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第二部 宰相閣下の謹慎事情

402 史上最年少のギルド長

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「お待たせ致しました。シレアンは二階で別件の打ち合わせ中でしたが、ちょうど終わったとの事で、そのまま来て頂く方が話が早いと申しております。ご足労頂いて宜しいでしょうか?手紙の投函はお済みですか?」

 奥から戻って来るなり、案内係の男性はそう告げた。

 結局バリエンダールでも二階へ行くのかと、ちょっと表情かお痙攣ひきつってしまったのはヒミツだ。

「え…ええ、大丈夫です。ご案内お願い出来ますか?」

 そう言えば、以前に足に酷い怪我を負ったと言うマトヴェイ外交部長は、歩くのはともかく、階段の上り下りとかは大丈夫なんだろうかと、チラッと見上げてみたところ、言いたい事が分かったのか、やんわりとを浮かべた。

「もう何年も前の話ですし、何より王宮に出入りしていれば、階段だって上ったり下りたりはします。走れと言われると少し困ってしまいますが、それ以外は、さほど問題ではないですよ、お嬢さん」

 王宮勤めではなく「出入り」と多少の誤魔化しが入ったとは言え、基本、出発前に聞かされていたままの事を、マトヴェイ外交部長は口にした。

 それも、二番番頭風に「お嬢さん」とこちらを呼ぶようにしている。

 …順応が早いのは、外交部所属として対人折衝に慣れているからだろうか。

「そ、そう?じゃあ行きましょうか」

 むしろ私の方が「大根」とか言われそうだ。

 案内係の男性に向かって頷いて見せると「こちらです」と、二階の真ん中あたりにある扉の前まで案内された。

「シレアンさん、先ほどのお客様をお連れしました」

 扉を軽くノックしながら、男性がそう言って扉を開ける。

 私も一拍の間を置いて、男性の後に続いた。

「わざわざ、二階まですまない。君がジーノ君の紹介で来た、ユングベリ商会の商会長かな?」

 部屋にいたのは、二人。
 一人はテオドル大公の孫婿、イフナース青年くらいの年齢。もう一人は…何だかひどく若く見える。

 声を発した方が当然、シレアン・メルクリオその人かと思ったものの、じゃあもう一人、明らかに上位席に座る、ディルク・バーレント伯爵令息くらいの年齢にしか見えない青年の方は?と、正直に戸惑いが顔に浮かんだ。

「ああ、僕かい?僕はさっきまで、ここでシレアンから覆面調査の報告を聞いていたんだけど、意外な紹介状を持って、カワイイ女の子が来てるって言うから、タダの興味本意。気にしないで」

 軽いな⁉︎と思いながらも、彼が報告をと言うからには、やはり彼の方が上位職にあるようだ。

 眉をひそめた私をみて、シレアン青年の方が深々とため息を吐き出した。

「普通気にしますよ、ギルド長……」
「⁉︎」

 え、ギルド長って言った、今⁉︎

「申し訳ない、ユングベリ商会長。彼はバリエンダールの王都商業ギルドにおける現ギルド長ナザリオ・セルフォンテ。特に含むところはないんだ。本当にたまたま居合わせただけなので、このまま彼の同席を許可頂けるだろうか?」

「ギルド職員に年齢制限はないからね。研修とか、扱った案件の数とか内容とか、そう言った事が問われるだけだし。だから僕は22歳だけど、今までのギルド長の中でぶっちぎりの最年少記録を更新したらしいけど、でもこれでも、ホンモノのギルド長。以上、自己紹介終わり!」

 あっけらかんと手を振るギルド長?とは対照的に、シレアン青年は、縋る様な目をこちらに向けている。

 断ってくれるな、と言う空気をヒシヒシと感じて、ここは大人しくその空気を読んだ。

「いえ…こちらこそ突然お訪ねした訳ですから…こうやって、お時間を頂けただけで僥倖ですので……」

「ハハッ、君、商人にしては難しい言葉を知ってるね⁉︎僕もこんなだし、もっと普通の言葉で話してくれてイイよ?…って、ゴメンゴメン。シレアンが怖い表情カオをしてるから、僕はココで大人しくしておくよ」

