聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

428 ガラスギャラリー見学中

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 今朝の朝食は、あれこれ打ち合わせる必要があった為、王宮でとらせて貰った。

 その後テオドル大公は王宮内の〝転移扉〟を借りて、少し離れた地にあるのお墓参りに出かけて行った。

 何となく、誰のお墓なのかは一連の会話の流れで察しがついてしまったけど、テオドル大公がハッキリとは口にしなかったので、私も聞かなかった。

 こちらはこちらで、連日の王都商業ギルドである。

 案内デスクで「シレアンさんと約束がある」と、ギルドカードを見せながら告げると、昨日とは違った男性職員が一度奥に引っ込み、しばらくして戻って来ると「部署会議がもうすぐ終わると思うが、良かったらそれまで職人ギルドのガラス製品ギャラリーを見ていて欲しい。会議が終わり次第迎えに行く」との伝言と共に、何やら紋様入りの入場券的な紙片を渡された。

「ああ…バリエンダールのギルドに所属している、各ガラス工房の作品をそこで見学できるんでしたっけ?」

 紙片を矯めつ眇めつしている私に、案内デスクの男性は「ええ」と、微笑わらった。

「気に入った製品や気になる工房があった際は、そのままシレアンに仰って下さい。条件が合いそうなら、職人ギルドに仕入れや見学を掛け合ってくれると思いますよ」

「分かりました、有難うございます」

 王都商業ギルドのあるこの建物は、バリエンダール独自の構造と言うか、商業ギルド、職人ギルド、市役所を一つの建物の中に抱えている。

 なのでいったん商業ギルドのある区画を出て、職人ギルドへと向かう事にした。

「こちら王都職人ギルドの区域となっておりますが、お間違えではございませんか?お間違えでないようでしたら、ご用件をこちらで伺います」

 なるほど、こちらの案内デスクも商業ギルドと同じ様な事を言うらしい。
 私は案内デスクにいた女性に、さっき預かった紙片を渡した。

「――ガラス製品ギャラリーの見学ですね、承りました。申し訳ありませんが、破損盗難防止の為、こちらから案内人を一人付ける事と、入退出の記録を付けさせて頂く事になっております。ギルドカードを拝見しても宜しいでしょうか?」

「あ、はい、どうぞ」

 案内デスクの女性は、デスクの引き出しから記帳書の様な紙の束を取り出すと、私のギルドカードを見ながらスラスラと何やら書き写していた。
 多分、名前とか商会名とか、そう言った類だろう。

「有難うございます、こちら、お返しいたします。それではギャラリーは二階にございますので、奥のあちらの階段を、お上がり下さい。扉の前にギャラリーと書かれたボードが掛かっておりますから、お分かりになられるかと。中で再度ギルドカードを見せて頂ければ、案内人がすぐにご案内致しますので」

「分かりました、有難うございます」

 私はお礼を言ってその場を離れると、指示された階段を上がって、二階にあるガラスギャラリーへと足を踏み入れた。

「……なるほど……」

 中でまず目を惹いたのは、丸い大きなガラスの玉に網掛がしてある物だ。
 海沿いと言う場所柄、漁とかで使うのかも知れない。

 後は灯りの道具的な物や、食器なんかが多そうだ。

 日本でよく見かけるお土産用の小物なんかのイメージじゃなく、実用的な物が並んでいる展示部屋と言う感じだった。

「ふむ。ユングベリ商会とはあまり聞かぬが、新規立ち上げかの?儂が今日の案内人、かつ、このギャラリーの管理人でもあるゲールじゃ。何か目当ての物はあるか?当たり前じゃが、各工房共に主力の品物しか置いておらん。逆に欲しい物が決まっておれば、それを作れる者がおる工房の品を中心に見せるぞ?大体の傾向や腕はそれで掴めるだろうしの」

 この世界にドワーフはいない筈だけど、ドワーフだと言われても、うっかり納得しそうな小柄で髭が豊かなご老人がそこにはいて、私のギルドカードをざっと確認して、返してくれた。

 時間があるなら別だが、端の製品から一つずつ見ていくのは非効率ではないか?とも問われ、私はちょっと悩んだものの、それもその通りかと、有難く管理人ゲールさんのアドバイスに従う事にした。

