片手を振った。

「最初に言った通り、リーサンネ商会と〝ソラータ〟と、あとイラクシ族内での揉め事がある程度見通しが立ってからの話ですよ?それとシレアンさん、肝心な、こちらの店主さんのご意向もまだ伺ってませんよ?ウチみたいな新興商会で良いのか、と言う話ですよ」

「あ、それなら僕は――」

 私の問いかけに、イユノヴァ青年が何か答えかけたその時、店の扉が大きく音を立てて開けられた。

「――シレアン、無事かい⁉」

 慌てたような声と共に、ナザリオ・セルフォンテ現バリエンダールギルド長が、中へと飛び込んで来た。
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