聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

405 ベルィフにおいで⁉

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「えーっと、今日は午後からがある訳だし――とりあえず、バルトリに残って貰おうかな?」

「何の話ですか」

 ベルィフ語を知らないバルトリは眉を顰めていたけど、私が「今日一日、あちらのシレアンさんの護衛」と言ったところで、渋々それを了承した。

 話の成り行きが分からずとも、シレアンがジーノ・フォサーティ宰相令息と懇意にしていて、明日、ユングベリ商会案件であちこち案内して貰う話をギルド長とした、と言ったところで大雑把に彼を取り巻く環境の危険性を察したらしかった。

「まあ、ジーノ本人やチェーリアには〝ダーチャ〟が付いているようですけど、確かにこのギルドには、今は誰もいないようですしね。もし〝ダーチャ〟から巡回で誰か来るようなら、ソイツに任せるってコトで構いませんか?ジーノにもジーノの考えがあるでしょうし」

「分かった。共同戦線張るもよし、そのあたりは状況に応じてバルトリの判断に任せるよ」

 私がそう頷いたところで、ナザリオギルド長が「おや」と、片眉を動かした。
 ギルド史上最年少のギルド長は、アンジェスで研修を受けただけあって、やはり問題なく一連のやりとりを理解出来ていたみたいだった。

「さて、ここからは元のバリエンダール語に戻すとして――取引の交渉は成立、ってコトで良いのかな、ユングベリ商会長?」

「ああ…はい、そうですね。誘導された感がものすっごいしますけど、明日物件の候補を見たかったのは事実ですし。王都にいる業者さんと会えそうなら、それもお願いしたかったですしね。そこにシレアンさんが付いて下さるのであれば、結果的にそうなるって話ですよ」

 ギルド職員の家名は、公の場に出席する可能性がある管理職の為の付与であり、本人たちは家名で呼ばれる事を好まない。

 多分バリエンダールも同じだろうと思って話しているけど、ギルド長も本人も、案の定訂正してこなかった。

「うん、じゃあ具体的には、人形が販売出来て、その縫製の為のスペースがあれば良いかな?調味料は、もう瓶詰めされた段階で置くよね。香り袋も完成品が置ければ良いかな?でないと、いつか誰かが汚しかねないし」

「そうですね。縫製に関しては、人形だけじゃなくて、必要であれば既存の服のお直しも受けられれば良いかなとは思っているんですけどね。あと、香り袋に関しては、中身の詰め替えとか」

「なるほど、なるほど。じゃあ多少は倉庫スペースも必要か」

「調味料に関しては、ガラス瓶にもこだわりたいんですよ。香り袋に関しても、袋と瓶と二種類出したくて。なので……職人さんとしては、人形用の民族衣装が縫える人、香り袋用の刺繍が得意な人、ガラス瓶は工房紹介して貰う方が早いですかね?最後、魚とエプレの調味料を仕込める人――でしょうか?ただ調味料に関しては、定期的な製造を目指したいんで、仲介人ではなくて、おおもとの生産者か料理人が理想的ですけど」

 私が指折りそこまで言ったところで、シレアン青年はちょっとポカンとしていて、ナザリオギルド長は思い切り顔を顰めていた。

「うん……まあ、言いたいコトは分かったよ。シレアンには僕が後でまとめて説明して、諸々準備させておく。ガラス工房に関しては、確かオルミにはネーミだったかハタラだったかの血を引く男の工房があった筈だから、彼の作品を取り寄せておくよ。君のお眼鏡に適う腕だったら、採用してやってくれ。そこまでいけば、もう全部統一してしまった方が良いしね」

 そこまで言い切ったところで、何か思い出したのか「あ、いや」とすぐさま言葉を続けた。

「職人ギルドの方にいけば、オルミのガラス職人の作品はある程度見る事が出来る筈だ。取引のための口利きがしやすいように、どこかの部屋に工房ごとに何個か展示されていたんじゃなかったかな。それだと、北方遊牧民以外でも、もしかしたら君が気に入る作品があるかも知れない。時間があるなら、今から職人ギルドへの紹介状書いて渡すけど?」

