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第二部 宰相閣下の謹慎事情
384 銀狼父子と大公サマはかく語りき
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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
「ふむ……貴国にサレステーデの第一王子、第二王子、第一王女の三名が今滞在していると言うのは、理解した。どうやら、全員貴族牢だと言う事も含めてな。テオ殿の言葉でなければ、にわかには信じぬところだが……」
口元に手をやりながら唸る、メダルド・バリエンダール国王陛下に、両隣のミラン王太子やフォサーティ宰相も、それぞれが何とも言えない表情ながらも、一応頷いてはいる。
そう言えば…と、書記をしながら私はふと思った。
テオドル大公、自分の判断なのか陛下なりエドヴァルドなりから言われているのかは分からないけれど、サレステーデの「幻の王弟」の話は、さっきから一切口にしていない。
キリアン第一王子の暴挙に関しては「バルキン公爵とその子飼」と言う言い方しかしていない。
もしかすると、国王、王太子、宰相が別々の思惑を抱えている場合の事を考えて、あえてこの場では手の内の全てを明かさない様にしている可能性があるように思えた。
こんな時は、書記と言う別の役目があるのは有難い。
私が何かを口にして、挙げ足を取られる可能性は格段に少なくなる。
「フィルバート陛下からの、この『自治領』としての共同統治案も、至って本気と言う事なのだな?その深慮の一端を今聞く事は出来ようか?サレステーデにはもう一人王子がいる筈。その王子が王位を継いで、今回の件と関わりのない高位貴族なり宰相なりが後ろ楯となるのが普通であろう?」
そしてメダルド国王の現実的な疑問で、こちらが必要以上に公開処刑になる事もなさそうで、それも有難かった。
「おや、陛下はまだ、サレステーデの第三王子が国内侯爵家に臣籍降下が決まっている事をご存じではありませんでしたか。まあ、我々も今回の愚行に関しての事情聴取の間にたまたま耳にした事なので、知る機会がなくても致し方ないところはありましょうが」
…これ、このまま「たまたま」って書き写すべきなんだろうか。
迷った私は悪くない。
うん、マトヴェイ外交部長が書いてくれていると信じておこう。
「うん?まあ第三王子だからな……婿入りの縁談が先んじて決まっていたとしても不思議ではないか……しかしこの様な状況ともなれば、縁談を白紙に戻すか、そのまま王と王妃とするか、いずれにせよ納得せざるを得ないのではないのか?」
「いえ、陛下。ここから先はどうやらサレステーデの国内でも一部貴族しか知らぬ事の様ですが、第三王子は日頃より素行が悪く、犯罪スレスレの事を国内でしでかした上に、臣籍降下をする家ではない別の家の令嬢を妊娠させているとか。どうも懲罰人事としての臣籍降下の様で、この王子を次の国王にしていては、早晩、国内でクーデターが起きるやも知れませぬぞ」
「⁉」
国王、王太子、宰相全員が息を呑んでいるのが私にも分かった。
「どうやらセゴール国王は第二王子を次の国王にする事を考えていたらしいとの話はあれど、今は病床の身。大勢の集まる場で証言された事でもないため、それは公の事としては認められず、第一王子側から命を狙われたところを、第二王子派ベイエルス公爵家の手引きで我が国に入ったようで」
「そのベイエルス公爵家の縁者がアンジェスにおるとでも?」
「さようですな。まあ、こちらはこちらで我が国の陛下との距離が遠い非主流派の家だったのですがね。何とかサレステーデの第一王子に対抗できる縁談をまとめて、凱旋帰国をしたい王子側と、その事でサレステーデとの繋がりが深くなると陛下に進言して、自らの立場を底上げしたかった非主流派とが手を組んだ結果が、同行した王女による、公爵令息の籠絡狙いその他諸々と言う訳でしてな」
