聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

425 その二択は避けたい

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 今日の夕食に関しては、お茶会があった為、テオドル大公の部屋で軽食を…との話になった。

 フォサーティ宰相とジーノ青年が王宮内謹慎となり、とりあえずはメダルド国王とミラン王太子が再度文書返答に関しての話し合いをするとの事で、アンジェス組とは別にしたいとの連絡が入ったのだ。

 もちろん、こちらとしても拒否する理由はなく、明日の予定を話し合う形で、夕食を囲んでいた。

『と言ってもな。儂は陛下の許可を得て、郊外のへ墓参りをさせて貰う予定でな。こればかりは、儂がバリエンダールに来る際には必ず行っている事ゆえ、済まぬが行かせて貰う。その場を管理している者と昼食を共にして帰って来るまでが一連の弔い行事なのだ。戻って来るのは夕方になるだろうよ』

 しかもテオドル大公曰く、その場所に赴く為の護衛も毎回固定されていて、バリエンダール王宮側が責を負う公認行動らしい。
 そこまで言い切られてしまうと、こちらからは強くは言えなかった。

『なるほど、では行動報告書には「古い知り合いの墓参及びその領地のぬしとの個人的な昼食会」と一行書き添えておくあたりですかな』

 さすが、あっと言う間に記載事項をざっくりと纏め上げてしまったマトヴェイ外交部長に、テオドル大公も『うむ』と、納得した様に頷いた。

『過去の滞在報告にも何度か似た記載がある筈だから、それで問題なかろうよ。レイナ嬢は明日もギルドだったな。他の予定はあるのか?』

『あ…はい。それとアンジェスからバリエンダールに出張で来ているラヴォリ商会の商会長と、時間が合えば会いたいと思っています。今、返事待ちなので……もしかしたら、明後日になるかも知れませんが』

『アンジェスの商会から、何をしに来ていると?もし、其方の商会と販路がぶつかるとかで、物騒な話になりそうだったら、護衛全員連れて行った方が良いのではないか?』

 私より余程発想が物騒なテオドル大公に、私は慌てて両手を振った。

『いえいえ。確かに販路の開拓にいらしている事は間違いないんですけど、取り扱う予定の商品が違うので、揉め事にはならない筈です。商会長代理である息子さんからも、口添えの手紙を書いて貰っていますし。ただ、こちらは新興、あちらは老舗。これから色々な仕入れ先で顔を合わせる事もあるでしょうから、一応ご挨拶をと』

 ちなみに某宰相閣下からの助言です、と最後付け足したところで、テオドル大公も『分かった、それ以上は言うまいて』と、すぐに白旗を上げた。

『ではとして、念の為私も同行させて貰うとしようか。どのみち私はこの国に何の伝手もないから、明日一日予定もない』

 私とテオドル大公の話を聞いていたマトヴェイ外交部長が、そこで自ら立候補するかの如く、片手を上げた。

 私が何かを言うよりも早く『ああ、それが良かろうな』とテオドル大公が頷いた。

『いきなり宰相家の者達が謹慎処分に遭えば、ジーノの下にある〝ダーチャ〟はまだ統制もとれておろうが、グイドの下にある〝ソラータ〟なんぞ、統制が外れて好き放題する未来しか見えん。まあ、その辺りミラン殿下が監視を付けるなり何なりしてはおるだろうが、それでも刃こぼれは起きるやも知れんしな』

 テオドル大公に誰も付いて行けないのに若干の不安は残るものの、ここはもう、私やマトヴェイ外交部長の権限ではどうにもならないと言う事なんだろう。

 メダルド国王の肝煎りで護衛も付くとなれば、誰かこっそり付いて行かせたところで、露見する可能性も高そうだ。

『大公様、それは大公様の方にも言える事ですよ。くれぐれもご無理なさらないで下さいね?』

 若い頃は血の気が多かったと聞けば、つい不安になってしまうが、テオドル大公は『ない、ない』と片手と首を器用に横に振った。

『儂と其方、どちらに何が起きてもバリエンダール王宮が血塗れか氷漬けかの二択になるではないか。さすがにそこまで命知らずではないわ』

 ――その言葉に反論出来る者が、誰一人としていなかったのは、この部屋だけの秘密だ。

*        *         *

 夕食を終えて、ではまた明日の朝食時に…と場が解散になったところで、私もあてがわれている部屋へと向かった。

「!」

 ふと気付けば、侍女姿の双子シーグリックがいつの間にか進行方向前方に姿を現していた。

 誰もそれを不自然に思わないあたり、さすがギーレン暗部所属と言うか、潜入しなれていると言う事なんだろう。
 加えて今日のお茶会で起きたドタバタで、もしかしたら警備面での緩みもあるのかも知れなかった。