「あっ、ぜひ――と言いたいところなんですけど、この後どうしても外せない『仕事』があるんです。明日また朝から来ますので、その時と言う事でお願いしても良いですか?」

「ん、了解。僕はいるともいないとも断言出来ないけど、シレアンは必ず置いておくから、明日また彼を訪ねてくれれば良いよ」

 何だかんだと、こちらが考えていたプランを全て口頭での話だけで掬い取った上に、そこに至るまでに必要な道筋まで立ててしまった。

「えーっと……計画書とかって、必要です?後でフォサーティ卿に書いて渡す事になっているんですけど」

「ああ、僕はもう頭の中に入ったから要らないけど……ジーノが必要だと言うなら、シレアンにもあった方が良いか。うん、明日持って来て」

 確かにこの調子で案件を纏め上げているのなら、ギルド長就任にあたって必要な依頼件数と言うのは、あっと言う間にこなしてしまえるだろうなと、正直感心してしまった。

「ところでさ、ユングベリ商会長」
「何でしょう」

 そろそろ潮時かなと思っていたところに、さも何でもないような口調でナザリオギルド長が話を振ってくる。

 ああ、余談余談。すぐ済むから――なんて、見透かしたように笑われてしまったけど。

「今、ユングベリ商会って、ギーレンとアンジェスに伝手があって、このバリエンダールにも販路を拡げに来たって事だよね?あわよくばサレステーデ込みで」

「まあ……ぶっちゃけて言えば、そうですね」

「うん。って言う事は、まだベルィフは手つかずだよね?」

「……確かにそうですね」

「いやいや、そんな警戒しないでよ。ほら僕さ、今すぐじゃないけど、もう何年もしないうちにベルィフに帰るって言ったよね?だからさ、戻る時にはアンジェスのユングベリ商会宛に知らせを出すから、ベルィフの王都商業ギルドに一度おいでよ。ベルィフにも商会の販路作ろうよ」

 果たしてこれは、余談で片付けて良いものなのか。

 素で目を丸くした私に「酷いな、僕、真剣なのに」などと、真剣に聞こえない口調でナザリオギルド長が微笑わらった。

「ベルィフは立地的な話もあるけど、結構輸出入の多くをギーレンに寄っかかっていてさ。ギーレンに頼り過ぎない産業と販路の確立あるいは開拓は、国とギルド共通の悲願みたいなところもあるんだよ。僕が国を離れている間に、多少の変化はあるかも知れないし、今、コレを推したいとかそう言う話は出来ないんだけど、北方遊牧民達との取引に関してここまでアイデアを出せるなら、ベルィフに来てくれたら、何か閃いてくれそうな気がするんだけど?」

「買…い被りですよ。行ったって何も思い浮かばないかも知れませんし。他でも言ってますけど、基本的に既存の販路にケンカ売る気ありませんし」

「思い浮かぶかも知れないし、浮かばないかも知れない。それで充分だよ。まあとにかく、今は目の前の血統主義者達との問題を決着させないとね。とりあえずさ、僕がベルィフに赴任する時には、君の商会に手紙を出すから。これはもう決定事項だから、悩むなら商売人として、その時点での情勢やなんかから判断してよ。ね?」

 22歳の成人男性に「ね?」って言われてもなぁ……。

「ま、まぁとりあえず、今はこの国での話が先ですね。失敗して計画が頓挫しちゃったら、ベルィフがどうのと言ってられなくなりますし」

「分かってる、分かってる。物件も職人も業者も、シレアンと選りすぐっておくからさ、明日待ってるよ」

 ひらひらと手を振るナザリオギルド長と、茫然としたままだったシレアン青年を置いて部屋を後にしたものの、すぐに「……レイナ嬢」との、ウルリック副長の低空飛行な声が背中にぶつけられた。

「お茶会の後、説教させて貰いますからね」

「えー……」

「何が『えー』です。ギーレンに行った〝鷹の眼〟達が、帰国直後魂抜けてた理由が分かりましたよ。ええ、ファルコが『自重と反省と懲りるが旅に出て行方不明』って愚痴ってた意味も!」

「まあ……少なくとも『自重』は見えんわな」

 小声で叫ぶウルリック副長に、テオドル大公も乾いた笑いで賛同している。

「何にせよ、そろそろ茶会の時間の事もあるから、戻るか」

「あっ、あと一件、宿に手紙を預けるだけなんで、馬車の立ち寄りだけお願いしたいです」

 話が不利になる前に、話題をさっさと変えてしまおうと、私はテオドル大公の言葉に喰いついた。

「うん?届けるだけか?」

「はい、その宿に泊まっている筈の人物に、明日か明後日に時間が欲しい旨手紙を書いたので、受付に預けます。返事はバルトリ達が泊まっている宿にと書いておいたので、預けるだけで大丈夫です」

 ラヴォリ商会次期商会長カールフェルドから、父親である商会長の滞在先は聞いている。

 こちらもこちらで、根回しを怠るワケにはいかなった。
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今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
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