聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

378 それは古き英雄の名

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 ラヴォリ商会の話が途中で出た為に、結局スヴェンテ公爵邸に臨時に設置されている〝転移扉〟は使わずに、馬車でラヴォリ商会から王宮に行き、その馬車でまた、公爵邸へと戻って来た。

 エドヴァルドは、私をエスコートしてくれた後、今度はイデオン公爵邸に設置されている〝転移扉〟で王宮に戻ったところを見ると、扉の使用に及び腰な私に、極限まで配慮をしてくれたんだと分かった。

 ラヴォリ商会へ行く事を反対しなかったのは、王宮側が後回しでも問題ないと思ったのはもちろん――半分は、多分、私の為だ。
 
 エドヴァルドが、公爵邸ここから王宮へと向かった後で気が付いた。

 自分の夕食の事は気にしなくて良いとエドヴァルドに言われ、私もお茶会があったしな…とは思っていたものの、ヨンナが「お茶会のある日の夜と言うのは、大抵の家がパンと少し具が多めに入ったスープ程度ですよ」とも言ってくれたので、それなら…と着替えてダイニングに向かう事にした。

「はぁ……」
「レイナ様?」

 その途中、うっかり零れたため息を、心の母ヨンナが聞き洩らす筈もなかった。

「えっ、ああ、うん、大した事じゃないんだけど……」
「でしたら、なおさら口に出された方がスッキリしますよ?」
 
 エドヴァルドですら敵わないヨンナに、私が敵う筈もない。
 私は乾いた笑い声で、すぐに白旗を上げた。

「うん、まあ……気を遣って貰ってたんだなぁ……と言う事に、行っちゃってから気付いたと言うか……段々、それが当たり前だと思っていたのか……甘えていたのか……自分の気持ちのやり場に困ると言うか……ね」

 言い淀む私に、それが誰の事を指しているのか、ヨンナは案の定すぐに察したみたいだった。

「レイナ様、恐らくですけど……私が知る範囲の事にはなりますが……レイナ様の仰る『甘え』は、旦那様の中の『甘え』の基準の出発地点にすら届いていないと思いますよ……?」

「………え」

 ダイニングに入ってすぐの所で、私は思わず愕然と足を止めてしまった。

「話の途中からしか耳にしてはおりませんが、レイナ様が旦那様に『甘えたい』と一言仰れば、恐らくは当分この公爵邸おやしきから出られなくなるくらいの至れり尽くせりになりますよ」

「⁉」

 ……ちょっとセルヴァンが、何を言っているのかワカリマセン。

 あれ、ヨンナどころかダイニングにいる皆が頷いてる⁉

「えっと……私の『甘え』の基準がおかしい……?」
「と言うよりは、お互いが両極端な位置にいらっしゃる気がひしひしと」

 えー…と呟く私に、ヨンナが柔らかい笑みを浮かべる。

「これからお互いに着地点を探っていかれるのが宜しいかと。今すぐ『こうだ』と決めてしまう必要はございませんよ」

「……そ、そう言うもの?」

 何せ私は、家族との距離感すら掴めないままここまで来た人間だ。
 元から適度な距離感がある、家族以外の人間との方が付き合いやすいときている。

「ええ、そう言うものです。恐らくですけど、旦那様は今頃『どうしたらもっと自分を頼ってくれるか』と、かえってお悩みだと思いますよ」

「ううん……でも、一方的に自分が何かして貰うのも性に合わないと言うか……あ、だから『着地点』?」

――とも申しますね」

 ニッコリと笑ったヨンナに、賛同する様に頷いたセルヴァン。

 ……程々は大事ですね。その通りです、ハイ。

 何とはなしに自分の中でも腹落ちしたところで、夕食がちょうど良いタイミングで運ばれてきた。

「お食事の後は、お部屋に明日の荷物を並べさせて頂きますので、最終の確認をお願い出来ますか、レイナ様?」

「あっ、うん。荷物は自分でも把握しておいた方が良いよね」

 私はその時は、あまり深く考えずに同調をしていたけれど、その後で部屋に置かれた…と言うには多すぎる量の「荷物」に唖然とする事になった。

「ちょっと……コレはさすがに……」

「ですがレイナ様、こちらは先日旦那様がギーレンにお持ちになられた荷物と、ほぼ同じですよ?服の問題がございますから、そこだけは少し多く見えるかも知れませんけど」

 携帯型の食料に、害獣用の罠に、イザク考案無効化薬……等々。
 今更ながら、私はこれだけしれっとエドヴァルドに持たせていたのかと思ったくらいだ。

「同行される軍の皆様で手分けして持って頂ければ大丈夫でしょう。むしろこれでも少ないと、旦那様の方が仰られるかも知れませんよ」

「………」

 うん、そう考えると、私に拒否する選択肢がない事になるよね。

「まあでも、アンディション侯爵――じゃなくて、テオドル大公として行かれる分、アヤしげな薬には気を付けて差し上げるべきよね。私とか、定年寸前だってご自身で仰ってたマトヴェイ外交部長とかは、狙ったところで得るモノ少ないと思われる気はするし」

 物事に絶対はないが、確率の問題として、一番の重鎮はどう考えてもテオドル大公殿下。

 ぶつぶつと呟く私に、何故かヨンナとセルヴァンが顔を見合わせた。

「レイナ様。ご同行者はマトヴェイ様…と仰いましたか?」

「どうかした、セルヴァン?うん、王宮外交部のルーミッド・マトヴェイ部長。一番、選ばれても国内で摩擦が少ないとの判断だったみたい」

「摩擦が少ない……確かに、そう言えるかも知れませんが、恐らくはレイナ様のご想像と、若干意味が違うように拝察いたします」

 首を傾げる私にセルヴァンが教えてくれたところによると、彼の『マトヴェイ』と言うのは、後付けで王から下賜された、一代貴族としての家名――と言うよりは、所謂「通称名」らしい。

「えーっと……本名と言うか、元の家名が別にある?」

 私の「ユングベリ」の様なものだろうか。

 そう思ったのが表情に出たのか「当たらずとも遠からずです」と、セルヴァンも頷いた。

「元の家名はダールグレン。コンティオラ公爵領防衛軍を抱える侯爵家の先代侯爵様の弟君にあたられます」

「ベルセリウス侯爵家みたいな立ち位置の家ってこと?」

「そうです。そして先の政変の折にたまたま侯爵代理として王都にいらしていて、当時はまだ第三王子でいらした陛下を庇われて、足に大怪我を負われてしまって」

 どうやらその時、王宮医師を信用出来ずにいたフィルバートたっての頼みで、エドヴァルドがブレーデフェルト医師を王宮に行かせたりした関係で、セルヴァンやヨンナも多少は名前と事情を把握していると言う事らしかった。

「その怪我があって、領防衛軍司令官代理としての立場に居続ける事は難しい――そんな話で、王宮勤めになられたようです。マトヴェイと言うのは、アンジェス国の古き英雄の名前だとか。ですから、ご年齢の問題ではなく、その名を授かった経緯と申しますか、特殊なお立場でいらっしゃるが故に、誰も自分の陣営に取り込もうと目論んだりは出来ないと言う事なんですよ」

「………」

 今度こそ私は絶句して、天を仰いだ。

 まったく、何て人を同行者に推挙しているんですか、コンティオラ公爵サマ。

 それはエドヴァルドもテオドル大公も、眉を顰めた筈だ。

 ――コレ本当に、ただバリエンダールに行って、素直に帰って来る事が出来るんだろうか。

 過剰戦力も良いところな気がしてきた。
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