聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

388 王族の器

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 ルイジ・リベラトーレ侍従長。

 宰相家と同様に、代々陛下の侍従長となる者を輩出する家系だそうで、こちらもやはり家系維持を優先して、血脈よりも実力を重んじているのだと、事前にテオドル大公からは説明を受けていた。

 表向き、宰相家も侍従長家も爵位で呼ばれてはいないものの、公式の場においては公爵家相当の扱いを受けていると言うのが現状らしい。

 後継のいなくなった爵位を論功行賞の対象にしたり、バリエンダールは意外に独自のシステムを持っている。

 自治領となるであろうサレステーデを、その後どうやって統治していくかについては、もちろん総督(仮)となるレイフ殿下が考えれば良い事なんだろうけど、バリエンダールの仕組みの中でも、採り入れられるところがあれば、参考にすれば良いのになと、ちょっと思った。

 まあ、テオドル大公から言って貰うくらいじゃないと、あの殿下は他人ひとの言う事をあまり聞いてくれなそうだけど。

「改めまして、お忙しいところ申し訳ございません、テオドル大公殿下。あるじより、ぜひ大公殿下のお言葉を頂戴したいとの要望があり、不肖私めがこの場までまかり越しましてございます」

 開かれた扉の向こうから、静かに奥までやって来た侍従長は、そう言って深々と頭を下げた。

 なんか、こう、妙に気品のある人だと思った。
 侍従長とは聞いたけど、思わず「あくまで…」と囁きそうな、執事セバスチャンとか呼びたくなってしまうような、そんな雰囲気が全身に漂っている。

 公爵相当の侍従長と言うのは、きっと特殊な立場だと思うんだけど、あくまでも使用人の長としての立場から〝ボウ・アンド・スクレープ〟ではなく、深い一礼の方を選んだと思えた。

「うん?儂の言葉とな?」

 単に「伝言」と言われなかった事で、テオドル大公がやや不審げに眉をひそめた。

「はい。主からは『申し訳ないが、夕食は共に出来そうにない』との言伝ことづてと共に、私、リベラトーレよりも先に誰かこの部屋を訪れたか、訪れたなら何か話をしたか、その辺りを可能な範囲で侍従長わたしに伝えては貰えないか――その様に申し付けられております」

 なるほど。

 さすがに国王の身でフラフラとテオドル大公の部屋には出かけられない。
 かと言って呼んでしまえば、どこに誰の目があるとも知れない。
 そしてテオドル大公に向かって「誰と何を話したのかを教えろ」なんて、居丈高な態度に出るのも、もってのほか。

 そうして頭を捻って考えついたのが――「テオドル大公のを侍従長に預ける」と言う婉曲表現だったのか。

 まったくもって、サレステーデの王族とは比較にならないと、私は正直に感心してしまった。

「……ふむ」

 ちょっと苦笑ぎみのテオドル大公も、多分似た様な心境なんだろうなとは思った。

「ここへはジーノがに来たな。謁見の際に言い忘れていた事はなかったかとも聞かれたから『までを耳に入れようとは思っておらぬ。それが戯言でないと断言出来るなら話は別だが』と言って戻らせた。――間違った事は言っておらぬだろう?」

「……左様でございますね」

 リベラトーレ侍従長が、テオドル大公の言葉の裏を把握するまでに、一瞬、間があった。
 あったけど、気付いていないと言う訳では決してない様に見えた。

「それからは、誰もここへは来ておらぬ。誰かが『戯言でない』と断言しにくるにせよ、話し合いが終わってからだと思うがな。陛下にはそう伝えれば良かろうよ」

「――お言葉、確かに承りました。ところで今、ざっと拝見しましたところ、アンジェスの皆様こちらにお揃いのようですので、宜しければ夕食は隣の空き部屋にご用意致しましょうか」

