聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
334 / 803
第二部 宰相閣下の謹慎事情

384 銀狼父子と大公サマはかく語りき

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「ふむ……貴国にサレステーデの第一王子、第二王子、第一王女の三名が今滞在していると言うのは、理解した。どうやら、全員貴族牢だと言う事も含めてな。テオ殿の言葉でなければ、にわかには信じぬところだが……」

 口元に手をやりながら唸る、メダルド・バリエンダール国王陛下に、両隣のミラン王太子やフォサーティ宰相も、それぞれが何とも言えない表情ながらも、一応頷いてはいる。

 そう言えば…と、書記をしながら私はふと思った。

 テオドル大公、自分の判断なのか陛下フィルバートなりエドヴァルドなりから言われているのかは分からないけれど、サレステーデの「幻の王弟」の話は、さっきから一切口にしていない。

 キリアン第一王子の暴挙に関しては「バルキン公爵とその子飼」と言う言い方しかしていない。

 もしかすると、国王、王太子、宰相が別々の思惑を抱えている場合の事を考えて、あえてこの場では手の内の全てを明かさない様にしている可能性があるように思えた。

 こんな時は、書記と言う別の役目があるのは有難い。
 私が何かを口にして、挙げ足を取られる可能性は格段に少なくなる。

「フィルバート陛下からの、この『自治領』としての共同統治案も、至って本気と言う事なのだな?その深慮の一端を今聞く事は出来ようか?サレステーデにはもう一人王子がいる筈。その王子が王位を継いで、今回の件と関わりのない高位貴族なり宰相なりが後ろ楯となるのが普通であろう?」

 そしてメダルド国王の現実的な疑問で、こちらが必要以上に公開処刑みせものになる事もなさそうで、それも有難かった。

「おや、陛下はまだ、サレステーデの第三王子が国内侯爵家に臣籍降下が決まっている事をご存じではありませんでしたか。まあ、我々も今回の愚行に関しての事情聴取の間に耳にした事なので、知る機会がなくても致し方ないところはありましょうが」

 …これ、このまま「たまたま」って書き写すべきなんだろうか。
 迷った私は悪くない。

 うん、マトヴェイ外交部長が書いてくれていると信じておこう。

「うん?まあ第三王子だからな……婿入りの縁談が先んじて決まっていたとしても不思議ではないか……しかしこの様な状況ともなれば、縁談を白紙に戻すか、そのまま王と王妃とするか、いずれにせよ納得せざるを得ないのではないのか?」

「いえ、陛下。ここから先はどうやらサレステーデの国内でも一部貴族しか知らぬ事の様ですが、第三王子は日頃より素行が悪く、犯罪スレスレの事を国内でしでかした上に、臣籍降下をする家ではない別の家の令嬢を妊娠させているとか。どうも懲罰人事としての臣籍降下の様で、この王子を次の国王にしていては、早晩、国内でクーデターが起きるやも知れませぬぞ」

「⁉」

 国王、王太子、宰相全員が息を呑んでいるのが私にも分かった。

「どうやらセゴール国王は第二王子を次の国王にする事を考えていたらしいとの話はあれど、今は病床の身。大勢の集まる場で証言された事でもないため、それは公の事としては認められず、第一王子側から命を狙われたところを、第二王子派ベイエルス公爵家の手引きで我が国アンジェスに入ったようで」

「そのベイエルス公爵家の縁者がアンジェスにおるとでも?」

「さようですな。まあ、こちらはこちらで我が国のフィルバート陛下との距離が遠い非主流派の家だったのですがね。何とかサレステーデの第一王子に対抗できる縁談をまとめて、凱旋帰国をしたい王子側と、その事でサレステーデとの繋がりが深くなると陛下に進言して、自らの立場を底上げしたかった非主流派とが手を組んだ結果が、同行した王女による、公爵令息の籠絡狙いと言う訳でしてな」