『バルトリさんが待ってます』

 何語かとっさに分からなかったけど、小声でそう囁いたのがシーグだと言う事は分かった。

『そっか。じゃあ、ちょうど良いかな』

 例の「取扱注意」のブローチを、とっとと預けてしまおう。

 護衛として部屋の前までついて来てくれた、トーカレヴァとノーイェルさんは、しばらくは扉の前で待機してくれるとの事で、部屋の中に双子シーグリックとバルトリが忍んでいる事が表沙汰にならないよう、配慮してくれているようだった。

『すみません。宿に戻ったら、ラヴォリ商会の商会長名で手紙が届いていましたので、お届けにあがったんです』

 とりあえずアンジェス語にします、と中にいたバルトリがスッと手紙を差し出してきた。

 ありがと、と言いながらそれを受け取って、封蝋を解く。

『……明日の午後、ね。ちょうど良いかな』

 商会長が滞在しているホテルのレストランの個室を押さえておく、との事だった。
 どうやらスイーツが美味しいと、観光客も立ち寄ったりする様な所らしい。

『じゃあバルトリ、明日はどのみちシレアンさんと物件巡りと取引先開拓に行くから、朝食の後でギルドに来てくれる?午後は……どうしようかな。今日みたいに、シレアンさんの護衛に入って貰った方が良いかな』

 テオドル大公も〝ソラータ〟と〝ダーチャ〟の動向が読めないと言っていた。
 どうしようかと私が首をひねっていると『その事ですが』と、バルトリがこちらを向いて問いかけてきた。

『警護を交代してくれた〝ダーチャ〟の者が教えてくれたのですが……グイドので、宰相家全員が今王宮内に軟禁されていると言うのは事実ですか?確認してから来ても良かったのですが、茶会に出席されるのは聞いていましたから、もしやと思い、先に確認を』

『あー…それね…うん、事実。何せ側室夫人と結託して、お茶に怪しげなモノを混入しようとしていたから、問答無用で処刑にならなかっただけ、まだマシな状況』

 こればかりは、もはや王宮内で詳らかになっている事である。
 
 隠す事なく告げた私に、バルトリだけでなく双子シーグリックも目を瞠っていた。

『やらかした二人が、宰相家ではなくベッカリーア公爵家の意を汲んで動いていたっぽいから、それもあっていったん、全員軟禁と言う事にして裏を取っているみたい。ベッカリーア公爵家の関与が証明出来れば、多分フォサーティ宰相ともう一人の令息ジーノは、謹慎なり罰金なりで済ませられるんじゃないかと思うんだけど……そのあたりは、今ごろメダルド国王とミラン王太子とで落としどころを探ってるんじゃないかな』

『それ…は…』

 バルトリが動揺しているのが、見た目にも明らかだ。

 北方遊牧民族の主権を回復させるにあたって、ジーノ・フォサーティがミラン王太子の側近でなくなる事は、痛手どころか双方を繋ぐ道が切断されるも同然だ。

 いくら故郷を離れアンジェスに住まうバルトリであっても、それは肌で感じているんだろう。

『バルトリ』

 私は、ジーノ青年から預かっていた封筒を、部屋にあるテーブルの上に置いて、その中身をバルトリに見せた。

『午前中は商業ギルドに付き合って欲しいんだけど、午後は自由フリーにするから、ベッカリーア公爵家の「膿」を探ってくる?――も預けるよ。相手を寝返らせるなり何なりするのに役立つかも知れないし』

 それで自らの身が自由になれば、きっとジーノ青年も本望に違いない。

 うん。むしろコレ持たせて、バルトリを自由にさせておこう。
 それが氷漬け回避の近道だ、と私は思わず口元を綻ばせた。
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