………すみません、テオドル大公。
色々お気遣い頂いているようで。
多分三者三様に驚いているバリエンダールの皆様方の傍らで、マトヴェイ外交部長だけが無言で視線をこちらに向けていた。
ええ、そうです。
アレをざっくりまとめればそんな感じです――と言う風に、私は黙って頷いておいた。
「第二王子も何かしら考えてはいたらしいが、こちらは実行する前に第一王女が先に捕らえられてしまったものだから、結果的に何も出来んかったと言う状況になっておるな。だが計画があった事は分かっておるから、第一王子や第一王女ほどの罪はないにせよ、無罪と言う訳にもいかぬのよ」
「………」
テオドル大公の言葉が終わる頃に至っては、メダルド国王が「ううむ……」と、困り果てた様に呻き声を発していた。
「もはや王の交代程度では済ませられぬと言う事か……」
「だからこその『自治領』ですぞ陛下。今回、他国の王位争いに一方的に巻き込まれたのがアンジェス。だが、それを理由に王族を廃したところで、我が国がサレステーデを乗っ取る為に詭弁を弄しているとしか周辺諸国は思いますまい。起きた事態が事態なだけに」
「うむ。サレステーデ欲しさに難癖をつけているとしか思わぬであろうな。あまりに荒唐無稽、と」
「特に我が国は以前から水面下でギーレンと度々揉めておるしな。これ幸いと兵を出されでもすれば目も当てられぬ」
「……そうなれば、下手をするとアンジェス、サレステーデの双方がギーレンの軍門に降る可能性があると言う事か。確かにそれは、我が国にとっても好ましくない先行きとなり得るな。うむ、テオ殿が窓口となって我が国へとやって来たのが、アンジェスの誠意と決意の表明と言う訳だな。この自治領の仮の長として、サレステーデに赴かれるか」
どうやらバリエンダールの国王陛下は、話の通じない人と言う訳ではないらしい。
少なくともギーレンのベルトルド国王よりは、遥かに理知的と言えた。
貴方が自治領主になるのかと、問われたテオドル大公は苦笑ぎみに頭を振った。
「一度王宮を退いて、余生を楽しんでいた年寄りをこれ以上働かせんでくれんかね。第一、あのように寒暖差のある土地に行っていては、ただでさえ残り少ない寿命が縮むわ」
「笑えん事を言わんでくれ、テオ殿。王太子や宰相まで反応に困っているではないか。……ではテオ殿が行かぬとなると、誰が?自治領と言うからには、我が国へは報告と納税の義務を負うと言うだけで、実際に治める人間はアンジェスから出すつもりなのだろう?」
ああ、そうか。
フィルバートは、エドヴァルドと話し合って決めた自治領案の話を書きはしても、誰がそこに赴任するかについては書き記さなかったのか。
自治領案を受け入れて、アンジェスに来ると決めてから言うつもりだったか、そこはテオドル大公に発表させて、バリエンダール側の驚愕を想像して楽しむつもりだったか――うん、後者だろうな。きっと。
現にテオドル大公の方でも、その質問は予想していたと言わんばかりに、よどみなく答えたからだ。
「うむ。儂ではないが、もう一人の王族である陛下の叔父、レイフ・アンジェスから内諾は得たと聞いておる。そしてその下にサレステーデの第二王子を付けておけば、いらぬ事をして補佐職に落とされたのだと、誰もが理解出来るだろうし、王族としてのプライドが木端微塵になるであろう時点で、充分な罰だ――とな」
「なっ……」
「久々のバリエンダールゆえ、この後は自由にさせて貰うがな、陛下。三日後に戻る際には返信の用意と共に返事を聞かせてくれるかね」
「う、うむ。とりあえずはこの後は我らバリエンダールの人間だけで相談をさせて貰うとしよう。今夜の夕食は、それまでに話し合いが終わるかどうかも定かではない故、別々にとらせて貰いたい。明日の茶会や夕食会などは、話し合いの状況次第では顔を出す予定をしておるので、今回はそれで容赦願えるか」
