聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
347 / 803
第二部 宰相閣下の謹慎事情

397 偶然なら必然に

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

『チェーリア、せっかくだからいつものスープを貰えるかな』

 多分ここで、ジーノ青年はハタラ語に切り替えたんだろう。
 分かったわ、待ってて!と言うチェーリアさんの明るい声が返ってきた。

 意外に気安いな、と思って見たのが伝わったのか、ジーノ青年の方から『ユレルミ族とハタラ族は遊牧移動の距離や行程が割に近い所にあって、以前から交流があるんですよ。私と彼女も幼馴染です』と種明かしをしてくれた。

『スープって、メニューにないですね』

 ついでに気になった事を聞いてみると、ジーノ青年は一瞬、虚を突かれた表情を見せたものの、すぐに『気になりますか?』と笑みを返してきた。

『ユレルミ族の郷土料理のようなものです。調味料が大量生産出来る類の物ではないので、私や部族の者が訪れた時にだけ作ってくれるんですよ』

 なるほど、裏メニューか。

 話を聞いている私の視線が、ナニカを訴えていると気が付いたんだろう。
 ジーノ青年は、ここに来てから初めて、思惑のない純粋な笑みを閃かせた。

『――チェーリア!こちらの皆さんも味見をしたいそうだよ!』

 え、良いの⁉と厨房の方から声が聞こえて来る。

『さっきの〝ソラータ〟を追い払って貰った御礼に頼むよ、費用は私が出すから!』

 分かったわ!と声が返ってきたところで、私もジーノ青年に『察して下さって有難うございます』と一礼した。

 この辺りはバルトリの通訳が可能で、それを聞いたテオドル大公も「ふむ。売り物にないメニューか」と関心を示して、ジーノ青年にこの場の食事の同席を認めた形になった。

 やがて厨房の方から『バートリ、運ぶの手伝ってくれる?』と言った声が聞こえて、一人用の小さな器に入った汁物が、それぞれの目の前に運ばれた。

「あと、こちらの調味料はお好みで足して下さい、との事です」

 そしてバルトリが、小さな器に入った薄い茶色の液体をテーブルの中央付近にコトリと置く。

 ただ、その調味料が何かを確認する前に、既に私のテンションはリンゴ酢なみに再浮上していた。

「……つみれスープ⁉うわ、何で気が付かなかったんだろう、私!確かにこれだけ魚料理があってミルフィーユ仕立てにまで出来るなら、さらに細切れにして、つみれスープにだってなるし‼」

 と、言う事は今、目の前に置かれた調味料は――。

「……魚醤キタ……」

 どちらかと言えば「ナンプラー」に近い味なので、和風のつみれ汁と言うよりは、ベトナム風あるいはタイ風のつみれスープと言った方が良いかも知れない。

「レ、レイナ嬢……?」

「――フォサーティ卿!」

 テオドル大公が「どうしたね?」と口を開くよりも早く、私は隣のテーブルのジーノ青年に向かって声を上げていた。
 うう、遮ってしまってゴメンナサイ。でも、魚醬コレの存在は無視出来ません!

「……もしかしてコレも、商会長としてのお眼鏡にかないましたか?」

 察しの良いジーノ青年は、私のテンションが、りんご酢と同じだと言う事に既に気が付いていたらしい。

 私もブンブンと、首を大きく縦に振った。

「しかしこれは……元は売り物になるような魚を全て王都の業者に取り上げられた結果、身を細かくしてしまえば――との試行錯誤の末に出来た産物ですよ。この調味料もしかりです。きっかけは魚を獲る事をやめて別の土地へと移住して行った一家の所に、処分されないままの魚が残された結果の、言わば偶然の産物。どちらも定期的な取引が見込めるとも思えないのですが」

 なるほど「大量生産の見込めない調味料」とジーノ青年が言った理由は、そのあたりにあったようだ。
 つみれに関しても「半端物」との意識が強く「料理」との意識があまりなかったに違いない。

「偶然なら、必然にしましょう!後で提案書を書き起こしますから、目を通して貰って、フォサーティ卿が可能と思われた部分を、四部族のかたでも、何ならでも、話を持ちかけてみて頂けませんか?」

 仮にサレステーデが自治領化すれば、北方遊牧民の部族の間でも動揺は生まれるだろう。
 自分達の扱いはどうなるのか、と。

 その時に、圧力を受けないだけの二次産業を確立させておく、あるいは見通しだけでも立てておけば、この機に乗じて叛乱あるいは独立を…などと不穏な計画は、少なくともすぐには生まれない筈だ。

