聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

420 悪意の囁き

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「ビリエル…と言うより、まだ幼かったヘリスト・サレステーデを川に突き落としたのは、サレステーデ先代国王の側妃あるいは彼女に近い者だったらしい。これはもう、本人の記憶自体が曖昧だったから、個人の特定までは不可能だ。ただ、息子――つまりは今のセゴール国王を次代の王にしたかった者、と言う事だけが分かっていた」

 当時のサレステーデ先代国王には長く男児が生まれず、側妃がようやく男児を生んだ後に、正妃や他の側妃が男児を生むと言う、聞いただけでも揉める事が確定な状況だったらしい。

 私の表情から、それを察したんだろう。
 だから情報管理がなっておらず、我々には有難い事に、ほぼ筒抜けだった…と、ミラン王太子は苦笑いすら浮かべていた。

 口にはしないけど、まあ、忍び込ませ放題だったって事なんだろうな。

「ただ、セゴール国王自身も、次の王の地位を望んでいそうだと言うのが垣間見えていた。だから、ただ『保護しましたよ』と連絡を入れたところで、向こうだって信じはしなかっただろうし、下手をすればこちらが王子誘拐の責をでっち上げられる可能性もあった」

「と言う事は、川に落ちて行方不明になった王子――と言うのは、確かに存在していたんですね?」

「ああ。だから父は、サレステーデに戻してやって、本来受けるべき待遇を取り戻させてやるべきと思っていたようだ。例えば先代陛下の隠し子を称して、向こうの姉姫の誰かに婿入りさせる…とかな」

「え、でも実際は姉弟になる――」

「白い結婚で後日離縁でも何でもすれば良い。重要なのはサレステーデ王宮に戻る事だと」

 えらくお人好しな話だなと思っていたら、それも見透かされたのか、ミラン王太子は緩々と首を横に振った。

「父は父で、その頃既に婚約をしていた母・ベネデッタ一筋だった。自分の父親が父親だったから、余計に『一人の姫を愛しぬく』事に固執してしまったのかも知れない。だから自分に、側妃だ愛妾だと先代陛下の一存で押し付けられる前に、可能性のありそうな縁組を潰したかったんだそうだ」

 これにはミラン王太子の隣で、フォサーティ宰相が頷いている。

「まあ、はたから聞けば下衆な話かも知れんが、自分のところにすり寄って来たり、夜に忍び込んできた令嬢なりは、悉く先代陛下になされておいでだった。送り込んだ貴族の方とて『陛下の手がついた』となれば、たとえ誤算だろうと文句も言えない」

 先代陛下自身にとっては、年若い令嬢を自分へと回してくれる王太子は「愛すべき息子」だったようだ。
 一人で良いなどと、自分には理解出来ないと首を傾げるだけで、息子の思惑通りに、それ以上の無理を強いる事はしなかったらしい。

「ベッカリーア公爵がカラハティ取引の優遇を求めてすり寄って来た時だけは、派閥関係の問題で、先代陛下自身もメダルド殿下も、その娘を取り込む事が難しかった。結果、まあ……私が矢面に立たされた訳だが」

 静養との名目で、既に王都から離れた島で暮らしていたキアラ夫人の身の安全をチラつかせられては、フォサーティ宰相としても身動きが取れなかったらしい。

 元より子供を作るつもりがなかったキアラ夫人自体が、宰相家の血がそれで繋がるのなら――と、受け入れていたらしいのだ。

「其方の年齢では、義務で子を為すと言う考え方はなかなかに理解は出来ぬだろうな。成人前の王太子殿下にも、当時は随分と責められたものだ」

 もはや先代陛下の所業に疲れ果てていたフォサーティ宰相は、当初は、息子グイドが成人したあたりで、王都を退いてキアラ夫人の暮らす島に自分も向かう事を考えていたらしい。

 当時はキアラ夫人の置かれた状況を知らなかったからな、とミラン王太子はやや申し訳なさそうに微笑わらっていた。

 その、ベッカリーア公爵の娘である夫人は、嫁いでからも父親の言いなりに、ベッカリーア公爵家にすり寄っている者たちばかりとの社交にふけり、息子もまた、その子息が取り巻きとなってひたすらにおだてていたせいか、尊大な性格が見え隠れするようになり、気付けばフォサーティ宰相の言葉だけでは、どうにも動かなくなっていたと言う。

「それでは、遠からず宰相家はベッカリーア公爵家に取り込まれてしまう事になる。だから私は、裏から密かにベッカリーア公爵家の力を削ぐ事から始めていた。彼らが先代陛下にすり寄っていたのが、北方遊牧民達の圧迫によってカラハティの利権を独占する事だったと知ってからは、逆に彼らの保護に手を尽くした。北方遊牧民と言っても、サレステーデにもまたがる問題だ。勝手に利権を狙われては国際問題、サレステーデに一人でも有能な為政者がいれば、喰い尽くされるのはバリエンダールの側になるかも知れない。だから私は私で、メダルド殿下が先代陛下を女性を使って国政から遠ざけようと腐心されている間、裏で動かせて貰っていたのだ」

