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第二部 宰相閣下の謹慎事情

389 白旗上げます

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「無事に着いている事だけなら、到着直後〝扉〟が閉じるのと引き換えに、向こうにも伝わっておる筈だが……」

 問題が生じた場合〝転移扉〟を開けておけば、双方まだ対処のしようがあると言う事で、逆に無言のまま〝扉〟が閉じれば、それは問題なく移動出来ていると言う事の裏返しにもなるらしい。

 効率的な話だと思う。

「もともと王都の中は三日目なり最終日なりに散策するのではなかったか?その事は伝えてあるし、許可も得ておるが、今からとなると、それはそれで一応連絡を入れておいた方が良いと思うがな。と言うか、何も其方そなたが行かずとも、誰かに頼めば良いのではないか?」

 どうやらテオドル大公は、商業ギルドの仕組みをあまりご存知ではないようだった。

 もっとも私も、ボードリエ伯爵やらアンジェス、ギーレン各ギルド関係者の皆様から教わって覚えた事なので、その辺りをとやかく言おうとは思わない。

 私はやんわりと、手紙自体はギルド発行の身分証を持つ者しか出せないのだと、テオドル大公とマトヴェイ外交部長に説明した。

「――なら、明日の朝にしたらどうかと思いますよ?」
「⁉」

 そこへ急に、窓の外、バルコニーの方から聞こえてきた声があり、目を丸くした私やテオドル大公の周囲が一斉に殺気立った。

「ああ、失礼。イデオン公爵邸付護衛〝鷹の眼〟のバリエンダール担当、バルトリです。中に入っても?」

 いつからいたのか、窓越しにもたれる背中が今は見えていて、首だけを器用にこちらに傾けて、ひらひらと片手を振っている。

 いつの間に…とか、ベルセリウス将軍の部下の三人がざわついているからには、よほど上手く気配を消せるのか、本当に今来たのか、どちらかなんだろう。

 もともとバルトリは、バリエンダール北部地域の少数民族の出で、幼少時代に民族迫害で散り散りになったところ、たまたま海沿いのエッカランタ伯爵領に流れ着いたのがアンジェス定住のきっかけだったと聞いた。

 彼は己のアイデンティティを示す為か、アンジェスでも他に見た事がないその民族固有の紋様を縫い込んだ服やベルト、ズボンなどを必ず身に付けている。

 本来の生地は寒さ対策として〝カラハティ〟から採れるそうで、チュニックタイプのトップスも襟までぴちっと締められるらしいけど、アンジェスでは暑すぎて不向きらしい。
 だからエドヴァルドを通じてヘルマンさんに、アンジェスの生地や服への模様の刺繍を依頼した結果の、今のスタイルに落ち着いているんだとか。

 自分の稼ぐお金を全てそこに注ぎ込んでも良いから――と、公爵邸〝鷹の眼〟に雇われる際に、民族の誇りが残せる服を、と頼み込み、エドヴァルドもその条件を引き受けたものの、実際のエドヴァルドはヘルマンさんに依頼をしているのだから、多分差額は黙って公爵家の財布から出ている筈だ。

 そして今はバリエンダールにいるため、どうやら生地も含めて本来の民族衣装を着用している様に見えた。
 生地の古さを考えると、もしかしたら彼が最初から持ち続けている衣装なのかも知れない。

 その状態でバリエンダールに居て大丈夫なのかと逆に心配になったものの、迫害自体はメダルド国王の即位前後の出来事であり、現在は王自身がそれを許さず、少数民族も尊重しようと言う風潮が根付き始めているそうで、逆に気を遣われたりする事もしばしばなんだと言う。

 顔ももちろん覚えてはいるけど、何と言ってもその衣装と地模様が、間違いなくバルトリである事の証明でもあった。

「テオドル大公、マトヴェイ外交部長。彼は間者ではありません。間違いなく宰相閣下の部下です。もともと、情報収集の為にバリエンダールに来ていて、私が着いた頃に合流させると言われてはいたんです。――中に入れても?」

