上 下
380 / 818
第二部 宰相閣下の謹慎事情

406 王女様のお茶会(1)

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 ラヴォリ商会商会長への手紙は宿の受付に預けて、すぐさま王宮へととって帰した後の午後のお茶会は、ガーデンパーティー形式と言う事だった。

 着替えないと…と言う事で戻った部屋にやって来た侍女数名に、これでもかとコルセットの紐を引き絞られた時点で、真面目に視界に星が飛びそうになった。

 如何にイデオン公爵邸の皆様が、普段は気を遣ってくれていたのかが嫌でも分かってしまった。
 多分、こっちがデフォルトなんだろう。

 ただ、私の身体のあちこちに、1日2日で消える筈のないが散っているのやら、裾や袖口、胸元の金刺繍以外は青しか色味のないドレスを衣装箱から取り出すに至ったところで、ナニカを察したんだろう、最終的には侍女全員の視線がとっても生温かいモノに変貌を遂げていた。

 珍しくチャイナドレスの襟元を思わせるAラインのドレスだとは言え、袖も七~八分の長さがあるとは言え、耳元から顎の下にかけては、ドレスを着用して、ショールを羽織ったとしても、素肌が晒される。

 大公サマにしろマトヴェイ部長にしろ、大人の余裕でツッコまないでいてくれているけど、実際、毎日とてもいたたまれない。

「……これでしたら、フランカ様のご心配も杞憂ですね」

 誰かがポツリと洩らした、そんな声まで耳に入ってきたけれど、さすがにその先は、ベテランっぽい侍女の女性が「お客様の前で何です!」と、ピシャリと遮っていた。

 申し訳ございません、と言い訳なく、すぐさまこちらに頭を下げているあたり、いかにも教育の行き届いた王宮侍女と言った感じだ。

 って言うか、アレか、テオドル大公に付いて来た「書記官」がまさかの女性で、孫同然と言っている上に、お茶会への急な出席をミラン王太子が許可したものだから、書記官は建前で実際は縁組が目的――とでも思われていたんだろうか。

 侍女一同の表情を見る限り、そんな気がヒシヒシとしている。

 ところが支度を手伝いに来てみれば、王太子殿下へのアピールどころか、むしろ真逆の「触れてくれるな」アピール全開状態。

 …遠くアンジェスの空の下で「当たり前だろう」と口元を歪めるエドヴァルドの姿が見えた気がした。

「そろそろ出発出来そうかね?」

 コンコン、と扉が叩かれた音と、侍女の一人が「失礼致します。大公殿下が――」と扉を開けるのと、大公サマの声が聞こえるのとが、全部同時の出来事だったのは、ある意味凄いかも知れない。

 …いきなり中に入って来た事のあるエドヴァルドよりは、全然スマートな応対だとは思うけど。

 と言うか、気が付けば何か比較ばっかりしてるような――私、意外にホームシックな感じ?
 あれ?

 口では「大丈夫です」と答えて、廊下でテオドル大公のエスコートを受けたものの、私が困惑した表情を消せずにいたからか、エスコートが崩れない範囲でこちらに視線を向けてきた。

「独占欲全開のドレス云々は冗談のつもりだったんだが、まさかそこまで徹底されていたとは儂も思わんかったな。まあ、其方が戸惑うのも分からなくはないな」

「戸惑い……」

「ん?違ったか?そんな表情かおに見えたんだが」

「ああ、いえ、すみません。その……は、いつぞやノックなしに部屋に入って来た事あったなぁ…とか、気が付いたら色々と自分の中で引き合いに出してた事に、ちょっとビックリしてしまって」

「ふむ。存外一方通行ではなかったか。それとも根負けしたか?」

 根負け、のあたりで茶目っ気たっぷりに笑うテオドル大公に、私も釣られてちょっと笑った。

「まあ、招かれて異国から来たと言う特殊な事情を聞けば、不安に思う所もあるかも知れんがな。少なくともの本気は、流さず受け止めてやるべきだと思うぞ?余計なお世話かも知れんが」