 特に示し合わせてはいなくとも、その時点では利害は一致していたと言う事だろう。

「私としては、ビリエル・イェスタフが真にサレステーデ王家の血を持つ者なら、ただ戻すのではなく、あの男にこそ王位を継がせたかった。そうして復権の恩を着せて、北方遊牧民達を双方から保護するのが、カラハティの利権も互いに分け合えると思ったからだ。息子グイドほどの愚か者だったら流石に考え直しただろうが、そこそこに飲み込みの早い男だったからな」

 どうやらビリエル本人にも、自分に生死の境をさまよわせた者達への恨みはあったようで、フォサーティ宰相からの、復讐者としての王位への返り咲きを提案されて、頷いていたんだそうだ。

 年齢や政情を考えて、息子あるいは娘をもうける事で、自分の血を王家に戻すあるいは次代による王位を狙っているかと思っていたけれど、本人にも多少の色気はあったと言う事か。

 このあたりは、また「喋りたくなる薬じはくざい」で聞いておいてもらった方が良いのかも知れない。

「あの、王家の護衛も真っ青な腕っぷしは、宰相様の所で鍛えられたんですか」

「正確には、私の護衛候補と称して、共に同じ師の下で学ばされた。私は王太子ではなく何を目指しているんだと、真面目に悩んだ頃もあったな」

 低く笑うミラン王太子からは、自分もそれなりに剣が使えるのだとの牽制を感じるけれど、腕っぷしゼロの私に、何が出来る筈もないので「そうですか」と相槌を打つくらいの事しか出来ない。

「そのうち流石に、父も宰相の思惑に気付いた。父としては、あの男をサレステーデに戻した後は、セゴール国王と手を取り合って王家を盛り立てていってくれれば、自ずとカラハティの利権に関しても共有出来ると思っていたようだったから、敢えて血を流させる必要もないと思っていたみたいだ」

「それはちょっと……」

 いくらなんでも、突然「弟」だと言って、王位継承権を持つ人間がバリエンダールから戻ってくれば、王宮内に広がるのは疑心暗鬼と言う名の悪意の塊だろう。

「まあ、普通ならユングベリ嬢の様に思うだろう。父が『穏健派』の王と言われる所以だ。自分の家族関係がズタズタだったから、せめて自分の周囲にはそれを期待していたのかも知れないな。密かにビリエルを、王子ヘリストとしてサレステーデに戻す点では一致していても、戻した後どうすると言うところで、父と宰相は意見を異にしていた訳だ」

「それで……殿下は宰相様を支持された、と?」

「まあ、せざるを得なかったと言うところも多分にあるが」

 そう言うと、ミラン王太子はチラリとフォサーティ宰相に視線を向けた。
 フォサーティ宰相の方は、王太子が何を言い出すのか察しているのか、無言を選んだようだった。

「宰相が北方遊牧民族の内の一つユレルミ族から養子を迎えた事で、先代陛下にしろベッカリーア公爵にしろ、側室夫人と息子が宰相から見放されたと言う事実を突きつけられた。そのままいけば、カラハティの利権は得られなくなる。だから彼らは次のに打って出てきた。――まだ年端もいかないミルテへの縁談、と言う形で」

 メダルド「国王」がフォサーティ宰相に尋ねた時期よりも遥かに前、しかもそれは、サレステーデの、バルキン公爵が相手だったと聞いて、私は居並ぶ面子の地位も忘れて叫んでしまった。

「えっ、あの転がした方が早そうなダルマと⁉って言うか、年齢差いくつ⁉」

 多分、この場の誰一人「ダルマ」の何たるかは知らなかったに違いないけど、私が「転がした方が早そう」と言った部分で、何となく言いたい事は理解した様に見えた。

「まあ……それで私の中で『ビリエルを穏便に国へ戻す』と言う選択肢そのものが消え失せた訳だ。父が何を言おうと、あの男をサレステーデに戻すのであれば、全てを無に返す為の斥候として使ってやれ――とね」

 その瞬間、ミラン王太子の目には明らかな憎悪の炎が浮かんでいた。

 全てを無に――そこには決して、縁談を潰して終わりと言う生易しい意志だけが存在している訳ではなかった。

「あの男を、復讐者から暗殺者にしたのは私だ。と言っても、私はちょっと囁いてやっただけだ。あの男に『殿下ヘリストがサレステーデにお戻りになるためのがありますよ』と、その名をいくつか――な」

 誰、とは言っていない。
 直接「殺せ」と命じた訳でもない。
 それでも。

「父はあの男がサレステーデに戻る事自体には反対していない。ならばその前にを手伝わせても良いだろうと思ってな。あの男の正体を知っていたのは、父と私と宰相のみ。イェスタフ伯爵ですら、その時にはもう亡くなっていた。あとは、正体を知る可能性があるを排除してしまえば、北方遊牧民達とは穏便に手を取り合えると思った」

「……そのは、王宮の奥深くに鎮座していたりなんかしましたか?」

 半ば確信を持って問いかけた私に、ミラン王太子は無言のまま、凄艶な笑みをもってそれに答えてみせた。
 
 ――今更誰も追及出来ない事を、分かっているからこそ。
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