 さすが国王陛下の侍従長。
 謁見の間に見ただけでも、一応、随行員含めて顔ぶれは把握していたらしい。

「うむ。陛下や王太子殿下との夕食が流れたとの事であれば、それも良かろう。その上で、話し合いとやらが早く終わったなら、こちらへ来れば、手間も省けるだろうしな」

 では、そのように――との一礼を残して、リベラトーレ侍従長は下がって行った。

「じゃあ…私も服装はこのままで構いませんか?」

 バリエンダール側の人々を交えての「夕食会」ではなく、アンジェス側だけで、出される「夕食を頂く」となれば、わざわざドレスに着替えなくても良いのでは……と言う、確認と言うよりはお願いの入った私の視線に、テオドル大公は可笑しそうに低く笑った。

「別に、宰相の独占欲全開の青いドレスを見せびらかしてくれても、儂はいっこうに気にせんがな」

「……っ」

 何てコトを――と言いたいところが、持たされたドレスが全部青色なのは否定のしようもない為、思わず言葉に詰まる。

 その横で、マトヴェイ外交部長は、吹き出したいのをかろうじて堪える仕種を見せていた。

「や…はり、イデオン宰相が青いドレスの女性と王宮をねり歩いていたと言う噂は、あながち誇張ではなかったんだな」

「ねり歩いてません、普通の移動です!」

 思わず叫び返してしまった私に、まあまあ…とテオドル大公が笑う。

「実際、儂らしかおらんのであれば、そこまで向こうも礼儀云々は口にすまいよ。もしも途中で顔を出したとしても、それはあくまで向こうの都合である訳だしな。女性の支度は儂らが思う以上に大変だと、妻もよくこぼしておる。気楽に出来るのであれば、それに越した事はなかろうよ」

「有難うございます。ぜひ、そうさせて頂きます」

「うむ。それで、とりあえず今日の分の議事録は書きあがったのかね?」

 これに答えたのは、マトヴェイ外交部長の方だった。

「ええ。陛下にお渡しする正式文書としての議事録は、ここに」

 私は書記官扱いにはなっているけれど、公式文書として残すなら、マトヴェイ外交部長が清書をする方が良いと思ったからだ。

 と言っても、私は私で一応、予備の「写し」の方を作成はしたのだけれど。

「あの……大公殿下、ちなみにこの『控え』なんですが、先に宰相閣下に目を通して頂くのは問題ありますか?」

 控えの上に軽く手を置きながら聞いてみたところ、意図が掴めなかったのか、テオドル大公が首を傾げた。
 マトヴェイ外交部長も、ちょっと怪訝そうだ。

「あの、実は夕食の後、予定がひと段落したら、このバリエンダール王都の商業ギルドに顔を出したいと思っていたんです」

「うん?夕食の後と申したか?」

 まあ確かに、普通は夕食の後はのんびりお茶でも飲んで、入浴して寛ぐ…のが貴族のデフォルトなのかも知れないけど、そもそもイデオン公爵邸はあるじ自体が仕事人間、社畜生活者だ。

 夕食の後にのんびりと過ごした事など、ほとんどない。
 よほど帰りが遅く、夕食も遅くなった時くらいだろう。

 と言っても、驚いているのはテオドル大公だけで、マトヴェイ外交部長はむしろ、商業ギルドに行く事そのものに驚いているみたいだった。
 さすが王宮官吏、社畜生活はきっと似たりよったりなのに違いない。

「商業ギルドは早朝から深夜まで、丸ごと1日中稼働していて、休みと言うものが存在していません。それと、王家の次に短い日時で手紙を配達出来る権利を持っています。これらは各国共通の話です。ですので夕食後に出かけたとしても、既に閉まっているとか、そう言う心配は全く必要ないんです」

「いや、そこを心配している訳ではないのだがな」

 思わず、と言ったていで唸るテオドル大公に、私は「一人で行くとは言っていませんよ?」と言葉を繋いだ。

「ベルセリウス侯爵がいらっしゃれば、大抵の場所は出かけても大丈夫だと認識していますので」

「う…うむ、まあ、そうだな」

 急に話を振られたベルセリウス将軍が、ちょっと引いてるっぽかったけど、そこは無視スルー

「公式文書は戻ってから、マトヴェイ外交部長名で提出される…と言う事で、大公殿下が無事に着いている事を知らせるのと同時に、概略として知らせておこうかと思ったのですが」

 ううむ…と、テオドル大公はしばらく天井を仰いでいた。
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