聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

430 シェアオフィスはいかがですか

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 エドヴァルドへの手紙を出して、また新たな手紙を持って引き返して来た私を見ても、慣れているのかギルド職員の手紙担当の女性は、特に何も言わなかった。
 淡々と目の前の仕事をこなす――そう言う感じだった。

 もし突き返されてしまったら、明日まではバルトリと双子シーグリックの泊まるホテルに届けてくれれば良いと、そう言付けて、馬車でシレアンさんと物件の下見に向かう。

 一応私の隣には、護衛面と対外的に「二人ではない」と示す意味も含めて、マトヴェイ外交部長が腰掛けてくれていた。

 馬車が走り出してしばらくしたところで「実は…」と、シレアンさんが口を開いた。

「さっきは『候補』とは言ったが、私とナザリオギルド長との共通認識で、もうここしかないと言うか……ぜひここにしてくれ、と言う所があるんだ。初期費用含めて、不都合な部分があれば、擦り合わせるのもやぶさかじゃないから」

「え……」

 それはまた随分と、下手に出ている。
 何かいわくでも――と思った私の内心を悟ったらしい、シレアンさんが苦笑を浮かべた。

「いや、欠陥建築だとか、地上げの危機にあって襲われるかも知れないとか、そう言う事はないから心配しないで欲しい。場所も海鮮市場の近くだから、立地としてもそう悪くないと思う。実はそこは、イラクシ族の伝承を下地にした、銀のアクセサリーの販売と工房を兼ねた店なんだが……今、ちょっと揉めていてね」

 結局揉めているのか、と思った私の予想は、ちょっとだけずれていた。

 ジーノ青年が「北方遊牧民族を代表する部族の内、イラクシ族は基本的に北部から出ない」と言っていた部分は、あながち間違いではなく、部族の中でも有力な家の息子が、家出同然に王都に出て来て、今の場所で店を開いているらしい。

「まあ、それがどこからか家の方に話が洩れたんだ。海鮮市場にはハタラ族の店があるし、そうでなくとも街中を歩いていると、北方遊牧民族の血を持つ人間と、一切出会わないと言うのも有り得ない。遅かれ早かれ、バレてはいただろう」

 何でも、実家や部族の有力者達からの「戻って来い」攻撃が、なかなかに凄いとの事だった。

「もちろん、彼らが王都へ出て来る事はない。だからもっぱら手紙にはなるが、それでもほぼ毎日、店や住居やギルド宛に、それも暗号じみた固有言語の長文が届けば、精神的にまいってくるのも無理はないと思わないか?」

「た…確かに……」

「居場所が露見した以上は、一度も帰らないと言うのもさすがに難しいだろう。だが、彼は自分が築き上げた店を手放す気は微塵もない。腕も良いから、そこそこ固定客も付いているんだ。ギルドとしてもキチンと納税をしてくれる優良店舗を無意味に失くしたい訳じゃない。何か良い落としどころはないかと思っていたところに――ユングベリ商会が、このバリエンダールに店舗を持ちたいと、ギルドに現れた。しかも、北方遊牧民族と取引をしたいと言う」

「あー……」

 何となく、シレアンさんの言いたい事が分かってきた。

「昨日の時点で、実は私もナザリオギルド長も、充分その気にはなっていたんだ。ただ、まあ、冷やかしなのか本気なのか――今日、企画書を持って予定通りにやって来たなら、改めて話を持ちかけようと、そう言う話をしていた」

「そのアクセサリー店をそのまま残す事が条件、とかですか?」

「そのまま、と言うと少し語弊があるか……作品が置けて、修理が出来るスペースさえ確保しておいてくれれば、それで良い。それと彼がイラクシ族のいる所まで、行って戻って来るまでの間、代理販売をして欲しいと言うところかな。修理に関しては、日時がかかっても良いか、他の職人が手がけても良いかを客に選んで貰う形で」

「代理販売……」

「向こうからでも新作は送るとの事らしいから、もし交渉が長引いて、彼が王都に戻るまでに時間がかかったとしても、それならばしばらくは対応可能だろう?代理販売は、まあ一時的な措置で考えている。そもそもの取引としては、彼には今の家賃を下げて、作品を置くスペースと修理のスペース以外の部分をユングベリ商会に明け渡す提案を、ユングベリ商会には、彼の店舗分を家賃から下げる形での提案を――と言うのが正しい」

 要はシェアオフィスか…と、シレアンさんの話を聞きながら、頭の中でそんな風に話をまとめた。

「確かに、ウチも北方遊牧民族にまつわる商品を置くのであれば、その方のアクセサリー売り場がそこに一緒にあっても、不自然じゃないですもんね……」

 それに、そのお店に既に固定客が付いていると言うのであれば、売り場が併設しているこちらの商品を、新たに手に取ってみてくれる事にもなる。
 初期宣伝にかかる手間も費用も、ぐっと押さえられるのだ。

「堂々と、大々的に『王の肝煎り』を謳って北方遊牧民族ゆかりの商品を扱う店とでもしてしまえば、ひょっとしたら改装費なんかは、王家が負担してくれるかも知れない。確約は出来ないが、交渉だけならやぶさかじゃないとナザリオギルド長が言っていたからな」

「そこまでですか⁉」

「ナザリオギルド長は、ギルド長就任の経緯から今までを考えれば、王家に大きな貸しがあるようなものだ。本人としては、この間まで『五体満足な状態でベルィフに戻れれば良い』くらいの欲しかなかったようだが、だからこそ、カードを切る時の効果は大きい」

「………」

 私は口元に手をあてて考えるフリをしながら、今の「改装費を王宮負担で」と言ったシレアンさんの話を頭の中でリピートしていた。

 恐らくここ数日の内に、宰相家の側室夫人とグイド・フォサーティ宰相令息、少なくともこの二人の処分は公になる。
 そして今、裏では、フォサーティ宰相とジーノ青年をどうにかその連座から外させたいと、国王と王太子が話し合いを続けている。

 そこに、イラクシ族の男性の店と、ユングベリ商会によるシェアオフィスと改装の話が耳に入ったとしたら。

 ――どう考えても、融和政策の象徴として恰好のアピール材料になると、飛びついてきやしないか。

「……とりあえず、その方と会って話をしてみてからでも良いですか?」

 内心を押し隠すようにしながら尋ねた私に「もちろん」と、シレアンさんは頷いた。

「その言い方だと、検討の余地がありそうに見える。思いついた疑問があったら、どんどん口にしてくれて良い。もともと、イラクシ族の事情が、世間的に言えば一番説明しづらい事情と言って良い。他に聞かれて困る話はない」

「分かりました。では、思いついた時にはぜひ」

 無言のマトヴェイ外交部長が、隣で私に何か聞きたそうにはしているものの、敢えて口を開かないからには、商会絡みの話じゃないんだろう。

 恐らくは、茶会の話が外に洩れていない事で、何かしら思うところがあるように見えた。

(馬車を降りたら、どこかのタイミングで聞いてみるしかないかな)

 もうすぐ着きますよ、と言うシレアンさんの声に、私は顔を上げて窓の外に視線を向けた。
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