 ………すみません、テオドル大公。
 色々お気遣い頂いているようで。

 多分三者三様に驚いているバリエンダールの皆様方の傍らで、マトヴェイ外交部長だけが無言で視線をこちらに向けていた。

 ええ、そうです。
 アレをざっくりまとめればそんな感じです――と言う風に、私は黙って頷いておいた。

「第二王子も何かしら考えてはいたらしいが、こちらは実行する前に第一王女が先に捕らえられてしまったものだから、結果的に何も出来んかったと言う状況になっておるな。だが計画があった事は分かっておるから、第一王子や第一王女ほどの罪はないにせよ、無罪と言う訳にもいかぬのよ」

「………」

 テオドル大公の言葉が終わる頃に至っては、メダルド国王が「ううむ……」と、困り果てた様に呻き声を発していた。

「もはや王の交代程度では済ませられぬと言う事か……」

「だからこその『自治領』ですぞ陛下。今回、他国の王位争いに一方的に巻き込まれたのがアンジェス。だが、それを理由に王族を廃したところで、我が国がサレステーデを乗っ取る為に詭弁を弄しているとしか周辺諸国は思いますまい。起きた事態が事態なだけに」

「うむ。サレステーデ欲しさに難癖をつけているとしか思わぬであろうな。あまりに荒唐無稽、と」

「特に我が国は以前から水面下でギーレンと度々揉めておるしな。これ幸いと兵を出されでもすれば目も当てられぬ」

「……そうなれば、下手をするとアンジェス、サレステーデの双方がギーレンの軍門に降る可能性があると言う事か。確かにそれは、我が国にとっても好ましくない先行きとなり得るな。うむ、テオ殿が窓口となって我が国へとやって来たのが、アンジェスの誠意と決意の表明と言う訳だな。この自治領の仮の長として、サレステーデに赴かれるか」

 どうやらバリエンダールの国王陛下は、話の通じない人と言う訳ではないらしい。
 少なくともギーレンのベルトルド国王よりは、遥かに理知的と言えた。

 貴方が自治領主になるのかと、問われたテオドル大公は苦笑ぎみにかぶりを振った。

「一度王宮を退いて、余生を楽しんでいた年寄りをこれ以上働かせんでくれんかね。第一、あのように寒暖差のある土地に行っていては、ただでさえ残り少ない寿命が縮むわ」

「笑えん事を言わんでくれ、テオ殿。王太子や宰相まで反応に困っているではないか。……ではテオ殿が行かぬとなると、誰が?自治領と言うからには、我が国へは報告と納税の義務を負うと言うだけで、実際に治める人間はアンジェスから出すつもりなのだろう?」

 ああ、そうか。

 フィルバートは、エドヴァルドと話し合って決めた自治領案の話を書きはしても、誰がそこに赴任するかについては書き記さなかったのか。

 自治領案を受け入れて、アンジェスに来ると決めてから言うつもりだったか、そこはテオドル大公にさせて、バリエンダール側の驚愕を想像して楽しむつもりだったか――うん、後者だろうな。きっと。

 現にテオドル大公の方でも、その質問は予想していたと言わんばかりに、よどみなく答えたからだ。

「うむ。儂ではないが、もう一人の王族である陛下の叔父、レイフ・アンジェスから内諾は得たと聞いておる。そしてその下にサレステーデの第二王子を付けておけば、いらぬ事をして補佐職に落とされたのだと、誰もが理解出来るだろうし、王族としてのプライドが木端微塵になるであろう時点で、充分な罰だ――とな」

「なっ……」

「久々のバリエンダールゆえ、この後は自由にさせて貰うがな、陛下。三日後に戻る際には返信の用意と共に返事を聞かせてくれるかね」

「う、うむ。とりあえずはこの後は我らバリエンダールの人間だけで相談をさせて貰うとしよう。今夜の夕食は、それまでに話し合いが終わるかどうかも定かではない故、別々にとらせて貰いたい。明日の茶会や夕食会などは、話し合いの状況次第では顔を出す予定をしておるので、今回はそれで容赦願えるか」

 もちろんですとも陛下、とテオドル大公は微笑わらった。

 伊達に長く王族をやっていなかったんだな――と、思わず拍手をしたくなってしまった。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ

青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。 今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。 婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。 その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。 実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。