聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

427 不安を拗らせる?

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 悩んだ。
 バルトリや双子が下がった後、滞在二日目のサマへの報告書を書こうとして、悩みに悩んだ。

「こうなったら、事実のみの箇条書きか……」

・海鮮市場へ朝食を食べに行き、北方遊牧民族の血を引く女性レストランオーナーと懇意になった。最終日に料理や調味料を分けてもらう事になっているので、帰ったら試食会をしたい。

・王都商業ギルドへ行き、明日の物件候補案内の約束を取り付けた。

・ミルテ王女主催のお茶会に出席したものの、宰相家の側室夫人とその息子が、乱入してきた挙句に薬入りのお茶を振る舞おうとして、拘束。宰相家全員が現在謹慎中。(持参した無効化薬で発覚、誰もお茶は口にしていない)

・王女の降嫁と、北方遊牧民族に対する融和政策の撤回を狙っていた勢力に唆された可能性が高い。背後関係確認中。この件で、北方遊牧民族との関係が悪化しないよう、王太子側でサレステーデの自治領化とユングベリ商会による商業上の繋がりの双方を推進する動きあり。

・宰相家養子は、北方遊牧民族ユレルミ族の次期族長でもあり、何とか処罰の対象は側室夫人とその息子だけに留まるよう、バリエンダール王宮側は動いていると思われる。

・現宰相の正室夫人は、30年程前から、自らの血を引く子を残さない事を宣言した上で、当初は離縁を望んだようだが、宰相がそれを拒んで、王都から離れた領にある島に邸宅を用意。現在もそこで生活をしているとの事。側室を迎えたのは先代国王の王命によるものだったらしい。宰相自身は、茶会の責を負うのもやぶさかではないようだが、正室夫人と養子である青年に関しては、連座から外したいと考えていて、国王や王太子が、そこに宰相自身も含めたいと思っているようだ。

・ラヴォリ商会の商会長と連絡を取り、明日の面会予約を取り付けた。

 こう書けば、キアラ夫人がまだ存命で、王都から離れた島にいるのは察しがつくだろうし、決してフォサーティ宰相から疎んじられて、追いやられた訳ではない事も分かるだろうし、意識の大半はそこに向いてくれる……筈。

 とりあえず書くだけ書いて、翌朝、テオドル大公の部屋に朝食の為に訪れたところで、私は口頭で、キアラ夫人の話は伏せつつ、後はかいつまんで、出す手紙の内容を説明した。

 引っぱたかれたとか、側室夫人の指輪で軽い怪我をしたとか、ジーノ青年からブローチを預かったとか、そう言う話は伏せました――と。

『……うむ。それが精一杯だな。露見した時は露見した時と、腹を括るより他あるまい』

 出さんかったら、出さんかったで、不安を拗らせて乗り込んで来られても困るしな…って、テオドル大公、言葉遣いとして「不安を拗らせる」っておかしくないですか?
 いや、でも、エドヴァルドの反応を考えれば、物凄く言い得て妙な気もしてしまうんだけど……。

『それに、こちらからベッカリーア公爵家を煽りに行くのも、ちょっとやりすぎではないか?黙っていてもメダルド陛下なりミラン殿下なりが探りを入れているだろうに』

『確かに普通ならそこまでは口出ししませんけど……内政干渉と言われてもおかしくない訳ですし。だけど今回に限って言えば、自治領化に横槍を入れそうな勢力の筆頭を押さえてしまうのって、こちらの為にもなる気がするんですよね』

『まあ、それはそうだが……よりによって、儂が墓参りで終日王都を離れる時にそれをやるか?と言う気もな……』

 乾いた笑いのテオドル大公から、この部屋にいる皆が、視線をそこかしこに逸らしていた。

『――それ、バルトリは納得してます?』

 ため息と共にこちらに問いかけてきたのは、ウルリック副長だった。
 私は『もちろん』と、冗談を交えずに頷いた。

『北部地域安定の為に欠かせないのか、バルトリは良く分かってますからね。今でこそアンジェスにいますけど、なかなか自分に流れる血の否定は難しいんじゃないですか?』

 だからこちらとしては、誰か一人バルトリに付けたい。

 そう言ったところで、ウルリック副長が僅かに首を傾げつつ、イデオン公爵領防衛軍に籍を置く三人組をチラリと見やった。

『……アシェル、ですかね将軍?』

 アシェル・カーラッカと呼ばれている青年は、元はテーム子爵家の三男だったそうだが、何度かギーレンとの国境付近でのいざこざの解決に尽力をしたとかで、軍に属している限りの一代貴族として「カーラッカ男爵」位を与えられているらしい。

 つまりは、領地も一族郎党もいないものの「カーラッカ男爵家当主」としての肩書を持っていると言う事なのだ。

『うむ。何かしら交渉の必要が生じた場合にも、その公爵家やら取り巻きの家の当主本人が出て来ない限りは、頭を下げる謂れもなくなる。出て来たら出て来たで、これ以上はない証拠にもなりうるしな』

 同じく三人組に視線を向けたベルセリウス将軍も、ウルリック副長の提案に、反対はしないようだった。

『自分……いえ私は、指示さえ頂ければいかようにも』

 いわば名指しされた恰好のアシェル青年だけど、胸元に拳をあてて見せただけで、さも何でもない事と言う風に礼の姿勢をとっている。

 さすが防衛軍に籍を置いているだけあって、肝が据わっていると言うべきだろう。

『多分昨夜ゆうべの内にもう、バルトリが「先代陛下の御落胤オトシダネ」の噂を、そこはかとなく街の酒場とかで〝ソラータ〟と思しき連中を中心に、ばら撒いてる気がするんですよ……だからまあ、後見人にはなっているけれどお金に困ってる、地方の貧乏男爵家の当主…的な設定で一緒に行動して貰う感じ?』

 私がそう言って首を傾げれば、ウルリック副長も『現実的に言って、まあ、そんなところでしょうね』と、口元に手をやりながら頷いた。

『とは言え、その〝ソラータ〟がバルトリとアシェルを襲撃なり誘拐なりしたところで、所詮はならず者の暴走と切り捨てられて終わりますよ?ベッカリーア公爵家…でしたっけ?本気でその家を裏から引きずり出したいのであれば、昨日の茶会で使われた「痺れ茶」を手に入れたい――とか仄めかせて、用意させるくらいでないと、現宰相家の処分を、やらかした二人だけに留める事は難しいんじゃないですかね』

『……なるほど』

 さすがウルリック副長、イデオン公爵領防衛軍の頭脳、脳筋上司を暴走させない最後の砦。

 私はアシェル青年の方を向いて『じゃあ、それで』とニッコリ笑いかけた。

『しょ、承知しました』
『欲しい姫がいるとか何とか、その辺りは適当に、向こうが喜びそうな下衆っぽい理由で』

 大抵の小悪党は、自分だったらやりそうな事を理由に挙げられる方が納得をする。
 変に正義感を発揮したり、壮大な計画を語ってみたところで響かないか、理解が出来ない。
 
 下種には下種な計画を、根性悪には質の悪い計画を。
 こちらの良識が多少疼いたところで、そこは飲み込むしかない。

『まあ、せいぜい分かりやすく引っかかって貰いましょうか』

 制止の言葉は、出てこなかった。
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今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
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