聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
340 / 803
第二部 宰相閣下の謹慎事情

390 北方遊牧民の事情

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「あ、ねえバルトリ」

 テオドル大公にマトヴェイ外交部長、ベルセリウス将軍までいた日には、セーラー服着て機関銃持って、どこの事務所に乗り込むんだって言う錯覚を覚えてしまう。

 多分商業ギルドだってラヴォリ商会の人たちだって、どこの組織からケンカを売りに来たんだ…としか思わない気がする。

 半瞬悩んで、私はふと思いついた事をバルトリに聞いてみた。

「バルトリの着ているその服、ここにいる人数分、手に入らないかな」

「………え?」

「だって、将軍とかマトヴェイ外交部長とかは体格も良いし、テオドル大公も大貴族の威厳に満ち溢れておいでだし、とてもそのまま王都散策出来る出で立ちじゃないもの」

 この三人のバリバリの貴族臭を完全に消す事はなかなか難しいとは思うものの、バルトリが着ている民族衣装があれば、その背景を知るであろうこの国の人たちは、恐らくは彼ら自身ではなく、衣装の方に目を向ける。

 特にテオドル大公が身バレする危険が減るように思うのだ。

「あと出来れば、この民族衣装をユングベリ商会で取り扱いたい。今、バルトリが着ているその本来の生地の衣装ふくを見て思ったんだけど、ダメかな?例えば縫える職人が減っているって言うなら、支援出来ないか考えるし、食べていけないから廃業するって言うお店や工場があるなら、提携も考えるよ?あ、エドヴァルド様の名前でゴリ押しとかする訳じゃないから心配しないで!あくまで商会の売り上げの中から回す事を考えてるから!貴族層に流行らせるのは難しいかも知れないけど、そのすぐ下の富裕層が貴族家にお呼ばれされた時に着ていける程度には、格式はあると思うんだよね……」

 実際、テオドル大公、マトヴェイ外交部長、ベルセリウス将軍とそれぞれの年代で着こなせるなら、多分街中をねり歩いただけで、抜群の広告塔だ。

「まあでも、民族衣装って背景が色々と繊細だから、そもそも自分たち以外が着る事を潔しとしない――とかなら、今の話は諦めるしかないんだけどね。でも、せめて剣帯とか装飾系の品物くらいは売りに出してみたいんだけど……難しいかな」

 最初は軽く目をみはっていたバルトリも、話の途中からは完全に声を出す事も忘れていたみたいだった。

「……恐らく衣装の方は、仰る通り北方民族の血を引く者からすれば、他民族の者がそれを着用する事に抵抗を覚える可能性があります。ただ俺みたいに、住み慣れた土地を離れて散り散りになってしまった者も一定数いるでしょうから、そちらの側に立てば、衣装を仕立てられる店があると言うのは、この上ない喜びかも知れない」

 ややあって、自分の中でも話が吞み込めたのか、ようやく「恐らくは、購買層が限られてしまいそうで、それでは今と同じ先細りのままな気がします」とも、バルトリは言った。

「男性は剣帯、女性はショール、あと共通でブーツなんかであれば……きっと皆、自分たちの技術が買われた、自分たちの原点を知って貰えると、取引を受け入れるような気がします。衣装を借りて来るついでに、話をしてみた方が良いですか?」

 1回限りの着用なら、も今回は貸すなり譲るなりしてくれるだろうとの事だった。

 北方民族特有の刺繍入り剣帯とショール、カラハティの皮で出来ていると言うブーツの提携販売に関しては、明日、時間が取れそうならアポを取っておくとバルトリは言った。

「ああ、あと、一応俺と同じ宿にいて、今は別口の調査中。途中経過は明日にでもタイミングを見計らって、一度伝えると言ってましたよ」

「ありがと、分かった」

 あの二人シーグリックは元々、ギーレンのエヴェリーナ妃の命を受けて、エドベリ王子の結婚相手になりそうな、適齢期のご令嬢をリサーチする旅に出ている。

 多分今頃は、ミルテ王女を筆頭に、バリエンダールの高位貴族令嬢の縁組事情に複数探りを入れている事だろう。

 双子の現状だけを簡潔に述べたバルトリは、その後はこちらの返事を待たずに姿を消した。

 そう言えば、よく堂々と王宮に侵入出来たなと後から気が付いたけれど、その時には〝鷹の眼〟だから何でもアリかと、深く考えずじまいになってしまった。

「じゃあそう言う事なので、出かけるのは明日の朝にします。多分今晩か明日の朝早くに、街歩き用の衣装が届くでしょうから、出かける時にはそちらの着用をお願いします。それがないと、ちょっとご一緒しづらいです」

 バルトリを見送った私が、くるっとそこで振り返ると、何故だか皆一様に、唖然とした表情かおをこちらに向けていた。

「…どうかしました、皆さん?」

「……ヤンネ・キヴェカスの所に持ち込まれる案件が、やってもやっても減らん理由の一端を垣間見たわ」

 そう言えば、ヤンネの父ヨーン・キヴェカス先代伯爵とは飲み仲間でしたね、大公サマ。
 当初からある程度の話は知っていても不思議じゃなかったかも知れない。

「まだ取引させて貰えるとは限りませんよ?」

「いや、わしがネーミ族の代表、あるいは工芸品を扱う商会の人間であれば、間違いなく其方そなたの提案には頷くであろうよ」

 首を傾げる私にテオドル大公は「さっきの青年も『衣装でなければ、あるいは』と言っておっただろう」と、補足を入れてくれた。

「相手の伝統に敬意を払いつつ、迫害への同情だけでもなく、その技術への正当な対価を払う形での取引――よほど頑なに時代の変化を拒んでおるのであれば話は別だが、恐らくは相手方も、カラハティの牧畜だけでは先細りになる事を分かっておる筈、其方そなたの提案には少なくとも一度は耳を貸す筈と、あの青年はそう内心で算段をつけながら出向いて行った様に思うがな」