「そう…ですね」

 今、実は敢えて引き出しに入れて鍵かけちゃってるがあるのを、どうしたら良いのかさっぱり分からない状態デス、大公サマ。

 本当は、商会案件で気を紛らわせてる場合じゃないのは、よく分かってるんだけど。

「迷った時は、先の事を想像すると良いらしいぞ」

 私が、何――誰の事を悩んでいるのか、察したらしいテオドル大公が、そんな言い方をした。

「昔、妻と娘が、娘の好きな男…まあ、今の夫だが、どんなヤツかと話をしておった事があってな」

 何でも、かつて顔合わせ前のユリア夫人が、どんな男性かと聞いたところの答えが「10年後くらいには頭頂部の心配をした方が良さそうな人」だったらしい。

 …面白いな、テオドル大公の娘さん。
 直系ではないにしろ、元々は王女様の筈なのに。

 ただ、それを聞いたユリア夫人もかなり個性的で、政略的な縁談話だって色々あった筈なのに「そんな姿とか、ちょっとお腹周りが残念になった姿とかを想像して、そんな人の隣にはいられない!なんて思ったりしないのであれば、それが貴女の伴侶となるべき人で間違っていないわ。その人との縁は大事にしなさい」だったらしい。

 それを聞いて、目から鱗が落ちたとばかりに思い切り良く嫁いだとか。

 つい、テオドル大公の上から下までをチラッと見てしまったけど――大公サマは、どっちも無縁の人だった。

「わざわざ、妻がどう思うかを己の身で試すような事はせんわ。むしろ、そんな姿を晒せるものかと意地になるだろう、普通」

 私のチラ見に気付いたテオドル大公は、素で顔を顰めていた。
 まあ、頭髪は不可抗力だろうが…と、ボソッと呟いている。

 ユリア夫人の言いたい事は、例が極端にしろ、分からなくはない。
 見た目だけを決め手とするなら、そう遠くない内に破綻をすると言いたかったに違いない。

 そして娘さんも、頭頂部が薄くなろうと、額が広くなろうと、メタボ体型になろうと、それだけを理由として相手を嫌う自分は想像出来なかった。だからその縁を切らない事を選んだんだろう。

「まあ、も頭髪の心配はせんで良い気はするがな」

「………そうですね」

 どうにも想像出来ずに、むしろ可笑しくなって、ちょっと吹き出してしまった。

「うむ、いい感じに肩の力が抜けたのではないか?別に狙っておった訳ではないが」

「あ、ありがとうございます。やっぱり、10年後20年後に隣にいる自分が想像出来るか、なんですかね…」

「まぁ儂らの年代は尚更政略的理由が優先されてはおったな。だがユリアとならやっていけると思ったのも間違いではないしな。儂は幸運な方だったんだろうよ」

「ごちそうさまです」

「うん?」

「あ、私のいた国では、仲の良いご夫婦の惚気話を聞いた時に話す定例句みたいなものです」

 一瞬不思議そうな表情かおをしたテオドル大公に、そう説明すると「そうか」と微笑わらった。

「儂が以前まえにここへ来た時はまだ、ミラン殿下にもお相手はおらんかったしな。婚約者の令嬢に会うのは今日初めてだ。ミルテ王女がどのように成長されたかも含めて、この茶会は楽しみにしておったよ」

「ああ、それなんですけど、どうやら私がドレスを着るついさっきまで、私は大公様の推薦でミラン王太子の正妃なり側妃なりの地位を奪いに来た女狐みたいに思われていたみたいですよ?」

 私が、着替えの間の侍女一同の反応を伝えてみたところ「なんと、そんな捉え方もあったか、これは迂闊!」と、目を丸くしていた。

「殿下やジーノ達の動き次第では、その誤解を利用して出方を探ってみても良かったんだろうが……ドレスがでは、どうしようもあるまいな」

「……そうですね」

「どちらにしても今更だな。もうすぐガーデンパーティーの用意がされている中庭だ。他の連中は周囲に適当に散らせるから、多少の揉め事は心配いらんだろう」

 声色の変わったテオドル大公に、私も身を引き締めながら、頷いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

竜人の王である夫に運命の番が見つかったので離婚されました。結局再婚いたしますが。

重田いの
恋愛
竜人族は少子化に焦っていた。彼らは卵で産まれるのだが、その卵はなかなか孵化しないのだ。 少子化を食い止める鍵はたったひとつ! 運命の番様である! 番様と番うと、竜人族であっても卵ではなく子供が産まれる。悲劇を回避できるのだ……。 そして今日、王妃ファニアミリアの夫、王レヴニールに運命の番が見つかった。 離婚された王妃が、結局元サヤ再婚するまでのすったもんだのお話。 翼と角としっぽが生えてるタイプの竜人なので苦手な方はお気をつけて~。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。