聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
341 / 803
第二部 宰相閣下の謹慎事情

391 妹>兄

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「失礼致します」

 バリエンダールの王宮侍女に、部屋の灯りは消さないようにとお願いをして、下がって貰った筈が、それほどの間を置かずして、扉が再びコンコンとノックされた。

「――にございます、お嬢様」

「⁉」

 さっきのバルトリもそうだったけど、バリエンダール王宮、警備は大丈夫なのか。

「ご指示頂いておりました品物が手に入りましたので、お持ち致しました」

 品物と言うのは、明日の散策衣装だろうか。
 
 眉を顰めはしたものの、声は間違いなく〝シーグ〟のソレだ。

「……イオタ、外に回れる?」
「はい⁉」

 一応、ここは1階じゃない。
 すぐに扉を開ける愚は犯したくないので、どう言う反応をするかと思って何気なく聞いてみたら、素で声が裏返っていた。

「ここ、アンジェスでもギーレンでもありませんけど、不法侵入者扱いされたらちゃんと責任とって下さるんですよね?」

 反発しない。
 無理とも言わない。
 そう返せるからには、誰かに脅されて立っているって事もなさそうだ。

 いやぁ、お兄ちゃんより遥かに成長したねシーグ。

「冗談、冗談、今開けるから」

 そう言って私はようやく、シーグを部屋の中へと招き入れた。

「って言うか、そもそもイオタこそ既に不法侵入じゃないの。しれっと王宮侍女のフリなんかして。さっき来たバルトリもそうだったけど、どうやって王宮に入ってきているの?」

 ちょっとした私のイヤミにも、シーグは動じた風ではなかった。

「そのバルトリさんに、認識疎外の魔道具を貸して貰ったんですが」

 そして投げたイヤミの球を想定外の方向に打ち返された私が固まった。

「え…認識疎外の魔道具って、透明人間にもなれるの……?」

「その『とうめいにんげん』なるものが私にはよく分かりませんが、それを持っていると、他の人からは存在が見えなくなるんだそうで。景色を変えるだけならギーレンやサレステーデにもありますが、人となるとアンジェス王宮管理部の門外不出の設計になるそうで。今回の為に特別に、バルトリさんには複数個融通されているらしいですよ」

 殿下の所に持ち帰れないのが残念です、と真顔で語るシーグ。

 リファちゃんが付けている魔道具もそうだけど、既存の品をドンドンと改良してのける、突き抜けたオタクっぷりがもはや怖いよ、王宮管理部。

「……バルトリには「さん」付なの、イオタ?」

 不意に気付いた疑問を口にしてみれば、シーグ自身も無自覚だったのか「ああ…」と、軽く目を見開いていた。

「衣装のせいなのか、独特の雰囲気があると言うか、呼び捨てにしづらいと言うか……」

「まあ、確かに分からなくはないけどね。それで今、バルトリは?」

「多分まだ、この衣装を貸してくれたと言う人と話をしてるんじゃないかと。なのでリックと今、手分けして衣装を各部屋に届けてました」

 私の部屋が最後、と言う事でシーグが手にしていた服をソファの背もたれに広げて見せてくれた。

「うわぁ……」

 赤と青がメインカラーになっていて、青いプリーツがたっぷり入ったワンピースは女性用と言う事だろう。
 襟元、袖口、裾は赤を基調とした刺繍が丁寧に施されていた。

 バルトリからの又聞きと言う事でシーグが説明してくれたところによると、民族ごとにメインカラーや刺繍の模様が違ったり、模様なしで単一色の袖口だったりする事もあるそう。

 そして耳当て付の刺繍入り帽子とショールに関しては、公的な場、正式な会がある時などに羽織るのだそうで、ショールに関してはフリンジ部分が普通のショールよりも割合が多く、目立つ形になっていた。

 男性用に関しては、女性と同じデザインのシャツに、カラハティの皮で作られたパンツを合わせるのだそうだ。
 
 あとは男女とも、足元にはカラハティの皮や毛皮でできた靴を履くのが正式な出で立ちらしい。

「ただ靴だけは、雪の大地で歩く事を想定しているから、王都で使用するのは、あまり向いていないんだそうです。貸して下さった方も、そこは環境に合わせるべき――と、刺繍だけを残して、ブーツに改良されたらしいですよ」

「ああ、なるほど」

 と言う事は、将来における己の民族の在り様についても、比較的柔軟な思考の持ち主なのかも知れない。
 ならそれなりに明日は、実のある話が出来るのかも知れない。

「衣装の件は、ありがと。明日は『ユングベリ商会従業員』として宜しくね?」
「ええ…まあ――」
「――それでね」

 頷きかけたシーグを遮るように私が顔を覗き込めば、どこかのタイミングで聞かれるだろうと思っていたっぽいシーグは、ちょっと表情かお痙攣ひきつらせていた。

の収穫はあった?」
「……っ」

 敢えてニッコリ笑えば、案の定ドン引いている。
 仕方がないので、ちょっとだけ手札を見せる事にする。

「ここに来る前も一度言ったけど、私としてはまだデビュタント前だけど、ここの王女様を推したいと思ってるの。あくまで今のところだけど」

「え…王女様って確か……」

「15歳。だけど貴族の結婚としては、それほどおかしな年齢差じゃないでしょ」

 ギーレンのエドベリ王子は25歳。
 別に現代日本でもそれほどおかしな年齢差じゃないけど、そこは比較対象にならないので口にしない。

「それに、が落ち着く頃でもあるし」

 王子様と聖女様の婚姻――なんて言う「夢と感動の物語(!)」は、成立させないワケにはいかない。

 結婚式もそうだし、王太子として立太子される儀式もいずれこなさなくてはならない。

 アレコレ準備しこみを考えるとするならば、実はミルテ王女がまだデビュー前だと言うのは、諸々都合の良い話ではあるのだ。

 そんなコトを若干嚙み砕いて説明すると、シーグはすぐには言葉を続けられなくなっていた。

「ただ、肝心の王女様がどこぞの聖女サマみたくお花畑の住民じゃ意味ないから、明日のお茶会で見てみたいとは思っているんだけど」

「そ…れは……確かに」

「シーグとリックは、来てすぐに王宮の王女サマだ王太子サマだって言ってもさすがに探れないだろうから、今日はとりあえず王家に嫁げそうな血筋のお嬢様方の情報を集めたんじゃないの?どうだった?明日のお茶会にもいるかも知れないし、教えて?」

 明日は朝早いのに良いのか、とその目が語っているけれど、そもそも衣装を持って部屋に来ている時点で、聞かれないとでも思っていたんだろうか。

 ちょいちょい、と向かいのソファを指させば、シーグも渋々と言ったていで腰を下ろした。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ

青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。 今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。 婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。 その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。 実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。