もちろんですとも陛下、とテオドル大公は微笑った。
伊達に長く王族をやっていなかったんだな――と、思わず拍手をしたくなってしまった。
「ふむ……貴国にサレステーデの第一王子、第二王子、第一王女の三名が今滞在していると言うのは、理解した。どうやら、全員貴族牢だと言う事も含めてな。テオ殿の言葉でなければ、にわかには信じぬところだが……」
口元に手をやりながら唸る、メダルド・バリエンダール国王陛下に、両隣のミラン王太子やフォサーティ宰相も、それぞれが何とも言えない表情ながらも、一応頷いてはいる。
そう言えば…と、書記をしながら私はふと思った。
テオドル大公、自分の判断なのか陛下なりエドヴァルドなりから言われているのかは分からないけれど、サレステーデの「幻の王弟」の話は、さっきから一切口にしていない。
キリアン第一王子の暴挙に関しては「バルキン公爵とその子飼」と言う言い方しかしていない。
もしかすると、国王、王太子、宰相が別々の思惑を抱えている場合の事を考えて、あえてこの場では手の内の全てを明かさない様にしている可能性があるように思えた。
こんな時は、書記と言う別の役目があるのは有難い。
私が何かを口にして、挙げ足を取られる可能性は格段に少なくなる。
「フィルバート陛下からの、この『自治領』としての共同統治案も、至って本気と言う事なのだな?その深慮の一端を今聞く事は出来ようか?サレステーデにはもう一人王子がいる筈。その王子が王位を継いで、今回の件と関わりのない高位貴族なり宰相なりが後ろ楯となるのが普通であろう?」
そしてメダルド国王の現実的な疑問で、こちらが必要以上に公開処刑になる事もなさそうで、それも有難かった。
「おや、陛下はまだ、サレステーデの第三王子が国内侯爵家に臣籍降下が決まっている事をご存じではありませんでしたか。まあ、我々も今回の愚行に関しての事情聴取の間にたまたま耳にした事なので、知る機会がなくても致し方ないところはありましょうが」
…これ、このまま「たまたま」って書き写すべきなんだろうか。
迷った私は悪くない。
うん、マトヴェイ外交部長が書いてくれていると信じておこう。
「うん?まあ第三王子だからな……婿入りの縁談が先んじて決まっていたとしても不思議ではないか……しかしこの様な状況ともなれば、縁談を白紙に戻すか、そのまま王と王妃とするか、いずれにせよ納得せざるを得ないのではないのか?」
「いえ、陛下。ここから先はどうやらサレステーデの国内でも一部貴族しか知らぬ事の様ですが、第三王子は日頃より素行が悪く、犯罪スレスレの事を国内でしでかした上に、臣籍降下をする家ではない別の家の令嬢を妊娠させているとか。どうも懲罰人事としての臣籍降下の様で、この王子を次の国王にしていては、早晩、国内でクーデターが起きるやも知れませぬぞ」
「⁉」
国王、王太子、宰相全員が息を呑んでいるのが私にも分かった。
「どうやらセゴール国王は第二王子を次の国王にする事を考えていたらしいとの話はあれど、今は病床の身。大勢の集まる場で証言された事でもないため、それは公の事としては認められず、第一王子側から命を狙われたところを、第二王子派ベイエルス公爵家の手引きで我が国に入ったようで」
「そのベイエルス公爵家の縁者がアンジェスにおるとでも?」
「さようですな。まあ、こちらはこちらで我が国の陛下との距離が遠い非主流派の家だったのですがね。何とかサレステーデの第一王子に対抗できる縁談をまとめて、凱旋帰国をしたい王子側と、その事でサレステーデとの繋がりが深くなると陛下に進言して、自らの立場を底上げしたかった非主流派とが手を組んだ結果が、同行した王女による、公爵令息の籠絡狙いその他諸々と言う訳でしてな」
………すみません、テオドル大公。
色々お気遣い頂いているようで。
多分三者三様に驚いているバリエンダールの皆様方の傍らで、マトヴェイ外交部長だけが無言で視線をこちらに向けていた。