 そう言う意味をこめてジーノ青年を見つめてみたところ……そう長い沈黙の時間を必要とせず、彼の顔色が変わった。

 ――もし彼が宰相家に入り、ミラン王太子の側近候補にまで上り詰めてきた理由が、北方遊牧民の部族を護る為だったとしたら。

 先王の代で流出してしまった、カラハティによる外貨収入をサレステーデから取り戻す事で、北方遊牧民への迫害の歴史も含めて何とか関係の修復を図りたい国王と、基本的には父親の意を汲みつつ、出来れば自分の代で国ごと吸収したいミラン王太子。

 カラハティの牧畜を生業とする部族にすれば、バリエンダールとサレステーデの統合は、遊牧移動の面から言っても歓迎される。

 ただし先王への不信感も根強く残っていて、現王家がどこまで自分達の存在を認めてくれるのか、先行きが不透明。

 単にサレステーデを自治領化するだけでは、北部地域に住まう彼らとて、自治領化を望むようになるかも知れない。

 恐らく今頃王宮では、その危険性について散々に取り沙汰され、天秤にかけられている筈だ。

 ジーノ青年ですら把握していない、遊牧民たちの部族数。
 それぞれが自治や独立を主張しだせば、今度はバリエンダールの、国としての治安が揺らぐ。

 ならば国の方から、彼らの伝統を尊重した第二次産業を提示して、生活の安定を保障すれば良い。
 サレステーデの自治領化にあたって、北部地域の境界線を改めて決めれば良い。

 ジーノ・フォサーティの名は、北方遊牧民の頭にもなり得るし、バリエンダールの次期宰相にもなり得る名だ。
 彼は恐らく、

 王と王太子と宰相の出方を伺っていて、現時点ではミラン王太子が、最も彼の目指す場所に近いと言うだけだ。

「……その書面とやらは後でゆっくり拝見するとして」

 王家とのやり取りはテオドル大公に預けてでも、私は目の前のジーノ青年と話を詰めなくてはならないと、この時に確信した。

「今、どんな事を案として考えているのか、素案を伺っても?」

 私は片手をパッと開いて、指を折り込んでいく形で一つずつ説明する事にした。

「まず、皆さんが着用されている衣装。衣装そのものを部外者が着用する事が不快だと言う場合は、ショール、剣帯、ブーツ…あるいは人形を作って着せるのはどうでしょう?一体の人形に色々な部族の服を着せる事が可能になりますから、生地としては少なくとも数は補えます。この辺りは、どれなら定期的に王都の店舗に卸せるかを私に教えて下さい」

 着せ替え人形に関しては、話をしている途中で思いついた事だ。
 それならば、王都で北方遊牧民の血を引いている事を伏せて暮らす人々にも、子供のおもちゃと称して隠れ需要があるかも知れないからだ。

 リクエストがあれば、希望の刺繍を施すと言う形にして、予約販売制にしても良いかも知れない。
 民族の誇りは、人形を通して子や孫の世代にだって受け継がれるかも知れない。

「人形……」

 思いもしなかった、と言った表情をジーノ青年は見せた。
 これにはバルトリも、大きく目を見開いている。

「次にエプレりんご。実と砂糖と水とで、パンの種に使える部分やら、調味料になるタイミングやら、これから実験をして、安定生産を目指しましょう。それまでは皮の部分なんかを使って、香り袋ポプリを作りませんか?」

 何と言ってもここはバリエンダール、ハーブやスパイスの入手は容易な筈だ。
 あとは塩と、北部で有名な花の蕾なり花びらなりを一緒に仕込めば、しばらくはインテリアとしても使えて、完成後は入浴剤にもなり得る、香り袋ポプリもとの完成だ。

 完成品を詰める小袋には、花柄でも、何なら民族の紋章を刺繍してみたって良いかも知れない。
 薔薇風呂ではないけど、仕込む花びら次第では貴族層にだってウケそうな気がする。

「それと、魚介関係。アングイラは身の部分を食べる用途で焼くとして、残りの部分は魚醤…って私の居た国では呼ばれてましたけど、調味料の原材料にしちゃいましょう。これも、どのくらい放置しておけば味が落ち着くか、実験しても良いですね。他の魚も、丸々焼いたり煮たりする、通常メニューに使わない分は、細切れにして茹でちゃいましょう。どっちも飛躍的に保ちが良くなりますから、他の地域への輸出が容易になります」

「輸出……」

 少なくともユングベリ商会のアンジェス本店は、輸入しますよ?

 私はそう言って、片目を閉じた。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ

青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。 今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。 婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。 その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。 実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。