 二人は一瞬だけ顔を見合わせ、テオドル大公が代表する形で「まあ、そう言う事であれば」と頷いた。

「申し訳ありません。王都商業ギルドに行く云々…と言った話が聞こえたものですから、儀礼に反し声をかけさせて頂きました」

 中に入って来たバルトリは、そう言って居並ぶ面々に一礼した。
 
 彼は確かに〝鷹の眼〟の一員ではあるけれど、民族が離散する前は、それなりに余裕のある家にいたんじゃないかと思わせる優雅さが、そこにあった。

 何となく、先祖伝来の土地を出てからも、両親なり周囲の人間なりが、キチンとした教育を施していた風に見えるのだ。

 現に「構わんよ」と答えるテオドル大公も、ちょっと意外そうだ。

 もっとも、バリエンダールに何度も来ているテオドル大公からすると、バルトリが着用している民族衣装の意味も、よく分かっていて、両方の驚きがあるのかも知れない。

「ごめん、バルトリ。それで、明日にした方が良いって言った?」

 とりあえず、この場では余計な前置きはいらないだろうと、私が早速本題を口にすれば、バルトリも「ええ」と頷いた。

「確かに商業ギルドは『年中終日無休』ですし、手紙を出すだけであればそれも良いでしょうが、明日の朝であれば、魚介類専門の市場も早い時間から開きますし、実際に会うのは明後日以降だとしても、ラヴォリ商会の商会長に繋ぎだけでも取る事は出来るでしょう。効率悪く何往復もしないで済みますよ」

 何なら少し散策して、店舗を構えるのに良さそうな地域の目星もつけられますよ?と言われて、私は「うーん…」と考え込んだ。

「確かに今から行っても、分かるのって、夜になると物騒な地区かどうかってコトくらいよね……」

「ええ。それをやったら、戻ってお館様に激怒されるのは俺です。そう言う意味でも、ご一考を」

 バルトリの言葉に、何故か周囲の全員が「あー…」と、納得の表情を見せた。

「お見事。将軍がいるから大丈夫と言われると我々も反論しにくい」

 パチパチと、ウルリック副長がわざと大きな音を立てて手を叩いている。

「レイナ嬢、明日の朝食は不要とさっきの侍従長にでもお言付けになって、朝早めに出かけられてはいかがです?ミルテ王女主催のお茶会と言うのは午後の早い時間の話でしたよね?それまでにお戻りになれば宜しいかと」

 それでもちょっと迷っているのを察したのか、ウルリック副長が不意に私の近くまです…っと歩を進めて来た。

「魚介の市場があるなら、朝食を食べられる様な店も複数ある筈ですよ。味わいたかったんじゃないんですか?バリエンダールの魚介類」

「……っ」

 内緒話をするかの様に囁かれたウルリック副長の言葉に、私は潔く白旗を上げた。

「うん?何を言った、ケネト?」

 どうやら聞こえなかったらしいベルセリウス将軍に、ウルリック副長はこのうえなく胡散く――もとい、極上の笑みを閃かせた。

「いいえ、大したことは。さすが我らが〝貴婦人〟は、すぐさまご納得頂けたようですよ?」

 笑顔のウルリック副長から、何故か〝圧〟を感じたらしいベルセリウス将軍は「そ、そうか」と、若干表情かお痙攣ひきつらせていた。

「ふむ…まあ、午前は大抵陛下も王太子殿下も公務や謁見があるし、あの方々は茶会の途中で様子は見に来るだろうから、恐らくは朝食を共にとの話も出まいよ。ならいっそ、儂らも同行しようか」

「え……」

 ぼそりと呟かれた大公殿下、まさか今着ている服のクオリティでとは仰いませんよね?
 それじゃエドヴァルドと一緒で、全く「くだけて」ませんからね⁉
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