ええ、そうです。
アレをざっくりまとめればそんな感じです――と言う風に、私は黙って頷いておいた。
「第二王子も何かしら考えてはいたらしいが、こちらは実行する前に第一王女が先に捕らえられてしまったものだから、結果的に何も出来んかったと言う状況になっておるな。だが計画があった事は分かっておるから、第一王子や第一王女ほどの罪はないにせよ、無罪と言う訳にもいかぬのよ」
「………」
テオドル大公の言葉が終わる頃に至っては、メダルド国王が「ううむ……」と、困り果てた様に呻き声を発していた。
「もはや王の交代程度では済ませられぬと言う事か……」
「だからこその『自治領』ですぞ陛下。今回、他国の王位争いに一方的に巻き込まれたのがアンジェス。だが、それを理由に王族を廃したところで、我が国がサレステーデを乗っ取る為に詭弁を弄しているとしか周辺諸国は思いますまい。起きた事態が事態なだけに」
「うむ。サレステーデ欲しさに難癖をつけているとしか思わぬであろうな。あまりに荒唐無稽、と」
「特に我が国は以前から水面下でギーレンと度々揉めておるしな。これ幸いと兵を出されでもすれば目も当てられぬ」
「……そうなれば、下手をするとアンジェス、サレステーデの双方がギーレンの軍門に降る可能性があると言う事か。確かにそれは、我が国にとっても好ましくない先行きとなり得るな。うむ、テオ殿が窓口となって我が国へとやって来たのが、アンジェスの誠意と決意の表明と言う訳だな。この自治領の仮の長として、サレステーデに赴かれるか」
どうやらバリエンダールの国王陛下は、話の通じない人と言う訳ではないらしい。
少なくともギーレンのベルトルド国王よりは、遥かに理知的と言えた。
貴方が自治領主になるのかと、問われたテオドル大公は苦笑ぎみに頭を振った。
「一度王宮を退いて、余生を楽しんでいた年寄りをこれ以上働かせんでくれんかね。第一、あのように寒暖差のある土地に行っていては、ただでさえ残り少ない寿命が縮むわ」
「笑えん事を言わんでくれ、テオ殿。王太子や宰相まで反応に困っているではないか。……ではテオ殿が行かぬとなると、誰が?自治領と言うからには、我が国へは報告と納税の義務を負うと言うだけで、実際に治める人間はアンジェスから出すつもりなのだろう?」
ああ、そうか。
フィルバートは、エドヴァルドと話し合って決めた自治領案の話を書きはしても、誰がそこに赴任するかについては書き記さなかったのか。
自治領案を受け入れて、アンジェスに来ると決めてから言うつもりだったか、そこはテオドル大公に発表させて、バリエンダール側の驚愕を想像して楽しむつもりだったか――うん、後者だろうな。きっと。
現にテオドル大公の方でも、その質問は予想していたと言わんばかりに、よどみなく答えたからだ。
「うむ。儂ではないが、もう一人の王族である陛下の叔父、レイフ・アンジェスから内諾は得たと聞いておる。そしてその下にサレステーデの第二王子を付けておけば、いらぬ事をして補佐職に落とされたのだと、誰もが理解出来るだろうし、王族としてのプライドが木端微塵になるであろう時点で、充分な罰だ――とな」
「なっ……」
「久々のバリエンダールゆえ、この後は自由にさせて貰うがな、陛下。三日後に戻る際には返信の用意と共に返事を聞かせてくれるかね」
「う、うむ。とりあえずはこの後は我らバリエンダールの人間だけで相談をさせて貰うとしよう。今夜の夕食は、それまでに話し合いが終わるかどうかも定かではない故、別々にとらせて貰いたい。明日の茶会や夕食会などは、話し合いの状況次第では顔を出す予定をしておるので、今回はそれで容赦願えるか」
もちろんですとも陛下、とテオドル大公は微笑った。
伊達に長く王族をやっていなかったんだな――と、思わず拍手をしたくなってしまった。
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