 どこまでもノリの軽いギルド長に冷やかな視線を向けつつ、シレアン青年が一度咳払いをした。

「とりあえず、ユングベリ商会長、ジーノ君が書いたと言う紹介状を改めて見せて貰っても?後ろにいるのは商会の従業員?それとも護衛?まあ、空いているところに適当に腰かけてくれて構わないよ」

 本来であれば、大公殿下や侯爵サマ、国の英雄にかけて良い言葉ではないんだけれど、ギルドが膝を折るのは国王だけ、と言うのは各国共通だし、そのあたりはサラッと事前に話をしておいたので、誰も特に不快げな表情は見せなかった。

 もともと、ここにいるのは高位貴族としても器の大きな人たちばかりだから、さもありなん…だ。

 私もそこでハッと我に返って、ジーノ・フォサーティ宰相令息による手書きの手紙をシレアン青年へと手渡した。

「なっ…北方遊牧民の部族と取引を?この王都に店舗を構える?ジーノ君がそれを認めたのか!いや、その衣装を借り受けている時点で、そうだろうとは思ったが――」

 ざっと手紙に目を通したシレアン青年の顔色が変わるのに、そう時間はかからなかった。

「あ、もしかしてこの衣装を揃えていただくのに、協力して下さっていたりなんかしました?すみません、ちょっと、無駄に威圧感を与える従業員や護衛の印象を弱めたくて。一人本物のネーミ族出身者がいますから、それで思い立った事なんですけど」

 誰に向けるでもなく、軽く頭を下げたバルトリに、ナザリオギルド長も、軽口は挟まず「へえ…?」と興味深げな声が洩れていた。

「ジーノ君は…実物の剣帯やショールは衣装の一部だとして、難色を示す部族があるとしても、人形や調味料、香り袋であれば、すぐにでも取り掛かれる筈、と」

 シレアン青年のその言葉で、私はジーノ青年の手紙の中に、口頭で簡単に説明した素案の話が書かれているのだと分かった。

「さっき海産物市場の中のチェーリアさんの食堂で、その素案の話をしたんです。それで仕入れ先や店舗の空き物件を紹介して貰いにギルドに行く予定だと言ったら、その手紙を書いて貰ったと言うか……チェーリアさんのあのお店に、出店当初から関わっている方だから、相談に乗って貰うと良い、と」

「確かに私は、サレステーデとバリエンダールの国境付近の街のギルドにいた事があるから、いくつかの部族の代表者とは顔見知りだし、取引の相談をしようと思えば、可能だろうとは思うよ。まだこの国内で何の商売実績もないと言うところには不安を覚えなくもないが、それを差し引いても、ジーノ君も見込みがあると思ったんだろう」

「…うん。ホンモノのネーミ族の人間も従業員としているなら、北部地域に進出したいと言う話も、あながち嘘ではないんだろうね。グイド派の差し金で、潜り込ませようとしている訳じゃないとも判断したんだろう。ジーノ、聡いしね」

 それまで私とシレアン青年とのやり取りをじっと見ていたナザリオギルド長が、不意にそう言って、口の端を歪めた。

「ちょっとココからは、僕も混ざって良いかな?君の話は多分、シレアン一人でやれる範囲を超える気がするんだよね。何と言うか……政治案件ってヤツ?ただ、店や仕入れ先を紹介しただけじゃ済まない気がするよ…ヒシヒシと」

 ギルド長としての僕の勘、とナザリオギルド長が微笑わらう。

 確かに、サレステーデの自治領化の話がどこかで絡んでくるだろうと考えれば、ギルド長の発言はあながち穿ち過ぎとは言えない。
 むしろ勘ってあなどれない…とさえ思う程だ。

 それでも――「どうぞ」と言う以外に、何が言える雰囲気もなかった。
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