「確かに、彼、無理だとは言わずに行きましたな」

 マトヴェイ外交部長も、言われて見れば…とばかりに頷いている。

「それにしても大公殿下、あの特徴的な紋様はネーミ族のものでしたか」

「いや、あの辺りはサレステーデとの国境にまたがって、代表的な部族だけでも四つはあるし、各部族ごとに紋様にも差がある。間違ってはおらん筈だが、確実とは言えんよ」

 さすが外交経験豊富な王族と、外交部長である。
 私の知らない話がそこには存在していた。

 カラハティ製品と言えばサレステーデと、教科書的な知識で認識していた私には「なるほど」と思わせる話だった。

 遊牧の過程で、サレステーデとバリエンダールの間を行き来するような生活であれば、確かにバリエンダールにだってカラハティ製品は入ってくるだろう。

 それでもなぜ、サレステーデ=カラハティと言う形で有名になったのかと言えば、どうやらバリエンダール側の遊牧民への差別と当時の政策が、そこには起因していると言う事だった。

「その、北方民族の迫害の話と言うのは有名なんですか?」

 私は多分、バルトリがいなければ、詳細を知る事はなかっただろう。

 イデオン公爵邸書庫で見たバリエンダールの資料に関しても「北部地域に独自文化を持つ民族がある」と言った程度でしかなかった。

 だけど公務としての外交がある王族や、その下地を支える外交部がそれ以上を知っていると言う事は、その一文だけでは失礼にあたる程の事はあると言う事だ。

 テオドル大公とマトヴェイ外交部長は一瞬だけ顔を見合わせ、軽く頷いたマトヴェイ外交部長の方がその先を説明してくれた。

「そうか、さっきの彼がイデオン公爵邸にいる分、ある程度は承知しているだろうと思ってはいたが、確か異国の民だったな……まあ確かに、一般的な貴族令嬢が知る話ではないかも知れん。だが王宮官吏やバリエンダールと取引のある商会なんかは、知る必要のある話だ。つまり、ある程度は知られた話、と言う事だな」

 なるほど。
 なら、うっかり口にしてしまって素性を怪しまれると言った事にはならないのだろう。

 私は納得した、と言う風に軽く頷いた。

「まあ、ここだから口に出来る話でもあるが、己の権威を隅々まで行き渡らせたかった先代陛下による、強引な言葉や文化の同化教育の成れの果てが、民族迫害に繋がったと見るべきだろうな」

 同化教育を拒否した勢力に対しては、今度は徹底的な分離政策をとって「人種的に劣った民族」のレッテルと共に、一般社会からの完全な切り離しを図ったらしい。

 その結果、他国へと流れたり、北方民族をルーツとする事を隠して生活をする者達も出てきたんだそうだ。

「今のメダルド国王陛下は、バリエンダールから流れた人々が、サレステーデでカラハティ製品を広めた結果、かなりの外貨を稼ぎ出している点を問題視されて、先代陛下の方針を否定された。だから恐らくだが……バリエンダールでも、北方民族の工芸品を中央で広めたいとなれば、陛下とて興味を持たれるのではないかな」

「……え」

 思いもよらないマトヴェイ外交部長の言葉に、私はカチッと固まってしまった。

 ははは…!と笑ったのは、テオドル大公だ。

「うむ、儂もそう思うぞ。さすがに明日はついて来んだろうが、後で話は聞きたがるのではないかな」

「………」

 えーっと。
 何故か背中越しにウルリック副長の溜息が聞こえた。

 そろそろキヴェカス卿が倒れそうだとか言っているのも同時に聞こえて来る。

「あ、そこは大丈夫ですよ、副長!宰相閣下が高等法院からフォルシアン公爵令息を休職代わりに助手につけるって言ってたんで!フォルシアン公爵夫人のお墨付き案件です」

 一応フォローを入れたつもりが、大公サマには更に爆笑され、将軍と副長は「お館様……」って、片手で額を覆っていた。

と思っていたんですね……」

「まあまあ、おぬしらはおぬしらの責務を果たしていると、帰国後の口添えはやぶさかではないぞ。そのまま儂の身の安全にも直結するのでな」

「――何とぞ是非」

 どうやら大公サマと副長の間でだけ、何かを分かり合っているみたいだった。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

完結 穀潰しと言われたので家を出ます

音爽(ネソウ)
恋愛
ファーレン子爵家は姉が必死で守って来た。だが父親が他界すると家から追い出された。 「お姉様は出て行って!この穀潰し!私にはわかっているのよ遺産をいいように使おうだなんて」 遺産などほとんど残っていないのにそのような事を言う。 こうして腹黒な妹は母を騙して家を乗っ取ったのだ。 その後、収入のない妹夫婦は母の財を喰い物にするばかりで……

【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら

冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。 アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。 国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。 ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。 エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。

お前のせいで不幸になったと姉が乗り込んできました、ご自分から彼を奪っておいて何なの?

coco
恋愛
お前のせいで不幸になった、責任取りなさいと、姉が押しかけてきました。 ご自分から彼を奪っておいて、一体何なの─?

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

【完結】略奪されるような王子なんていりません! こんな国から出ていきます!

かとるり
恋愛
王子であるグレアムは聖女であるマーガレットと婚約関係にあったが、彼が選んだのはマーガレットの妹のミランダだった。 婚約者に裏切られ、家族からも裏切られたマーガレットは国を見限った。

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。