「ざっくり言えば、香水とか液体の薬とかを入れる様な瓶を作れる工房が良いですね。多少凝ったデザインにしたいので、オリジナルのデザインでも、中に何を入れるにしても、柔軟に意欲的に取り組んで下さる方が理想です」

 香水だの薬だのと言うのは、単に説明がしやすいと言うだけの話で、実際に中に入れたいのは魚醤とエプレりんごのバスソルトだ。

 今はまだ特許権の話も絡む可能性があるため、それしか口に出来ない。だから用途に関して柔軟に対応してくれる人じゃないと、後で確実に揉めてしまうだろう。

「あとそれと、北部地域の遊牧民族に対して偏見のない方…ですね。いくら腕が良くても、そこは譲れないですね」

 管理人ゲールさんは口元に手をあてて「ふむ…」と、考える仕種を見せた。

「その衣装はやはり、ひやかしではなかったか」

「ホンモノは、あそこの彼一人なんですけどね。ウチの商会、差別はしていませんよ…と言う意味もこめて、敢えて着用してます」

 よくまあ、つらつらと…私以上ですね、などと溢すウルリック副長の声が聞こえる。

 管理人ゲールさんに聞こえないようにと、ちょっと離れている分、ここを出たら笑顔で彼の足を踏もうと思った。

「そう言う事なら、そうじゃな……」

 ただ、管理人ゲールさんは管理人ゲールさんで、頭の中が「どれを薦めようか」と言う事で頭が一杯だったらしく、スタスタと部屋の中、ある一角へと歩きだしていた。

「まだ工房を持つようになって日が浅いらしくてな。多少粗削りなところもあるが、他にない物を柔軟に意欲的にと言うところでは、群を抜いておると思うぞ」

 カファロ工房と言って、20代の兄妹が切り盛りをしているとの事らしい。

「ニニツ族…と言っておったかな?お前さん達のその服と近い模様の服を着ておる兄妹じゃよ。年齢と出自の事があって、まだ大口の顧客も付いておらん。話をしてみる価値はあると思うがの?」

「……うわ」

 その工房の作品棚の前に来た時、私は思わず感嘆の声を溢していた。

「切子細工……!」

 ワイングラスやショットグラス等々、色々なタイプのグラスがそこには置かれていて、どれも見事な切子細工が施されていた。

(うん、バスソルトには使えないだろうけど、魚醤入れなら使えるかも知れない!)

 バスソルトを入れるなら、むしろ無色透明な入れ物でないと困る。
 その辺り、こちらの話を聞いてくれる様な兄妹だと良いのだけれど。

「良いですね!一度ぜひ、話をしてみたいですね!」

「うむ、交渉が上手くいかんかった時の為に、あと二軒ほどは紹介しておくがの。まずはカファロ工房に紹介カードを送ってみると良いぞ」

「紹介カード、ですか?」

「まあ、職人ギルド内ギャラリー発行の、商会推薦状とでも言えば良いのかの。中には口から出まかせで店に押しかけて、法に反した契約を無理に結ばせたりする場合もあるからの。ちゃんと職人ギルドに足を運んで、ギャラリーで作品を見て、取引をしたいと思っている、真っ当な商会だと言う証のようなものじゃよ」

「なるほど……」

 そのあたり、よく考えられたシステムと言うべきだろう。
 職人ギルドへの所属にあたって、色々と条件もあるのかも知れないが、それに値する保証はあると言う訳だ。

 ギャラリーの隅には椅子とテーブルがあり、ギルドカードよりはやや大きめの紙が複数枚積み上げられていた。
 恐らくはあれが「紹介カード」と言う事なんだろう。

「あそこで、お前さんの商会の事をあの紙にあれこれ書くんじゃよ。書き終わったところで、このギャラリーの公印を押して、封蝋止めをして、また渡す。あとはそれを、商業ギルドのカウンターに持って行って、相手の工房に送ると――まあ、そんな感じじゃな。書き終えたら声をかけてくれ」

 管理人ゲールさんはそう言って、いったんギャラリーの受付の方へと戻って行った。

「とりあえず、書くだけ書いてシレアンさんが来たら確認だけして貰おうかな?」

 私はテーブルにあった紙と羽ペンを手にとった。
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今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
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